【「中国が攻撃的になるにつれ、ベトナム共産党の態度にも変化が生じている」】
ともに共産党支配国家でもある中国とベトナムは、南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)諸島及び西沙(英語名パラセル)諸島の領有権を巡り厳しく対立していますが、南シナ海領有権問題で国連海洋法条約に基づき仲裁裁判所に中国を提訴しているフィリピンと同様に、ベトナム側にも中国提訴の動きがあると報じられています。
ただ、同じ共産党国家ということで、水面下の交渉もあるようです。
****南シナ海領有権問題 ベトナム過熱「中国提訴を」****
フィリピンに同調 政府は及び腰
南シナ海の領有権をめぐり共産党一党支配のベトナムで、国連海洋法条約に基づく国際裁判所に、中国を提訴すべきだとの主張が顕在化している。フィリピンによる仲裁裁判所への中国提訴に同調するもの。中国は共産党などを通じ、押さえ込みを図っている。
◆危機感の表れ
複数の政府関係者が提訴を唱えており、その筆頭がチャン・コーン・ツク元国境委員長。「ベトナムの主権の中国による侵害を止めるため、早急に国際裁判所に提訴すべきだ。中国の拡張主義と闘う全国民を団結させるためにも、政府は明確な方法で立場を示す必要がある」と強調する。
その他の関係者も「中国との話し合いが尽きた場合、書類を準備し国際裁判所に持ち込むべきだ」などの見解をとっている。
こうした主張は、南シナ海で中国が、実効支配をエスカレートさせていることへの強い反発であるのみならず、中国を止めるには提訴しか方法がない、という危機感の反映でもある。
また、過去に中越戦争(1979年)などを交えた両国は、74年と88年にパラセル(中国名・西沙)、スプラトリー(同・南沙)両諸島で軍事衝突しており、衝突の再発を回避する手段とみることもできる。
88年の衝突では64人のベトナム兵が死亡し、事件から25年の先月14日には、ハノイで「事件を決して忘れない」と叫ぶデモもあった。
◆水面下で調整
だが、提訴は中国との「全面対決」を意味するだけに、政府もおいそれとは乗れない。何より「中国は共産党同士の特殊な関係を通じ常に、領有権問題を高揚させないよう圧力をかけている」(消息筋)のだ。
1350キロにおよぶ陸上国境で接する両国は、99年に陸上国境協定、2000年にはトンキン湾に関する海上国境協定を締結して以降、良好な関係を保った。
南シナ海問題で政府間の軋轢(あつれき)が強まる今も「共産党間では、水面下で落としどころを探るなどしている」(別の消息筋)という。
ただ「中国が攻撃的になるにつれ、ベトナム共産党の態度にも変化が生じている」(政府筋)のも事実で、先行きは不透明だ。【4月6日 産経】
********************
これまで中国との軍事衝突を実際に経験しているベトナムとしては、中国との「全面対決」には慎重にならざるを得ませんが、南シナ海での中国とのトラブルも目立っています。
先月20日には、西沙(英語名パラセル)諸島周辺でベトナム漁船が中国海軍艦艇に発砲され炎上するという事件(ベトナム側の主張)も起きています。この件に関して、中国側は発砲を否定しています。
****中国海軍、発砲を否定=ベトナム漁船に「信号弾で警告」****
新華社電によると、中国海軍の責任者は26日、中越両国が領有権を争う南シナ海の西沙(英語名パラセル)諸島周辺で20日に中国海軍艦艇がベトナム漁船に発砲したとされる問題で、「信号弾を2発発射したが、兵器を使用して射撃した事実はない」と否定し、ベトナム側の発表を「捏造(ねつぞう)」と非難した。
責任者は「中国領海に違法に侵入して操業していたベトナム漁船4隻に対して、警笛や拡声器などで何度も領海から離れるよう要求したが、効果はなかった。赤い信号弾2発を上空に向けて発射して警告し、弾は空中で燃え尽きた」と主張した。【3月27日 時事】
***************
中国側は、ベトナム側の捏造としたうえで、「中国は西沙諸島に争う余地のない主権を有している。ベトナム側は漁民に対する教育と管理を強化し、違法活動を阻止してもらいたい」と主張しています。
なお、中国が実効支配する西沙(英語名パラセル)諸島に関しては、中国側による“闇観光ツアー”が横行しているとも。
****南シナ海めぐり… 中国で西沙への“闇ツアー”横行****
南シナ海で中国やベトナムなどが領有権を争う西沙(英語名・パラセル)諸島を、中国・海南島からのチャーター漁船で無許可上陸する“闇ツアー”が横行している。同諸島は観光客に開放されておらず、当局が摘発すれば罰金など処分を受けるが、一方でツアー募集は黙認されており、中国当局による実効支配の自信の表れとも受け取れる。
上海の夕刊紙、新民日報などによると、海南省海南島の海口や三亜から、漁船に約30人を乗せて出発するツアーで、約18時間で西沙諸島に到着。自然のままの島に上陸するという。業者によると、年間数千人がツアーに参加している。
5~7日間のツアーは食事付き1人7千元(約10万円)前後と料金は海外旅行並み。だが「前人未到の中国領土を訪れる」との“うたい文句”が受け、2月9日から9日間の春節(旧正月)連休に向けて、宣伝合戦も過熱気味だという。
ツアーの募集業者は、当局の摘発を免れるため、「公務員による自国領土視察ツアーの形を取っている」と話した。(後略)【1月24日 産経】
*******************
【「大国」に対する「小国」の「よく練られた戦術」】
一方、フィリピンは実際に中国を仲裁裁判所に提訴しています。
****フィリピン、南シナ海めぐり中国提訴 「実効支配の圧力、強まるばかり」****
フィリピンが中国を相手取り、南シナ海の領有権問題をついに国際裁判所の一角に持ち込んだ。中国の領有権主張の違法・無効性と、艦船の活動中止などを求め、「仲裁裁判所」を選択し、22日に提訴を発表。
その背景には、中国からの圧力の強まりと、国連海洋法条約上の制約という事情があった。
フィリピンはこれまで、国際裁判所への提訴を繰り返し表明しながらも、踏みとどまってきた。ここにきての提訴について、政府筋は「外交的な努力を続けてきたが、中国は今月から南シナ海の取り締まりを強化し圧力を強めるばかりだ。機は熟した」と説明する。何より「スカボロー礁周辺に中国船が居座り続け、ミスチーフ環礁のように、中国が建造物を構築し、実効支配に乗り出すことを最も恐れている」と言う。
一方、164カ国が批准する国連海洋法条約は、紛争解決の手段として、(1)国際海洋法裁判所(2)国際司法裁判所(3)仲裁裁判所(4)特別仲裁裁判所-への訴えを、自由に選択できると規定している。
ただ、(1)と(2)は各国が条約締結時などに、これを受け入れることを書面で「宣言」していることが、大前提となる。仲裁裁判所の方は、各国が受け入れていると見なされる。
ここで提訴する側のネックとなるのは、(1)と(2)の受け入れを紛争の相手国が宣言していない場合、一方の当事国は提訴できないという規定だ。1996年に締結した中国は、(1)と(2)の受け入れを宣言していない。このため、フィリピン(84年締結)は国際海洋法裁判所への提訴を逡巡(しゅんじゅん)し、仲裁裁判所に訴えたのだ。
条約では、相手国への書面での通告をもって仲裁手続(提訴)に付される。フィリピンは中国側に通告済みで、提訴したことになる。今後は、計5人の「仲裁人」が選定される。フィリピンと中国の双方が独自に1人ずつ、残る3人は両国の合意により選ばれる。
馬克卿・駐フィリピン中国大使は「2国間での解決」を繰り返し、提訴に応じない姿勢を示唆した。ただ、中国が仲裁人の任命を拒否しても、国際海洋法裁判所長が任命する規定になっており、一方的に手続きを進めることは可能だ。国連の潘基文事務総長は「技術的、専門的な支援をする用意がある」としているが「中国の時間稼ぎによる長い道のり」(フィリピン政府筋)になろう。【1月24日 産経】
******************
中国側が仲裁手続きを拒否することはフィリピン側も織り込み済みですが、その思惑については、国際社会へのアピール効果、欠席裁判が可能なことなどが指摘されています。
****中国が仲裁拒否 南シナ海問題 フィリピン、戦術巧妙****
・・・・中国の馬克卿・駐フィリピン大使は19日、マニラの外務省に出向き、拒否の決定をフィリピン側に伝えた。馬大使は、1月22日にフィリピン側から手渡された“訴状”も突き返した。(中略)
中国が拒否した主な理由は「(提訴は)南シナ海行動宣言を侵害し、フィリピン側の主張には事実、法律上の誤りがある。問題は2国間の話し合いで解決されるべきだ」(馬大使など)というものである。
だが、フィリピン政府筋は「拒否は驚くに当たらない」と、織り込み済みだとの認識を示す。それは領有権問題を国際法廷に持ち込めば、中国にとり(1)国際法上、中国の主張の不当性が明らかになる(2)南シナ海のみならず、他地域での領土・領海問題を含め、他国との法廷闘争を誘引しかねない(3)訴訟が進行中の間は実効支配を推進しにくい-などと分析していたからだ。
一方、フィリピン側にすれば、提訴自体に国際社会へのアピール効果があり、中国の拒否によって「中国は国際法にのっとった解決を尊重しない」ことを、印象づける結果ともなっている。
それ以上に、中国が拒否した場合でも、中国不在の“欠席裁判”を確保できるとの計算があった。国連海洋法条約の規定では、提訴から30日以内に計5人の「仲裁人」を、両国が選定しなければならない。19日に中国が拒否を伝えたのも、この規定ゆえだが、今後は中国に代わり、国際海洋法裁判所長が仲裁人を選定する。所長は日本の柳井俊二氏である。フィリピンはドイツ人の国際法の教授を指名している。
軍事力では中国に及ばず、中国が拒否権をもつ国連安保理にも頼れない中、「大国」に対する「小国」の「よく練られた戦術」(外交筋)が見て取れる。【2月21日 産経】
****************
【ASEANに対し、提訴取り下げをフィリピンに働きかけるよう圧力】
中国側もただ事態を静観している訳ではなく、ASEANが中国に求めている「行動規範」作成への協力姿勢を見せることで、ASEANを通じたフィリピンへの圧力を強めているそうです。
****フィリピン提訴に対抗 中国 南シナ海領有権問題 ASEANに圧力****
「欠席裁判」阻止へ 見返りは行動規範
南シナ海の領有権をめぐりフィリピンに提訴された中国が、東南アジア諸国連合(ASEAN)に対し、提訴取り下げをフィリピンに働きかけるよう圧力をかけていることが27日、明らかになった。その“見返り”として、南シナ海での衝突を防止するため、各国の活動を法的に拘束する「行動規範」の正式協議に応じる姿勢を示し、行動規範をカードに使っている。
フィリピンが国連海洋法条約に基づき、仲裁裁判所に中国を提訴したのは1月。中国は提訴に応じず、フィリピンは国際海洋法裁判所の柳井俊二所長に、中国に代わり「仲裁人」を指名するよう要請した。
フィリピン外務省によると、柳井所長は先週、ポーランド人の裁判官を仲裁人に指名した。フィリピンはドイツ人の国際法教授を指名しており、残る3人の仲裁人が決まれば、中国抜きの審理が進むことになる。
こうした流れにあって、中国はシンガポールやマレーシアなどASEAN側に圧力をかけており、その狙いは、中国の領有権主張の国際法における不当性が争点となる“欠席裁判”の阻止にほかならない。
仲裁裁判所の過去の判決例を概観すると、例えば、アルゼンチンとチリとの間で、ビーグル海峡の3島の領有権が争われた裁判では、「チリ領」との判決(1977年)が出されるなど、白黒を明確につける判決が少なくない。中国はこうした判決を最も恐れているものとみられる。
圧力はまた、ASEAN分断策の一環としてフィリピンの孤立化を図り、ベトナムなどがフィリピンの提訴に乗じないよう、くぎを刺すものでもある。
提訴取り下げの“見返り”である行動規範をめぐっては、ASEAN側が草案を策定し中国と折衝しているが、中国は正式な協議入りを事実上、拒否し続けている。ASEAN内には、中国がフィリピンの提訴に反発し、行動規範の論議をいっそう停滞させるのではないか、との懸念があり、これを中国は逆手に取り巧みに圧力をかけている。(後略)【3月28日 産経】
*******************
このフィリピンに加えてベトナムも提訴ということになると、中国としても苦しいところです。
ベトナムも中国を牽制するためにアメリカと組んだり、ロシアの大型対潜艦を呼んだりと、利にさといと言うか、抜け目のない国です。
ベトナム・中国の共産党間で相当に厳しい圧力と見返り条件の提示などの水面下交渉が行われているとは思われますが、世界各国の報道の自由度を調べている国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」の2013年のランキング(179カ国・地域)で中国は173位、ベトナムは172位とワーストを争う両国ですから、その内容はわかりません。