孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

パキスタン  連日の「名誉殺人」報道に見る、社会変化に伴う価値観の衝突

2016-06-19 22:00:27 | 南アジア(インド)

(写真は【6月15日 AFP】 “2014年5月29日撮影”ということで2年ほど前の写真ですが、最近はこうした抗議行動はあまり行われていないのでしょうか?)

連日の「名誉殺人」報道
これまでもしばしば取り上げてきた「名誉殺人」 イスラム教国やインドなどに多い“風習”です。

****名誉殺人****
名誉殺人(英:honor killing)とは、女性の婚前・婚外交渉(強姦の被害による処女の喪失も含む)を女性本人のみならず「家族全員の名誉を汚す」ものと見なし、この行為を行った女性の父親や男兄弟が家族の名誉を守るために女性を殺害する風習のことである。イスラーム文化圏では同性愛者も対象となる。

概要
国際連合人権高等弁務官事務所の2010年の調査によると、名誉殺人によって殺害される被害者は世界中で年間5000人にのぼるとされる。

アムネスティ・インターナショナルは名誉殺人が行われている国および地域として、バングラデシュ、トルコ、ヨルダン、パキスタン、ウガンダ、モロッコ、アフガニスタン、イエメン、レバノン、エジプト、ヨルダン川西岸、ガザ地区、イスラエル、インド、エクアドル、ブラジル、イタリア、スウェーデン、イギリスを挙げている。

名誉殺人は、主に中東のイスラーム文化圏を中心に行われているため、イスラーム教と関連した風習と見なされることが多い。しかし、イスラーム教徒以外の間でも行われており、実際はイスラーム教とは無関係であり、専ら地域の因習によるものであるとされる(後略)【ウィキペディア】
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特に「名誉殺人」が多いとされるのがパキスタンですが、このところ連日のように名誉殺人絡みの事件が報じられています。
6月以降で、私が気づいたものだけでも以下のような事件が。

****自ら選んだ相手と結婚の16歳少女、母親に火付けられ死亡 パキスタン****
パキスタン東部ラホールで8日、自ら選んだ相手と結婚した16歳の少女が、母親に生きたまま火を付けられて死亡した。警察当局が発表した。新たな「名誉殺人」とみられている。
 
警察当局によると、ジーナト・ビビさんは結婚式から約一週間が過ぎたころ、母親のパービーン・ビビ容疑者に火を付けられた。
 
警察幹部はAFPに対し「母親は8日午前9時ごろ、娘のジーナトさんに火を付けて殺害した」と述べ、ジーナトさんは5月29日に結婚したばかりだったと付け加えた。
 
パキスタンでは先週、首都イスラマバード近郊の避暑地マリーに近い村で、勤めていた私立学校の校長の息子からの求婚を拒否した19歳の少女が生きたまま火を付けられて死亡する事件が起きたばかりだった。

また4月29日には同国北西部で、友人の駆け落ちを手伝ったとして、16~18歳とされる少女が村の長老会議の命令により薬を投与され、首を絞められ、火を付けられる事件があった。【6日8日 AFP】
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ジーナト・ビビさんはプンジャビという民族、結婚した男性側はパシュトゥンという民族ということで、ジーナトさんの家族が猛反対していたとのことです。ジーナトさんは「好きな人と添い遂げたい」とこの男性と5月29日に結婚したのですが・・・・。

ジーナトさんは小学校で子供たちにイスラム教の聖典コーランなども教えていたようです。

ジーナトさんを殺害した実の母親は、娘を火炙りにして殺すのに息子と共謀してやったと自供しており、その息子も「自分がしたことに後悔は全くない」と警察の取り調べで話しているとのことで、ジーナトさんの遺体をジーナトさんの家族は引き取らなかったとも。【6月10日 spotlightより】

****父親が娘夫婦を殺害、パキスタンでまた「名誉殺人****
パキスタン東部ラホールで10日、家族の同意なく結婚したとの理由で夫婦が殺害された。当局が発表した。同国内で起きた、この1週間で2件目の「名誉殺人」とみられている。
 
警察当局によると、ムハンマド・アシュラフ容疑者は、娘のサバさん(18)と、サバさんの夫のカラマット・アリさん(35)に発砲し、殺害した。

サバさんとアリさんは2人の結婚を認めなかった家族との関係を改善するため、前日ラホールのカナ地区に戻っていた。
 
地元警察幹部はAFPに対し「サバさんとアリさんは約1年半前、家族の反対を押し切って結婚した。父親(アシュラフ容疑者)をはじめとする家族との問題を解決するため、9日夜に実家に戻っていた」と語った。
 
警備員として働くアシュラフ容疑者は激しい口論の末、サバさんと義理の息子であるアリさんに発砲。また、警察幹部によると、同容疑者は、サバさんの結婚を支持した近所の住民1人も殺害し、その後、息子のサフダル容疑者と共に警察に出頭し、犯行を自供した。(後略)【6月12日 AFP】
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パキスタンで「名誉殺人」に走るのはイスラム教徒だけではないようです。

****兄が10代妹を撲殺 パキスタン、キリスト教徒一家で「名誉殺人****
パキスタン東部シアルコット(のキリスト教徒の家庭で、自分で選んだ相手と結婚すると言って聞かなかったとして10代の少女が兄に撲殺された。警察当局が14日発表した。

パキスタンでは親が認めない相手との交際などで家族の名誉を汚したとして女性らが殺害される「名誉殺人」が後を絶たず、怒りの声が広がっている。
 
10代後半の女性アナム・イスハク・マシーさんは12日未明、就寝中に兄のサキブ・イスハク・マシー容疑者(23)に木材で頭を殴られて殺害された。
 
AFPの取材に応じた地元警察関係者によれば、アナムさんは近隣に住むキリスト教徒の男性との結婚を望んでいたが、家族から反対されていた。事件前日の11日にはアナムさんがこの男性と結婚すると言い張ったため、サキブ容疑者が激高したという。
 
サキブ容疑者は父親の告訴を受けて逮捕され、殺人容疑で訴追された。
 
キリスト教徒の活動家であるシャムーン・ギル氏は、パキスタンのキリスト教コミュニティーで名誉殺人が起きることは極めてまれだと説明。その一方で、パキスタンではキリスト教徒やヒンズー教徒の大半はイスラム教からの改宗者であり、そこには部族社会の要素が一部残存していると指摘した。【6月15日 AFP】
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父親は、娘が結婚したがっていた男性の家族とは縁続きの関係にあるため結婚に反対していたと述べているとも報じられています。

その後も連日のように事件が続きます。記事の見出しでも“パキスタンでまた「名誉殺人」”という表現が繰り返されます。

****両親が妊娠中の娘を殺害、パキスタンでまた「名誉殺人****
パキスタンで、家族の反対を押し切って結婚し、2人目の子どもを妊娠していた女性(22)が、両親と兄弟によって殺害された。警察当局が17日、発表した。

パキスタンでは親が認めない相手との交際などで家族の名誉を汚したとして女性らが殺害される「名誉殺人」が後を絶たない。
 
警察当局のモハマド・アルシャド捜査官によると、ムカダス・ビビさんは3年前、恋愛結婚を恥と考える家族の反対を押し切ってタウフィク・アフメドさんと結婚した。
 
結婚後、ビビさんと家族は疎遠になっていたが、アルシャド捜査官によると、母親と兄弟が16日、ビビさんが検査を受けていた病院に現れ、ビビさんの決断を家族が認めたと話し、帰宅するようビビさんを説得したという。
 
地元警察署長のゴハル・アッバス氏によると、両親の家に到着したビビさんは、父親と兄弟、母親にナイフで首を切られ、その場で死亡した。ビビさんには生後10か月の赤ちゃんがおり、妊娠7か月だった。
 
事件が起きたのは同国北東部パンジャブ州の州都ラホールの北約75キロにあるブッタランワリ村。アッバス氏によるとビビさんの両親や兄弟は事件後、自宅から逃走したという。警察当局は、殺人教唆の容疑で親族の身柄を拘束するとともに、逃亡した家族の行方を追っている。【6月17日 AFP】
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*****妊娠中の妻と夫を親族が射殺、後を絶たない「名誉殺人」 パキスタン*****
パキスタン北東部パンジャブ州で、妊娠中の女性とその夫が、結婚に反対する親族に拉致された後、銃で撃たれて死亡した。警察当局が19日、明らかにした。(中略)

地元警察幹部によると、アクサ・ビビさん(22)とシャキル・アフメドさん(26)が殺害されたのは15日、同州シクリワラ村の近く。運河に流された2人の遺体が発見されたという。アクサさんは、殺害された当時、妊娠中だった。
 
2人は共に地元の薬局で働き、4年前に結婚式を挙げていた。
 
近隣の村に住むアクサさんの家族は、2人の結婚に激怒していて、最近海外から帰国したアクサさんの兄弟の一人が、親戚を集めて夫婦を誘拐。その後、2人の頭を撃ち、運河に遺体を捨てたとみられている。
 
容疑者らは逃走中で警察が行方を追っている。【6月19日 AFP】
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あまりに連日のことと、関係者の名前が似ていること(ビビさんとアフメドさん夫婦)、場所もパンジャブ州であることなどから、【6月17日 AFP】と同じ事件の報道か・・・とも思ってしまいますが、犯行の手口などからして、どうも別事件のようです。

新しい価値観と伝統的・部族的・宗教的価値観の衝突
パキスタンで名誉殺人が多いことについては、“パキスタンは中央政府の統制力が弱く、地方においてはその土地の部族の力が伝統的に強いため、部族の慣習法が国の法律に先立つ状態となっているためである。実際にパキスタンの憲法では、連邦直轄部族地域について、パキスタン連邦議会および州議会の立法権限が及ばない地域であると明記しており、現地の部族勢力にかなりの裁量が許される状態にある”【ウィキペディア】と説明されています。

冒頭【ウィキペディア】では“実際はイスラーム教とは無関係”とのことですが、6月4日ブログ“スイスの「握手文化」 パキスタンの「夫が妻を軽く殴る」権利と名誉殺人 エジプトのラマダン緩和”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160604で取り上げた“「夫が妻を軽く殴る」権利”のような女性蔑視とも言えるイスラム的慣習が部族慣習を助長して、個人、特に女性の権利を認めない現状を生み出しているように見えます。

もっとも、たまには男性側が殺害されることも。(どうでもいいことですが、またビビさんです)

****名誉殺人で男性を殺害、まれな事例 パキスタン****
パキスタン北東部パンジャブ州ブレワラで17日、夫が結婚に反対する妻の親族にのどを刃物で切られて死亡した。警察は18日、新たな「名誉殺人」事件として捜査していることを明らかにした。
 
パキスタンの保守的なイスラム社会では、毎年数百人の女性が名誉殺人の犠牲になっているものの、男性が殺害されるケースはまれ。
 
警察によると、今回の事件はブレワラの市場で発生し、死亡したムハンマド・イルシャドさん(43)は義理の父親と2人の義理の兄弟に襲撃された。地元の警察関係者はAFPに対し、「(義理の父親らは)襲撃の際に、刃物とおので武装していた。イルシャドさんに数か所傷を負わせてから、のどを切り裂いた」と語った。
 
イルシャドさんは約1年前、地元の豪農一族の娘であるムサラット・ビビさんと結婚し、妻の親族に殺される可能性を恐れて逃避行していた。ただ、先日自身の両親に会うため戻ってきていたとされる。
 
イルシャドさんの義理の家族らは現在も逃亡中のため、警察は捜索に乗り出した。【6月19日 AFP】
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なお、連日のように名誉殺人の報道がなされていることについては、“(パキスタンでは)2015年に親が認めない交際をした女性が「家族の名誉を汚した」として殺害される事件がなんと過去最悪の987件発生”とのことで、1日2~3件発生していることになりますから、報道されているのは実際の事件の一部分とも言えます。

そもそも「名誉殺人」といった言葉で犯罪行為を美化・擁護している風潮からして、警察当局の対応も含め、事件として扱わられず闇から闇へ葬られているものも多いのでは・・・とも思われ、年間987件という数字自体が実態を反映していない、実際はもっと多いのでは・・・とも推察されます。

少なくとも、従来は“ありふれたこと”として、メディアで取り上げられることは多くなかったのではないでしょうか。

事件の内容を見ていくと、個人(女性)が求める恋愛・結婚の自由と家族の側が重視する慣習の衝突の結果としての殺人行為が多く、日本や欧米的価値観がパキスタンにも及んできているものの、なお根強く存在する部族的・宗教的価値観に阻まれている・・・というようにも見えます。

そういう意味においては、新しい価値観の流入・拡散に伴って、この種の事件は今後も更に増加する危険性も危惧されます。

6月4日ブログでも紹介したように“シャリフ首相も「名誉殺人に名誉はない。残酷な殺人を名誉と呼ぶことは、名誉を汚す行為にほかならない」と述べて対応を約束している。”【5月6日 CNN】とのことですから、なんとか事態の改善が図られることを強く望みます。

女性の逆襲も
もっとも、女性も犠牲となってばかりではないようです。

****求婚を断られた女、恋人に酸浴びせる パキスタン****
パキスタンで、恋人の男性に求婚を断られた女が、男性に酸を浴びせて重傷を負わせたとして逮捕された。警察当局が16日、発表した。女性が男性を襲撃するのはパキスタンではまれだ。
 
パンジャブ州ムルタン近郊の地元警察当局によると、逮捕されたモミル・マイ容疑者は既婚で4人の子どもの母親で、25歳の同じく既婚者のサダカト・アリさんと数年にわたって関係を持っていた。
 
マイ容疑者はアリさんに2人目の妻にしてもらうよう求めていたという。パキスタンでは一夫多妻制は認められているが、保守的なイスラム教国家の同国でもまれだ。一方、女性は、再婚するためには離婚していなければならない。
 
地元警察当局のバシル・アフメド氏はAFPに「15日夜、普段通りにマイ容疑者に会いに行ったアリさんが、マイ容疑者からの求婚を再度断ったところ、体に酸をかけられた」と語った。アリさんは回避する余裕があったため、酸は顔でなく背中にかかったという。
 
ムルタンの病院の責任者によると、アリさんは全身の約6割にやけどを負っており、現在も救命治療が続けられている。
 
アリさんの家族からの告訴を受け、マイ容疑者に対する刑事手続きが進められている。【6月16日 AFP】
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酸を浴びせられたサダカト・アリさんには申し訳ないですが、男性への女性の逆襲として、ちょっと痛快な感も。もちろん、酸を浴びせるなど言語道断です。
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