孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

飽食ニッポンにも存在する飢餓経験 先進国最悪レベルの「子供の貧困」

2018-03-16 23:14:11 | 民主主義・社会問題

(画像は【相対的貧困率とは何か:6人に1人が貧困ラインを下回る日本の現状(小林泰士氏)】
日本はOECD加盟先進国のなかでも「相対的貧困率」が高い国です。OECDでは、等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人数の平方根で割って算出)が全人口の中央値の半分未満の世帯員を相対的貧困者としています。)

貧困層の存在がクローズアップされたイタリア総選挙
3月4日に行われたイタリア総選挙は、周知のように新興ポピュリズム政党の「五つ星運動」と、右翼政党「同盟」という、いずれも既成政治の枠外にあった勢力が台頭する結果となりましたが、いずれの勢力も過半数には及ばす、今後の連立交渉が注目されています。

連立に否定的だった「五つ星運動」は、選挙直前当たりから、必ずしも連立を否定しないという方向に軌道修正をかけていますが、今回選挙で躍進した「五つ星運動」と「同盟」の連立という、異色の組み合わせの可能性も俎上に上っているようです。

「同盟」のサルビーニ党首が「五つ星運動」との連立の可能性を示しています。(【3月15日 ロイター】より)

確かに、EUに懐疑的(直ちに離脱という訳ではないようですが)で、難民受け入れにも消極的という点では共通するところもある両者ですが、経済的に優位にある北部の分離独立運動からスタートしている右翼「同盟」に対し、「五つ星運動」は社会保障などで左派的な施策を掲げており、相当に性格が異なる政党でもあります。
「どうなるか見てみよう」というところでしょうか。

一方、このイタリア総選挙を“貧困”という視点から見たのが、選挙直前の下記記事です。

****貧困層」が急拡大している欧州のリアル 「ベーシックインカム」では解決できない****
先進国において貧困層が選挙結果を左右することはあまりない。だが、3月4日に総選挙を控えたイタリアでは貧困層が草刈り場になっている。

中道右派政党「フォルツァ・イタリア」を率いるシルビオ・ベルルスコーニ元首相(公職禁止の有罪判決を受けている)と、コメディアンでポピュリスト政党「五つ星運動」の党首、ベッペ・グリッロ氏が共にベーシックインカム導入を唱えているのだ。
 
貧困層に毎月、気前よくおカネを支給することになるこの公約は、制度設計からしてまゆつばものだ。とはいえ、少なくともこれによって急速に深刻化する欧州の貧困問題に光が当たったのは事実だ。

イタリアでは貧困層が10年で3倍に
もちろん、貧困層の全員が悲惨な生活を送っているわけではない。が、多くは困窮しており、イタリアでは貧困層が選挙結果に与える影響は無視できないものになった。

全人口の約8%、500万人近くが生活必需品すら買う余裕がなく苦しんでいる。しかも、こうした貧困層の数は、わずか10年で3倍近くに膨れ上がっているのだ。
 
欧州全体の状況も、同様に深刻だ。欧州連合(EU)では1億1750万人、域内人口のおよそ4人に1人が貧困層に転落するか社会的に疎外される危機にさらされている。

その人数は2008年以降、イタリア、スペイン、ギリシャにおいて600万人近く押し上げられている。フランスやドイツでも、貧困層が人口に占める割合は20%近辺で高止まりしたままだ。
 
2008年のリーマンショック以降、貧困層転落のリスクは全般に高まったが、その傾向は若者において顕著だ。年金を除く社会保障給付がカットされたのに加え、既存従業員の雇用を守るために新規採用を犠牲にする労働市場のあり方にも原因がある。

2007〜2015年に欧州では18〜29歳の若者が貧困化するリスクは19%から24%に上昇したが、65歳以上の高齢者については逆に19%から14%に低下した。
 
確かに最近の景気拡大によって若者の貧困化リスクは多少緩和されるかもしれない。しかし、構造問題はなくならない。失業が長期化すれば、その人の職業スキルは取り返しのつかないところまで劣化してしまうかもしれない。テクノロジーの急速な進化によって、能力が時代遅れになる可能性もある。
 
このままだと再就職は不可能となるか、低賃金で不安定な仕事に甘んじるか──貧困層の多くにとって選択肢はその2つだけ、ということになろう。

OECDの最近の統計によれば、スペインとギリシャでは生産年齢人口の14%が、働いているにもかかわらず貧困から抜け出せずにいる。

人間の尊厳が問われている
累進課税や、給与に上限を課すサラリーキャップなど、富の再分配を通じて不平等に対処する手段もある。だが、貧困の撲滅には再分配を超えるものが必要だ。

貧しい人々は社会の周縁に追いやられているが、貧困層が世の中に再び居場所を得て活躍できるよう支援していかなければならない。これは単に政情の安定や経済の公正さの問題なのではない。人間の尊厳が問われているのである。
 
この先、欧州の福祉国家モデルは改革が必要になろう。もはや欧州の高齢者は一番の経済的弱者ではないが、いまだに社会保障給付で最大の分け前を手にしている。欧州の各国政府は、老齢年金をカットし、貧困層や失業者・若者への配分を増やすべきである。
 
ベルルスコーニ元首相とグリッロ氏は貧困問題に狙いを定めているが、両氏が掲げるベーシックインカムは付け焼き刃の対策でしかない。確かに貧困層の厳しい懐事情はにわかに和らぐかもしれない。だが、背後にある構造問題が解決するわけではない。
 
それどころか、問題をさらに悪化させるかもしれないのだ。ベーシックインカムは失業者が職を探したり、職業訓練を受けたりするのを特に後押しするものではないため、貧困層が永遠に公的給付に依存して生きていく状況を生み出しかねない。
 
欧州の政治家は貧困問題を無視し続けることはできない。ベルルスコーニとグリッロの両氏が明らかにしたのは、そのことだ。【3月3日 東洋経済オンライン】
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若年層、低学歴層に多い飽食ニッポンの飢餓経験率5%
途上国における絶対的貧困については、2月21日ブログ「途上国貧困層を襲う“ゴミの山”崩壊事故 中国の資源ごみ輸入禁止で対応を迫られる日本」でも取り上げました。

“先進国において貧困層が選挙結果を左右することはあまりない”とありますが、先進国においても“格差”が非常に重要な問題となっており、アメリカ・大統領選挙でのトランプ勝利も、発展から取り残された経済的に苦しい白人層の票が決めてになったと思われます。

相対的貧困とも言える“格差”はともかく、飢餓に直結するような絶対的貧困がどうか・・・ということに関して、イタリアでは“全人口の約8%、500万人近くが生活必需品すら買う余裕がなく苦しんでいる”とのことですが、日本でも「この1年間で、十分な食料がない状態で過ごしたことがある」という者が全人口の5%あまり存在するようです。

****飽食ニッポンにも飢餓は存在する****
<現代の日本でも少なくない人たちが飢餓を経験している。その経験率は若年層、低学歴層に偏っている>

2007年7月、北九州市で52歳の男性が自宅で死亡しているのが発見された。死因は餓死で、遺書には「おにぎり食べたい」と書かれていた。生活保護を打ち切られ、生活困窮に陥っていたためと見られる。

「今の日本で餓死なんてあるわけない」と思う人もいるかもしれないが、餓死者がいることは統計でも確認される。2016年中に、「食糧の不足」が原因で死亡した者は15人と記録されている(厚労省『人口動態統計』)。そのうちの10人は、40~50代の現役層だ。

餓死には至らずとも、飢餓を経験している人は多いだろう(1日1食でしのいでいる)。

2010~14年に各国研究者が共同で実施した『第6回・世界価値観調査』では、「この1年間で、十分な食料がない状態で過ごしたことがあるか」たずねている。

18歳以上の国民のうち、「しばしばある」ないしは「時々ある」と答えた人の割合を国ごとに計算し、高い順に並べると、<表1>のようになる(英仏は調査に参加せず)。


発展途上国では飢餓の経験率が高い。ルワンダやハイチでは、国民の半分以上が飢餓を経験している。経済大国のアメリカも11.5%と比較的高い。富裕層と貧困層の格差が大きいためだろう。

日本は5.1%で、20人に1人の割合だ。人口の概数(1億2000万人)に乗じると612万人で、東京都の人口の約半分が飢えを経験していることになる。決して少数ではない。

これは国民全体の数値だが、問題とすべきは、飢餓経験が社会的にどのように分布しているかだ。おそらくは、社会的な不利益を被りやすい層で多いと考えられる。

18歳以上の国民を年齢と学歴の軸で9つの層に分け、それぞれの飢餓経験率を計算してみた。学歴社会の日本では、低学歴層ほど飢餓の頻度は高いはずだ。年齢も重要で、最近指摘される若者の貧困が可視化されるかが注目される。

<図1>(省略)は結果をグラフで示したものだ。(中略)飢餓経験率をみると、若年層・低学歴層ほど高くなっている。30歳未満の義務教育卒(中卒)の群では17.9%、6人に1人が飢えを経験している。

左下の若年・低学歴層に困難が凝縮されていることが見て取れる。高齢化・高学歴化が進んだ現代日本の飢餓経験の分布図だ。

日本は豊かな社会だが、大多数から外れた不利な層の状況が見えにくい。冒頭の「おにぎり食べたい事件」をレアケースと取ってはならないだろう。その予備軍は決して少なくない。生活保護費が大幅削減される見通しだが、このような悲劇が再現される懸念が出てくる。

目を凝らして見ると、飽食の国・ニッポンでも飢餓は存在する。その一方で、まだ食べられる食品が年間621万トンも捨てられている(2014年度、環境省推計)。1人の国民が毎日、茶碗1杯分の食べ物を捨てていることになる。こうしたロスを減らす対策も求められている。<資料:『第6回・世界価値観調査』(2010~14年)>【2月22日 舞田敏彦氏 Newsweek】
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<表1>には冒頭のイタリアや、英仏などは含まれておらず、先進国全体における貧困の様相はまひとつよくわかりません。

論旨がそれますが、突出して高い数値を示すのがルワンダとハイチ。ハイチはもともとの貧困国に加え、2010年のハイチ地震の壊滅的被害から復興できずにいますので、この数字もわかります。ルワンダは?

1994年のジェノサイドの後、カガメ大統領のもとで「ルワンダの奇跡」とも言われるような復興を実現している・・・と耳にしていましたので、意外な数字に思えます。成長の陰に深刻な格差があるのでしょうか?

先進国で最悪レベルの日本の「子供の貧困」】
話を先進国、特に日本の貧困に戻すと、日本は「子供の貧困」が先進国の中でも非常に悪い状況にあることが指摘されています。

****先進国で最悪レベル「子供の貧困」 なぜ豊かな日本で解決できないのか****
日本の子供の貧困率は今、先進国の中で最悪レベルにあるという。

貧困は、子供の教育機会を奪うだけでなく、豊かな日本社会の将来のツケとして暗い影を落とす。少子高齢化、無縁社会…。わが国の未来は、貧困などの危機にある子供たちに託すしかない。貧困が貧困を生む、この見えにくい現実について考えたい。

豊かな日本社会なのに子供の貧困問題が深刻化している。昨年、厚生労働省が発表した「子供の(相対的)貧困率」は過去最悪の16・3%に上り、6人に1人の約325万人が「貧困」に該当する。豊かな先進20カ国のうち、4番目の高さにある。
 
だが、この6人に1人という数字を見て、疑問を持つ向きもあるだろう。日本は経済大国である。「相対的」というぐらいだから、豊かな日本では貧困であるという基準が高く、このような驚くべき値が出てしまうのではないか。
 
この基準、貧困ラインは個人単位の額である。平成24年では年額122万円となるが、子供の場合、単身で暮らすことは少なく、これでは具体性に欠ける。

世帯単位に換算してみると、親と子1人ずつの一人親世帯(2人世帯)で年額173万円、月額約14万円、親子4人世帯で年額244万円、月額20万円余りにしかすぎないのである。

学力以前の「不利」
このような厳しい経済状況は子供たちにどのような影響を与えているのであろうか。注目を浴びているのは学力の問題だろう。全国学力テストでも、低所得世帯の子供の学力が低いことが分析されている。
 
だが、筆者の児童相談所での臨床経験からすると、学力以前の段階ともいえる健康、食生活、親子関係などで不利な状況を背負う子供も多いことを伝えなければならない。
 
さらに、貧困家庭の収入が低いのは親たちが働いていないからではない。ほとんどがワーキングプアであるからだ(日本の子育て世帯の失業率は先進国の中で最も低い)。
 
ある工場で働くシングルマザーは収入を増やすため、昼間から少し単価の高い夜間に勤務時間をシフトさせたが、その結果、近隣から育児放棄していると通報された。

筆者が経済状況を聞くと、母親の選択に共感せざるを得ない気持ちが湧いてきて、子供の危険性に対する判断との間で自分自身が板挟みになってしまったこともある。
 
こうした厳しい状況の背景の一つは、子供を持つ親たち、特に若い親たちの労働状況の悪化だろう。しかし、日本の場合、貧困化の進展に合わせて、政府からの子育て世帯への援助が限られている。つまり、公的支援が貧困なことを指摘しなければならない。
 
まず、子育て世帯は経済的に困窮していても、児童手当などの金銭的な支援(現金給付)を十分に受けていれば、貧困に陥らずにすみ、子供への影響を防ぐことができる。

他の豊かな先進国が子供の貧困率を低く抑えることができているのは、親たちの稼働所得に格差が少ないためではない。現金給付が日本に比べ、潤沢なためである。
 
さらに、子育て世帯は現金給付だけでなく、教育や保育など公的なサービスを受けている。こうしたものを「現物給付」と呼んでいるが、現物給付が十分であれば経済的に困窮していても、例えば、高い教育費負担に悩むことは少なくなる。
 
ところが、日本では現物給付も現金給付以上に貧困な状況だ。特に、公的教育支出(対GDP比)に関しては、2005年から11年までOECD(経済協力開発機構)31カ国(メキシコ・トルコなど中進国も含む)の中で最も低い割合である。少子化率を配慮しても極端に低い。

子供への社会投資を
私たちは、この社会の未来を子供に託すしかない。天然資源の少ない国であればなおのこと、子供という人的資源に頼るしかない。子供への社会投資しか道はない。
 
もちろん、そのためには社会的な負担の議論も必要だろう。しかし、同じ時間の長さでも子供は大人以上のダメージを受ける。

負担(コスト)の議論を待っている間に、損失(コスト)は相乗的に増え続けていることを私たちは自覚すべきである。待つことができる時間はわずかである。【2015年5月16日 山野良一氏 産経】
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上記記事のもとになった2012年調査の後、2015年調査では数字は改善してはいますが、基本的問題は解決していません。

****日本の子どもの貧困率 深刻な状況は変わらない****
子どもの貧困はまったく楽観できる状況にない。
 
厚生労働省が発表した国民生活基礎調査によると、2015年時点の子どもの貧困率は13・9%で、前回調査(12年)より2・4ポイント低下した。政府は「雇用の改善や賃金の上昇が加速しているため」と経済政策の効果を強調する。
 
しかし、子どもの7人に1人がまだ貧困状態にあり、高止まりしているのが実情だ。ひとり親世帯の貧困率は相変わらず5割を超える。先進国は2割未満の国が多く、経済協力開発機構(OECD)加盟国の中では依然として最低水準にある。
 
貧困世帯への経済的な支援とともに、子ども自身への教育や生活支援を含めた総合的な対策が必要だ。
 
子どもの貧困率とは、世帯1人あたりの手取り収入を順に並べ、真ん中となる人の金額(15年は245万円)の半分(貧困線)に満たない世帯で暮らす子どもの割合だ。
 
今回の調査では、貧困線に近い低所得層の収入が減っており、景気や雇用状況が少し変わるだけで大幅に貧困率が悪化する恐れがある。
 
特に母子家庭は所得200万円以下の世帯が4割近くを占める。非正規雇用で仕事を掛け持ちしている母親は多く、所得は増えても子どもの養育にかける時間が減っている人もいる。

食生活が貧しく、風呂に入らない、歯磨きをしないといった子どもは、勉強にもついていけず、不登校やひきこもりにつながりやすい。
 
親の所得が少し増えただけでは、子どもの貧困状態を解消することはできないのだ。
 
厚労省が貧困率を初めて公表したのは09年、子どもの貧困対策法が成立したのは13年のことだ。昨年には児童扶養手当を増額したが、対象は2人目以降の子で金額も数千円程度にとどまっている。まだ対策は緒に就いたばかりである。
 
今年度から給付型奨学金も一部導入されたが、大学卒業後も長年にわたって奨学金の返済に追われている若者の苦境に比べれば、効果はあまりにも限定的だ。
 
必要な財源を確保し、福祉や教育、雇用など多角的な政策の展開が必要だろう。政府を中心に国民全体で日本の子どもの貧困を直視しなければならない。【2017年7月1日 毎日】
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「一億総中流社会」と称されていた日本にあって、「ワーキングプア」という言葉がクローズアップされたのが2006年。
高齢者に偏重しがちな福祉政策の在り方、非正規雇用増大の経済構造変化、貧困の連鎖、奨学金による自己破産等々、論ずべき点は多々ありますが、状況はあまり改善されていないように見えます。
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