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(就任式のボルソナロ新大統領夫妻 【1月2日 時事】
出産休暇の権利が起業家の生産性を損なうとし、妊娠する女性に男性と同じ給与が与えられるとは信じていないとか、先住民族の問題について「同じ教育を受け、同じ言葉を話す国民でありながら臭いインディアン、無学で言葉もできない」とか、過去には問題視される言動がありますが、最近はポリティカルコレクトネスより、“本音で語る政治家”が国民受けする時代でしょうか。でも、そんな“本音”で本当にいいのか?という疑問も)
【「ブラジルのトランプ」大統領就任】
1月1日、南米ブラジルでは“右翼”とも“極右”とも評される「ブラジルのトランプ」ことボルソナロ氏が大統領に正式に就任しました。
****史上最大級の警備の元、ブラジルで極右大統領ボルソナロが就任 ****
2019年1月1日、ブラジルでジャイル・ボルソナロが38代目の大統領として就任した。
ブラジル軍パラシュート部隊の大尉で除隊し、1988年にリオデジャネイロの市会議員となったのが議員として始まりであった。その後、1991年からブラジル下院議員として活動。
30の政党が ひしめき合っているブラジル下院で、ボルソナロはこれまで8回も所属政党を変えたという異色の議員である。2014年の選挙ではリオデジャネイロで歴代最高の得票数で当選を果たしている。
汚職が蔓延っていたブラジルの政界で、ボルソナロに纏わる汚職はこれまで一度も話題になったことがないという。軍人からの支持は根強く、また1964年から1985年までの軍事政権に憧れている政治家である。
その一方で人種差別的な発言を繰り返し、同性愛を嫌悪するなど極右的な姿勢で「カリオカのトランプ」との異名を持つ政治家だ。
また、ボルソナロは敬虔な信者でキリスト教の福音派の中でも信者が大勢いるネオペンテコステ派に影響を受けた人物でもある。(中略)
◆就任式史上最大級の警備体制
(中略)
◆ボルソナロを生んだもの
2015年に僅か3%の支持率しかなく、しかも政党間を渡り歩いた政治家が決選投票で55%の支持を得て勝利した背景には以下のような要因があった。
◎政治家の汚職蔓延に多くの市民はうんざりしていた。ボルソナロは過激な発言が目立つが、彼の27年の議員生活でこれまで一度も汚職で話題になったことがない点。
◎年間で6万人以上が殺害されているブラジルで、それを厳しく取り締まってくれる人物は軍人上がりのボルソナロしかいないと期待された点。
◎長引く経済の低迷で、労働者党の政権運営が支持を失った点。
◎ボルソナロは自分が分からないことは率直に分からないから専門家に相談するといった率直さに市民が興味をひかれた。
以上の要因からボルソナロへの支持が集まったそうだ。そして、彼を支持している層の60%は16歳から34歳の若者だというのである。(参照:「El Confidencial」)
ボルソナロの大統領就任演説では以下のような点が注目される。(参照:「El Espectador」)
◎主権国家として憲法を尊重する。
◎政治イデオロギーからの決別。即ち、13年間の労働者党の政権による社会主義的思想に基づいた政治からの解放。政治イデオロギーに左右されない政治を遂行するとした。
◎軍事力の強化と、それに関連して安全を維持するために自らの生命をそれに捧げる軍人や警察官を敬う。また、市民が自ら防衛できるように武器の所持を容易にする。
◎全ての宗教、特に伝統的なユダヤ教そしてキリスト教を尊重する。すべてのものの上に神は宿る。
◎社会主義思想による教育を排除して、倫理と道徳による価値を教育の柱とする。
◎経済改革。(※演説の中では詳細に述べていないが、4の改革が早々に必要だとされている。(中略)
ただ、彼が掲げている政策を実行して行くための過半数の議席を持っていないという問題点は依然としてある。下院の定員は513議席で、ボルソナロの社会自由党は52議席。それに連携する意向を示している9政党の議席を加えると258議席で過半数に届くが、政党数が多いため造反する政党が出て来る可能性もある。
その場合は複数の独立派政党の110議席の中から案件ごとに賛成を募って行く必要がある。野党は大統領決戦投票で敗れて労働者党の56議席を筆頭に7政党が集まって145議席となっている。
◆ブラジルはどこに向かうか?
ボルソナロ政権は22人の閣僚によって構成され、その中の7人は軍人出身者である。(参照:「Infobae」)
つまり、タカ派であり右寄りの政治に傾いて行く可能性が高い。
その意味で、これまで中国からの多額の投資があったのを、中国そしてボルソナロ政権の間でどのような取り組みが行われるか注目されるところである。(後略)【1月5日 HARBOR BUSINESS】
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最近はボルソナロ氏のような「〇〇のトランプ」と呼ばれるような人物が台頭するというのが、民主主義の在り方としては大きな問題と言えます。
“これまで一度も汚職で話題になったことがないとのことですが、“ブラジル次期大統領、息子の元運転手に関連した資金疑惑浮上”【12月28日 ロイター】といった話も出ているようです。
【まずは成果を示しやすい治安対策】
ボルソナロ新大統領がどこから手をつけていくか・・・、経済改革は重要ですが実現が難しいので、手っ取り早く、成果を明示しやすいのは治安対策でしょう。
ブラジルは犯罪組織による暴力が激化し、「麻薬戦争」で有名なメキシコと並んで世界有数の“殺人大国”となっていますが、昨年2月には、リオデジャネイロ州の治安権限を全面的に軍に移管する内容の大統領令も発令されています。
****ブラジル北部フォルタレザで犯罪組織の襲撃激化、政府が軍展開へ****
ブラジル北東部セアラ州フォルタレザで激化する犯罪組織による銀行やバス、店舗などへの襲撃を受け、セルジオ・モロ新法相は5日、軍に特別出動を命じ、市内外に政府軍兵士の配備が始まった。
フォルタレザでは先週だけでも犯罪組織による襲撃が数十件も発生。住民は恐怖から外に出られず、大通りは閑散としている。ブラジルのテレビが放映した防犯カメラ映像には、犯罪組織のメンバーらがガソリンスタンドに放火する様子が捉えられている。
襲撃との関連でこれまでに約50人が逮捕されたが、モロ法相はセアラ州警察が犯罪組織の暴動行為取り締まりに苦戦していると判断し、軍に出動を命じた。国営通信アジェンシア・ブラジルによると、ギリェルミ・テオフィロ国家公安長官は、6日までにフォルタレザ市を含む州内の複数都市に兵士300人を配備し巡回にあたらせると述べた。
犯罪組織襲撃への軍介入は、1日に就任したばかりのジャイル・ボウソナロ新大統領の厳しい法と秩序の維持政策にとって、最初の試金石となる。(中略)
犯罪組織の襲撃が相次ぐきっかけとなった要因については調査が進められているが、メディアが報じた情報機関報告書は、州刑務所が新たに規則を厳格化したことに犯罪組織が反発しているとしている。
新規則には、携帯電話の電波遮断や、犯罪組織ごとに受刑者を分けていた政策の廃止などが含まれているという。
【1月6日 AFP】
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三つある犯罪組織のうち二つが政府軍への反撃に専念するため「不可侵」協定を結んだとのことですが、政府軍が本気で対応すれば、少なくとも“短期的”には、それなりの成果を示すこともでsきるでしょう。
その意味では、新政権にとっては“好都合”な展開ではないでしょうか。
【外交的にはアメリカ・イスラエルとの関係強化に】
外交的には、元軍人で1964─85年の軍事政権時代やトランプ米大統領を称賛しているボルソナロ新大統領は、これまでの左派路線を修正して、アメリカおよびイスラエルとの関係強化に動いています。
****米軍駐留受け入れも=ブラジル大統領****
ブラジルのボルソナロ大統領は3日、将来的に米軍のブラジル駐留を認める可能性を示唆した。
反米左派のマドゥロ大統領が率いる隣国ベネズエラは、ロシアとの軍事協力を強化中。ロシアがカリブ海に浮かぶベネズエラ領オルチラ島に戦略爆撃機を配備するとの報道もあり、米国は神経をとがらせている。
地元SBTテレビのインタビューに応じたボルソナロ氏は、米軍駐留の可能性を問われて「世界情勢次第。将来的にこの問題を話し合う必要がないと誰が言えよう」と述べた。【1月5日 時事】
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トランプ政権同様に、在イスラエルのブラジル大使館をテルアビブからエルサレムに移転する考えも示されています。
ただ、大使館移転については“ブラジルの有力な農業界はアラブ諸国が毎年、イスラム教の戒律に沿った「ハラル」な食肉をブラジルから多く輸入していることから、アラブ諸国の反発を恐れて大使館の移転に反対している。”【1月4日 ロイター】という問題があって、不透明な面もあるようです。
【選挙期間中の対中国強硬姿勢は現実路線に変化するのでは】
微妙なのは、中国との関係。
ボルソナロ氏は、選挙期間中には中国を名指し批判する言動を示しており、中国も警戒を強めてきました。
****ブラジル大統領選で極右ボルソナロ氏が勝利=中国で「反中」「第二のトランプ」と警戒の声****
(中略)ボルソナロはこれまで、経済問題などで中国を批判する発言を繰り返してきた。また、大統領選候補者として初めて台湾を訪問した。中国メディアの環球時報は、「ブラジルにもトランプが出現」「反中」などとして警戒する記事を発表した。(中略)
環球時報発表の記事よると、ロイター通信は数日前にすでに、「ボルソナロ氏の反中発言に中国は憂慮」と紹介する記事を発表した。ボルソナロ氏は中国企業がブラジルのエネルギー資源、農産物、砿業資源、さらに土地まで大量に購入していることを批判し「ブラジルの物産を買っているのではない。ブラジル(そのもの)を買っている」と論じたという。記事が、「ブラジルにもトランプが出現」と評したのは、そのためだ。
そのため、ボルソナロ政権は発足後、両国の各協定を、現状よりも中国側に大きく不利な内容に修正する可能性があるという。(中略)
ただし清華大学に在籍して中国・ブラジル関係を研究するオッタビオ・コスタ・ミランダ氏は、トランプ政権下の米国とブラジルでは、状況が全く異なると指摘。
米トランプ大統領は、貿易赤字などを解消しようとして中国に対して強硬姿勢で臨んでいるが、ブラジルは対中貿易で、例えば2017年実績で201億ドル(約2兆2500億円)と、巨額の黒字を続けているからだ。
そのため、ボルソナロ氏の「反中発言」は、ブラジル人口の40%を占める農業従事者や、鉱業企業には歓迎されていないという。
記事によると、ブラジルFGV大学で国際関係論を先行するオリバー・シュテンケル教授は、ボルソナロ氏の反中発言が「どんどんと減ってきた」と指摘。一方で女性の権利や性的少数者の問題での超保守的な発言で、有権者を驚かせるようになったという。
また、ボルソナロ氏が選挙期間中に発表した計81ページに上る施策方針でも、外交については最後の1項目しかなかった。
そのため、ボルソナロ氏の反中発言は「無知」によるもので、大統領就任後の言動には未知の部分もあるが、有権者の多くを占める農業従事者を納得させるためにも、中国とブラジルの関係が「大風大波に遭遇することはない」との見方が出ているという。【2018年10月29日 レコードチャイナ】
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上記記事後半にあるように、ブラジル経済に対する中国の影響力をまともに評価すれば、そうそう軽はずみな対応もとれません。
そうした事情を受けて、新政権の対中政策は選挙期間中の対中強硬姿勢とはまた違った対応になることが予想されます。
****ブラジル、中国との関係拡大強調 1日就任のボルソナロ大統領****
ブラジル大統領府によると、1日に就任した右翼ボルソナロ大統領は2日、中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会の吉炳軒副委員長と会談し、ブラジル側の政権交代にかかわらず両国関係を拡大していく意向を強調した。
ボルソナロ氏は中国に批判的な言動で知られるが、政権としては良好な関係を維持する姿勢を示した。
中国はブラジルにとって、輸出入で米国を上回る貿易相手国。会談で両者は科学技術・農業などの分野での協力や貿易の拡大について話し合ったという。
大統領選でボルソナロ氏は、中国の資本流入を「ブラジル買い」と批判していた。【1月3日 共同】
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選挙期間中の発言は何だったのか?ということにはなりますが、まあ、現実的対応でしょう。
別の言い方をするなら、世界経済における中国の存在は、指導者一人の好きだとか嫌いだかといった理由ではどうこうできないほどに大きなものになっているということでしょう。
【懸念もある人権・環境問題】
国内問題では、犯罪への強硬政策、また女性と少数民族を蔑視してきたボルソナロ氏の過去の発言から、人権問題への対応を不安視する見方もあります。
また、企業寄りの姿勢を前面に押し出すことで、アマゾンの熱帯雨林をはじめとする自然環境が損なわれるのではないかとの懸念もあります。