孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

タイ  個人的人気が続くインラック首相 「タクシン・反タクシン」と「深南部」での“国民和解”の課題

2012-05-20 21:07:47 | 東南アジア

(4月21日 メコン川流域5カ国首脳を東京に迎えて開かれた、日本・メコン地域諸国首脳会議でのインラック首相 晩餐会後、コイに餌をやっているところのようです。むさくるしいオジサン政治家の中ではその存在が際立ちます。隣の野田首相が好色なジジイに見えてしまいます。(失礼) “flickr”より By DTN News  http://www.flickr.com/photos/dtnnews/7098849281/ )

満足度69%
タクシン元首相支持派と反タクシン派の間で確執が続くタイでは、昨年7月の総選挙でタクシン元首相の妹であるインラック氏がその初々しさもあって「インラック旋風」を巻き起こし、タクシン派のタイ貢献党が勝利しました。そして、8月には、インラック氏がタイ初の女性首相となりました。

就任直後に襲ったタイ大洪水ではその指導力に疑問の声も出ていたインラック首相ですが、その個人的人気はまだ衰えていないようです。

タイ国立開発行政研究院(NIDA)が、4月18日に発表した世論調査結果(有効回答数1,245名)によると、今年1~3月のインラック首相の仕事に対する満足度は、68.5%と高率だったそうです。
地域別には、バンコク首都圏59.8%、中部69.2%、北部79.9%、東北部78.6%、南部54.8%となっており、さすがにタクシン派の“地盤”である東北部・北部では非常に高い数字になっています。

物価上昇・作物価格低迷で国民に不満も
しかし、タイ事情に詳しい方のサイトなどを見ると、最近の物価上昇で政権への批判が高まってもいるようです。
先日は、野党や一般消費者団体から、急激な物価上昇により一般庶民が苦しんでいるという陳情を受けたインラック首相が市場などを視察した後、「一部の食材以外では目立った価格高騰は見られなかった」との発言を行ったということで、「金持ち首相には庶民の感覚がわからない」との批判を招いていることが報じられているそうです。首相側は、真意を伝えていないと反論していますが。【「ウチャラポーンの日記」(http://plaza.rakuten.co.jp/veryberry23/diary/201205100000)より】

また、物価上昇と作物価格の低迷によって、その東北部農民の間にも現政権への不満が広がっているとの報告もあります。
****現政権に支持基盤である東北部赤シャツサポート層が不満****
商品作物市況の低迷の一方で、物価がじわじわ上がってきている。
東北部の農民を中心とする赤シャツ支持層のタイ貢献党離れが一部始まっているようだ。

タイ東北部サコン・ナコーン近郊の村では主要産品タピオカの価格が下落しているが、「前民主党政権の時は、保障価格キロ3バーツでどこでも売れたが、現政権では、保障価格キロ1.95バーツでは、一部の割当量しか売れない」と、耕作者は嘆いている。

また、「なぜ、プー(かに。インラックの愛称)首相は、助けに来てくれないのか」という声も聞かれるという。
政府は、いま黄シャツ隊グループとの和解努力に忙しいが、村民の生活を見るのが第一だろうと、不満を募らせている。

タピオカだけでなく、コメやゴムをはじめ、農作物で市況の低迷しているものが多い。政府の市況底上げ努力は成功していない。
一方で、燃料価格、子供の通学バスの価格、食品価格は、賃金アップもあり、上がってきている。【5月14日 チェンマイUpdate (http://uccih.exblog.jp/15863935/) 】
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【“政敵”訪問と赤シャツ隊の不満
“政府は、いま黄シャツ隊グループとの和解努力に忙しいが・・・”ともありますが、タクシン派と反タクシン派に分断された国民感情を統合していくこと自体は、インラック政権に課された最大の責務ではあります。
先月、インラック首相は、タクシン元首相を追い落とした「クーデターの黒幕」と言われる、反タクシン派の中心人物のプレム枢密院議長を訪問しています。

****タイ首相、兄の政敵を訪問 和解への地ならし****
タイのインラック首相は26日、プミポン国王の側近のプレム枢密院議長をバンコク市内の自宅に訪ねた。議長は、首相の兄で、亡命生活を送るタクシン元首相が「クーデターの黒幕」と名指しした政敵。タクシン氏が帰国の意欲を高める中で和解への地ならしではないかとの見方が出ている。

面会はタイ正月のあいさつとされ、副首相3人も同席した。途中からは2人きりで話をしたものの、内容は明らかになっていない。
タクシン氏の帰国に向けては、国王の恩赦や恩赦を可能にする法律の制定などが模索されており、その意向が強く働くプレム氏との和解が欠かせないとされている。【4月27日 朝日】
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“国民和解”というよりは、“タクシン復帰”が直接の狙いではあるようですが、結果として“和解”ともなるのでしょう。
ただ、タクシン支持派の「赤シャツ隊」にとっては不倶戴天の敵でもあるプレム枢密院議長との和解がすんなり受け入れられるでしょうか?
約90名の死者まで出したバンコク都心部占拠の終結から2年、タクシン派内部にも不満が鬱積しているようです。

****タイ:タクシン派3万人が首都で集会****
タイのタクシン元首相派「反独裁民主戦線」(UDD)によるバンコク都心部占拠の終結から2年を迎えた19日、UDDは都心部で3万人を超える大規模集会を開いた。
会場はUDDのトレードマークである赤シャツを着た支持者で埋まった。「同志の死を無駄にしない」と書かれた横断幕が掲げられ、治安部隊との衝突で死亡した犠牲者の追悼式が行われた。

タイは昨年7月の総選挙でタクシン派が与党に返り咲き、タクシン氏の妹のインラック首相が誕生した。
ただ、占拠デモを武力鎮圧した軍の責任追及は進まず、UDD内でもインラック政権への不満が高まりつつある。
バンコク近郊のノンタブリ県から集会に参加した男性(46)は「首相は野党側との和解を進めようとしているが、軍の責任追及が先だ」と話した。

10年のデモでは、治安部隊との衝突で日本人カメラマン、村本博之さん(当時43歳)を含む約90人が死亡した。【5月19日 毎日】
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“和解”に向けたインラック首相の舵取りは非常に難しいものがあります。

深南部で続く対立の構図
冒頭で取り上げたインラック首相の仕事ぶりへの評価については、問題別にみると、その満足度は「麻薬・犯罪対策」67.9%、「経済・雇用対策」48.8%、「汚職対策」29.1%、「政治和解策とデモ対策」28.6%、「深南部3県のテロ対策」20.9%となっています。

「政治和解策とデモ対策」も厳しい評価(タクシン派・反タクシン派、どちらサイドの不満を表すものか、その内容はよくわかりません)ですが、それ以上に低い評価がなされているのが「深南部3県のテロ対策」です。

これまでも何回か取り上げてきたように、タイが抱える大きな課題は、上述のタクシン派・反タクシン派の確執と、もうひとつは“深南部”と呼ばれるイスラム系住民が多い南部地域における宗教対立です。
最近の情勢については、4月2日ブログ「タイ深南部、止まぬテロ 繁華街で連続爆弾テロ」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20120402)でも取り上げました。

そのタイ深南部における、少し変わった側面からの記事がありました。

****サッカーが架け橋になるタイ南部、仏教系とイスラム系和解への道****
仏教国タイの中でイスラム系が多数派を占める南部では、イスラム系過激派による仏教徒系住民への攻撃が多発するなど不穏な情勢が続いている。
こうした中、サッカーに対する情熱を共有することで和平につなげようという草の根の努力が実を結びつつある。

サッカーのタイ2部リーグに属するパタニFCの練習用グラウンドでは、選手たちがパスと同じくらいの速さで冗談を交わしながら、ボールを蹴っている。世界のどこのサッカークラブでも普通に見られる光景だ。だが、ここパッターニは、これが普通ではない特殊な環境にある。
パタニFCの本拠地は、イスラム系反政府勢力の活動の激震地にあるのだ。ここでは仏教系、イスラム系を問わず住民を狙った爆弾攻撃や銃撃が日常化しており、2004年以降これまでに5000人以上が犠牲となっている。

ピッチ外では暴力が繰り広げられているが、パタニFCの選手たちにとって、最も大事なことはゴールを決めることだ。
イスラム系のサマエル・サマ選手は「イスラム教徒だとか、仏教徒だとか、クリスチャンだとかは関係ない。ぼくらは皆、友人同士だ」と語る。
 
解決不可能とも思われる南部でのイスラム系勢力との対立にタイ政府が手をこまねいている間、地元では和平への歩みが始まっていた。
サッカーはタイ人の間でムエタイに次ぐ人気を誇るスポーツだ。しかも南部でのサッカー人気は熱狂的で、普段は分裂しがちな仏教系とイスラム系の住民たちが混ざり合う、極めて貴重な機会を提供している。「パタニの人々は、どんなに遠くに住んでいようが、(反政府勢力による)爆弾攻撃があろうが、必ずサッカーの試合を見にやってくるんだ」と、タイ北部出身で仏教徒のPisanurak Uthakang選手は話す。

■対立の構図から抜け出すために
前年に就任したインラック・シナワット首相は選挙運動中、政情不安が続く南部のヤラ、パタニ、ナラティワート3県に自治権の拡大を約束していた。
だが1年近くを経ても約束は果たされず、3県では2005年以来、非常事態宣言が出されたままだ。証拠がなくとも容疑者を30日間拘束できる非常事態宣言に、地元の人々は深い不満を抱いている。

イスラム教徒が多数派の地域であるにもかかわらず、知事や軍幹部らは地域外から任命されて来た仏教徒が多いことにも、地元のイスラム系住民たちは怒りを募らせる。タイ政府はイスラム系武装勢力との和解を試みてきたが、対立から抜け出す道筋は見出せずにいる。

インラック首相は4月下旬、南部の宗教指導者たちおよび軍高官らと会い、地域の緊張緩和のために教育と小規模事業、そしてスポーツに資金を注入すると約束したが、平和運動家たちは信用していない。「平和のための南部女性連合」を率いるHuda Longdewaaさんは「最も大きな問題は戒厳令下で軍の兵士が大量にいることです」と訴える。

■モスク訪れる兵士たち
しかし政府が苦悩する一方で、地元による和平に向けた努力は軌道に乗りつつある。
パタニ県のバングマ村では、兵士たちが1か月前から毎週、モスクを訪れ、村のイスラム教指導者と共に宗教間の対立について話し合ったり、イスラム教の基本や方言のヤウィ語を習う試みが続けられている。今では地元経済の問題に関する認識も共有し、高齢者へ医薬品を配布する活動も行っている。

地元のイスラム教指導者は「イスラム教をよく知らなかった彼らが地域の伝統を学びに来て、イスラム教を理解しようとしてくれている」と述べ、試みを歓迎した。【5月18日 AFP】
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サッカー選手間の協調も、一部兵士の取り組みも、喜ばしいことではありますが、自治権の拡大の約束、非常事態宣言の取り扱い、知事や軍幹部の任命の問題・・・など、根幹的なところでは対策が進んでいないようです。

兄タクシン元首相の帰国・復帰という十字架を背負いつつ国政に取り組むインラック首相に、タクシン派・反タクシン派の間の“国民和解”という難題に加えて、深南部での仏教徒・イスラム教徒の“国民和解”を期待することはあまりにも酷ではありますが、立場上どうしても取り組んでもらわねばならない課題です。
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