孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

アルゼンチンに見るデフォルトの後遺症

2012-05-29 23:04:30 | ラテンアメリカ

(アルゼンチン・ブエノスアイレス 1913年、南半球で初めて開業した地下鉄 インフラ投資不足から今も木製車両が残っています。 まあ、これは“レトロ”ないい感じで、観光的にも目玉になりそうですが、インフラ投資不足の影響は深刻です。 “flickr”より By Jeff Metcalf http://www.flickr.com/photos/azmetcalf/3669530803/

今は高い成長率を維持
再選挙に突入したギリシャでは、さすがにユーロ離脱などへの不安から財政緊縮策維持への支持がやや持ち直し傾向にあるようです。
しかし、このところはスペインの国債利回りが上昇するなど、市場では警戒感が強まっています。

ギリシャ、スペイン、イタリアと、欧州経済は債務不履行(デフォルト)など経済破綻への危機感が強まっていますが、かつて実際にデフォルトを経験した国がラテンアメリカのアルゼンチンです。

以前は経済的豊かさを背景に、政治的・軍事的にもラテンアメリカをリードする国であったアルゼンチンですが、フォークランド紛争・政治的混乱・経済失政から1988年にはハイパーインフレーションを招きました。(1989年には対前年比50倍の物価上昇)
90年代には一旦経済は回復したものの、99年のブラジルの通貨切り下げで国際競争力を失い国際収支が悪化、2001年11月14日には国債をはじめとした対外債務の返済不履行宣言(デフォルト)を発する事態に陥り、国家経済が破綻しました。

その後は、マクロ経済的には、高い成長率を維持して順調な回復しているようにも見えます。
アルゼンチンは世界有数の穀物の輸出国であり、「大豆など中国からの需要が高い」(米メディア)穀物の価格高騰もあって、2010年は実質GDP成長率9.2%、11年は8.3%を記録。

こうした経済的な好調さもあって、夫婦で権力の頂点を目指した政治的野心から「南米のヒラリー」と呼ばれることもある、また、政治的指導力の問題も指摘されるフェルナンデス大統領ですが、11年10月には見事再選を果たしています。(前大統領の夫が急死したことによる同情票もありましたが・・・)

2012年経済については、欧州債務危機や主要輸出先のブラジルの経済成長率下振れ懸念から、5%台にとどまる見通しとされていますが、欧州や日本などからすれば、うらやましい数字です。
“失業率もここ20年間で一番低く、貧困率も07年から半分になった”【11年10月25日 産経】とのことです。

【「デフォルトの最悪の影響は、数年間、ほとんどインフラ投資ができなかったことだ」】
そんなアルゼンチンですが、デフォルトの影響は10年以上が経過した今も未だ消えていないようです。
国も銀行も長期資金を海外で借りられないため、インフラ投資が出来ず、住宅ローンも存在していません。

****行きづまる国々:4〉デフォルト 苦しみ10年*****
ユーロ圏9カ国の国債が一斉に格下げされた13日、アルゼンチンでは昨年の物価が前の年より9.5%上がったと公表された。だが専門家は「庶民の実感とかけ離れている」と疑い、実際は20%近いと指摘する人もいる。庶民生活に響くインフレを招きやすい体質は、国家破綻(はたん)から10年たったいまも変わらない。

広大なラプラタ川を背にしたアルゼンチンの首都、ブエノスアイレスの港地区に、真新しい高層マンションが立ち並ぶ。
マンションの人気の部屋は一室、日本円で1億円程度する。「みな現金で買っていく。大豆の取引でもうけた成り金が多いね」。地元の不動産業者は言う。

この国には、返済までの期間が長い住宅ローンが存在しない。だから高い物件は、手持ちの現金をたくさん持っている人でないと手を出せない。
アルゼンチンは2001年12月、政府債務(借金)を返せなくなり、債務不履行(デフォルト)を宣言して破綻した。日本でもアルゼンチン国債を買っていた個人や地方自治体が損失を被った。それから10年。日本政府など先進国からの借金は今も返していない。

このため、国の格付けは、「投資不適格」とされる「B」(米スタンダード・アンド・プアーズ)のまま。海外市場で実質的に国債を発行できない孤立状態が続く。国内の銀行や企業の格付けも国の格付けに従って低い。

■住宅ローンなく
国も銀行も長期資金を海外で借りられないため、消費者に長期の住宅ローンを提供できない。「家を持てるのは親の支援がある人だけだ」と20代男性は言う。資産のない若者は現金をためるしかない。(中略)

■失業率、一時30%
お金の流れが滞り、給与や代金の支払いが止まって倒産や解雇が相次いだ。02年の失業率は約30%まで上昇し、国内総生産(GDP)の伸び率は前年比でマイナス11%に落ち込んだ。(中略)

デフォルトは、国力に合わない為替政策がたたった、との見方が一般的だ。
フォークランド紛争などで増えた借金がたたってインフレが進んだアルゼンチンは1991年、対策として固定相場制を採用した。90年代後半にアジア通貨危機の影響が南米にも及び、ブラジルは通貨レアルの価値を下げたが、アルゼンチンは固定相場を維持した。輸出競争力が弱まり、経済が悪化。外貨の流出が止まらなくなり、約1400億ドル(約11兆円)まで積み上がった対外債務の返済が行きづまった。

ただ、デフォルト後は力強く成長する。債務を整理し、ペソを切り下げ、製造業は輸出競争力を取り戻した。折しも中国の急成長にともない、国際的な穀物価格が急上昇。もともと大豆などの穀物の輸出大国だ。外貨を稼げるようになり、03年以降は8%程度の成長を続ける。

■木造の地下鉄も
ただし、後遺症は残る。トルクアト・ディ・テッラ大学のグイド・サンドレリス教授は「デフォルトの最悪の影響は、数年間、ほとんどインフラ投資ができなかったことだ」と話す。
国も民間も、収入の範囲内でしか投資ができない。ブエノスアイレスの中心部を走る地下鉄線のひとつはいまも木造だ。電気利用がピークに達する夏や冬は電力が不足し、一部工場で停電するという。

産業界からは「交通網や電力などのインフラはもう限界にきている」との声が高まっている。このため、フェルナンデス政権は最近、先進国への借金の返済へ意欲をみせ始めた。外貨準備は400億ドル(約3兆円)以上で、現在90億ドル(約6900億円)といわれる借金が返せるまで積み上がっている。国際金融市場への復帰が視野に入りつつある。(後略)【1月18日 朝日】
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外資流出に過敏 目減り防止のため輸入制限
上記記事にあるように、外貨準備は相当に積み上がってはいますが、国際収支悪化からデフォルトに陥った経験から、外資流出に過敏な傾向がるようです。
“日本や欧米諸国にまだ借金を返しておらず、外国の公的機関から投資を得られない。国債を発行して国際金融市場で資金を集めることもできず、主に貿易黒字で外貨を積み増すしかない”【下記記事】という事情もあります。

****輸入規制強めるアルゼンチン 外貨流出警戒、生活に影響****
南米の農業大国アルゼンチンが、輸入の規制を強め、欧米諸国から「保護貿易」と批判を浴びている。近年の景気拡大と裏腹に、楽ではない懐具合を整えるため国が繰り出した苦肉の策だが、規制は玩具や薬、自動車部品など広範に及び、市民の生活にも影響を与えつつある。

■手の届かぬバービー
ブエノスアイレス市内の繁華街。おもちゃ屋のショーウインドーの前で、アリアナちゃん(7)は、ドレス姿のバービー人形を見つめていた。289ペソ(約5千円)。コメなら100キロほど買える。母親のロレナさん(38)は「高すぎるね」と肩をすくめ、娘の背を押して立ち去った。
市内の玩具店は、昨年末からバービーをほとんど入荷できないでいる。政府による輸入規制の影響だ。新しいモデルの売値は1年前の2倍ほどになった。

輸入規制は昨年10月のフェルナンデス大統領再選後に強まった。事前審査が導入され、輸入には同額の輸出が求められる。法律があるわけではないが、応じなければ輸入申請はたなざらしにされる。

同国南部に工場を持つ家電メーカーのニューサンは、テレビなどの部品を輸入するため、昨年からイカやエビの輸出を始めた。
船もなく、漁の経験もないため、資金難で操業をやめていた網元に出資して漁を始め、水産加工業者と業務契約を結んで切り身などに加工する。電子レンジなどを売っていた社員が外国のイベントに出向いて売り込んだり、箱詰めしたりしている。輸出先はアジアからヨーロッパ、アフリカへと広がりつつあるという。

自動車販売業界でも、ポルシェの販売店がワインを、BMWがコメを、アルファロメオがバイオディーゼル燃料を輸出するなど、18社が同様の取り組みを進めている。輸出品目は農産物が多いが、ある企業幹部は「いつまでも一次産品だけで済むと思わないでくださいね」と、政府高官からささやかれたという。

影響は薬や衣類などにも及び、輸出に対応できず廃業や倒産するケースもある。電子機器輸入会社に勤めていたホルヘ・ダニエルさん(43)は4月に会社が倒産し、失業した。それでも「長い目で見たら会社にも国にもプラスだ」と政策を支持する。今は、輸出を始めるという会社の面接を受け、結果待ちの状態だ。

■外資企業の国有化も
下院議員で元経済学者のクラウディオ・ロサーノさんは「輸入規制は外貨流出を防ぐため。国は米ドルも、内政的に回すペソもない苦しい状況にある」と指摘する。

アルゼンチンの経済は2003年以降、農産物の輸出が波に乗り、高めの成長を続けてきた。だが、景気拡大で国民の輸入品購入やエネルギー消費が急増し、原油の輸入額は昨年、ついに輸出額を上回った。インフレを抑えるため為替介入も繰り返しており、外貨準備高も目減り傾向にある。

01年に債務不履行に陥ったアルゼンチンは、外資流出に過敏だ。日本や欧米諸国にまだ借金を返しておらず、外国の公的機関から投資を得られない。国債を発行して国際金融市場で資金を集めることもできず、主に貿易黒字で外貨を積み増すしかない。輸入規制は外貨の目減りを防ぐ目的とみられる。

今月3日には、スペインの石油大手レプソル傘下の「YPF」をアルゼンチンが事実上、国有化する法案が成立した。レプソル側との事前の合意はなく、求められた賠償金105億ドルの支払いも拒んだまま強行した。アルゼンチンへの投資に不安を招いている。
エコノミストのオルランド・フェレーレ氏は「強硬な手段をとった背景は、輸入規制と重なる。外貨での燃料輸入への支払いと、国民に安く供給するための補助金負担が限界に達した」と説明する。

欧米各国は「保護貿易だ」と批判を強める。欧州連合(EU)は25日、アルゼンチンが進めている輸入規制について、世界貿易機関(WTO)に訴える手続きを始めた。一方、アルゼンチン政府は「国内市場を守り、産業を育てるためだ」と意義を強調する。

ロサーノ氏は「リーマン・ショックや欧州の金融危機で、国は危機に強い、多様な産業の育成が必要だと気づいた」と語り、農産物や天然資源だけでなく、工業分野などで競争力を高める必要があると説く。最近は輸入規制の効果もあり、おもちゃなど一部の分野で国産品が輸入品にかわって店に並び始めた。

だが、ブエノスアイレス市内で車部品販売店を営むシャッツさん(67)は「先端機器の部品などはすぐに作れるわけがない」と指摘する。近所には修理できないままの車が何台も置かれたままだ。国内の自動車組み立て工場が部品不足で操業を中止するという皮肉な結果も招いている。【5月28日 朝日】
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【「国際社会のならず者」】
スペインの石油大手レプソル傘下の「YPF」の国有化強行は、当然ながらスペインは激怒しています。
ベネズエラ・チャベス大統領のようなこの種の施策は、一時しのぎにはなっても、長期的には国外からの投資を抑制することでマイナス面が大きいように思えます。

****美人大統領、外資系石油会社を「接収」へ****
原油不足を背景にスペイン系石油会社の経営権奪取に動くアルゼンチンは、国家介入ブームの不気味な最新例

アルゼンチン最大の石油会社YPFは当初、中国企業が買収することになっていた。それでも十分驚きだが、アルゼンチン政府はもっと度肝を抜く行動に出た。
フェルナンデス大統領が、スペインのレプソルYPFの子会社であるYPFの経営権を「接収」すると発表したのだ。

アルゼンチン議会は、政府がYPF株式の51%を取得することを認める法案の審議に入った。フェルナンデスが所属する与党ペロン党は議会の過半数を維持しているので、法案は可決される見通しだ。
当然、スペインは激怒し、外交問題に発展している。スペイン政府は駐マドリードのアルゼンチン大使を召喚。ラホイ首相は訪問先のメキシコで「深い憂慮」を表明した。イニーゴ・メンデスEU担当大臣は、アルゼンチンが「国際社会のならず者」になりつつある、と非難した。

ヨーロッパ各国は今のところスペインの味方だ。欧州委員会のバローゾ委員長は、ヨーロッパ各国がアルゼンチン政府に対して「国際的な責任と義務を遵守するよう」期待している、と語った。

世界に広がるエネルギー国営化の輪?
レプソルのアントニオ・ブルファオ会長は、アルゼンチン政府との戦いを宣言。必要なら訴訟も辞さない構えで、105億ドルの損害賠償を求めている。まるで傷口に塩をすり込むように、レプソルYPFの株価は急落している。

だが、アルゼンチン国内のYPF国有化気運は高まる一方(厳密には「再」国有化だ)。93年に民営化されたYPFをスペインのレプソルが買収したのは99年のこと。この買収でレプソルは、世界で8番目の大きさの石油会社になった。

フェルナンデス政権はエネルギー不足をYPFのせいにしている。増産のための投資を渋っているというのだ。原油不足を補うために財政支出も膨らんでいる。コンサルティング会社ユーラシア・グループの予測によれば、アルゼンチンの昨年のエネルギー輸入は前年比113%増加し、今年のエネルギー分野への補助金はGDPの4%を超える(YPF側はエネルギー不足の原因は政府の介入政策だと反論している)。

問題を民間企業のせいにするその主張は、ベネズエラの左派政権を率いるチャベス大統領にそっくりだ。「フェルナンデスはチャベス・モデルに近づいている」と、ニューヨークの投資銀行アナリスト、ボリス・セグラはクリスチャン・サイエンス・モニター紙の取材に語っている。

フィナンシャル・タイムズ紙のブログが指摘しているように、こうした国家介入は最近増加傾向にある。
エクアドルやモンゴルがそのケースに当たる。このブログはフェルナンデスのこんな言葉を引用する。
「アラブ首長国連邦は石油・ガス産業を100%管理している。中国、イラン、ベネズエラ、ウルグアイ、チリ、エクアドル、メキシコ、マレーシア、エジプトもだ。コロンビアは株式の90%を、ロシアはガスプロムの50%を(政府が)保有している。今回の対応はアルゼンチン政府がある日突然思いついたものではない。」
仲間が多ければ安心だということだろうか。

政府のYPF買収がアルゼンチンのエネルギー問題を悪化させる可能性もあると、ユーラシア・グループのアナリスト、ダニエル・カーナーは言う。国有化して石油開発投資を増やしても、解決策にはなりそうにない。埋蔵量も生産量もこの10年間減り続けているからだ。

カーナーは、今回の法案が1カ月以内に発効すると見ている。しかし訴訟になれば発効は延期されるかもしれない。アルゼンチンにプライドを踏みにじられたスペインは、そう簡単には引き下がらないだろう。【4月19日 Newsweek】
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どうでもいいことですが、上記記事の見出し“美人大統領”はどうでしょうか?
特にアルゼンチンには、ペロン元大統領夫人で、国民に今も人気がある“エビータ”(1952年に33歳で子宮癌によって死去)がいますので、ハードルが高いようにも思えます。

フェルナンデス大統領自身は、エビータの再来の線を考えているようですが、大衆受けを狙ったポピュリズム的な施策は、かつてのハイパーインフレーションやデフォルトという失敗にもつながります。
エビータにも、“国費ばらまき”というポピュリズム的傾向があったようですが。
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