
(エルドアン大統領は熱狂的な支持者があふれる集会で、戦闘服姿の少女を壇上に上げ、戦闘で「殉教者」になれば名誉を受けるだろうなどとIS指導者のような発言。少女はおそらく「殉教者」の意味を理解したのではなく、単に緊張・不安のためでしょうが、涙ぐんでいます。画像は【https://matome.naver.jp/odai/2152004998966813001】)
【「今はアフリンにいるが、明日にはマンビジ、明後日にはユーフラテス川の東側に進撃・・・・」】
国連安全保障理事会は2月24日、内戦が激化するシリアでの人道支援物資の搬入や負傷者の退避のため、シリア全域での30日間の停戦を求める決議をシリア政府を支援するロシアを含む全会一致で採択しました。
しかし、テロ組織と関係する他の全ての個人やグループが停戦の除外対象に加えられたことで実効性はなく、ダマスカス郊外東グータ地区を支配する反体制派へのシリア政府軍の攻撃は激しさを増し、地上部隊を投入した制圧作戦も進行、多くの犠牲者が出ていることは周知のところです。
もうひとつの主戦場が隣国トルコが侵攻するクルド人勢力支配地区であるアフリン。
トルコは2月28日、「テロリスト」と戦っているとして、戦闘停止を求める欧米の要求を拒否しています。
中東最強(世界でも第8位 米国の軍事力分析機関グローバル・ファイヤーパワーの発表 ちなみに、日本の自衛隊は世界第7位とか 米中ロとの比較はできないものの、結構強力な軍隊です)の軍事力を誇るトルコが本気で攻め込めば、IS掃討で大きな実績を誇るクルド人勢力も苦戦は免れないでしょう。
****トルコ軍作戦、アフリン中心部に「今すぐにでも」突入可能 大統領****
シリア北西部アフリンで軍事作戦を実施中のトルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領は9日、トルコ軍ならびに同盟関係にあるシリア反体制派は、クルド人勢力が掌握しているアフリン中心部に「今すぐにでも」突入できると述べた。
前日の8日にはトルコ側がアフリンの西に位置する要衝の町ジャンダリスを制圧していた。
エルドアン大統領は9日、首都アンカラで開かれた与党・公正発展党の集会で、「現在わが方の目標はアフリンだ。現時点でアフリンを包囲しており、神のおぼしめしがあれば今すぐにでも突入できる」と述べ、「アフリンでの軍事作戦はテロを根絶するまで継続する」と警告した。
トルコは1月20日から、自国の領土への脅威となる「テロ組織」とみなすクルド人民兵組織「クルド人民防衛部隊」に対する軍事作戦「オリーブの枝」をシリア北部で展開している。
クルド側の激しい抵抗によってこれまでにトルコ兵42人が戦死しているが、トルコ側の攻勢はこの数週間で勢いを増しているもようだ。【3月10日 AFP】
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ただ、クルド人勢力側も戦力をアフリン地区へ移し、徹底抗戦の構えです。
****米軍支援のクルド勢力転戦、敵は米同盟国のトルコ シリア****
シリアで米軍主体の有志連合の支援を受け過激派「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」を掃討する少数民族クルド人勢力系の「シリア民主軍(SDF)」は8日までに、シリア北西部アフリンに侵攻するトルコ軍と戦うためアフリンに転戦すると発表した。
SDFの報道担当者がCNNの取材に声明を述べた。戦闘員1700人をユーフラテス川東部からアフリンへ差し向けたとした。今回の転戦は、ISISを追い詰める掃討戦に悪影響を及ぼす可能性がある。
SDFの報道担当者は、トルコ軍によるアフリン侵攻はISISに新たな再生の機会を与え、ISISへの軍事作戦に影響すると主張してきたと述べた。ただ、この作戦は現段階で終了したとも語った。
有志連合の報道担当者はSDF部隊の一部離反はISIS掃討戦を遅らせかねないとの懸念を表明した。
米国とトルコは共に北大西洋条約機構(NATO)加盟で同盟関係にある。トルコは国内に自治独立問題がくすぶるクルド人問題を抱え、シリアのクルド人勢力を「テロ組織」とも見なしている。今年1月にシリアに越境しクルド人勢力が握るアフリン侵攻に踏み切っていた。【3月8日 CNN】
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【トルコ・アメリカの関係悪化】
問題は、トルコの侵攻がクルド人支配地区の飛び地であもあるアフリン地区でとどまるのかどうかです。
エルドアン大統領は、国内向けの要素もありますが、「今はアフリンにいるが、明日にはマンビジ、明後日にはユーフラテス川の東側に進撃し、イラクとの国境に至るまでの全ての地域でテロリストを一掃する」と豪語しています。
“明日にはマンビジ”とのことですが、マンビジにはクルド人勢力を支援する米軍が駐留しており、ここへトルコが転戦するとアメリカとの衝突という事態にもなります。
そうした情勢で、トルコとアメリカの関係は緊張が高まっています。
****米軍、トルコ空軍基地の使用を大幅削減 両国関係の緊張の高まりが背景****
軍はトルコのインジルリク空軍基地を使った戦闘作戦を大幅に削減しており、今後もその状態を継続することを検討中だ。米政府当局者が明らかにした。これは、米・トルコ間の緊張の高まりを受けたものだという。
同基地は、米国主導の有志連合と過激派「イスラム国(IS)」との数年にわたる戦闘の拠点となっていた。しかしシリア内戦をめぐり米国とトルコの目的にずれが生じ、両国の対立が深まっている。米軍のインジルリク基地使用の縮小は、そうした両国関係の悪化を反映した動きの1つである。
インジルリク基地に駐留しているA-10対地攻撃機中隊は1月にアフガニスタンに移動し、現在、同基地は給油機のみの使用にとどまる。米国防総省は同じ時期にアフガンでの作戦強化を明らかにしていた。米軍は同基地に居住している米軍家族も徐々に減へらしている。(中略)
あるトルコ政府当局者は、米軍のインジルリク基地を使ったシリアでの空爆の回数が減少していることを認めたが、それは米・トルコ関係の悪化を受けたものではなく、米軍の優先事項がシリアからアフガニスタンにシフトした結果だと述べた。
トルコと米国の関係は以前から問題を抱えていたが、このところシリアのISとの戦闘をめぐって緊張が激化している。米軍は、トルコが脅威と見なすクルド人民兵を支援しているが、トルコ軍は最近越境し、クルド人が支配するシリア北西部のアフリンを攻撃している。(中略)
米国はトルコとの協定に基づき、2015年からISに対する空爆作戦のためにインジルリク基地を使用してきている。ただ、16年のトルコのクーデター未遂を受けて、国防総省は同国の治安上の懸念から駐留部隊の家族に避難命令を出し、約700人が出国している。
米軍のアフガニスタンへのシフトは、ISに対する作戦の回数が全体として減少し、同基地に戦闘機や輸送機を駐留させる必要性が低下していることも影響している。
しかし米軍当局者は、何と言っても米・トルコ関係の悪化が、米軍のインジルリク基地駐留に関する厳しい議論を引き起こしたと指摘する。【3月12日 WSJ】
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【IS戦闘員に寛容な態度を示すエルドアン政権】
トルコのクルド人勢力への攻撃は“ISISに新たな再生の機会を与え、ISISへの軍事作戦に影響する”だけでなく、トルコ自体がIS戦闘員の受入国ともなっています。
****ISIS潜伏に目をつぶる、トルコ・エルドアン政権の誤算****
<大勢の「イスラム国」残党がトルコに潜伏。早いうちにテロの芽を摘まないと政権の命取りに>
テロ組織ISIS(自称イスラム国)が樹立を宣言していた「カリフ制国家」の崩壊は、ISISの聖域となっていたイラクとシリアには朗報だが、戦闘員の逃走先の国々には脅威だ。
その筆頭格は両国と国境を接するトルコ。報道によれば「何千人もの」ISIS戦闘員がイラクとシリアを脱出、相当数が「トルコなどに潜伏中」だという。16年には、密入国業者の手引きで戦闘員らがシリアとトルコを行き来しているとドイツ出身の元戦闘員が暴露した。
17年1月1日にイスタンブールのナイトクラブで発生した銃乱射テロは、トルコにISISのテロ細胞が根付いていることを露呈した。イラクとシリアから逃げてきたアラブ系やヨーロッパ系の戦闘員は「細胞」の外国人部隊の一翼を担っている。(中略)
この1年、ISISはトルコでのテロに慎重だが、増加する戦闘員はいずれトルコの警察や軍との衝突を招く可能性が高い。大規模テロがトルコ国内で準備される可能性もある。17年8月には簡易爆弾の材料がトルコからオーストラリアに航空便で送られている。
トルコはISISのテロ計画の後方支援拠点と化すかもしれない。トルコがアフガニスタンやリビアなど多くのテロリストの聖域と違い、破綻国家でないことは重要だ。比較的ビザが取りやすく、航空交通網の重要な位置にあり、金融取引の追跡体制に不備があるため、過激派が通信・輸送・金融のネットワークを利用しやすい。治安当局の腐敗と共謀が賄賂と威圧によるアクセスをさらに容易にする。
クルド封じに利用するな
一部の政治家や治安部隊高官については、ISISに対抗する気があるかどうかも疑問だ。2月上旬、イスタンブールや首都アンカラなどで3件の爆破テロに関与したISISメンバー10人以上が突然釈放された。
トルコは元ISIS戦闘員にシリアのクルド人を攻撃させているという話もあり、裏取引があったのではと臆測を呼んでいる。
この10年で、トルコのイラクやシリアとの国境沿いの都市や集落では、ISISやアルカイダなど原理主義的なサラフィー主義者への支持が高まっている。
トルコの国内安定は過激化の動向、国民や増加する難民のジハード(聖戦)への支持が今後どう変化するか、そしてクルド人の反乱などに影響されるだろう。
16年のクーデター未遂事件以降の大規模な粛清も、ISISの脅威に拍車を掛けている。警官や兵士らが大量解雇され、経験が浅く訓練不足の人間が手だれの敵を相手に対テロ作戦を展開せざるを得ない。
優先順位も問題だ。エルドアン政権は権力集中、クーデター協力者への粛清の継続、クルド民兵組織との戦いを重視し、ISIS系テロ組織への対抗策は後回し。ISISはトルコの一番の敵とされるシリアのクルド人組織と戦っているだけに、なおさらだ。
政権が国内のISIS戦闘員に寛容な態度を示していることは、彼らの存在に暗黙の了解を与えるに等しい。クルド人と戦うためにISISを容認するのは危険で近視眼的な政策だ。ISIS戦闘員は一定数に達すれば自分たちを受け入れたトルコに牙をむくだろう。
そうなってからでは手遅れだ。ISISの脅威から目を背け続ければ、政権の命取りになりかねない。【2月24日 Newsweek】
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【欧米的価値観から離れるエルドアン大統領 結果的に“トルコは他のアラブ諸国と同じ”】
単に軍事的な対立だけでなく、エルドアン大統領の強権的な国内支配は、欧米との価値観の相違も拡大させています。
エルドアン大統領の政治姿勢を示す最近の記事には、以下のようなものも。
****トルコ大統領発言に批判 少女の戦闘で「殉死」は名誉****
トルコのエルドアン大統領が与党公正発展党(AKP)の集会で、戦闘服姿の少女を壇上に上げ、戦闘で「殉死」したら名誉を受けるだろうなどと発言、ネット上で批判の声が出ている。英BBC放送などが27日までに伝えた。
AP通信によると少女は6歳。トルコ南部カフラマンマラシュで24日に開かれたAKPの集会で、エルドアン氏は少女のポケットに入ったトルコ国旗を見て「殉死者になれば彼女は国旗で覆われるだろう」などと述べた。
これに対し、ツイッター上には「子どもの死をたたえるなんて」「子どもを守るのは国の義務だ」などの批判が書き込まれた。【2月28日 共同】
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****言論弾圧とトルコ政府批判 ノーベル受賞者ら公開書簡****
トルコ政府が作家やジャーナリストらを拘束、有罪判決を下しているのは「表現の自由」の侵害で言論弾圧だとして、英作家カズオ・イシグロ氏らノーベル賞受賞者38人が2月28日、拘束中の作家らの釈放などを求めるエルドアン大統領宛ての公開書簡を発表した。英紙ガーディアンが伝えた。
書簡は一昨年のクーデター未遂事件後に多数の作家らが体制転覆の罪などで訴追されたと指摘。エルドアン氏自身が1997年の演説内容を罪に問われ有罪となった経験があるはずだとし、非常事態宣言撤廃や法の支配の回復などを求めた。【3月1日 共同】
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こうしたエルドアン大統領の政治姿勢で、かつて“イスラムの民主化モデル”として注目されたトルコですが、今では“トルコは他のアラブ諸国と同じ”とも見られるように変質しています。
****力を誇示するトルコ 消え失せたソフトパワー****
最近、トルコ絡みで大きなニュースが2つあった。1つは、トルコ軍がシリアに軍事介入し、クルド人支配地域の飛び地アフリンに侵攻したこと。もう1つは、アラブ世界で大人気のトルコのTVドラマを、サウジアラビア資本の汎アラブテレビ局MBCが放映中止にしたことだ。
この2つのニュースは無関係のように見える。しかし、レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領による15年に及ぶ統治の重要局面に訪れたトルコの変質を浮き彫りにしている。
トルコはかつて、イスラム教を民主主義や繁栄と結び付けたとして、中東内外でうらやましがられていた。だが、今ではその「ソフトパワー」の多くを無駄にしている。それどころか、ますます武力紛争に足を踏み入れ、近隣諸国や同盟国と厳しく対立している。
トルコのTVドラマは、アラブ世界にトルコの自由なライフスタイルを持ち込んできた。それが、同国の影響力の重要な源泉となり、ハリウッドが米国のイメージを世界中に広めたのと同じやり方で、アラブ世界にトルコに対する羨望の念を抱かせてきた。
エルドアン氏がいつも口にする過去のオスマン帝国に対する郷愁の念も、トルコ人気を背景に受け入れられてきた。
だが今では、1922年に消滅したオスマン帝国へのエルドアン氏の思いは、共通の歴史や文化への郷愁から、見え隠れする領土権の主張、そして領土を失った「汚名」をめぐる不満に変質している。
当然のことだが、それはオスマン帝国時代の敵、つまりサウジ王家やヨルダン、アラブ首長国連邦(UAE)の間にはほとんど共感を呼ばない。シリア政権もクルド人勢力も、トルコ軍のアフリン侵攻を「オスマンの侵略者」と評し、同じような不快感を覚えている。
MBCがトルコのTV番組放映の全面中止を決定したのは、第1次大戦中のメディナ(現在はサウジ領)でのオスマンのふるまいをめぐりエルドアン氏とUAEが言い争ってから数週間後のことだった。MBCは、中止の理由は明らかにしていない。(中略)
「軍事力の誇示は、ソフトパワーの構築とは違う」。民間シンクタンク、ガルフ・リサーチ・センターのシニアフェローであるモハメド・アルヤヒャ氏はこう語る。「トルコが提供できることはたくさんあるが、エルドアン氏の政治はそれに暗い影を投げ掛けている」
さらにエルドアン氏が、特に2016年のクーデター未遂後にメディアや野党への弾圧を強化していることが、トルコのイメージを傷付けている。(中略)
トルコの最大野党・共和人民党(CHP)のOzturuk Yilmaz副党首は「以前は、アラブ世界の人々は自由や民主主義、法の支配を目にするめにトルコにやってきた。彼らはトルコをモデルと見ていた」と語る。「今や、トルコは他のアラブ諸国と同じだと見られている」
残ったのは軍事力だ。エルドアン氏はシリアで武力行使する意向をますます強めている。
トルコ軍は、2016年のクーデター未遂前後に行われた粛清によって弱体化していたため、同年にシリア北部で過激派組織「イスラム国(IS)」に対して行った「ユーフラテスの盾」作戦で苦戦を強いられた。
だが、今年1月に始めた「オリーブの枝」作戦では、より迅速な進展を見せている。この作戦では、米国が支援するクルド人民兵組織からアフリンを奪還することを目指している。(中略)
エルドアン氏は5日の演説で、アフリンは始まりに過ぎず、今後はマンビジを皮切りにもっと広大な地域、つまりシリア東部で米軍の支援を受けるクルド人支配地域を目指す意向を示唆した。(中略)
こうした発言は主に、クルド人や米国に敵意を抱く国内の強硬な国家主義的有権者に向けられている。
エルドアン氏は、トルコの統治者となった当初は少数派クルド人との和解の道を探っていたが、16年以降は強硬なナショナリストの主張に沿う方向に大きくかじを切った。
次の大統領選は来年の予定だが、トルコの多くの政治家によると、時期は早まる可能性がある。エルドアン氏が大統領選に勝利するためには、ナショナリストからの支持が必要だ。
エルドアン氏率いる公正発展党(AKP)の元議員で、著名な弁護士であるOsman Can氏は、「トルコ政府の唯一の狙いは、議会での過半数議席と権力の維持だ。シリアでの行動はこれに基づいており、合理的な分析には基づいていない」と述べる。
北大西洋条約機構(NATO)で2番目に大きな軍隊を持つトルコは、シリアだけで力を誇示している訳ではない。最近は、誤って越境したギリシャの国境警備隊員を拘束したり、キプロスの領海に海軍を派遣してイタリアの天然ガス探査船を妨害したり、チェコがYPG指導者の身柄を引き渡さなかったことについて報復措置を講じると警告したりしている。
「これが新しいトルコのやり方だ。非常に取引じみていて、好戦的だ」。シンクタンク「アトランティック・カウンシル」のトルコ専門家、アーロン・スタイン氏はこう指摘し、さらに続けた。「トルコはあらゆるツールと『狂人』アプローチを使い、うわべだけの同盟国から一層の譲歩を得ようとしている」【3月9日 WSJ】
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最後の指摘は、“トルコ・エルドアン大統領”を“アメリカ・トランプ大統領”に代えてもよさそうです。