(【2018年3月26日 CNN】昨年3月、インドの航空大手「エア・インディア」は、インドの首都ニューデリーを出発し、サウジアラビアの領空を通って、イスラエル・テルアビブの空港に着陸する航空便の運航を完了させました。イスラエル便がサウジの領空を通過するのは世界でも初めてのこと。画像ではイスラエルとインドの旗が掲げられていますが、もう1本、サウジアラビアの旗も掲げるべきでしょう。)
【パックス・アメリカーナから地域大国の合従連衡へ】
米軍のシリア撤退をもちだすまでもなく、中東におけるアメリカの存在が薄れているのは今更の話です。
****アメリカの覇権が終わり、地域大国の時代に 激変する中東のいまはこう読む****
■パックス・アメリカーナから合従連衡へ
(中略)ところがここ10年の間、まあ20年ぐらいでしょうか、特に2003年アメリカがイラク侵攻をしてから、この体制が崩壊しはじめました。
そしてアメリカはイラク侵攻後、中東では手を広げすぎた状態になってしまいました。オバマ政権とトランプ政権にはいろいろな大きな違いがありますが、その違いの背後には一つの連続性があります。
オバマ大統領とトランプ大統領に共通する状況は、アメリカがこの地域を、以前のようにまとめ上げることができなくなったことです。
その代わりにトルコ、イラン、あるいはサウジアラビアといったような地域大国が以前にまして積極的な外交攻勢を展開するようになりました。
こうした国々はもはや、共通する外部の大国と向き合うだけでなく、合従連衡を戦術レベルで繰り広げます。つまり、一つのグローバルな対立があったり覇権国がいたりするわけでなく、複数の地域的主体が生まれたのです。まず、それがグローバルなレベルでの変化です。【2018年12月27日 GLOBE +】
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【イスラエル・サウジ・アメリカ対イランの構図】
アメリカ・トランプ政権は、この地域大国の合従連衡と連携する形で中東、特にイランの勢力拡大を阻止しようとしており、ともにイランを敵視するイスラエルとサウジアラビアとの関係強化を重視する姿勢を見せています。
****ポンペオ米国務長官、中東への関与強調=対イラン、テロ戦で共闘訴え****
ポンペオ米国務長官は10日、訪問先のエジプト・カイロで演説し、「米国はイスラム過激派のテロリズムに対抗し、対テロ戦で不動のパートナーであり続ける」と述べ、中東への関与継続を表明した。
トランプ政権が封じ込めを図るイランを「共通の敵」と呼び、「イランの現状が続けば、中東諸国は決して安全や経済的安定を得ることはできない」と対イラン共闘を呼び掛けた。
トランプ大統領が米軍のシリア撤収を突如表明し、中東諸国では米国の中東政策に対する困惑や疑念が広がっている。改めて関係強化の意思を示すことで、懸念を打ち消す狙いとみられる。【1月11日 時事】
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【中東世界での存在感を強めるイスラエル】
アメリカがパートナーとするサウジアラビアはカショギ氏殺害事件で、しばらくは動きがとりづらい状況になっていますが、もうひとつのパートナーであるイスラエルの方は中東世界における存在感を強め、イランに対する攻撃を隠そうともしなくなくなっています。
****シリアのイラン武器庫空爆=イスラエル首相、異例の確認****
イスラエルのネタニヤフ首相は13日、シリア領内にあるイランの武器庫を空爆したことを認めた。イスラエルはシリア領内を狙ってたびたび攻撃を繰り返しているとされるが、首相自ら公式に確認するのは異例だ。
ネタニヤフ首相は「過去36時間で首都ダマスカスの空港にあるイランの武器を格納する武器庫を攻撃した」と明言。「最近の攻撃強化は、シリアにいるイランに対して行動を取るというこれまで以上の決意の表れだ」と強調した。【1月13日 時事】
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イスラエルによるシリア領内のイラン・ヒズボラ関連施設への攻撃事態は、極めて“日常的”な事態になっています。
****イスラエル軍のシリア空爆、過去18か月で202回 異例の公表****
イスラエル軍当局は(2018年9月)4日、隣国シリアで過去18か月間に202回の空爆を実施し、そのほとんどはイランの革命防衛隊を標的にしたものだったと明らかにした。
匿名の軍当局者がイスラエルの報道各社が報じた内容を確認し、空爆でミサイルや爆弾およそ800発が使用されたと語った。このような軍事行動についてイスラエル軍が公表することはまれ。
イスラエルは、シリア内戦でバッシャール・アサド政権を支援しているイランがシリア国内で軍事的影響力を確立することを防ぐ姿勢を明確にしている。
イスラエル軍は、イランが支援するレバノンのイスラム教シーア派原理主義組織ヒズボラへの武器提供を防ぐため、シリアで数十回の空爆を実行したことは認めていた。
その一方で、過去数か月にシリアで行われイラン人が犠牲となった一連の空爆はイスラエルによるものとみられていたものの、イスラエル軍がそれらの空爆を実施したと認めたことはほとんどなかった。(後略)【2018年9月5日 AFP】
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こうしたイスラエルの空爆に対し、シリアに展開するロシアがどのように対処しているのか(黙認しているのか)という話にもなりますが、そのあたりは今回はパスします。
イスラエルが大胆にふるまえるのは、中東世界におけるイスラエルの立ち位置の変化があります。
以前は、中東世界における構図は、パレスチナ問題に代表されるアラブ世界対イスラエルという図式であり、イスラエルの不用意な行動はアラブ世界全体を敵に回すことにもなりました。
しかし、現在はイラン対イスラエル・サウジ・アメリカという図式が定着し、アラブ世界の多くの国もイスラエルとの関係を認めるようになっています。
ともに対イランのタッグを組むサウジアラビアとの関係では、国際世論から非難の集中砲火を浴びたカショギ氏殺害事件に関しても、イスラエルは「サウジアラビアが不安定になれば、中東ばかりか、世界全体が不安定になる」(ネタニヤフ首相)と述べて、国際社会に「バランス」のとれた対応を求めています。
更には、“十二月上旬、イスラエルのテレビ局が「ネタニヤフ政権は、サウジアラビアとの正式な国交樹立を望んでいる」と伝えたのだ。首相の意向を観測気球として伝えたもので、首相府は報道後、コメントを控えた。”【「選択」1月号】とも。
もともと、カショギ氏殺害につながった携帯を使用した盗聴・盗撮ソフトウェアは、イスラエルがサウジアラビアに提供したものだったとも。【同上】
(スパイウェアを仕掛ければ携帯を勝手に起動してマイク・カメラをオンにすることができるようです。話はそれますが、アメリカがオーストラリアに展開している南シナ海・アジアをカバーする情報監視基地を舞台にしたネットフリックス配信動画「パイン・ギャップ」を観ていると、そうした技術などを駆使して、今はどんな情報も(国家首脳周辺だろうが軍事関連だろうが)知らいない間に“筒抜け”になってしまう時代のようです。スノーデン容疑者が明らかにした世界です。)
イスラエルとの関係を強化しているのはサウジアアラビアだけではありません。
****「共通の敵」で関係改善?イスラエル接近、揺れるアラブ****
中東のイスラエルが国交のない湾岸アラブ諸国に相次いで閣僚を派遣し、関係改善を図っている。
イスラエルのネタニヤフ首相は10月26日、国交のないオマーンを首相として22年ぶりに訪れ、カブース国王と会談した。ネタニヤフ氏は「近年、アラブ諸国と進めてきた外交努力の一環だ」と述べ、「さらに続く」と予告。
11月7日にはカッツ運輸相をオマーンでの国際会議に派遣し、自国とサウジアラビアなど湾岸アラブ諸国を結ぶ「平和鉄道」の建設構想を提案した。
また、10月28日にはレゲブ文化・スポーツ相をアラブ首長国連邦(UAE)であった柔道国際大会に出席させていた。大会ではイスラエルの選手が優勝し、同国の国歌がUAEで初めて公式に演奏された。
旧敵つなぐ「共通の敵」
イスラエルは1948年の建国後、アラブ諸国と4度戦争した。エジプトとヨルダンを除き、現在もアラブ諸国とは国交がないが、近年はイランを「共通の脅威」として、関係改善を目指している。
前イスラエル外務次官のドア・ゴールド氏は「今までも水面下の交流はあったが、現在は一部を公にできるようになった。アラブ諸国がイスラエルより、イランやイスラム過激派を最大の脅威と見るようになったためだ」と言う。
一方、アラブ諸国のうちイスラム教スンニ派の盟主サウジアラビアは、シーア派のイランと地域の覇権を争ってきた。隣国イエメンの内戦でイランと代理戦争を続けるほか、イラクやレバノンなどでも対立する。
トランプ米政権は中東で「イラン包囲網」を築こうとしており、米国と同盟関係にあるサウジとイスラエルはこの動きを利用した格好だ。(中略)
イスラエルの接近に、パレスチナ問題で団結してきたアラブ諸国は難しい対応を迫られている。アラブ連盟は2002年、第3次中東戦争(1967年)の占領地からイスラエルが撤退し、パレスチナ国家の樹立を受け入れれば、関係を正常化すると約束した「アラブ和平イニシアチブ」を採択した。
米国への配慮、市民感情
ただ、親米国エジプトやヨルダンは米国から多額の軍事・経済援助を受けており、米国の中東政策に反対しにくい事情も抱える。トランプ政権が米大使館をエルサレムに移した時も、アラブ諸国は一枚岩の強い対応を取り切れなかった。(中略)
湾岸情勢に詳しいエジプトの研究者サメフ・ラーシッド氏は「アラブ諸国には、依然として反イスラエル感情を持つ市民もいる」と説明。サウジなどがイスラエルと早期に関係改善するのは難しく、市民感情に配慮しながらの対応が必要になると指摘する。【2018年11月13日 朝日】
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“さらに十一月には、「バーレーンを近く訪問する」と語った。サウジアラビアの影響力が強い国だけに、バーレーン訪問は、サウジとの極秘外交のバックチャンネル作りが狙いと見られている”【「選択」1月号】
イスラエルと国交があるエジプトもシナイ半島に跋扈するイスラム過激派対策でイスラエルとの関係を強化しており、そうした関係を(やや躊躇しながらも)公にし始めています。
****旧敵イスラエルと軍事協力 エジプト大統領、初めて明言****
エジプトのシーシ大統領は6日に放映された米CBSのニュース番組のインタビューで、東部シナイ半島で展開している過激派組織「イスラム国」(IS)の掃討作戦でイスラエルと協力していると述べた。シーシ氏がイスラエルとの軍事協力に言及したのは初めてとみられる。
CBSによると、掃討作戦について問われたシーシ氏は、「イスラエルとは広範囲に協力している」と述べた。
シナイ半島にはISに忠誠を誓う過激派が潜伏。エジプト軍は昨年2月以降、掃討作戦を強化した。イスラエル空軍も過激派の拠点を空爆していると報じられた。シーシ氏の発言は、それを指すとみられる。
エジプトは1967年の第3次中東戦争でイスラエルにシナイ半島を奪われた。両国は79年に平和条約を締結し、シナイ半島は82年以降、エジプトに返還された。ただ、エジプト国民の間には反イスラエル感情が強いとされる。
CBSによると、駐米エジプト大使がこのインタビューの放送中止を求めたという。【1月8日 朝日】
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【アラブ世界のイスラエル接近で取り残されるパレスチナ自治政府】
まずはパレスチナ国家の樹立を・・・とする「アラブ和平イニシアチブ」が形骸化し、イスラエルとアラブ諸国の関係が強化されるなかで、パレスチナ自治政府は“取り残される”状況にもなっています。
イスラエルの働きかけは、パレスチナ自治政府とも対立関係にある仇敵「ハマス」にまで及んでいるようです。
****パレスチナ自治政府の窮状深まる=和平仲介者現れず―政敵ハマスは立場強化****
パレスチナ自治政府の窮状が深まっている。「エルサレムはイスラエルの首都」と昨年12月に認定したトランプ米政権による中東和平仲介を拒否する姿勢を貫くが、米国に代わる仲介者は1年たっても不在のまま。
1993年のオスロ合意で始まった和平プロセスへの期待はしぼむ一方だ。和平交渉を長年取り仕切ってきたパレスチナ高官のアリカット氏は「今年は過去25年で最悪の年だった」と嘆く。
自治政府のアッバス議長は米国に代わり、国連などを通じて多くの国が関与する和平仲介の枠組みが必要と判断。新たな「国際和平会議」の開催を求めてきた。しかし、国際社会の反応は鈍く、実現の見通しは立っていない。
和平交渉は、トランプ氏が大統領に就任する前の2014年から中断されている。こうした中、イスラエルは今年もパレスチナが将来の国家の領域とみなすヨルダン川西岸での入植活動を拡大させ、自治政府が目指す独立国家樹立は一段と困難になった。
一方、パレスチナ自治区ガザを10年以上にわたって実効支配し、自治政府と対立するイスラム組織ハマスは、カタールの仲介でイスラエルとの間接交渉を活発化させた。
その結果、イスラエルは経済封鎖下のガザにカタールの支援で多額の現金を運ぶことを容認。11月と12月にそれぞれ1500万ドル(約17億円)が搬送され、ハマスは資金を住民の雇用創出などに充てた。
国際社会から支援を受ける自治政府は、ガザへの資金供給を絞ることでハマスに圧力をかけ、影響下に置く戦略を描いてきたとされるが、自治政府を介さない支援が拡大すれば機能しない。
ハマス広報担当のカセム氏は、間接交渉で「カタール、(ガザとイスラエルに隣接する)エジプト、国連機関がそれぞれ役割を果たしている」と述べ、ハマスの立場は強化されつつあるとの認識を示した。
議長の支持基盤ファタハの幹部は、イスラエルはガザへの現金搬入を認めることで、ヨルダン川西岸のファタハとガザのハマスによる和解を阻み「パレスチナの分断を固定化しようとしている」と非難する。
ただ、今後の対イスラエル交渉について「打開策は思いつかない」と語り、自治政府として打つ手がないことを率直に認めた。【12月29日 朝日】
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もちろん、イスラエルとハマスの関係は上記のような協力関係だけではなく、容易に軍事衝突へと向かうような危うい関係ではありますが・・・。
パレスチナ自治政府としては、このままでは埋没してしまうという危機感があってのことでしょうか、成算のない国連への正式加盟申請に向けた動きも報じられています。
****パレスチナの国連正式加盟申請****
本当なのでしょうか?
al qods al arabi net は、パレスチナの外相が、パレエスチナは国連に正式加盟申請をする用意ができていると語ったと報じています。
何しろ国連への加盟については、総会での承認(確か3分の2の賛成が必要だったと思う)に先立ち、安保理の承認が必要で、当然この問題は実質事項ですから常任理事国の拒否権が適用され(他方手続き事項については拒否権はない)、パレスチナの加盟申請に対しては、米国が何度も公言している通り、拒否権を使うことは明らかで、そのためこれまでパレスチナ側は、何度も申請をちらつかせながら、正式の申請はしてこなかったと記憶しています。
因みに現在のパレスチナの国連での資格はオブザーバーです。
パレスチナ外相も、米国の拒否権は十分承知しているが、パレスチナとしては国際的正統性を獲得するためにも、正式加盟国の地位を目指すとしている由
如何なる米政権でも(オバマ政権でも)拒否権を投じることが予測され、特に現在はイスラエル一辺倒のトランプ政権で、拒否権が行使されることは120%確実なときに、なぜこのような動きが出てきたのか、問題はその辺です。
想像するに、トランプ政権では、次から次へと親イスラエル政策(その最大のものが歴代政権が避けてきた、米大のエルサレムへの移転)が打ち出され、パレスチナ和平に関しては「世紀の取引」を発表するとしつつ、どうも何時になるのか?どうせ一方的なイスラエル寄りの政策だろうと思われていて、おまけにサウディはじめ湾岸諸国のイスラエルとの接近が目立ってきて、おそらくパレスチナ人一般のみならず、その指導者の間でも、危機感が強まっているのではないでしょうか?
その意味で、これ自体はどうせ実現しっこない話ではありますが、パレスチナ側のフラストを示す尺度になるのかな?と・・・・取りあえずご参考まで【1月16日 「中東の窓」】
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パレスチナ自治政府としては、何かアクションを起こして存在をアピールしないと・・・といったところでしょうか。
なお、イスラエルが主敵とするイランは、制裁で厳しい状況にあることもあってか、目立った動きはありませんが、ロウハニ大統領が3月にイラクを訪問するとアラブメディアが報じているようです。
そのメディアは“現在米国がイラクに対して、イランとの経済関係をさらに縮小するように、圧力をかけているときのイラン大統領の訪問ということで注目される”とも。【1月15日 「中東の窓」より】