孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ベネズエラ  崩壊する市民生活 マドゥロ大統領は年内の罷免要求国民投票について「時間が足りない」

2016-06-18 22:03:24 | ラテンアメリカ

(SNSを使って物々交換を行う市民 ただ、交換する物がなくなると・・・・ 写真は【6月14日 AFP】)

頻発する略奪 市民は物々交換で
昨日のブラジルに続いて南米ベネズエラの話。

チャベス前大統領以来、反米の先頭に立ってきた石油大国ベネズエラの、原油価格下落と経済政策の失敗がもたらしている経済危機については、これまでもしばしば取り上げてきたところです。
(5月16日ブログ「ベネズエラ・マドゥロ大統領  米の画策を非難し、経済・政治危機へ緊急事態令 アメリカは関与否定」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160516など)

原油価格は未だ低迷状態にあり、マドゥロ大統領は責任をアメリカに転嫁するなど根本的な対策に手をつけず、非常事態宣言で経済・政治危機を抑え込もうとするばかりですから、日用品の供給不足・物価上昇という危機は深刻化する一方です。

****経済危機のベネズエラ、略奪行為で死者4人 数百人逮捕****
深刻な経済危機に見舞われているベネズエラで今週、食料不足から死者の出る略奪行為が発生し、数百人が警察に逮捕された。貧困にあえぐ石油産出国の不安定な政情と困窮が浮き彫りになった。
 
東部の港湾都市クマナで14日、パン屋やスーパーマーケット、金物店など数十店が略奪され、これまでに少なくとも4人が死亡した。
 
クマナ商工会議所のルベン・サウド会頭は「すっかり荒れ果てた状態になった。商店は在庫だけでなく調度品まで奪われた。完全に破壊された」と述べた。目撃者によると、バイクに乗った略奪者のギャングらが食料を運ぶトラックを襲ったのが騒動のきっかけだったという。
 
クマナがあるスクレ(Sucre)州の知事は国営VTVテレビで、略奪に関与したギャングのリーダー3人を含む「400人以上」が逮捕されたと語った。他の町でも逮捕者が出たと報じられている。【6月17日 AFP】
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なお“最近では略奪は「よくあること」。ベネズエラでは今年の最初の3ヶ月だけですでに107件の略奪が確認されています。”【6月8日 野田 香奈子氏 Newsweek】とか。

そうした危機的状態への市民の対応として、SNSを使った物々交換という、“面白い”と言うと不謹慎でしょうが(市民は生きるために必死ですから)、非常にい興味深い記事がありました。

****21世紀方式の物々交換広がる、経済危機のベネズエラ****
1キログラムのパスタでオムツ1袋、小麦1袋でシャンプー1本を手に入れることができる。

生活用品が不足にあえぐベネズエラの人々は、買い物の原点といえる昔ながらの物々交換方式に回帰を始めた。

ただし、交換にあたっては21世紀らしくワッツアップやフェイスブック、インスタグラムといった交流サイト(SNS)が利用されている。【6月14日 AFP】
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改めて「貨幣」の便利さを感じる記事でもあります。
深刻な経済危機の影響は各方面に拡大しています。

****砂糖不足ベネズエラ、コカ・コーラ製造一部停止****
英BBCなどによると、原油安で経済危機に陥っている南米の産油国ベネズエラで、砂糖不足が起き、米飲料メーカー大手コカ・コーラが一部飲料の製造停止に追い込まれている。
 
ベネズエラでは、原油安の直撃による外貨不足で砂糖の輸入が難しくなっていることに加え、農家が価格統制下にある砂糖の生産を嫌って、国内生産量が減っていることが追い打ちをかけた。同社は、砂糖を使わない飲料などの製造は続けるとしている。
 
ベネズエラでは、大半を輸入に頼る生活必需品や食料品の不足が深刻化。4月には、同国食品大手のポラールが、輸入による大麦の確保ができないとしてビールの生産を停止している。【5月26日 読売】
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****独航空大手、ベネズエラ便の運航停止****
独航空大手ルフトハンザは28日、来月からベネズエラ発着便の運航を停止すると発表した。ベネズエラの深刻な経済危機がその理由だという。(中略)
 
運航停止の理由について広報担当者は、「ベネズエラの厳しい経済情勢と、ベネズエラ国外に外貨を移すことが不可能なため」だと説明した。【5月29日 AFP】
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運行停止はルフトハンザだけでなく、ゴル航空(ブラジル)やエア・カナダ、アリタリア、そしてラテンアメリカで最大の航空会社グループLatam(本社はチリ)もにも広がっています。

食料も薬も足りない 崩壊する市民生活
当然ながら、一般市民の生活は危機に瀕しています。

****すかすかの冷蔵庫にわずかな食事、経済危機ベネズエラの庶民生活****
南米ベネズエラでは生活必需品の不足により、略奪や暴力犯罪が横行し、自警団の活動も増加している。現地の人権団体「ベネズエラ社会的対立監視団(OVCS)」によると、今年に入ってから4月までに少なくとも94件の大規模な略奪が起きている。
 
首都カラカス(Caracas)の貧困地区の取材では、訪れた家々の冷蔵庫は空に近い状態で、食べ物は1人の1食分のような分量を、家族の1日分として分け合ってしのいでいた。
 
原油埋蔵量世界一を誇るベネズエラだが、ここ2年間の世界的な原油価格の暴落により大きな打撃を受けている。今年の同国経済は8%縮小する見込みで一方、インフレ率は700%に達すると予想されている。【6月4日 AFP】
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医療も崩壊しています。

****崩れゆくベネズエラ ── 不穏な政治状況、物不足と連日の襲撃事件****
ベネズエラの医療の実態はまさに地獄です。
“Dying Infants and No Medicine: Inside Venezuela's Failing Hospitals ”http://www.nytimes.com/2016/05/16/world/americas/dying-infants-and-no-medicine-inside-venezuelas-failing-hospitals.html?_r=0

この記事によると、病院には抗生物質もなければ、点滴液も、包帯も、痛み止めもない。そもそも紙がない。怪我していても眠るためのベッドも病院には足りない。メリダの病院では、手術台の血を洗い流すための十分な水すらなく、飲料用の炭酸水で洗っている。安価な備品すらなくて、簡単な手当てが受けられなかったせいで赤ちゃんが次から次へと死んでいく。

私のカラカスに住む知り合いにも、先日、緊急で盲腸の手術を受けたものの、術後の抗生物質と痛み止めがなく、激しい痛みの中で感染症に怯えるという恐ろしい体験をした人がいます。

医療費無料と謳われる実態は悲惨な公立の病院を避けるのはマストとして、いざとなれば多少の額を払って私立クリニックに行けばなんとかなる...はずだったのは、過去の話。今では私立クリニックですら、施設の不備(設備が壊れても交換できない、備品や薬が入手できない)や薬品不足は深刻です。【6月8日 野田 香奈子氏 Newsweek】
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従来、チャベス前大統領やマドゥロ大統領が手厚い保護(あるいは“バラマキ”)によって、その政治基盤としてきた貧困層からも政府への抗議の声が上がっています。

大統領罷免を求める動きにも限界が
こうした危機的状況に陥った原因について、前出の野田香奈子氏は、『権力の終焉』の著者モイセス・ナイームとCaracas Chroniclesの創設者フランシスコ・トーロの記事を紹介して、以下のように論じています。

****崩れゆくベネズエラ****
・・・・記事によると、ベネズエラでの死亡率はここ2年で跳ね上がっている。干ばつで水もないし、電気もない。長年、投資やメンテを怠ってきたインフラはボロボロ。

れくらいベネズエラは貧しい国なのでしょうか? 石油価格下落の影響はそれほど甚大だったのでしょうか?

ナイームとトーロは否と言います。もちろん石油の影響はあるけれど、現在の危機的状況、物不足や治安の悪化などが急激に悪化し始めたのは2014年、石油がまだ1バレル100ドルで取引されてた頃だからです。

てんかんの薬さえ飲めば問題なく元気に暮らしてた14歳が、薬不足で数日間薬が飲めなくて亡くなる。こういうケースが毎日続々と起きてるときに、政府は薬の確保ではなく、F1レーサーのマルドナードに年間4500万ドル出し続けていた。

でもかつてはあんなに豊富にあった石油マネーはどうなったのでしょうか? 汚職、汚職、汚職、汚職、汚職...で、もうありません。

貧困対策? チャベス派は長年、貧困層への教育をプロパガンダの中心にしていたけれど、これも現在では虚しいお粗末な状況です。

学校給食プログラムは機能してないし、貧しい子どもは飢えまっしぐら。一方で2003年以降、政府関係者は食料輸入関連の汚職だけで2000億ドルは盗んでいた。【6月8日 野田 香奈子氏 Newsweek】
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野党勢力を中心とした抗議行動については、以下のような限界もしてきされています。

****混乱する政治状況****
・・・野党支持者が各地で抗議を行っており、政府当局との衝突は各地で頻繁に起きています。が、野党支持者にとって状況は決して楽観できるものではなく、困難が山積みです。

野党政治家は外に出て政府に反対の声を上げるよう呼びかけていますが、実際にその声に応えて抗議行う人々の様子は少し前のブラジルの抗議の様子に比べ、大勢の人の波というには程遠い、一部の人たちです。

これは、それだけマドゥロ政府当局が恐れられていることの証左でしょう。2014年の全国規模の抗議運動に参加した人たちは、政府に楯突けばどうなるのか、コレクティボス(過激チャベス支持者による民兵組織)の怖さも十分に思い知っているのです。【6月8日 野田 香奈子氏 Newsweek】
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マドゥロ大統領の罷免を求める国民投票の実施を求める署名はすでに提出されていますが、仮にマドゥロ大統領が国民投票に応じたとしても、その実施時期でその後の展開は大きく異なります。
年内に行われなければ、大統領罷免でも副大統領に交代するだけで殆ど意味を持ちません。

****<ベネズエラ>大統領罷免の国民投票巡り、与野党対立激化****
南米ベネズエラでマドゥロ大統領の罷免を求める国民投票の実施を巡り、与野党対立が激化している。

原油価格の低迷で財政危機に陥る同国では、反米左派を旗印にしたマドゥロ政権の求心力が急速に低下。国民投票が年内に実現すれば政権交代は確実な情勢だが、政府は手続きを遅らせており、デモが多発するなど国内も混乱している。
 
左派政権にとっては来年1月10日が命運を分ける日付だ。
憲法の規定上、これより前に国民投票でマドゥロ大統領が罷免されれば大統領選が行われ、同日以後であれば罷免されても残りの任期2年は与党のイストゥリス副大統領が大統領を務める。
 
中道右派の野党連合は昨年12月の国会議員選で3分の2超の議席を獲得しており、年内に国民投票まで持ち込みたい考えだ。

大統領罷免の手続きの第1段階は、有権者の1%の署名(約20万筆)を1カ月以内に集めることで、ロイター通信などによると、野党連合は1週間足らずで185万筆を集め、5月2日に選挙管理委員会へ提出した。
 
これに対し、イストゥリス副大統領は「不正行為」などを理由に署名活動は無効だと主張し、国民投票を実施しないと早々と宣言した。

マドゥロ大統領は、隣国ブラジルで左派のルセフ大統領に対する弾劾裁判開廷が決まった翌日の13日に非常事態を宣言。「国内右派の要請を受けワシントンが手段を講じている」と、ベネズエラとブラジルで国家転覆計画が進んでいるとの陰謀論を国民に説いた。
 
このため、今月中旬以降、首都カラカスでは野党連合の呼びかけに応じた数千人規模のデモ隊が軍や警官隊と衝突し、催涙ガスなどで鎮圧される騒動が相次いでいる。

野党指導者で前回大統領選でマドゥロ氏に惜敗したカプリレス氏は17日、「軍人たちに告ぐ。憲法に従うか、マドゥロに従うか。真実を選択する時が来た」と呼びかけた。
 
4月末に発表された世論調査では、約70%の国民が政権交代を望んだ。同国経済は原油輸出の利益に依存し、食料品や生活必需品を輸入に頼っている。2014年以降の原油価格低迷により、外貨収入が減少し、物不足が顕著となっている。【5月24日 毎日】
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昨年12月の国会議員選で圧勝した野党勢力ですが、内部における足並みの乱れも報じられています。

一方、マドゥロ大統領は国民投票の年内実施は「時間が足りない」としています。

****ベネズエラ大統領 「時間が足りない」ため大統領罷免の国民投票を延ばす****
ベネズエラのマドゥロ大統領は、野党が実施を望む大統領を解任するための国民投票について、今年は実施されないと発表した。BBCが伝えた。

大統領はその理由として、国民投票を実施する時間がない、と説明した。

ベネズエラ政府は10日、ベネズエラ大統領罷免の是非を問う国民投票の実施を求める60万人以上の署名は無効だと発表した。(後略)【6月13日 Sputnik】
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マドゥロ大統領は「今年中の国民投票を実現したかったなら、1月11日よりも前に請求すべきだった。法的要件がすべて満たすだけの時間も十分あったはずだ」とも。
まるで他人事のような発言です。

“130万人の署名は5月2日に提出されており、6月20日から24日のあいだに署名者全員の指紋を確認する予定だと国家選挙管理委員会(CNE)が発表していました。マドゥロ大統領はその流れを受けて今回の発言をしたのですが、署名者の中にすでに死んでいる人が1万1000人と受刑者2000人の名前が含まれているとして、最高裁に提出された署名は無効であると主張しています。”【6月12日 クローズアップ海外ニュース】

【「クーデター」待望論もあるものの・・・
こうした状況を踏まえての、前出のようなカプリレス氏の「クーデター」待望論にもなる訳ですが、そのあたりの事情について野田 香奈子氏は以下のように報告しています。

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懸念されるクーデターですが、具体的な陰謀の証拠はまだ出ていないとはいえ、政府が一つまた一つとおかしな動きをするごとに、国民の間では絶望のあまりクーデターに対する期待の高まりもみられます。

ただし、クーデターが実際に起きたところで治安回復や政権交代などがうまくいく保証はありません。チャベスは2002年のクーデター未遂で一時的に軍に監禁されるという苦い経験をしたため、その後念入りに軍の人事などの調整を行い、クーデターによって政権が転覆されることが二度とないよう準備を整えています。

コレクティボスと呼ばれる武装した過激チャベス支持者による民兵組織がその例です。また、軍内部の麻薬絡みの対立の噂もあります。

軍内部の実態が見えず、コレクティボスらがいる限り、軍が武力で事態を収拾できるという保証はなく、むしろ内戦の恐れすらあります。安易にクーデターが起きれば...と言えない理由がここにあります。【6月8日 野田 香奈子氏 Newsweek】
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軍部については、“軍は大半がチャベス氏に忠実な人物で占められ、マドゥロ大統領の生き残りにとってカギとなる存在だ。ただ、ベネズエラの経済危機とマドゥロ大統領の冗長な演説により、側近の間の支持が失われつつあるとの見方もある。チャベス氏とは異なり、マドゥロ大統領は軍出身ではないが、軍の行進に姿を見せることは多く、一部閣僚にも軍当局者を起用した。”【5月19日 ロイター】とも。

ただ、食べる物にも事欠くような事態が続くと、いつまでその不満を抑え込めるか・・・・。
抑え込もうとすればするほど、暴発の危険も大きくなります。
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