【6月5日 産経】
【中国批判を強めるアメリカ 有効な手立てが見いだせない苛立ちも】
北京で開催されていた米中戦略・経済対話は、北朝鮮や温暖化の問題では一定の合意が得られたものの、南シナ海問題での溝は埋まりませんでした。
****南シナ海で溝埋まらず=米中戦略・経済対話が閉幕****
米中両政府が安全保障問題や経済課題を話し合う8回目の戦略・経済対話は7日、北京での2日間の討議を終えて閉幕した。
共同記者会見に臨んだケリー米国務長官は、南シナ海問題でフィリピンが提起した仲裁裁判を念頭に「法の支配の下での平和的な解決を訴えた」と強調。これに対し、楊潔※(※竹カンムリに褫のツクリ)国務委員は「仲裁裁判を受け入れないという立場は変わらない」と歩み寄りを見せず、双方の主張の溝は埋まらなかった。
ケリー長官は戦略対話で、中国が南シナ海で進める軍事拠点化を念頭に、「現状を変更する一方的な行動」への懸念を伝えたと明らかにした。
一方、楊国務委員は「中国には海洋主権を守る権利がある。南シナ海での航行・飛行の自由を尊重する」と、これまでの主張を繰り返した上で、米国に領有権問題で中立的な立場を維持するよう求め、「介入」をけん制した。(後略)【6月7日 時事】
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南シナ海問題では、3,4日にシンガポールで開催されたアジア安全保障会議でも、米中間で同様の議論がなされています。
****南シナ海問題で米中応酬=「孤立化」警告に中国反発―アジア安保会議2日目****
シンガポールで開催されているアジア安全保障会議は2日目の4日、カーター米国防長官による演説が行われた。中国による南シナ海での軍事化の動きに「孤立化を招く」と警告した演説内容に対し、中国側は早速「誤っている」と反発。中国は積極的な2国間会談も繰り広げて各国の取り込みを図っており、米中が応酬する構図となっている。
演説でカーター長官は、南シナ海での中国の動きを「自ら孤立を招く万里の長城を築きかねない」と批判。ただ、この文言は5月下旬に海軍士官学校で行った訓示内容と同じ。近く判断が示される見通しの国際仲裁手続きについても、結果に従うよう直接中国には求めず、間近に控えた米中戦略・経済対話をにらみ、むしろ批判のトーンを抑制する姿勢が目立った。
しかし、演説後の質疑応答では対応は一転。フィリピン・ルソン島に近いスカボロー礁で中国が拠点を構築した場合の対応について問われると「米国や各国は行動を起こすことになる」と強く警告。仲裁手続きについても「中国は判断に従う必要がある」と強調した。
これに対し中国側出席者は、カーター氏への質疑応答で「人工島は他国にもあるのになぜ中国だけ標的にされるのか」と不満を表明。中央軍事委国際軍事協力弁公室の関友飛主任(海軍少将)も中国メディアに対し、「孤立化」発言を「中国を孤立させ、地域国家にもそう仕向けようとする目的がある。こうした視点は誤っている」と批判した。【6月4日 時事】
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アメリカが、中国によるスカボロー礁の埋め立て・軍事化が行われた場合は「行動を起こすことになる」と強い警告を行っているのは、南シナ海における中国の防空識別圏設定につながるためです。
****スカボロー礁埋め立てなら「行動起こす」米明言 アジア安保会議****
シンガポールで開催中のアジア安全保障会議では、南シナ海の軍事拠点化を進める中国に対し、米国が関係国を牽引(けんいん)する形で懸念が表明された。不快感を強める中国は、会議と並行して2国間会談を積極的に展開し、“分断工作”を加速させている。
「米国と周辺国は行動を起こすことになる」。カーター氏は、中国が南シナ海のスプラトリー(中国名・南沙)諸島に続き、スカボロー礁(同・黄岩島)の埋め立てに着手した場合の対応を問われ、こう断言した。
中国は2012年、スカボロー礁からフィリピンを追い出した。同礁は比ルソン島から約200キロに位置し、米軍が再駐留を検討しているとされる同島のスービック海軍基地にも近い。
中国はスプラトリー諸島とパラセル(同・西沙)諸島で飛行場を建設し、ミサイルやレーダーの配備を進めている。両諸島に加えてスカボロー礁が軍事拠点化されれば、中国がこの3カ所を結ぶ一帯に防空識別圏を設定する恐れがあり、日米や周辺国は強く警戒している。
これに対し、中国の軍関係者は、「他国も埋め立てをしている」とし、中国への非難集中に不満を述べた。
だがカーター氏は、中国の最近の行動がはるかに過剰であると指摘して反論を退け、各国と連携した「法の支配」の圧力を強めた。(後略)【6月5日 産経】
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アメリカから批判にもかかわらず、「南シナ海の島しょは古来、中国の領土だ」とする中国は同海域の埋め立て・軍事化を進めています。
カーター国防長官の発言に見られるようなアメリカの強い中国批判は、“中国を制止する有効な手立てが見いだせない”という現実の裏返しでもあると指摘されています。
****<アジア安保会議>米中対立、再び先鋭化 南シナ海巡り****
・・・・米国が外交攻勢を強める背景には、中国の海洋進出のスピードが予想以上に速いとの認識がある。中国は領有権の争いのある南シナ海の岩礁や浅瀬などを埋め立てた人工島に、滑走路を建設し、レーダーやミサイルの配備を進めているとみられている。
一方で、強硬姿勢を強める米国の対中戦略は必ずしも成果に結びついているとは言い難い。米軍は昨年10月以降、南沙諸島海域に米艦船を通過させる「航行の自由作戦」を3度実行したが、中国の人工島埋め立てや軍事拠点化とみられる動きに歯止めはかかっていない。
問題解決の糸口は見えないまま、南シナ海で米国の偵察機と中国軍機が異常接近するなど偶発的な衝突の危機は高まっている。
米国防長官が年々この会議で批判のトーンを高める背景には、中国を制止する有効な手立てが見いだせないいらだちもありそうだ。【6月4日 毎日】
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【アメリカ主導の包囲網を二国間会談で切り崩す中国】
国際会議の場で関係国の利害を代弁する形で中国へ国際ルール順守を要求し、中国包囲網を形成しようとするアメリカに対し、中国側は中国が強い影響力を有する関係国との二国間会談を進める形で、中国包囲網を分断しようと対抗しています。
****【アジア安保会議】中国、南シナ海情勢で包囲網分断に躍起 10カ国超と二国間会談****
シンガポールで開催中のアジア安全保障会議では、南シナ海の軍事拠点化を進める中国に対し、米国が関係国を牽引する形で懸念が表明された。不快感を強める中国は、会議と並行して二国間会談を積極的に展開し、“分断工作”を加速させている。(中略)
一方、南シナ海の領有権で中国と衝突するベトナム軍の高官は3日、シンガポールで、中国の孫建国副総参謀長と会談した。中国国営新華社通信によると、ベトナム側は、中国艦船の国際港への寄港を打診したという。南シナ海をにらむ要衝のカムラン湾も対象かは不明だが、先月のオバマ大統領訪越で友好関係をうたった米国としては警戒を要する動きだ。
中国国防省によると、孫氏はシンガポール滞在中、オーストラリアなど10カ国以上の軍幹部と会談し、関係強化を確認した。米国や日本と距離を置きつつ、対中包囲網を切り崩す狙いであるのは明らかだ。【6月4日 産経】
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アメリカの中国包囲網が奏功するかどうかは関係国の足並みをそろえることができるかどうかにもかかってきます。
しかし、目下の焦点ともなっているスカボロー礁の領有で中国と対峙し、中国を相手取って常設仲裁裁判所(オランダ・ハーグ)のに裁定を求めるなど、これまで南シナ海問題での中国批判の急先鋒の立場にあったフィリピンでは、ドゥテルテ次期大統領が中国との対話姿勢に転じる動きを見せていることは、6月1日ブログ“フィリピン ドゥテルテ次期大統領のもとで、中国との対話姿勢に転換 相変わらずの「悪い奴は殺せ」”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160601でも取り上げたところです。
一応、ドゥテルテ次期大統領は領有権では譲歩しないとは語っていますが、理念には関心がなく中国同様に力の信奉者で実利重視の政治家ですから、国内の鉄道建設などへの中国からの資金提供次第ではないでしょうか。
****次期比大統領ドゥテルテ氏、南シナ海の権利では譲歩せず****
フィリピンの次期大統領ロドリゴ・ドゥテルテ氏は2日、中国と領有権を争う南シナ海のスカボロー礁(中国名・黄岩島)について、自国の権利を譲ることはないと述べた。
「スカボロー礁をめぐる領有権で譲ることは決してない」と、同氏は駐フィリピン中国大使との会談後の記者会見で指摘した。
「これは領土問題ではない。中国が行っている建設工事で我が国が妨害を被っている。同礁は我が国の排他的経済水域(EEZ)内にあり、国連海洋法条約で保護されている権利を我々は自由に行使できない」と述べた。
先月の比大統領選で勝利した前ダバオ市長のドゥテルテ氏は、南シナ海をめぐる領有権問題の平和裏な解決に向け、多国間協議を推進していく意向。【6月3日 ロイター】
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また、フィリピンと並んで強い中国批判を行ってきたベトナムは、中国と国境を接し、これまでも戦火を交えたことがあるだけに、批判一辺倒ではなく、前出記事の“中国艦船の国際港への寄港を打診”といったように関係維持にも腐心しています。
【インドネシア・マレーシアには対中国姿勢硬化の動きも】
フィリピンやベトナムが対中国で対話姿勢という形で軟化するとアメリカも足場を失うことにもなりますが、一方で、これまで中国批判に比較的慎重だったインドネシアやマレーシアでは、南シナ海問題での中国との対立を鮮明にする動きも見られます。
****インドネシア海軍「にらみ合いで勝利した」 密漁容疑の中国漁船の拿捕に成功****
インドネシアの英字紙ジャカルタ・ポスト(電子版)は30日付で、南シナ海の南端に位置するインドネシア領ナトゥナ諸島沖の排他的経済水域(EEZ)で密漁していた容疑で、同国海軍が中国人船員8人を逮捕し、漁船を拿捕(だほ)したと伝えた。
この海域では3月にも、インドネシアの海洋・水産省の監視船が密漁の中国漁船を摘発したが、護衛していた大型の中国監視船に曳航(えいこう)中の漁船を奪われた。今回も中国監視船の妨害を受けたが、インドネシア海軍の駆逐艦が奪還を阻止したという。
海軍は訴追する方針で、逮捕した乗員8人はナトゥナ諸島にある海軍基地で取り調べ中という。広報官は「この海域がインドネシアの司法管轄下にあると世界に示す」とし、海軍の存在感をアピールした。
中国漁船はインドネシア海軍に摘発された後に逃走を試み、海軍は数回の警告射撃をしたという。
中国の監視船が漁船の“救護”を試みたが、同紙は「インドネシアの駆逐艦が中国の監視船と同じくらい大きかったため、にらみ合いに勝利した」としている。
在ジャカルタの中国大使館は同紙に対し、「友好的な話し合いで適切に解決したい」との立場を示した。3月に問題が起きた際、中国側はインドネシア政府の抗議に、現場海域は「中国の伝統的な漁場」だとしたが、今回は姿勢を軟化させた格好だ。【5月30日 産経】
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“中国漁船撃退の陣頭指揮にあたっているのは、インドネシアの「女・田中角栄」、スシ・プジアストゥティ海洋・水産相だ。スシ氏は、中国漁船を「見せしめ」として爆破、撃沈したことで喝采を浴びたことで知られる。姐御肌で、足に入れ墨を彫り込み、ジョコ大統領率いる政権内で「最も人気のある閣僚」だ。”【6月1日 夕刊フジ】とも。
****マレーシア、南シナ海めぐり対中国戦略を見直しへ****
マレーシアのサラワク州沖で3月、同国の沿岸警備艇が大型の船舶を確認した。乗組員たちは仰天した。その船が警告のサイレンを響かせながら、高速でこちらに突き進んできたからだ。その後、同船が針路を変えると、船腹に「中国海警局」の文字が刻まれているのが見えた。
マレーシア海上法令執行庁(MMEA)の当局者によれば、油田で潤うミリ市沖合の南ルコニア礁付近では、以前にも中国海警局の艦艇が何度か目撃されている。だが、今回のように攻撃的な遭遇は初めてだという。(中略)
この事件の他にも、同じ時期に当該海域に100隻ほどの中国漁船が現れたことに刺激されて、マレーシア国内の一部では、強大な隣国である中国に対し、従来は控えめだった批判を強めつつある。
ある上級閣僚は、南シナ海で領有権をめぐる対立が起きている岩礁・島しょの周辺で中国が力を誇示しているなかで、マレーシアはこうした領海侵犯に対抗しなければならない、と話している。(中略)
マレーシアの場合、中国との「特別な関係」を掲げ、また貿易と投資への依存度が高いため、従来、この地域での中国の活動に対する対応は、西側諸国の外交関係者から「控えめ」と表現される程度のものだった。
サラワク州から50カイリも離れていないジェームズ礁で2013年・2014年の2回にわたって中国が実施した海軍演習についても、マレーシアは重要視しなかった。さらに2015年には、中国海警局の艦艇の武装船員による威嚇行為があったとしてミリ市のマレーシア漁民が懸念する声を挙げたが、おおむね無視された。
漁業紛争
ところが3月に多数の中国漁船が、領有権が争われている南沙(スプラトリー)諸島の南方にあり、豊かな漁場の広がる南ルコニア礁付近に侵入した際には、マレーシアは海軍艦艇を派遣し、中国大使を召喚して説明を求めるという異例の動きを見せた。(中略)
わずか数週間後、マレーシアはミリ市の南にあるビントゥル付近に海軍の前進基地を設ける計画を発表した。
マレーシアの国防相は、この基地にはヘリコプター、無人機、特殊部隊を配備し、過激派組織「イスラム国」に同調する勢力が自国の豊かな石油・天然ガス資産を攻撃する可能性に対処することが目的だと強調している。しかし、そうした勢力が拠点としているのは、北東方向に何百キロも離れたフィリピン南部だ。
一部の当局者や有識者は、この基地の設置に関してもっと大きな要因となっているのは、サラワク州沖における中国の活動だと話している。(中略)
マレーシアの態度硬化を裏付けるように、上級閣僚の1人はロイターの取材に対し、「領海侵犯には断固たる行動を取らなければならない。さもなければリスクが容認されたことになってしまう」と話している。
デリケートな問題だけに匿名を希望しつつ、この閣僚は、3月にマレーシアが見せた対応と、その数日前に隣国インドネシアで起きた同様の事件との対比を強調した。
「インドネシアの水域に侵入した中国漁船は、ただちに追い払われた。しかし中国の船舶がわが国の水域に侵入しても何も起きない」とこの閣僚は言う。
マレーシア議会では先月、副外相が他の東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国と同様にマレーシアも中国の主張する悪評高い「九段線」を認めていないことを繰り返した。中国は「九段線」を掲げて、南シナ海の90%以上の水域について自国の権利を主張している。
限られたオプション
MMEA当局者の説明する事件について、中国外務省は、中国・マレーシア両国は対話と協議を通じた海事紛争の処理について「高いレベルのコンセンサス」を共有している、と述べている。(中略)
マレーシアは、監視・防衛能力を強化する一方で、2002年に中国とASEAN諸国のあいだで調印された行動規範の履行を推進するなど、経済と安全保障のバランスを模索しつつ、さまざまな戦略を進めている。
さらに注意を要する選択肢としては、米国との軍事提携の強化がある。
ある政府高官はロイターに対し、「マレーシアは、中国政府を刺激しないようひそかにではあるが、情報収集に関する支援と沿岸警備能力の強化に向けて米国に打診を行っている」と話した。
前出のストーリー氏は、中国に対して強引な領有権の主張を控えるよう説得を試みるソフト外交と合わせて、米国との軍事提携の強化を確保する動きがあるかもしれないが、それでも問題解決は困難だろうと話す。
「こうした戦略のどれも、大きな成功を収めているわけではない。だが他に何ができるだろうか」とストーリー氏は言う。「この領有権をめぐる争いは非常に長引くだろう」【6月6日 Newsweek】
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経済関係だけでなく、マレーシアでは中国系住民が人口の約4分の1を占めるという事情も対中国関係に影響してきます。
馬英九・国民党政権から代った台湾の蔡英文・民進党政権も安全保障面で日米と足並みをそろえると見られています。台湾は南沙諸島最大の太平島を実効支配しており、中国の南シナ海における防空識別圏の設定を拒否する姿勢をみせています。
【「中華思想」のくびきから、外交を軽視する中国】
中国とアメリカや関係国の間の綱引きがどういう結果になるのか・・・よくわかりませんが、中国に妥協の姿勢が見られませんのであまり期待もできません。
中国・習近平政権は、清朝以来の屈辱の歴史を晴らして、世界に冠たる大国として振る舞う「中国の夢」実現に邁進しています。
本来、外交は一定の“綱引き”を背景としながらも最後は妥協で収めるものですが、中国にはその発想がないようにも見えます。
3000年にわたって東洋の大国として君臨してきた中国には、周辺の“野蛮な小国”と妥協するような「外交」の発想がなく、“外交より内政が大事。これが中国政治の現実である。共産党が政権を担当しているからではない。中国の歴史がそうさせている。自国が世界で一番優れていると思い込んでいるから、他国の指図は受けない。また、一度言い出したら改めることはない。”【6月7日 川島 博之氏 JP Press】とも。一言で言えば「中華思想」でしょう。
結果的に国際社会から疎まれ、非礼と思われることにもなって、中国にとっても長期的にみて得策にはなっていませんが、そこがなかなか・・・・。