(パキスタンのイスラマバードで、同国で相次ぐ「名誉殺人」に抗議する人権活動家ら(2014年5月29日撮影)【5月12日 AFP】)
【スイス「信仰の自由という名の下、握手を拒否することは容認できない」】
フランスなどの「ブルカ禁止法」に代表されるように、異文化との共存はなかなか難しい問題を伴います。
特に、宗教的理由で妥協を拒むような場合は。
(4月18日ブログ「フランス ブルカ、黒いロングスカート、スカーフ、おまけにゲイの話」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160418など)
スイスもイスラムとの共存で社会的緊張が高まっている国のひとつですが、学校での「握手」が問題となっています。
****「ムスリムの男子は女性教員との握手免除」 新校則に波紋 スイス****
スイス北部テルビルにある学校が4日、生徒からの訴えを受けてイスラム教徒の男子生徒は女性教員とは握手しなくてもよいという校則を定め、国内で波紋を呼んでいる。
この学校に通う14歳と15歳の男子生徒2人は、イスラム教では近親者を除いて異性との身体的接触が禁じられており、教員と握手をするスイスの慣習は教員が女性の場合、イスラム教の教えに反すると不満を訴えていたという。
バーゼルラント準州にあるテルビルの地方議会はAFPの質問に対し、学校側の決定は支持していないと説明する一方、「校則を定めるのは学校の責任で、介入するつもりはない」と述べた。
学校の決定に対しては国内各地で抗議の声が上がっている。シモネッタ・ソマルガ司法相も4日、地元公共テレビに出演し「握手はわれわれの文化の一部だ」と主張した。【4月5日 AFP】
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その後、地元教育当局は上記の学校の「握手免除」を認めないとの判断を下しています。
****教員との握手、イスラム教理由に拒否は認めず スイス当局が判断****
スイス北部バーゼルラント準州の中学校が、異性の教員との握手を拒否するイスラム教徒の生徒に握手の免除を認め、国内で波紋を呼んでいた問題で、地元教育当局は25日、宗教を理由に教員との握手を拒否することはできないとの判断を下した。
地元教育当局は声明で「教員には握手を要求する権利がある」と述べ、握手を拒否した生徒の保護者に対して最高5000スイスフラン(約55万円)の罰金を言い渡すことができるとの判断を示した。(後略)【5月26日 AFP】
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地元教育当局は今回判断について、「生徒の個人的な信仰の自由を尊重するより、男女平等の原則を守り、移民のスイス社会への統合を促すほうを優先した」と説明しています。
****握手は信仰より大事なスイスの文化****
・・・問題が明らかになってから、シリア人の男子生徒の家族は、申請していたスイス国籍取得のための手続きが停止された。スイス当局は、イマーム(イスラム教の指導者)である兄弟の父親が2001年に行った亡命申請についても調査し始めている。
シモネッタ・ソマルーガ司法相は先月放送されたテレビ番組で「握手はスイスの文化」だと主張。
「信仰の自由という名の下、握手を拒否することは容認できない」と発言した。
人口約800万人のスイスには、約35万人のムスリムが暮らしている。今回の問題が発覚する以前にも、似たような問題があったかどうかは分かっていない。渦中の兄弟が今後どのように対応するかも不明だ。
スイスの報道陣の取材に対し、兄弟はドイツ語で「自分たちの文化をハードディスクのように簡単に消去することはできない」と語った。【5月27日 Newsweek】
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最初の率直な感想としては、女性教員との握手を拒否するような独自の信仰・文化をどうしても堅持したいなら、異国での生活は難しいのでは・・・、どうしてもというならイスラム文化が一般的な国で暮らすしかないのでは・・・、共存のためにはある程度の妥協が必要なのでは・・・といった思いでした。
ただ考えてみると、別に「握手」にこだわらなくても、イスラムの教えにのっとった先生への敬意をあらわす挨拶はいくらでもあるだろうから、そうした方法で代替すればすむ話ではないか・・・、あまりに地元の「握手文化」にこだわるのもどうか・・・という気もします。
微妙なところです。
【パキスタン 夫が妻をしつける意味合いで軽度に殴ることを認めるとする新たな法案を提案】
なかには「微妙」の一線を越えた、例えイスラム教が国教とされる国の中の話であったとしても容認しがたい文化・信仰の違いもあります。
****イスラム組織、夫に妻への「殴打」許す法案提唱 パキスタン****
パキスタン内で影響力を持つイスラム教組織の指導者は29日までに、夫が妻をしつける意味合いで軽度に殴ることを認めるとする新たな法案を提案した。
力ずくの殴打は禁じ、小規模な懲罰は恐れの感情を与えるのに必要との見解も示した。
この組織は合憲の「イスラム・イデオロギー協議会」で、同国議会にイスラム教の教えと各種法案の整合性についてなどの助言を与えている。
ただ、同協議会の提案はあくまで勧告との性格を持ち、提案が法制化されるには議会での可決が必要となっている。
同協議会のモハマド・カーン・シーラニ指導者は75ページにわたる法案の提案書で、妻が服装などで夫の指示に従わない場合、穏当な程度の殴打は許されると主張。
地元紙エクスプレス・トリビューンによると、提案書はまた、宗教的な理由なしに性的交渉を拒んだり、性的交渉後や生理期間後に体を洗わない場合も軽い殴打は認められるとも説明した。
さらに、頭髪を覆い隠すが顔は外に見せるベールの「ヘジャブ」を着用せず、見知らぬ人物と交流し、声高なしゃべり方をしたり、夫の許可なしに他人に現金を与えた場合なども適度な殴打は正当化されるとも述べた。
提案書は、女性に禁止すべき行動についても言及し、戦争での交戦への参加などをこの中に含めた。ただ、政治への参加や裁判官になることなどは認めた。妻が夫の了解を得ずに避妊薬を服用することも禁じた。【5月29日 CNN】
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日本や欧米的な価値観からすれば、最も基本的な価値観である男女平等の理念に反し、不当に女性の人権を侵害しているものに思われます。(なお、こうした家父長的価値観は、イスラムだけでなく一部キリスト教など他の社会でも存在するように思います。絶対的な存在への服従を家庭内に持ち込むと、そういう形になりやすいのかも)
家庭内暴力などを禁じる女性保護法に反発する形で宗教保守派から出されたもので、さすがにパキスタン国内での批判もあるようです。
****<パキスタン>「妻を軽く殴る」認める法案 反発が広がる****
◇政府機関イスラム・イデオロギー評議会が法案まとめる
パキスタンのイスラム法学者らで作る政府機関イスラム・イデオロギー評議会が「妻を軽く殴る」権利を夫に認める内容の法案をまとめ、国内で反発が広がっている。
法案はあくまでも「提言」にとどまり、審議の見通しは不透明だが、インターネット上では「不合理な法案だ」と批判の声が上がっている。
評議会は宗教的立場から政府や議会に助言する機関。地元メディアによると、2月に東部パンジャブ州議会で可決された家庭内暴力などを禁じる女性保護法が「非イスラム的」だとし、対案として問題の法案が作られた。
法案は、妻が夫の望まない服装をする▽宗教的理由以外で性交渉を拒否する▽見知らぬ人と会話したり、他人に聞こえるような大声で話したりする−−などの場合、夫は「妻を軽く殴ることができる」としている。
これに対し、大手英字紙ドーン(電子版)は「妻の代わりに殴っていいものリスト」と題し、「汚れたカーペット」などをたたくよう勧める風刺記事を掲載。
ネット上では「私を軽く殴ってみなさい」と題して女性の写真や怒りの声を投稿するキャンペーンが広まった。キャンペーンを始めた南部カラチの写真家、ファハド・ラジパル氏は「宗教や人種に関わらずあらゆる女性の権利向上を目指して始めた。現実を変える手助けになってほしい」と期待する。
パキスタンでは2014年、女子教育の拡充を訴える少女マララ・ユスフザイさん(18)がノーベル平和賞を受賞したが、女性の権利向上は今も大きな課題となっている。【6月2日 毎日】
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パキスタン国内で批判が出ているとのことで、やや安心しましたが、そうした批判が多数派となりえるのかどうかは知りません。
【頻発する「名誉殺人」 無視される女性の権利・生命】
パキスタンでは、「名誉殺人」という形で、女性の権利どころか生命さえも無視される事件が頻発しています。
****携帯電話中の16歳妹を兄が殺害、パキスタンで名誉殺人****
パキスタン・カラチ郊外で27日、兄(20)が妹(16)を包丁で殺害する事件があった。逮捕された兄は、妹が携帯電話で誰かと話しているのを見てかっとなったと供述しており、家父長制の慣習が残るパキスタンで相次ぐ「名誉殺人」とみられる。(中略)
保守色の濃いパキスタンの一部地域では、女性が携帯電話を使い、特に親族でない男性と通話することをタブー視する慣習がある。
AFPは28日、警察署に拘留中のハヤート容疑者に話を聞くことができた。「妹が自宅の玄関で、誰かと(携帯電話で)話していた。相手は誰だと聞いたら『関係ないでしょう、誰と話そうと私の自由だ』などと楯突いた」と、ハヤート容疑者は説明。「ナイフでちょっと脅してやろうと思ったんだ。だが、致命傷を負わせてしまった」「もちろん、すごく悲しい出来事だ。僕も死にたい」などと語った。
この事件では、地元警察がハヤート容疑者を告発するというパキスタンでは異例の措置が取られた。警察の説明によると、被害者の親族が容疑者を許すことで殺人罪を免れる「法の抜け穴」を阻止するためだという。
兄妹の父親イナーヤトさんは事件後、地元メディアの取材に「起きてしまったことは仕方がない」と述べて息子を許すと話していた。
パキスタンでは一家の「名誉」を守るとの理由で毎年、多数の女性が親族に殺害されている。【4月29日 AFP】
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容疑者が「僕も死にたい」と言っていることがせめても救いですが・・・・。
****駆け落ち助けた16歳少女、部族会議命令で惨殺 パキスタン****
パキスタン北部カイバル・パクトゥンクワ州で、16歳の少女が知人の駆け落ちを手助けしたとして、部族会議の命令で惨殺される事件が起きた。
同州アボタバードの警察によると、少女は首を絞められて毒を飲まされ、ワゴン車に縛り付けられて生きたまま火を付けられた。警察は殺害にかかわった容疑で十数人を逮捕した。
調べによると、少女は近所に住む女性とその恋人の男性の駆け落ちに手を貸したとされる。4月22日の駆け落ちを受けて15人の委員による部族会議が開かれ、少女に対する「名誉殺人」の命令が出された。
警察によれば、駆け落ちした2人は居所を突き止め、今は安全な場所にいるという。逮捕された容疑者は対テロ裁判所に起訴される。
パキスタンの独立機関、人権委員会によれば、同国で親族によって殺害された女性は昨年だけでおよそ1100人に上る。
名誉殺人を告発したシャルミーン・オベイドチノイ監督の映画「ア・ガール・イン・ザ・リバー:ザ・プライス・オブ・フォーギブネス」は、今年のアカデミー賞で短編ドキュメンタリー部門賞を受賞した。
オベイドチノイ監督は、「私に言わせれば名誉殺人は計画的な冷血殺人だ。だが男たちは、女性が許可なく何かをしたとか、社会的に女性に許された範囲から逸脱したという理由で殺人を正当化する」と語っていた。
シャリフ首相も「名誉殺人に名誉はない。残酷な殺人を名誉と呼ぶことは、名誉を汚す行為にほかならない」と述べて対応を約束している。【5月6日 CNN】
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“少女は首を絞められて毒を飲まされ、ワゴン車に縛り付けられて生きたまま火を付けられた”・・・・狂気としか言い様がありません。
「名誉殺人に名誉はない。残酷な殺人を名誉と呼ぶことは、名誉を汚す行為にほかならない」・・・イスラム色が強いとも言われるシャリフ首相ですが、しごくまっとうな見解です。
****一家の女性3人、「名誉殺人」犠牲に 親族の男らが射殺 パキスタン****
パキスタン東部ファイサラバードで、同じ一家の20代女性3人が不倫の疑いを掛けられ、親族の男らに射殺される事件があった。警察当局が11日、発表した。
被害女性たちの年齢は22歳、28歳、29歳で、同じ家に住んでいた。AFPの取材に応じた警察の捜査官によれば、女性らの不倫を疑った男らは、3人の胸や顔を撃った後、現場から逃走。警察は、事件を「名誉殺人」とみて、男らの行方を追っている。(後略)【5月12日 AFP】
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続々とこうした事件が出てきます。“同国で親族によって殺害された女性は昨年だけでおよそ1100人に上る。”とのことですが、多くは事件化せず、実際はもっと多いのでは・・・とも思われます。
こうした土壌からすれば、夫の「妻を軽く殴る」権利などは当然のことなのでしょう。
全国的にみれば、夫の「妻を軽く殴る」権利を容認する向きが多いのでは・・・とも思われます。
しかし、シャリフ首相が「名誉殺人に名誉はない。残酷な殺人を名誉と呼ぶことは、名誉を汚す行為にほかならない」と考えるのであれば、そうした「名誉殺人」の背景にある「女性の権利の侵害」について、毅然とした対応を示してほしいのですが・・・どうでしょうか?
宗教的背景のある問題であっても、現代の価値観との整合性を図っていくことはできないのでしょうか?
【エジプト 試験期間中はラマダン免除】
話はかわりますが、受験競争の過熱と言えば、隣国の韓国などがしばしば話題になります。受験に遅れそうになった者をパトカーで会場に送るなど・・・。
イスラム国エジプトでもやはり受験は大変なようです。
****<エジプト>受験激烈、ラマダンでも…期間中は断食中断OK****
今年のイスラム暦の断食月(ラマダン)が6月6日ごろに始まるのを前に、エジプトでイスラム教の解釈を示す政府機関ファトワ(宗教令)庁は、ラマダンと重なる学校などの試験期間中、イスラム教徒の義務である断食を中断してもよいとするファトワを出した。大学進学先を左右する高校卒業試験の受験生や保護者らから、試験への影響を懸念する声が出ていた。
今月28日付のファトワは「断食によって試験の出来に悪影響が出そうな場合、試験勉強や試験の期間中に例外的に断食を中断してもよい」と判断した。断食中断の必要性は個々が判断し、中断した日数分の断食はラマダン後に実施すべきだとした。また、試験期間をラマダン後に延期するのは不当だと述べた。
イスラム教徒はラマダン期間中、妊婦や病院、子供らを除いて、日の出から日没まで飲食を断つ。断食を始める年齢は個人によって異なるが、10代後半になると多くが断食を実践している。
昨年のラマダン開始は6月18日だったが、エジプトでは今年、高卒試験(6月上旬から約3週間)の日程と丸ごと重なった。受験生の健康状態への影響に加え、イスラム教徒と、人口の約1割を占め、断食の必要がないコプト教徒(キリスト教の一派)との不公平感を懸念する声が出ていた。
エジプトでは高卒試験の成績によって、希望する大学や学部に進学できるかが決まる。進学先は将来の就職にも結びつくため、高卒試験への社会的関心は高い。【5月30日 毎日】
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受験の過熱化の是非はともかく、イスラム教にあっても現実に柔軟に対応できるじゃないか・・・という印象を持ちました。
それなら、女性の権利についても配慮があっていいじゃないか・・・とも。
ただ、上記エジプトの“現実対応”事例は、コプト教の生徒に比べて不利になる・・・という、別の要因・感情が背後にあっての話なのかも。
エジプトでは少数派コプト教(人口の約1割)との緊張が社会の根底に存在しています。
****老母を公衆で裸に…男女関係めぐりコプト教徒を襲撃 エジプト****
エジプトの村でこのほど、キリスト教の一派であるコプト教徒の男性がイスラム教徒の女性と関係を持ったとのうわさにイスラム教徒の村人らが激高し、コプト教徒の家屋に放火する事件があった。コプト教会と当局が26日までに明らかにした。襲撃犯らは男性の老母を公衆の面前で裸にして歩かせる辱しめも与えたという。(後略)【5月27日 AFP】
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