(インド・ムンバイ 「空から見える格差」【2018年8月22日 BBC】)
【極度の貧困は減少、しかし拡大する貧富の格差】
現代はグローバリズムが拡大する一方で、経済的格差も拡大しているということは常々指摘されていることです。
****「世界中が怒りを感じている」上位26人が下位38億人分の富を保有。富裕層があと0.5%でも多く税金を払えば、貧困問題は解決するのに****
<国際慈善団体オックスファムが年次報告書で貧富の格差がまた拡大したと指摘。各国政府に富裕層や企業への増税を呼びかける>
新たに発表された報告によると、世界で最も裕福な26人が、世界で所得が最も低い半数38億人の総資産に匹敵する富を握っており、しかも貧富の格差は拡大し続けているという。
イギリスを拠点に貧困問題に取り組んでいる国際慈善団体オックスファム・インターナショナルが、このほど年次報告書を発表。
拡大する一方の貧富の格差を是正するため、富裕層への増税が必要だと各国政府に呼びかけた。2008年の世界金融危機以降、世界の超富裕層の資産総額が数十億ドル単位で増えた一方で、世界人口のうち所得が低いほうの半数にあたる38億人の資産総額は10%以上減少した。
中東の衛星テレビ局アルジャジーラによれば、オックスファムのウィニー・ビヤニマ事務局長は声明の中で、「世界中の人々が怒りや不満を感じている」と警告。「各国政府は、各企業や富裕層が応分の税を支払うようにすることで真の変革をもたらさなければならない」として、富裕層にほんの少し増税するだけでも、教育費や医療費を賄うための十分な資金調達が可能だと指摘した。
最富裕層にあと0.5%だけ増税すれば
報告書によれば、実際にブラジルやイギリスなど一部の西側諸国では、最も裕福な10%の方が最も貧しい10%よりも所得税率が低い。
「最も裕福な1%があと0.5%だけ多くの税金を支払えば、教育を受けられずにいるすべての子供2億6200万人に教育を授け、330万人に医療を提供して命を救ってもまだ余るだけの財源を確保できる」という。
報告書はまた、世界の超富裕層が約7.6兆ドルの租税回避をしているせいで、途上国は年間約1700億ドルの所得を失っている、ともいう。
前向きな報告もあった。過去数十年で極度の貧困状態にある人の数が大幅に減少したのだ。
英ガーディアン紙は、「極度の貧困状態にある人の数が大幅に減少したことは、過去25年における最大の成果のひとつだ。しかし貧富の格差が拡大していることで、さらなる貧困解消の可能性が脅かされている」というオックスファムのマシュー・スペンサー活動・政策担当ディレクターの言葉を報じている。
「私たちの経済の仕組みは、一部の特権層に富が集中するようになっており、その一方で何百万もの人々が生存ぎりぎりの生活を強いられている。女性たちは一人きりで子供を産んで命を落としており、子供たちは貧困から脱出する手段となる教育を受けられずにいる」と彼は指摘した。
同じく貧富の格差が拡大し続けているアメリカでは、バーニー・サンダース上院議員(バーモント州・無党派)や、昨年史上最年少で当選したアレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員(29歳、ニューヨーク州・民主党)を筆頭に、進歩的な政治家が政府に対して格差問題への対処を強く求めている。
オカシオコルテスは年収1000万ドル超の富裕層向けの最高限界税率を70%に引き上げるよう提案。最近の世論調査ではアメリカ国民の59%がこの改革を支持すると回答した。
アナリストらはまた、アメリカの富裕層は何十年も前から個人所得税の優遇措置を受けていると指摘。米経済が急成長を遂げていた1960年代、年間所得40万ドル(現在の約300万ドルに相当)を上回る富裕層を対象とした税率は70%以上だった。その10年前は約90%。それに対して現在は、年間所得が15万7500ドルを超えても、税率はたった32%だ。
主に富裕層と企業に恩恵をもたらしているドナルド・トランプ米大統領による大型減税は、財政赤字の劇的な増加を招いている。ニューヨーク・タイムズ紙によれば、アナリストたちは2019年に財政赤字は1兆ドルを超えると予想している。
サンダースは1月18日、「最も裕福な1%と高収益の大企業については、トランプ減税を撤廃すべきだ」とツイッターに投稿した。
「所得と貧富の不平等が広がっている今のような時代は、リッチな人々をさらにリッチにさせるのではなく、老朽化が進むインフラの再建と持続可能な経済の構築に取り組むべきだ」【1月22日 Newsweek】
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“資産額10億ドル(約1100億円)以上の富裕層の人々が世界各地に保有する資産の総額は2018年、毎日25億ドル(約2700億円)ずつ増加した。
世界一の富豪である米アマゾン・ドットコムの創業者ジェフ・ベゾス氏の資産は昨年、1120億ドル(約12兆2800億円)に増えた。オックスファムによればベゾス氏の総資産のわずか1%が、人口1億500万人のエチオピアの保健医療予算全額に匹敵するという。”【1月21日 AFP】とも。
“上位26人が下位38億人分の富を保有”といった種類の数字は、以前から指摘されているところで、今回問題提起しているオックスファム・インターナショナルも、1年前の昨年1月に“世界の最富裕層1%、富の82%独占 国際NGO”【2018年1月22日 AFP】との指摘を行っています。
ただ、さすがに“26人”ということになると、やはり印象も強まります。極度の貧困は減少したとは言いつつも、下位38億人の生活が依然として厳しいところが問題でしょう。
こうした富裕層のグローバルな革新的・先進的経済活動によって経済全体が活性化・拡大し、結果的にその“おこぼれ”は中間層・貧困層にもおよび、市民全体の経済的底上げに通じる・・・という話はわからないではないですが、現実問題として、そのような“底上げ”が実現していない、中間層は貧困増に転落し、貧困層の生活苦は続いているという現状があります。
【グローバリズムの拡大 成功者はよりコスモポリタンに 恩恵を受けない層は「ローカル」にしがみつき「閉じこもる」 その不満を煽る「ポピュリズム」】
オックスファムが“世界の最富裕層1%、富の82%独占”との指摘を行った昨年1月というのは、ダボス会議で、格差拡大への批判・不満が“トランプ現象”に象徴されるようなグローバリズム批判・内向きの保護貿易主義・ポピュリズムといった動きを世界各地で惹起しているという問題意識で議論がなされた時期でした。
****グローバル時代の格差拡大とダボス会議が抱える矛盾 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代****
<グローバリズムの発展と共に格差拡大への反発や排外主義が世界各国で発生しているなかで、ダボス会議がどこまでの危機感を持っているかには疑問が>
今年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)には、トランプ米大統領が出席するということで話題となっています。
ダボス会議といえば、「グローバリズム」や「新技術の実用化」といったテーマを推進する立場で行われている会議ですから、これに対して「グローバリズムへの否定」という姿勢を取っているトランプの登壇は「見もの」だというわけです。
私はダボス会議のベースにある基本的な考え方は間違っているとは思いません。21世紀という時代は、ヒト、モノ、カネ、情報が国境を越えて飛び交う時代であり、国や地域にしても、企業や個人にしても、このグローバリズムに最適化をしてゆくことが経済として最も合理的だからです。
反対に国境や地域に閉じこもるのでは、大きなデメリットを背負うことになります。また、閉じた世界の中でメリットを享受しようとすれば、「外部との遮断措置」を物理的に行わなくてはなりません。
日本の諸規制にしても、アメリカが考えている国境の壁、そして中国のグレート・ウォールなどもそうです。物理的に成立しないか、コスト的に潰れていくか、あるいは規制の内部を衰退に追いやるなど副作用は計り知れないわけです。
では、このままグローバリズムを拡大して行くのがいいのかと言うと、変化のスピードが速過ぎれば問題が出ます。先進国の中で行われ、先進国の賃金水準が適用されていた仕事が、途上国に移転されれば、先進国では急速に大規模な失業が発生します。
また、先進国から途上国に作業が移転し、急速に経済成長が起これば物価や地価の急速な上昇を招いたり、混乱が生じます。
そうした「ローカルな世界」から「グローバルな世界」への移行に伴う痛みもありますが、より深刻な問題としては「ローカル」と「グローバル」の間に計り知れない格差が生まれているということです。
そんな中で、21世紀の地球社会というのは、20世紀の地球社会とは大きく様相が変わって来ています。
20世紀の世の中では、グローバルな発想は「庶民の味方」であり、利己的な権力者や富裕層は「ローカルに閉じた世界」を志向していたのでした。
例えば、多くの君主国や発展途上の資本主義国は、勤労者を国境の中に囲い込む中で、劣悪な労働環境と勤労者の低賃金状態を放置していましたが、それに対する社会主義の運動は「インターナショナルな労働者の団結」を目指していました。
また多くの途上国型の独裁者は、一部の財閥と結託して富と権力を独占する一方で、世界からの「自由の風」が国内に入ってくるのを警戒していました。
さらに、社会主義国家が官僚制独裁政治に陥って庶民からの信認を失った時代には、自由を求める個人は国境の手前で射殺されていました。その反動として、自由社会のグローバルな影響力が拡大してベルリンの壁は倒されたのです。
ですが、21世紀の現代というのは、金融・情報通信・新技術という高度に知的な職種だけが、成功者としてグローバルな世界で繁栄する時代です。
その中で、その成功者のサークルに入れない人々には、「サーカスとしてのナショナリズム」と「規制などで守られた雇用というパン」が「国家というローカル」によって与えられるという「20世紀とは正反対の状況」が発生しているわけです。
つまり、国境を越えていける人間だけが富める時代であり、その結果として富める者の側は、「多様性」であるとか「寛容性」という価値観を掲げながら、「国境」を「より低く」したり「国家」というものを「より軽く」したりしたいという志向性を持つことになります。
反対に、ローカルに縛られ、しがみついている人間には排外や、孤立、多様性への嫌悪といったカルチャーが色濃くなって行くという負のスパイラルが発生するわけです。
アメリカの場合、オバマやヒラリーは、「こうした時代の流れには逆らえない」のであって、だからこそ「万人に機会を与える」ための医療保険や大学無償化を進め、移民を歓迎する政治を行ったわけです。
格差は問題かもしれないが、機会の均等ということを徹底して進めれば、結果については自己責任として構わないという考え方と言っていいでしょう。2016年の大統領選の結果は、この発想法に対しての「ノー」でした。
問題は、このような格差が拡大して行けば、成功者のサークルではよりコスモポリタンなカルチャーが濃厚になる一方で、ローカルにしがみつく層はより「閉じこもる」方向になって行くということです。
その上でトランプのような「右派のポピュリズム」という政治手法を使えば、後者の持っている深い怨恨の感情を政治的求心力にする手法は、今後も出てくる可能性があると思います。
今回のダボス会議というのが、どこまでこうした危機感を持って運営されているのかどうかは分かりません。少なくとも、タイトルだけは「分断された世界の中で共通の未来を作り出す」というのですから、多少の危機意識はあるのでしょう。
ですが、少なくとも、このように「グローバル」と「ローカル」の間に経済的な格差だけでなく、世界観に関わる断裂が生じているというのは大変に危機的な状況だと思います。
そのような時代に、世界経済フォーラムの大きな会議を、スイスの豪華なスキーリゾートで行うという感覚は、私には違和感があります。【2018年1月25日 Newsweek】
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【「世界的な格差が今後も拡大すれば、資本主義は崩壊する可能性」仏財務相】
上記のダボス会議から1年が経過し、事態はまったく変わっていません。
格差は“26人”に代表されるような状況にあり、これに不満を抱く人々は、ポピュリズムに煽られる形で「ローカル」にしがみつき、「サーカスとしてのナショナリズム」にのめりこんでいます。
このような世界の現状に対し、フランスの経済・財務相が、フランスが今年議長国を務める主要7カ国(G7)会合に関する演説で強い警鐘を鳴らしています。
****仏財務相、世界的な格差が資本主義の崩壊招く可能性を警告****
ルメール仏経済・財務相は、フランスが今年議長国を務める主要7カ国(G7)会合に関する演説で、世界的な格差が今後も拡大すれば、資本主義は崩壊する可能性があると警告した。
ルメール氏は、G7は共通の最低法人税率を設定することを検討し、巨大な多国籍企業の影響力に対応策を講じるべきだと主張。
「資本主義を作り変える必要があり、さもなければ世界的な格差の拡大によって存続できなくなる」との見方を示した。
社会的な格差は先進国でポピュリスト(大衆迎合)政党が台頭している主な理由とされており、仏政権に抗議する「黄色いベスト運動」の引き金になったとも考えられている。
ルメール氏は「グローバル化の恩恵を受けていないと主張する人々が発している警鐘」に各国政府は注意を向けなくてはならないと語った。(中略)
さらに、最富裕層と最貧困層の所得差が拡大している問題についてもG7で検証する考えを示した。【1月23日 ロイター】
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ルメール仏経済・財務相の発言は、EU合意を待たずにフランスが乗り出したIT大手企業に対する「デジタル課税」なども念頭に置いてのことでしょう。
****仏、「デジタル課税」を1月導入 税収年640億円 ****
フランスのルメール経済・財務相は17日、記者会見でグーグルなどIT大手への「デジタル課税」を2019年1月から始めると発表した。年間の税収は5億ユーロ(約640億円)を見込んでいる。
仏各地のデモに対応して打ち出した生活支援策で財政赤字が拡大する見通しになっており、新たな財源確保を狙う。
ルメール氏によると、IT大手によるネット広告、個人情報の売買などに課税する。詳しい税率は明らかにしなかったが、課税対象は大手に限定するとみられる。スタートアップ企業の成長を阻まないためだ。
欧州連合(EU)は19年3月までのデジタル課税での合意を目指している。これまでフランスはEUでの合意ができるまで、独自の課税は始めない考えだった。
だが低税率を武器に企業を誘致してきたアイルランドなどが反対して合意が見通せなくなっており、しびれを切らした形だ。
蛍光の黄色いベストを着て集まる反政権運動「黄色いベスト」のデモを収めるために打ち出した生活支援策で約100億ユーロ(約1兆2800億円)の政府負担が発生するなか、税収を少しでも増やす狙いもある。(中略)
世界の法人税は、事務所や工場などの経済的拠点を基に企業に課税してきた。ただネットを通じてサービスを提供するIT大手には課税しにくく、税制が時代遅れになっているとの指摘がある。【2018年12月18日 日経】
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【格差・金持ち優遇批判に揺れるフランス】
もっとも、フランス・マクロン政権は、まさに格差を助長するような「富裕税の廃止」が国民の怒りを買う形で、なかなか収束しない反政権運動「黄色いベスト」に揺れており、そのフランスが“世界的な格差が資本主義の崩壊招く”云々というのも興味深いところです。
マクロン大統領は格差を助長し、“26人”に代表されるような現状を更に加速させる「金持ちの味方」との批判を浴びています。フランスとしては、決してそうではない・・・ということを国内的にもアピールしたいとの思いがルメール仏経済・財務相の発言の背景にはあるのでしょう。
19日土曜日も8万4000人がデモに参加したということで、事態の沈静化には至っていません。
“富裕税に代わる不動産富裕税の創設は,企業に対して不動産部門以外の分野に投資することを鼓舞しようとするもので,一般国民には資産課税を廃止する富裕者層への租税上の優遇措置であるとの疑念を抱かせることになった。”【1月14日 瀬藤澄彦氏 世界経済評論IMPACT】
もちろん、マクロン大統領は「金持ちの味方」としてではなく、経済活性化の狙いから富裕税廃止を提唱しているのでしょうが、庶民の暮らしを圧迫する燃料増税と相まって、国民心理・生活現状への配慮が足りなかった・・・との結果になっています。
おそらく苛立ちまぎれの発言でしょうが「(燃料を買う金がないなら)電気自動車を買えば」云々といったマリー・アントワネット的な失言もあって、国民の苦しみを理解できない傲慢なエリートとの批判を浴びることにもなっています。
労働市場改革などでは強気で押し通したマクロン大統領ですが、燃料増税中止・最低賃金引上げと、はじめて譲歩を示し、「国民大討論」で国民の声に耳を傾ける姿勢をアピールしています。
ただ、一度失った信頼を取り戻すのはなかなか・・・。富裕税廃止をおろさないところも、マクロン大統領らしい“強気”でもあります。まあ、ここで引いたら失政を認めることになるとの“崖っぷち状態”でもあるのでしょう。