(【2018年5月17日 朝日】 マケドニアはギリシャに隣接する“3”)
【マケドニア 国名変更の憲法改正を、野党対策の「恩赦」でクリア】
バルカン半島の旧ユーゴスラビア国、マケドニアはEU加盟を目指していますが、そのためにはアレクサンダー大王ゆかりの由緒ある“マケドニア”という名称を名乗ることに強く反対してきた隣国ギリシャとの和解が必要条件とされています。
隣接するギリシャ北部にもマケドニアの地名があり、このギリシャ・マケドニアは、アレクサンダー大王の出生地を含む、古代マケドニア王国の領域の大部分を占めていたとされています。
そうした(自分たちが本来のマケドニアであるとの)国家の誇りにもかかわる歴史的事情に加え、マケドニアという名称を使うことはギリシャ・マケドニアを併合しようという領土的野心があるとの疑念もギリシャ側にはあります。
そこで、マケドニアは「北マケドニア」へ国名を変更することで昨年6月にギリシャとなんとか合意しましたが、国内手続きのために9月におこなった国民投票では、賛成が90%を超えたものの、投票率が37%と50%を下回り、国名変更に“失敗”。
そこで、議会での3分の2以上の可決による憲法改正を目指すことに方針転換し、これをなんとかクリアできたようです。
****「北マケドニア」へ国名変更、憲法改正を承認 野党切り崩しで解決へ前進****
旧ユーゴスラビアのマケドニアの国会は11日、隣国ギリシャと合意した「北マケドニア共和国」に国名を変更する憲法改正案を、必要な3分の2以上の賛成で承認した。国名をめぐって1991年の独立後、四半世紀以上続くギリシャとの対立は最終解決に向けて大きく前進した。
決着にはギリシャ側の合意の批准がなお必要で、今後の焦点となる。解決されれば、ギリシャが拒んできたマケドニアの北大西洋条約機構(NATO)と欧州連合(EU)加盟に道が開かれ、ロシアが影響力増大をうかがうバルカン半島の安定にも寄与する。
採決ではザエフ首相が率いる社会民主連合を中心に賛成が81票となり、総議席120のうち、憲法改正に必要な80票を辛うじて上回った。
国名変更への反対論も強く、ザエフ政権は十分な議会勢力を持っていなかったが、反対派の最大野党の切り崩しに成功した。
政府は国会承認後、「われわれの国家に新たな歴史の一章が記された」との声明を発表。NATOとEUも11日、それぞれ承認を歓迎した。国名の変更はギリシャが合意を批准した場合に実行される。
ギリシャ首相府も同日、「祝意を示す」と表明し、月内の合意批准を目指す。ただ、チプラス首相の連立政権は総議席300の国会で過半数ぎりぎりの153議席を持つのみ。連立相手の保守系小党は合意に反対しており、批准できるかは不透明だ。
マケドニアの名称は古代王国に由来し、同国は旧ユーゴからの独立時に採用。同名の地域を国内に持つギリシャは領土的野心を示すなどとして反発し、長年対立してきたが、両国政府は昨年6月、マケドニアの国名変更で合意した。【1月12日 産経】
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上記のように、今後のギリシャ側での国内批准手続きが進むかどうかは未だ不透明ですが、マケドニア側の“反対派の最大野党の切り崩し”については、以下のようにも。
****国名「北マケドニア」へ変更の背景 NATO・EU加盟に道 ロシア強く反発か****
(中略)マケドニアの「取り込み」を目指してきた欧米は、国名変更を「歴史的(な決定)」と歓迎。一方、NATOなどの東方拡大を懸念するロシアは強く反発するとみられる。
11日の投票は賛成が81人で、憲法改正に必要な議員の3分の2(80人)をかろうじて上回った。ザエフ首相は11日、国名変更承認で「未来への扉が開かれた」と述べた。
マケドニアは6月にギリシャと国名変更で合意。だが国名変更の是非を問う9月の国民投票では賛成票が9割に達したものの、投票率は3割強にとどまり、成立要件(50%)を満たさず不成立となった。
与党・社会民主同盟は国名変更を支持したが、最大野党の国家統一民主党は「アイデンティティーを守るべきだ」と主張し反対した。
問題は「欧米対ロシア」の対立構図が表面化した形。ロシアの影響が強かったバルカン半島で親欧米国を増やしたい米国とEUはマケドニアのNATO加盟を望んで与党を支援し、影響力を強化したいロシアは野党を後押しした。
国民投票が不成立となった後、与党は議会を通じた憲法改正で国名変更する方針に転換。憲法改正に必要な3分の2の議席を確保するために、野党分裂を図った。
昨年12月には「恩赦法」の可決に持ち込み、同4月に起きた国会襲撃事件で逮捕された一部の野党議員を罪に問わないことを定めた。
この結果、野党議員8人が国名変更賛成に回り、憲法改正が承認された。早ければ今月中に、ギリシャ議会で国名変更が批准され、新たな国名が正式決定される。
専門家は「恩赦は法の支配を弱める行為」と批判。だが、通常は「法の支配」を重視するEUは「(マケドニア)社会の和解のため、恩赦は重要」との声明を出し、米国も賛意を示した。
マケドニアがNATOに加盟した場合、バルカン半島のNATO未加盟国はボスニア・ヘルツェゴビナとセルビア、親米のコソボだけとなり、欧米の影響力が一層強まる。
マケドニアのジャーナリスト、ナセル・セルマニ氏は「国名変更が失敗したらマケドニアはロシアの影響力が強まり、緊張状態が続くセルビア・コソボ関係にも悪影響を及ぼしていた。恩赦に賛否両論はあるが、国名変更のために他の選択肢はなかった」と評価した。【1月12日 毎日】
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【EUの「東方拡大」に不信感を募らせるプーチン大統領 バルカンでの両者のせめぎあい】
マケドニア政府は超法規的な“恩赦”で強引に一部野党議員を取り込んだようで、欧米もこれを認めた形となっています。
その背景にあるのが、上記記事が指摘するロシアとEUのバルカン半島における勢力争いです。
バルカン半島は、その複雑な民族構成から「欧州の火薬庫」と呼ばれ、セルビアでの1発の銃弾が第一次大戦の引き金ともなりましたが、現在でもロシア・EUが対峙する最前線となっています。
****EUは東へと向かう バルカン半島に中国とロシアの影****
欧州連合(EU)が今年、西バルカン地域6カ国の加盟に向けた新たな戦略を打ち出し、「東方拡大」の加速に力を注いでいる。
ロシアの影響力が浸透し、中国が投資を拡大する現状への危機感からだ。
(中略)(2018年5月)9日、モスクワの赤の広場であった戦勝パレードを見守るロシアのプーチン大統領のそばに、セルビアのブチッチ大統領の姿があった。
EU加盟交渉を進めて経済援助を受けつつ、セルビアで人気が高いプーチン氏との関係の近さを大衆に示す。この「二股」がEU主要国首脳の不興を買っていると言われる。特に懸念されるのは安全保障だ。
軍事的中立を掲げるセルビアは欧州諸国と米国の軍事同盟、北大西洋条約機構(NATO)とロシアのどちらを重視するか、明確にしていない。近年はロシアとの軍事演習を増やしたり、兵器の調達で関係を強化したりしている。
軍事アナリストのアレクサンダー・ラディッチ氏は、モンテネグロのNATO加盟が15年に決まったことなどがロシアの危機感を高めたと指摘。「ロシアは立て直しのため西バルカンで新たな(安全保障上の)戦略を始める可能性が高い。そうなると、この地域は不安定になる」とみる。
加盟に立ちはだかる民族対立
EUの行政機能を担う欧州委員会は2月、2025年をめどにセルビア、モンテネグロのEU加盟をめざす新戦略を発表。法の支配を強める制度改革を後押しして加盟への条件を整え、EUとの間の通信や移動の障壁をなくすなど六つの方針を掲げた。
4月にはアルバニア、マケドニアと加盟交渉を始めるよう加盟国代表でつくる欧州理事会に勧告。残るコソボ、ボスニア・ヘルツェゴビナへも、加盟に向け経済支援などを強める。
EUは03年に西バルカン各国の加盟を目指したことがある。そのプロセスが進まないうちに中ロの影響力が増したことへの反省が、今のEUを動かしている。
ユンケル欧州委員長は「極めて複雑なこの地域から我々が離れれば、(激しい紛争があった)90年代のようなことになる。西バルカンに戦争を戻したくない」と意気込む。
新戦略では「他国との問題を解決すること」が加盟の事実上の条件として強調されているが、民族と宗教が入り組み、紛争を繰り返してきたこの地域にとっては容易ではない。
その代表がコソボ問題だ。アルバニア系が多数のコソボは、セルビアの自治州だった90年代後半に紛争が激化、国連の暫定統治を経て08年に独立を宣言した。110カ国超の国家承認を受けたが、国連には加盟していない。
EUの仲介で始めたセルビアとの関係正常化交渉は、政治家の暗殺事件などをきっかけに民族間の緊張が高まり、停滞している。
EU内でも、カタルーニャ分離独立問題を抱えるスペインはコソボ承認に強く反対する。17日の首脳会談に向け、一時はラホイ首相の出席が危ぶまれ、EUの結束の乱れが露呈した。
ボスニア・ヘルツェゴビナは民族紛争の結果、イスラム教のボシュニャク、正教のセルビア、カトリックのクロアチア系の主要3民族の均衡を図る国家制度になり、大統領も3人いる。この仕組みが加盟への動きにブレーキをかけている。
ボシュニャク系の民主行動党副党首、ハリッド・ゲニャッツ氏は「EUの求めに応じた政策を導入しようとしても、牽制(けんせい)し合う構図の中で他の民族が反対し、断念せざるを得ないことがある」と説明する。
「ロシアが、関係の深いセルビア系を通じて影響力を維持しようとしている」(サラエボ科学技術大学のズラトコ・ハジデディッチ助教授)とも指摘される。【2018年5月17日 朝日】
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【ロシア マケドニアで情報操作 ギリシアでは教会の影響力を利用】
マケドニアについても、昨年11月の国民投票において、ロシアが反対派支持で動いたと言われています。「ロシアはこの地域での存在感を高めるために、有権者に影響を与えようと、サイバー空間を活用している。」とも。
また、マケドニアのEU加盟を阻止しようとするロシアの動きは、ギリシャ側でも行われているとも。
****マケドニア国名変更国民投票にロシアの影!?*****
マケドニア国名問題 疑われるロシアの関与
(中略)(マケドニアの国民投票を支援した欧米首脳ですが)その中でも注目されたのが、アメリカのマティス国防長官の発言です。ロシアを名指しで批判しました。
アメリカ マティス国防長官:「ロシアが反対派を支援しているのは間違いない。資金を提供し、さらに世論を操作すべく、キャンペーンを展開している。」
マティス長官が念頭に置くのが、ロシア関係者が関与するフェイクニュースによる、プロパガンダの疑いです。
先月までにフェイスブックで広く拡散したこの画像(省略)。女性が鼻から血を流しています。
政府が、国名変更に反対する女性に暴行を加えたと伝えられましたが、実は、他国の俳優がDV被害にあった時の写真だといいます。
ほかにも「ギリシャはマケドニアの言語も放棄するよう求めていて、政府は秘密裏に合意している」とするフェイクニュースもありました。
専門家はどのフェイクニュースも、ロシアの組織的な関与が疑われてると指摘します。
シンクタンク代表 トロサノフス・マルコ氏:「(フェイクニュースの)ウェブサイトはハンガリー企業に買収され、その企業の経営陣の中にロシア人が入っている。(ロシアが)アメリカなどで使った手口によく似ている。」(中略)
マケドニア国名問題 疑われるロシアの関与 ギリシャでも
(中略)こうした中、7月、衝撃的なニュースが伝えられました。ギリシャ政府が、ロシアの外交官ら4人を国外追放や入国禁止処分にしたのです。
地元メディアは、4人が合意の反対派を支援し、与党の国会議員の買収も計画していたと伝えました。
長年、ギリシャと友好関係にあったロシアによる工作活動。
地元メディアは、このうちの1人で元外交官のアレクセイ・ポポフ氏に注目しました。
ギリシャ国内でロシアの総領事を務めていた、ポポフ氏が反対派の支援に利用したとされるのは、ロシアとギリシャの教会の友好関係です。いずれも東方正教会に属し、歴史的に強い結び付きがあります。
反対派の多い北部で建設されているこちらの教会では、建設費用の多くがロシアからの寄付で賄われています。
ポポフ氏はこうした教会への寄付などに関わり、ギリシャ正教会との関係を強化してきたとみられています。(中略)
アリストテレス大学 サリヤニディス教授:「ギリシャでは宗教関係者が人々に大きな影響力を持っている。ロシア政府は正教会を政治にいかすことに、大きなメリットがあることをよく分かっている。」
マケドニア国名問題 疑われるロシアの関与
酒井「マケドニアの国名を巡る混乱の背景に、ロシアの存在が指摘されているんですね。」
花澤「そうですね。NATOを東に拡大させないという米ロの水面下の約束、これを破って拡大してきた、というのがロシア側の主張で、プーチン大統領の欧米への不信感の根本にもこれがあるんですよね。その意味でもロシアはマケドニアのEUとNATOへの加盟を阻止したいと考えていると思います。」
酒井「ただそのマケドニアの中でも、EUに加盟しても豊かにならないのではないかという、懐疑論がありましたよね。」
花澤「EUに加盟して豊かになりたいという人々の欲求が、EUとNATOの拡大につながってきた一因だったわけですが、まさに、EUの魅力が今色あせている、そして求心力を失っていると。この現状がこの問題でも現れていましたよね。
果たして両国が対立を乗り越えて、NATOとEUがさらに拡大されるのか。
マケドニアの国名を巡る問題は、欧米とロシアの対立の行方にも影響を大きな与えるものとして、注目されています。」【2018年10月1日 NHK】
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【中国にとっても、バルカンは「一帯一路」の「欧州側の玄関口」】
バルカン半島においては、EUとロシアの勢力圏争いに加えて、中国もその影響力を拡大しようとして積極的な動きを見せています。
****バルカン諸国が中国の戦略拠点に****
ブルガリアの首都ソフィアで(2018年7月)7日、「16プラス1」首脳会議が開催された。「16プラス1」はバルト3国、東・中欧、そしてバルカン諸国の16カ国に中国が参加した経済的枠組みだ。
同会合の狙いは、財政的に脆弱なバルカンや東欧諸国が中国との経済協力を深めていくことにある。ソフィア会議は7回目。中国からは李克強首相が参加した。
首脳会談に平行して開催された経済フォーラムには250の中国企業を含め約1000の企業が参加し、インフラ、技術、農業、観光分野で中国との連携強化について話し合われた。
欧州連合(EU)の本部ブリュッセルでは東欧やバルカン諸国で活発な経済活動をする中国について「EUの統合を破壊し、欧州での政治的影響力を強化する狙いがある」と警戒心が強い。(中略)
ここにきて、中国とバルカン諸国との関係が急速に深まってきている。「民族の火薬庫」と呼ばれ、多民族間の紛争が絶えなかったバルカン諸国に中国が進出し、巨額の投資を行っている。
中国は現在、習近平国家主席が提唱した新しいシルクロード構想「一帯一路」を推進中だ。巨大なインフラ・プロジェクトで中国と64カ国、アジア、アフリカ、欧州を連結する。バルカン諸国はその中で欧州への回廊の役割を果たしている。
バルカン・ルートは中国にとっても戦略的な意味合いが大きい。米国の民間シンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)の研究によると、「16プラス1」の枠組みで中国は2016年、17年の両年で94億ドルの商談を締結した。中国銀行は昨年1月、東・中欧諸国への金融センターの支店をベオグラードに開いている。(中略)
CSISの研究によると、北京は過去2年、アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニア、モンテネグロ、そしてセルビアといったEU未加盟国に50億ドルを投資している。未加盟国は地域間格差是正を目的としたEU構造基金の恩恵を受けられないだけに、中国の投資は大歓迎だ。
成功したプロジェクトはギリシャのピレウス湾岸の近代化への投資だろう。ギリシャ政府は2016年4月、同国最大の湾岸都市ピレウスのコンテナ権益を中国の国営海運会社コスコ(中国遠洋運輸公司)に売却している。中国は約6億ユーロを投入した。同湾港は今日、欧州の10大湾港に数えられている。同湾港は欧州進出への窓口だ。
もちろん、ギリシャ側も中国の貢献に感謝するだけではない。EUが国連で中国の人権蹂躙問題で非難声明をしようとした時、アテネは拒否し、妨害したことはよく知られている。(後略)【2018年7月9日 長谷川 良氏 アゴラ】
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中国にとってバルカン地域は一帯一路の「欧州側の玄関口」であり、ギリシャの主要港を抑えた今、セルビアの首都ベオグラードとハンガリーの首都ブダペストを結ぶ高速鉄道整備を目指しています。
このあたりの話になるときりがありませんが、そうしたEU・ロシア、さらには中国が影響力拡大を狙う地域において、マケドニアがEU加盟に向けて一歩踏み出した・・・というところです。