
(4月3日 プノンペンで開催されたASEAN首脳会議のオープニングセレモニー 左からアキノ・フィリピン大統領、リー・シェンロン・シンガポール首相、インラック・タイ首相、グエン・タン・ズン・ベトナム首相、フン・セン・カンボジア首相、ハサナル・ボルキア・ブルネイ国王、ブディオノ・インドネシア副大統領、タムマヴォン・ラオス首相、ナジブ・マレーシア首相、右端がテイン・セイン・ミャンマー大統領 “flickr”より By DTN News http://www.flickr.com/photos/dtnnews/6896720596/)
【「法的な拘束力はないとはいえ、共通文書ができるのは画期的だ」】
カンボジアの首都プノンペンで9日に開かれる東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議、及び、11日に開催されるASEANと中国の外相会議に向けて、議論される問題の準備作業・草案が報じられています。
ひとつは「人権宣言」。
2008年の「ASEAN憲章」の発効、09年の「ASEAN政府間人権委員会」の設置という段階を経て、ようやく形が見えてきたものです。(まだ、11月の外相会議でどうなるのかはわかりませんが)
*****人権宣言に平和の権利 ASEAN、11月採択目指す*****
カンボジアの首都プノンペンで9日に開かれる東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議で協議する「人権宣言」の草案が、判明した。世界人権宣言など従来の国際的な宣言にはない「平和の権利」を盛り込んでいる。11月の首脳会議での採択を目指す。
「ASEAN人権宣言」が採択されれば、地域初の人権保護の枠組みとなる。経済成長に注目が集まる半面、人権意識が乏しいとされがちなアジアで「人」を重んじる礎となりそうだ。
朝日新聞が入手した草案によると、宣言は、基本原則▽市民的・政治的権利▽経済的・社会的・文化的権利▽発展の権利▽平和の権利――などで構成する。
ASEAN内には、逮捕状や司法手続きなしで身柄を拘束したり勾留を続けたりできる法律を持つ国もある。また、労働組合の活動が事実上認められていない国もある。
これに対し、宣言案は「任意の逮捕や捜索、勾留、拉致など」を否定し、「国や国際合意の法規に基づき他国へ避難する権利」「思想、良心、宗教の自由」などを保障するとしている。
「平和の権利」については、「すべての人は、ASEANの安全保障と安定、中立性、自由の枠組みの中で平和を享受する権利がある」とうたった。
草案は、2008年に発効した「ASEAN憲章」に基づいて創設された政府間の人権委員会(AICHR)が、昨年から練ってきた。人権団体などから「市民が起草に参加していない」との批判が出たため、6月には50近い市民団体などと協議。その時点での草案は、おおむね好意的に受け止められたという。
ただし、「現存する国際的な人権文書を超える内容でなければ意味がない」などの要望が出された。「労働組合の組織と加盟の権利」などについて、内政不干渉を掲げるASEANらしく「国内の法律や規則に基づき」とあることにも、「国内法を人権宣言に一致させるべきだ」と反発があったという。
宣言案には罰則規定などはないものの、インドネシアの関係者は「法的な拘束力はないとはいえ、かつては『人権』と口にするのもタブーだったASEAN内に共通文書ができるのは画期的だ」と話す。「アウンサンスーチーさんの軟禁に象徴された『ASEANは人権問題に消極的』という印象を変えられれば」と期待する。
それでも、草案には一部加盟国が態度を留保する部分があり、「あまり踏み込んだ言葉遣いでは、11月までにまとまらない恐れがある」と懸念する声もある。
国際社会の期待は高く、ピレイ国連人権高等弁務官は5月、「ASEANの各国政府が政策や法律を通じ、人権保護のために国際人権基準より高い基準を設けるよう期待する」と述べている。【7月7日 朝日】
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ASEANの“人権”に関する取組は、ミャンマー軍事政権の存在、ミャンマー以外の各国も多かれ少なかれ人権問題を抱えていることなどから難航し、「内政不干渉」の原則、意思決定も「全会一致が基本」、監視・調査機能・罰則規定なし・・・と、当初草案から骨抜きにされてきた感があります。
そのあたりについては、09年10月20日ブログ“「ASEAN政府間人権委員会」発足にむけて(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20091020)でも取り上げたところです。
下記記事は、上記ブログでも紹介した人権委員会発足に関するものです。
*****ASEAN:人権機構発足で合意 タイで外相会議開幕*****
東南アジア諸国連合(ASEAN)は19日、タイ南部プーケットで加盟10カ国外相による夕食会などを開き、23日のASEAN地域フォーラム(ARF)まで続く一連の関連外相会議がスタートした。
ASEAN各国外相は19日、域内の人権問題を協議する「ASEAN人権機構」について、10月にプーケットで開催される首脳会議に合わせて発足させることで合意した。ただ、強制力のある監視・調査機能の付与は先送りされ、ミャンマーの人権問題改善などに実質的に寄与できる可能性はほとんどなくなった。
人権機構は昨年12月発効のASEAN憲章に創設が盛り込まれ、具体的な権限などの協議が進められていた。外交筋によると、インドネシアなどが各国の人権状況を監視し、問題が起きた場合に調査する機能を付与するよう求めていたが、内政不干渉の原則を主張する議長国タイなどが消極姿勢を示した。このため、監視・調査機能を持たせずに発足させ、5年後に見直す妥協策で決着した。人権機構の正式名称は「政府間人権委員会」。
ASEAN外相会議は20日、ミャンマーで拘束されている民主化運動指導者アウンサンスーチーさんら政治犯の釈放などを求める共同声明を採択する見通し。(後略)【09年7月19日 毎日】
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しかしながら、とにもかくにも「人権宣言」という形にとりまとめることは、一定の前進ではあります。
特に、ASEAN域内の最大の問題国であったミャンマー情勢が劇的に変化しつつあることで、「人権宣言」と現実のギャップが改善されています。
“内政不干渉”の壁はありますが、いったん人権宣言が出されれば、関係国の良識と熱意次第では、当初の思惑を超えた効力も期待できない訳ではありません。
ミャンマー情勢の変化で大きな重しがとれ、少なくとも、人権について議論しやすくなっている・・・とは言えるでしょう。
【中国:ASEANを適当にあしらい時間稼ぎ?】
「人権宣言」よりも、よりリアルな問題として国際的に注目されているのはASEANの南シナ海問題への取組です。
広範な領有権を主張する中国と、フィリピンやベトナムなどASEAN加盟国との間でホットな問題が頻発していますが、この南シナ海問題をコントロールする枠組みをつくろうとするものです。
****ASEANと中国、南シナ海の行動規範協議へ****
南シナ海の領有権問題で東南アジア諸国連合(ASEAN)は7日までに、法的拘束力を持つ行動規範の原案に盛り込むべき要素について高級事務レベルで合意した。これに基づき、中国と近く協議に入る。
朝日新聞が入手したASEAN側文書によると、規範の原案に盛り込む要素として、国連海洋法条約や相互不可侵や内政不干渉などを定めた平和5原則などの順守を強調。領有権問題の平和的解決に向けた方法・手段の構築や、行動規範の実施を監視する仕組み作りも盛り込んだ。また行動規範の拘束力や実効性、再検討のメカニズムなどを含むとしている。
複数の外交当局者によると、11日のASEANと中国の外相会議で、行動規範の話し合いを正式に始めることで合意。早ければ月内にも、これらの要素について、中国と高級事務レベルで具体的な協議に入りたいとしている。
行動規範作りをめぐってはASEAN内でも温度差があり、要素の合意は中国との協議前に意思統一を図る狙いがある。
ただ中国は領有権問題の解決は二国間で行うべきとの立場を崩していない。また法的拘束力の強い規範には難色を示しており、「年内の合意はまずできないだろう」(ASEAN加盟国高官)との悲観的な見方がすでに浮上している。【7月8日 朝日】
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また、“合意の実施状況は双方で監視し、場合によっては、国際法に基づく紛争調停機関にも訴えられるとした。また、中国とASEAN以外の国でも、議定書署名などができることとし、米国などが南シナ海問題に関与できる余地を残している”【7月8日 読売】とのことです。
しかし、中国が法的拘束力の強い規範に同意するとは期待できません。
アメリカの関与などもってのほかでしょう。
“ASEAN内の温度差”、特に、中国に近い立場にあるカンボジアが議長国であることも、中国との間での実効ある合意を難しいものにしています。
****南シナ海 資源開発争い過熱 中国妨害、ベトナム反発****
行動規範草案、承認急ぐASEAN
南シナ海の領有権をめぐる争いは、根底にある資源争奪となって激化している。
ベトナムが開発を進める天然ガス・石油鉱区の一部を、中国が妨害する形で国際入札にかけると公表し、ベトナムでは1日、反中デモに発展した。
東南アジア諸国連合(ASEAN)は、共同開発も含む「南シナ海行動規範」の草案を固めており、中国との交渉に入りたい意向だ。だが、法的拘束力がある行動規範を嫌う中国は、ASEANを適当にあしらい時間稼ぎをしつつ、資源の実効支配を強めるとみられる。
中国が国際入札を計画しているのは、ベトナム近海の9鉱区。ベトナムがインドやロシアなどと共同開発する17鉱区と重なる。石油埋蔵量230億~300億トン、天然ガス16兆立方メートルとも推定される南シナ海での資源開発に、中国が本格的に乗り出す意思を、改めて鮮明にしたものでもある。
ベトナムのハノイ、ホーチミン両市では1日、計数百人が「中国を倒せ!」「海賊は帰れ!」と、抗議の声を上げた。外務省も、入札計画区域は「完全にベトナムの排他的経済水域(EEZ)内にあり、違法な入札だ」(報道官)と非難し、外国企業に入札に応じないよう求めている。
逆に中国は、フィリピンが4月、パラワン島周辺海域の鉱区を国際入札にかける動きを見せた際、反発し圧力をかけた経緯がある。
中国に対抗しベトナムは、SU27戦闘機などによる空からの警戒監視活動を強化している。これに対し、中国政府は「南シナ海にはすでに、戦闘に即応しうる警戒態勢を敷いている」と、威嚇している。
一方、米・フィリピン両軍は今月2日、南部ミンダナオ海で「協力海上即応訓練」(CARAT)を開始した。米沿岸警備隊も参加しており「対中監視態勢を強化するものでもある」(軍事筋)という。
フィリピン海軍によると、スカボロー礁では先月26日の時点で、中国船28隻が確認された。スカボロー礁周辺海域では、5月16日からの休漁期間が今月15日で終わる。このため、軍は「沿岸警備隊と協力し、漁船と漁民の保護に当たる」としており、再び緊張が高まる可能性もある。
ASEANは、9日にカンボジアの首都プノンペンで開かれる外相会議で、行動規範の草案を承認する見通しだ。【7月3日 産経】
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なお、スカボロー礁での中国側対応については、“強硬な姿勢”といった表現をしますが、中国の立場からすると、海軍の艦船ではなく、大型とは言え漁業監視船で対応していることから、相当に抑制された対応をとっているとのことのようです。
中国も党大会を控え、国内の“弱腰批判”に配慮しないといけない状況がありますので、今後の展開次第では・・・ということもあります。