(サウジアラビア・メッカで、イスラム教で最も神聖とされるカーバ神殿の周りを回る巡礼者ら(7月29日撮影)【7月29日 AFP】 しっかりソーシャルディスタンスが保たれています。下は去年の様子【7月29日 朝日】)
【大幅縮小のハッジ ソーシャルディスタンスを取ってマスク着用】
新型コロナは日本でも、世界でも、人々の生活における様々な面に大きな変容を迫っていますが、そのひとつがイスラム世界の一大イベントであるメッカ「大巡礼(ハッジ)」。
“ハッジはイスラム教徒が果たすべき五行(信仰告白、礼拝、喜捨、断食、巡礼)の一つで、財力や体力がある信徒は、一生に一度は巡礼することを課されている。毎年、世界各地から200万人以上が訪れる。”【7月29日 朝日】ということですが、毎年報じられる写真で見れば、「密集」の極致。
新型コロナが蔓延しているこの時期に行えば、感染“大爆発”は必至。
ただ、メッカ・メジナの聖地の守護者を自任してきたサウジラビア王室にとっては、中止は自らの存在意義を否定するようなことにもなり、また、必ずしも実権を握るムハンマド・ビン・サルマン皇太子の強硬な改革路線が国内的に安定している訳でもないこともあって、ハッジを全面的に中止すれば、国内外の宗教保守派などから非難にさらされる可能性があるということで、その成り行きが世界的にも注目されていました。
結局、国内にいる外国人を含め数千人程度に限定する形で、大幅に規模を縮小して始まりました。
****サウジのメッカでまばらな「大巡礼」 コロナで大幅縮小****
サウジアラビア西部のイスラム教聖地メッカで29日、毎年恒例の「大巡礼」(ハッジ)が始まった。今年は新型コロナウイルスの影響で規模が大幅に縮小され、参加者は国内居住の外国人らに限定された。AP通信によると、外国からのハッジ参加が禁止されたのは1932年のサウジ建国以来初めて。
ハッジといえばメッカにあるカーバ神殿の周囲をすし詰めの巡礼者が歩いて回る光景が有名だが、29日の巡礼者はまばらで、ソーシャルディスタンス(社会的距離)を取って等間隔で歩く姿がみられた。当局は参加者を千人前後にとどめる方針を発表していた。
参加者はコロナ感染検査を受けるほか、巡礼の前後には自己隔離を行うよう求められている。高齢者は参加できない。巡礼者は携帯電話と連動したリストバンドを着用し、当局がこれで居場所を追跡している。
ハッジには毎年250万人が訪れ、サウジに年間120億ドル(約1兆2600億円)の収入をもたらしてきた。今年はコロナ禍による需要の低迷で原油売却益も急落する見通しで、国際通貨基金(IMF)は同国の国内総生産(GDP)が前年比6・8%減に落ち込むと予測している。
次期国王と目されるムハンマド・ビン・サルマン皇太子が主導する大規模な社会・経済改革「ビジョン2030」の停滞も確実視されている。
海外からの巡礼禁止の余波はサウジ一国にとどまらない。英BBC放送(電子版)によると、毎年ハッジの時期に大量の牛をサウジに輸出しているケニアでは農民が売り先に困っているほか、昨年に最も多くの巡礼者を送り込んだパキスタンでは、旅行代理店が「商売にならない」と悲鳴を上げている。
ハッジは礼拝や断食などと並ぶイスラム教徒の5つの義務の一つ。体力や財力に余裕がある信徒は一生に一度は行うよう求められる。米ジョンズ・ホプキンズ大の集計によると、サウジのコロナ感染者は累計27万人を超え、2800人以上が死亡した。【7月30日 産経】
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【規制緩和で感染増加、その後は減少傾向】
サウジアラビアのコロナ感染状況については、3月からの外出禁止が6月に全面解除されています。
****サウジで3カ月ぶりに外出禁止令が全面解除、涼夜の外出楽しむ****
サウジアラビアでは21日、新型コロナウイルス感染拡大抑制策として発令されていた外出禁止令が完全に解除され、人々は3カ月ぶりに外食やバイクのツーリング、ペットの散歩など、涼しい日没後の外出を楽しんだ。
3月から行われていた厳しい感染抑制策で、大半の都市では24時間の外出禁止令が発令され、大半の住民が必需品の買い物と緊急の医療受診目的以外の外出を禁止されていた。5月に移動と経済活動の段階的な規制緩和が始まり、6月21日に外出禁止令が全面解除された。
同国でこれまでに確認されている感染者は15万7000人超、死者は1267人。
首都に戻ったハーレー・ダビッドソンのライダーグループのメンバーは、「外出禁止令解除と聞いてすぐに仲間に連絡した」と話し、「生活が戻ってきた」と語った。
解除記念の音楽パフォーマンスを企画するレストランもあり、あるレストランのウェイターは、「心の底から嬉しかった。客たちと歌って楽しみ、日常の再来を祝った」と述べた。
一方、50人以上の集会禁止などの規制は継続している。また、国境はまだ封鎖されているほか、イスラム教の巡礼は依然中止されている。【6月23日 ロイター】
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しかし、制限を解除した多くの国同様に、段階的な制限緩和とともに感染が再び増加し、6月中旬には1日4900人超の新規感染者を出すまでになりましたが、7月に入ってからはおおむね減少傾向にあるようです。
7月29日は新規感染者1795人 (日本の4分の1程度の人口を考えると)大騒ぎしている日本よりははるかに高いレベルですが。
【問題を抱えるサウジ王室にとっては苦渋の決断】
今回のハッジの大規模縮小は、前述のようにサウジ王室にとっては苦渋の決断です。
****サウジ政府が新型コロナでメッカ大巡礼を制限 国王の権威失墜で宮廷革命の動き****
サウジアラビア政府が、新型コロナウイルスのパンデミックで苦境に陥っている。
新型コロナウイルス感染者は22万人を超え(7月9日時点)、人口当たりの感染者数は中東地域で最大となっている。6月21日に全国規模の外出禁止令を解除したことが裏目に出て、その後感染者が急増してしまったからである。
新型コロナウイルス対策費用がうなぎ登りに上昇する一方、歳入の8割を占めるとされる原油収入が激減している。原油収入が大幅に減少したのは、サウジアラビア自身が引き起こした原油価格の下落のせいである。
パンデミックで世界の原油需要の3割(日量約3000万バレル)が減少したと懸念されていた3月上旬、ロシアとの減産協議が決裂するやいなや、世界市場のシェア確保のため、サウジアラビアは大増産に転じた。
これにより原油価格は急落し、4月下旬に米WTI原油先物価格が1バレル当たりマイナス40ドルになるという異常事態が生じた。
激怒したトランプ大統領に電話協議で米軍のサウジアラビアからの撤退を示唆されると、サウジアラビアはわずか1ヶ月で協調減産に逆戻りしたが、自らが仕掛けた価格戦争により、国庫は極端なカネ不足に陥ってしまったのである。
焦った財政当局が採った手段は大増税と歳出削減である。
2018年の付加価値税導入時に実施された貧困層への生活支援金は6月に廃止され、ガソリン価格などが高騰した。7月には付加価値税が5%から15%へと大幅に引き上げられたことから、「庶民の実質所得は3分の1も減少した」との嘆きの声が聞こえてくる(7月1日付アルジャジーラ)」
国庫が「火の車」となっても、軍事費は一向に削減されない。2019年の軍事費はGDPの8%を占め、世界ランキングは第5位である。金食い虫となっているイエメンへの空爆作戦も続いている。
次期国王と目されるムハンマド皇太子は、2016年に「ビジョン2030」を策定し、「脱石油国家」という建国以来の大改革に乗り出していることから、保守的な社会を解放し、経済を多角化してくれるとして、若い世代は強く支持しているとされている。
しかし、成果は一向に挙がらず、国民が感じる「痛み」は募るばかりである。
サウジアラビアなど湾岸産油国は「レンテイア国家」と呼ばれている。石油など天然資源から得られる収入に依存し、国民は選挙権を求めない代わりに、その恩恵の一部を享受するという「国のかたち」を指している。
2011年に「アラブの春」が勃発した際、サウジアラビア政府は公務員や軍人の給料を2倍にするなどの措置を講ずることで国内の治安を維持してきたが、「無い袖は振れない」。国民に対する施しを大幅に削減しているにもかかわらず、政治的権利を認めようとする動きがないのが心配である。
さらにサウジアラビア政府の正統性を揺るがす事態が生じようとしている。
サウジアラビア政府は6月24日、7月後半から始まるメッカ大巡礼(ハッジ)の参加者をサウジアラビアに居住するイスラム教徒(2900万人)のうちわずか1000人に限るとの決定を下した。
ハッジ参加者を大幅に制限するのは、1932年のサウジアラビア建国以来初めてのことである。19世紀にはハッジに参加した何万人もの巡礼者がコレラによって命を落としており、過去の教訓からやむを得ない措置だったかもしれないが、イスラム教徒にとってハッジの意義はとてつもなく大きい。(中略)
ハッジ参加者数を制限することは、経済にも大きな影響を与える。1週間の巡礼にかかる食事、ビザ、宿泊費用は1人当たり数千〜数万ドルに達する。ロイターによれば、ハッジ関連収入は120億ドルに上り、石油関連を除いたサウジアラビアのGDPの2割に相当する。ハッジ関連収入に課税しているサウジアラビアの国庫にも大きな痛手となるが、本当の問題は別にある。
「賢明な決断だが、サウジアラビアの自尊心は傷つくだろう。ハッジの(実質的な)中断は秩序を揺るがす出来事である」(6月26日付ナショナルジオグラフィック)。
このような懸念が専門家から出ているのは、サウジアラビア政府、いや、サウド家がこれまで国内はもちろん、中東地域で君臨してこられたのは、イスラム教の二大聖地であるメッカとメデイナの守護者という役割を担ってきたからである。
しかし今回の措置はその役割を果たせなかったことを意味するのではないだろうか。国内外のイスラム教徒がこのように判断すれば、サウド家自身の正統性が大きく揺らぐことになりかねない。
ムハンマド皇太子は王位継承のためライバルを次々と蹴落としてきたことから、サウジ王族内で不満が高まっており、5月末には王族3人を含む18人のメンバーによりムハンマド皇太子打倒を目指す反対派連携評議会が結成された(5月31日付アルジャジーラ)。
ムハンマド皇太子に代えて、3月に拘束されたサルマン国王の弟であるアハメド元内相を皇太子に据えることを目指しているとしているが、宮廷革命の動きに政府の失政に怒る民衆が同調すれば、サウジアラビアで大量の血が流れないとの保証はない。
原油輸入の4割をサウジアラビアに依存している日本は、サウジアラビア情勢への警戒をもっと強めるべきではないだろうか。【7月14日 デイリー新潮】
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「レンテイア国家」とは聞きなれない言葉ですが、「レント収入(ランティエ、すなわち、土地による天然資源収入等の非稼得性から見出され国家に直接的に流入する利益)に依存する国」という意味合いのようです。
【コロナは減少、原油価格は横ばい推移 イエメンは相変わらず】
サウジ王室、ムハンマド皇太子にとって好都合なのは、新型コロナ感染が、このところは減少傾向にあることでしょうか。もし、今後再び増加に転じることがあれば、政治基盤を揺るがすことにも。
原油価格も、5月・6月は持ち直し、7月に入ってWTIで1バレル40ドル前後で安定していますので、まずまずでしょうか。
金食い虫のイエメン情勢は相変わらず。
****サウジ主導連合、フーシ派発射の弾道ロケットなど迎撃=国営通信社****
サウジアラビアが主導する連合軍は13日、イエメンの親イラン武装組織フーシ派がサウジに向けて発射した弾道ロケット2発とドローン6機を迎撃した。サウジの国営通信社が、連合軍報道官の話として伝えた。
サウジ国営テレビは7月初め、フーシ派によるサウジへの攻撃激化を受け、連合軍がフーシ派への軍事行動を開始したと報じている。【7月13日 ロイター】
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サウジが支援する暫定政府と南部分離独立派との関係が修復したはサウジにとってはいいニュースでしょう。
****イエメン南部分離独立派、自治宣言を撤回 和平合意に前進****
イエメンの南部分離独立派「南部暫定評議会」は29日、同国南部における自治宣言を撤回し、頓挫していたサウジアラビア仲介の和平合意を履行すると発表した。反政府武装勢力フーシ派との紛争で共闘関係にあった暫定政府との亀裂修復を目指す動きとなった。
STCは4月、暫定政府がその義務を履行せず南部の大義に対して「陰謀」を企て、紛争で荒廃したイエメン情勢を悪化させていると非難し、自治を宣言していた。
かつては同盟関係にあったSTCと暫定政府が決裂したことで、サウジ主導の連合軍とイランが支持するフーシ派による長期紛争はさらに混迷。フーシ派は、首都サヌアを含むイエメン北部の大部分を支配している。
STCの報道官は、「リヤド合意」と呼ばれる権力分担協定を履行していけるよう、「自治宣言を撤回する」とツイッターで表明した。
同報道官は、サウジとアラブ首長国連邦から自治宣言を撤回するよう圧力を受けたことを認めている。
STCの発表に先立ち国営サウジ通信は、サウジ政府がリヤド合意の履行を「促進する」計画を提案したと報じていた。
この計画は、イエメン首相が30日以内に新政府を発足させることと、暫定政府が拠点としていた同国第2の都市アデンに新たに知事と警察署長を任命することを求める内容となっている。
実現すれば、サウジ主導の連合軍とその共闘勢力は、共通の敵であるフーシ派との戦いに再び集中することが可能になる。
フーシ派は現在、政府勢力に対して再び攻勢を強めており、長引くイエメン紛争には終わりが見えない。
同国では、国連が「世界最悪の人道危機」とみなすこの内戦で、民間人を中心に数万もの人が犠牲となり、数百万人が避難を余儀なくされている。 【7月30日 AFP】AFPBB News
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【今後の不安定要素は国王の健康問題】
ムハンマド皇太子にとって、不安定要素は高齢(84歳)サルマン国王の健康状態かも。
****サウジ国王の手術成功 胆のう摘出、入院は継続****
サウジアラビアの国営通信は23日、胆のう炎検査のため入院していたサルマン国王(84)の手術が首都リヤドで同日行われ成功したと伝えた。医療団の助言に従ってしばらくの期間、入院を続けるとしている。
国営通信によると、行われたのは腹腔(ふくくう)鏡を用いた胆のう摘出手術で、国王はサウジ国民や見舞いを寄せたアラブ諸国や友好国の指導者らに謝意を表明したという。
国王は20日に入院した。広がった健康不安を払拭する狙いからか、国営メディアは国王が病院からテレビ会議による閣議を主宰したなどと伝えていた。
サルマン国王は2015年に即位。これまでも体調不良説があり、息子のムハンマド皇太子(34)がサウジの事実上の最高権力者となっている。米紙は今年4月、サウジでの新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、国王が西部ジッダに近い島の宮殿に退避したと報じていた。【7月24日 日経】
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今回の腹腔鏡を用いた胆のう摘出手術自体はごく普通に行う施術ですが、年齢が年齢だけに今後の健康問題が気になるところです。
国王に万一のことがあれば、これまで国王の権威を背景に強引な改革路線を強行してきたムハンマド皇太子は“敵”も多く、王室内の権力闘争が一気に表面化することになります。