孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

シリア  米軍撤退による「力の空白」 IS自爆テロ、トルコ対クルド人勢力 イスラエル対イラン

2019-01-21 21:52:20 | 中東情勢

(ダマスカス国際空港付近に飛来するミサイル【1月21日 毎日】)

【米軍撤退発表で一触即発のマンビジュでのISの自爆テロ 揺らぐ「ISへの勝利」】
シリアからの米軍撤退を発表したアメリカ・トランプ大統領は,例によって「即時とは言っていない・・・」とか、弁明・火消を行っていますが、米軍撤退後の空白をどのように埋めるかが問題となります。

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・・・・最大の問題は、本来は北大西洋条約機構(NATO)の同盟国である米国とトルコの対立だ。

米国はIS掃討作戦で(クルド人勢力)YPGと共闘してきた。だが、トルコはYPGはテロ組織だとして、自国の安全保障を理由にシリアのYPG支配地域へ越境して、掃討作戦を展開する姿勢を見せている。

そのため、トランプ氏は米軍撤退表明後、撤退の条件としてYPGの保護を宣言。さらに、トルコとYPGの衝突を避ける緩衝地帯として、トルコ国境からシリア側に幅20マイル(約32キロ)の「安全地帯」を設置することを提案した。

だが、安全地帯をめぐっては、トルコは自ら管理してシリア難民の帰還場所として使いたいのに対し、YPGはトルコの管理に猛反対している。実現するかは見通せない状況だ。【1月18日 朝日】
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このトルコとクルド人勢力の衝突の危険の最前線がマンビジュですが、クルド人勢力がアメリカに代わる提携先として頼ったシリア政府軍も含めて“火薬庫”状態にあるマンビジュで16日、トランプ大統領が「破滅させた」「ほぼ打倒した」とするISが犯行を表明する自爆テロが発生。

この爆発で、米兵2人と国防総省の文民の職員1人、同省の業務支援に当たっていた業者の1人が死亡、ほかに米兵3人が負傷、シリアでIS掃討に従事する米部隊に出た犠牲者数としては、2014年の派遣以降で最悪と犠牲者となり、トランプ大統領が撤退の理由に挙げた「ISへの勝利」が大きく揺らぐ事態ともなりました。

米軍撤退はISの再興を引き起こすなどとして米政権内でも異論があり、撤退に反対したマティス国防長官が辞任するに至るなどの問題もあっただけに、この自爆テロを受けて波紋も広がっています。

【トルコのIS掃討に関する能力・やる気への疑問も】
また、トランプ大統領は、シリアにおける今後のIS掃討をトルコ・エルドアン大統領に委ねる方針とされていますが、トルコ軍にその能力があるのか懸念されています。

****シリアのIS残党、トルコの掃討能力に疑問符****
トルコとの国境に近いシリア北西部マンビジで米国の要員4人が犠牲になる自爆攻撃があり、イスラム過激派組織「イスラム国」が犯行声明を出した。

ドナルド・トランプ米大統領は、米軍撤収を表明したシリアでISの残党を一掃する上では、トルコを当てにできるとも述べている。しかし、専門家からはトルコにその能力があるのかどうか、疑問視する見方が出ている。
 
トルコ政府は米政府に対し、ISとの戦いで、クルド人の民兵組織「クルド人民防衛部隊」に訓練や武器を提供するのをやめるよう繰り返し要求。ISの脅威を取り除く上ではトルコ軍の方が有効だとも主張してきた。トルコ政府はYPGを、トルコの非合法武装組織「クルド労働者党」から分派した「テロ組織」と位置づけている。
 
トランプ氏は先月、トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領と電話会談した後、ほぼ打倒したとするISについて、「根絶」する上では同氏を頼りにできるとの考えを示した。
 
新米国安全保障センターの専門家、ニコラス・ヘラス氏は、エルドアン氏について「トランプ氏にシリアでのIS掃討作戦を無制限に引き受ける用意があると売り込むことに成功したが、その成功の代償を払うことになる」とみる。
 
ISの最後の拠点はシリアの東部と中部に分布しており、トルコ軍とシリア反体制派が2016年と2018年に共同で軍事作戦を主導し、土地勘のある北部地域からは数百キロの距離がある。
 
ヘラス氏は「現時点でトルコには、シリア東部を支配下に置くのに十分な規模や経験、正当性のあるシリアの反体制派勢力がいない。こうした勢力を結集するには、米国が支援したとしても何か月もかかるだろう」と指摘する。

■拠点まで数百キロ
(中略)バランシュ氏は、トルコにできるのはせいぜい、シリアとの国境を閉鎖してISの移動や輸送の経路を遮断したり、2016年にシリア北部アルバブで行ったような標的を絞った作戦を実行したりして、ISの復活を防ぐことくらいだろうとみる。
 
トルコのシンクタンク、経済外交政策研究所のシナン・ユルゲン会長は、ISの最後の拠点とトルコ国境との距離が兵站(へいたん)面で「現実的な問題」になっていると分析する。「国境から敵地までこれほど長い距離がある状況で、トルコがどのように軍事作戦を指揮するのか判然としない」
 
英王立国際問題研究所(チャタムハウス)」の中東・北アフリカプログラムの責任者、リナ・ハティーブ氏は、エルドアン氏はトルコにISを根絶させるための「腹案」がないまま、トランプ氏に対してそれが可能だと確約したと指摘。その上で、トルコの真の狙いは「米軍撤収の機会を利用してYPGに打撃を加えることだ」との見解を示した。 【1月17日 AFP】
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これまでのトルコのイスラム過激派への宥和的姿勢からすると、“シリアとの国境を閉鎖”すらも怪しいところですが、そもそも能力云々以前に、トルコ・エルドアン大統領には本気でIS掃討にあたる考えもないのでは・・・とも思われます。

トルコ・エルドアン大統領の念頭にあるのは、国境沿いに勢力を拡大したクルド人勢力YPGを叩くことだけで、それを今になってアメリカからクルド人の保護を求められると、「だったら、トルコが何のためにシリアに深入りするのか?」という話にもなるでしょう。

トルコとの関係調整のためにトルコを訪問したボルトン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)はトルコに対し、米軍がシリアで支援してきたクルド人民兵部隊を攻撃しないとの保証を求めましたが、エルドアン大統領は強く反発し、ボルトン氏と会談さえしませんでした。

このあたりのYPGに対する対応について、撤退発表のきっかけとなったトランプ・エルドアン電話会談でどのように話し合われ、トランプ大統領がどのように理解・了解したのか不明です。

“トランプ・エルドアン電話会談については、分からないことが多い。まずなぜエルドアンかであるが、報道によれば、12月14日エルドアンはトルコ軍がYPG撃退のためシリアに侵入するので、米軍に撤退するよう警告したとのことである。19日のトランプの撤退声明はこれを受けてのことであったことが想定される。”【1月17日 WEDGE】

*****トランプの問題点が凝縮された「米軍のシリア撤退」*****
・・・・今回のシリアからの撤退には、トランプの問題点が凝縮されている。
トランプ政権の要人と協議せず、一人で決めている。決定の戦略的意味を考慮していない。そしてすぐ変える。

トランプはエルドアンとゆっくりした、よく調整された撤兵については話し合ったとのことであるが、ゆっくりとは具体的に何か、よく調整されたとは、誰と調整するのかなど、分からないことが多い。
 
一つだけ確かなのはシリアからの米兵の撤退は当初想定されていたような、直ぐの撤退ではなさそうだということである。そうだとすれば、米軍撤退のもたらす諸問題も先送りされることになる。

しかし、撤退発表のもたらした弊害は消えない。YPGの司令官は、撤退の発表で米国の信頼性が失われたと述べた由であるが、一旦失われた信頼性は、撤退のスケジュールの延期でも戻らないだろう。(後略)【同上】
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【米軍撤収による「力の空白」の先触れか イスラエル・イランの報復応酬】
一方、米軍のシリア撤退は、この地域におけるイランの勢力拡大を阻止しようとするイスラエルにとっては、好ましい話ではないでしょう。

****中東に渦巻く不安 米軍シリア撤収表明1カ月****
(中略)米軍撤収による「力の空白」を懸念する声も強い。
 
カイロ・アメリカン大(エジプト)のカジーハ教授は電話取材に、「撤収表明でロシアとイラン、トルコは勢いづき、イスラエルは失望している。今後はロシアなど3カ国が、シリアでの勢力拡大を互いに牽制(けんせい)し合う状態になるのでは」との見方を示す。
 
イスラエルは13日、シリアにあるとするイランの軍事施設を空爆したが、イラン革命防衛隊の司令官はその後、「シリアにおける軍や兵器を維持する」と表明、軍事的緊張が続く。カジーハ氏は「ロシアは今後、イランやイスラエルの間で難しいかじ取りを求められる」とも予測する。(後略)【1月18日 産経】
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イスラエルはこれまでも、シリア領内のイラン・ヒズボラ施設などへの空爆を繰り返してきましたが、昨日から今日にかけて、報復の応酬となる事態にもなっています。

最初は、20日昼のイスラエル軍によるにダマスカス空港近くへのミサイル攻撃でした。
国営シリア・アラブ通信は、イスラエル軍の攻撃をシリア軍の防空システムが防いだとしていますが、どうでしょうか?

“シリアのロシア軍によれば、攻撃はダマス空港に着陸直前であったイラン機(mahan 航空)に向けられたもので、地中海からのミサイルが同空港をめがけたとしています”【1月21日 「中東の窓」】

“20日午後、イランのが民間航空のmahan 航空機がダマス空港に着陸しようとしているときに行われ、同航空機はテヘランに向け舞い戻った。また20日朝にはシリアのL-76貨物機もテヘランからダマスに向かいつつあった。
これらのイランからの航空機は、これまでもヒズボッラーやコドス部隊あての武器弾薬類を輸送していた” 【1月21日 「中東の窓」】ということで、武器弾薬輸送を行うイランへのイスラエルによる警告だったとされています。

警告ですから、民間機をいきなり撃墜することはなく、わざと標的をはずしたと思われます。

このイスラエル軍攻撃に対し、数時間後に報復攻撃が。

****イスラエル占領地にミサイル攻撃 「鉄のドーム」で迎撃****
イスラエルが占領するゴラン高原北部に向けて20日、ミサイルが発射され、同軍が対空防衛システム「鉄のドーム」で迎撃したと発表した。イスラエルのメディアは軍関係者の情報として、ミサイルはシリアから発射されたと伝えた。(中略)

シリア内戦で、イランは軍事顧問や支援するシーア派民兵の派遣によりアサド政権を支援している。イスラエルはイランの勢力拡大を懸念して拠点への空爆を繰り返してきたが、反撃を受けるのは珍しい。
 
イスラエルのネタニヤフ首相は13日、シリアにあるイランの武器庫を攻撃し、過去数百回空爆したと公式に認めた。ネタニヤフ氏は20日も「シリア国内のイランの拠点を攻撃することは不変の方針だ」と空爆の継続を示唆する声明を発表した。
 
イスラエルは1967年の第3次中東戦争でシリア領ゴラン高原を占領、81年に一方的に併合を宣言した。【1月21日 朝日】
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イスラエル軍はこの攻撃について、シリア内に展開するイランの革命防衛隊が発射したと指弾しています。
イスラエル軍は、このゴラン高原へ向けてのミサイル攻撃に大規模空爆で報復。

****イスラエル軍がシリアを空爆、11人死亡 イラン施設標的****
イスラエル軍は20日夜から21日にかけて、シリアにある複数の施設に対して空爆を行い、シリア人2人を含む政府派戦闘員少なくとも11人が死亡した。在英NGO「シリア人権監視団」が明らかにした。
 
イスラエル軍によると空爆の標的はイランの軍事施設で、空爆の数時間前にシリア領内から発射されたミサイルをイスラエル軍が迎撃したという。
 
またシリア人権監視団のラミ・アブドル・ラフマン代表によると、標的にはレバノンのイスラム教シーア派原理主義組織「ヒズボラ」やイラン部隊の武器庫も含まれていた。
 
また同監視団によると、シリアの首都ダマスカスの空港周辺にある複数の標的を狙った空爆や地対地ミサイルによる攻撃があったほか、ダマスカス南部の軍用飛行場の近くも標的となった。 【1月21日 AFP】
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このイスラエル軍の攻撃については“al qods al arabi net は、数十機のIDF機が攻撃に参加したとしていて、非常に規模の大きな攻撃であった可能性をうかがわせています。”【1月21日 「中東の窓」】
ということで、更なる報復の連鎖も懸念されています。

イスラエル軍の攻撃自体はこれまでも繰り返されているものですが、従来はこうした攻撃を公表していなかったイスラエルは、最近は公表して対応を明確にする姿勢に変化しています。

****イスラエル、シリアのイラン施設を空爆 強硬姿勢打ち出す狙いか****
イスラエル軍は20日夜、シリアの首都ダマスカス国際空港などにある武器庫やイランの革命防衛隊に関連する施設などを空爆した。イスラエル軍が21日未明に発表した。

イスラエルは最近、従来方針を変更しシリア国内のイラン施設への攻撃を公式に認めるようになっている。米軍がシリアからの撤収を開始したことに伴い、イランに対して強硬な姿勢で臨むことを鮮明に打ち出す狙いがあるとみられる。(中略)
 
イスラエルはシリアに展開するイランの影響力拡大を懸念。ただ、これまでは、イラン施設などへの空爆を繰り返しつつも、公式には認めてこなかった。だが今月13日、ネタニヤフ首相が閣議で、シリア内にあるイラン武器庫への直近の攻撃を明らかにした。これに続いて今回の攻撃も公表した。
 
アフリカのチャドを訪問中のネタニヤフ氏は20日、「シリア国内のイランの拠点を攻撃することは不変の方針だ」と述べた。イスラエル軍も声明で「イスラエルはシリア内のイラン陣地に対し、断固とした作戦行動を続ける」と強調した。(後略)【1月21日 毎日】
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このあたりのイスラエルの姿勢の変化も、米軍撤退をにらんだものでしょうか。

ISのテロ攻撃、トルコ対クルド人勢力の問題、イスラエル対イランの問題・・・・ISが面的支配を失ってもシリアの混乱は続きます。米軍撤退の空白によって、混乱が加速する懸念もあります。

なお、首都ダマスカスでも20日に自動車爆弾による爆発がありました。

****テロか、シリア首都で爆発 約1年ぶり****
内戦が続くシリアの首都ダマスカスで20日、テロとみられる爆発があった。アサド政権が内戦で優位を固める中、首都でこうした爆発が起きるのはおよそ1年ぶり。

国営メディアによると、ダマスカス南部で20日、自動車爆弾による爆発があった。「テロリスト1人が逮捕された」と伝える一方、人的被害はないとしている。

これに対し、シリア人権監視団は、爆発のほかに発砲もあったとしていて、死傷者が出たとの情報があると伝えている。ただ、誰が爆弾を爆発させたのかなど、詳細は明らかになっていない。

アサド政権が内戦で優位を固める中、首都ダマスカスの治安は回復しつつあり、シリア人権監視団はこうした爆発が起きるのはおよそ1年ぶりだとしている。【1月21日 日テレNEWS24】
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こちらの方はテロ攻撃そのものよりも、「1年ぶり」ということで、これだけ混乱しているシリアの首都ダマスカスが非常に安定していることの方が驚きというか、ニュースです。

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