(【6月22日 BBC】ベイルートの大使館前の路上に荷物と供に“捨てられた”エチオピア人家政婦)
【反政府デモ、財政破綻、デフォルトで悪化する経済危機】
中東レバノンが国際面で取り上げられるのは、イスラエルと敵対し、シリアでも活動する親イランのシーア派武装勢力ヒズボラ(国内的には主要政党でもあります)の関係が多いでしょう。
日本では、カルロス・ゴーン被告(コロナ騒動ですっかり忘れ去られた感がありますが)の逃亡先として話題になったことも。
そのレバノンでは、昨年10月、スマートフォンのアプリを使った無料通話への課税を政府が提案したことが引き金となり若者たちの政治エリートへの不満が爆発、激しい反政府デモが起き、その後も3月18日に新型コロナで非常事態宣言が出され外出規制が行われるまでデモは続発しました。
背景には、35歳未満の若者の失業率は40%近くあり(当時)、上位1%の富裕層が全国民所得の4分の1を占める格差社会という実情があります。
そのたりの事情(特に政治的な背景)については、1月19日ブログ“レバノン 噴出する機能麻痺した宗派・宗教間の権力分割体制への不満 内戦の反省から生まれた制度”で取り上げました。
“レバノンの既成政治は、一言でいえば宗派・宗教間の権力分割体制です。
激しく長い内戦の経験から宗教・宗派対立を防止するための仕組みでしたが、政治は硬直化し、非効率と腐敗の温床ともなっています。”【1月19日ブログ】
昨年10月に反政府デモが勃発したように、レバノン経済・財政は以前から危機的状況にありましたが、3月9日にはデフォルト(債務不履行)に陥りました。
****深刻な財政危機にあえぐレバノン、初のデフォルトへ****
レバノンは7日、9日に償還期限を迎える12億ドル(約1260億円)の外貨建て国債について、支払いを延期すると発表した。深刻な財政危機によって外貨準備高が急減したことが原因。
レバノンがデフォルト(債務不履行)に陥るのは初めて。レバノンは深刻な流動性危機と、反体制デモの長期化によって打撃を受けている。(中略)
ディアブ政権は今年1月、政界の全面的な刷新を求めて昨年10月に始まった前例のないデモが続く中、財政危機に対処するために発足した。(中略)
レバノンの債務はかねて世界最大級で、現在はは国内総生産の170%近くに膨らんでいる。に達している。これまでにも何度か財政危機に見舞われたが、デフォルトに陥ったことはない。ここ数か月は、1975〜90年の内戦以降で最も深刻な経済の混乱への対応に取り組んでいた。
外貨準備高の減少が続く中で、レバノン・ポンドの価値は急落し、各銀行はドル建て預金の引き出しや送金を厳しく制限している。 【3月8日 AFP】
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さらに、新型コロナ関連の経済活動停止で状況は経済危機は深刻化、規制にも関わらず反政府デモも再燃する状況になっています。
“レバノンでデモ激化、60人負傷 経済悪化に抗議、銀行に放火も”【4月29日 共同】
“レバノンでデモ隊衝突 感染防止で経済逼迫、アフリカでも”【5月1日 産経】
“レバノン、大規模な食料危機のリスク=首相”【5月21日 ロイター】
【捨てられるエチオピア人家政婦 イスラエルへの密入国を試みるスーダン人労働者】
どこの国でも、どんな危機でも、その影響が最も大きいのは弱者です。
反政府デモの中心にいる高失業率にあえぐ若者たちもそうした経済弱者ですが、さらに厳しい立場にあるのは、経済を底辺で支えてきた外国人労働者です。
****移民の家政婦、大使館前に次々と捨てられる 経済危機のレバノン****
レバノンでは経済危機に新型コロナウイルスの感染拡大が重なり、住み込み家政婦などとして働くエチオピア移民がベイルートの大使館前に置き去りにされる事態が相次いでいる。
レバノン・ポンドは過去半年で70%も値下がりし、経済は破綻状態にある。
多くの中流家庭は、もはや賃金を払えないと移民の家政婦たちを大使館前に送り届けては置き去りにしている。ここ数日の間で、100人以上の移民労働者がエチオピア大使館の前に「捨てられ」た。(後略)【6月22日 BBC】
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“送り届けては置き去りに”とは言いつつも、抵抗する者は銃で威圧して・・・といった状況です。
身の回りの荷物とともに大使館前の路上に放り出されても、新型コロナのため国際線は運航しておらず、帰国することもできず、エチオピア大使館も保護することもありません。
文字通り“ゴミのように捨てられる”状況です。あるいは“捨て猫”でしょうか。
エチオピア人家政婦以外も状況は同じです。
仕事を失い、経済状況は悪化し、帰国する手段もない・・・・どうするか? 中には、厳しい国境管理では世界的にも有数のイスラエル国境を超えようとするスーダン人労働者もいるようです。
****レバノンのスーダン人、生活苦でイスラエル密入国を試み****
レバノンは、ここ数十年で最悪の経済危機に直面している。失業者が急増する中、経済的に困窮したためレバノンから脱出し、南部国境からイスラエルに入国しようとするスーダン人が増えている。
5月上旬以降、約16人のスーダン人男性がイスラエルとの国境を夜の闇に紛れて越えようとし、逮捕されている。先月末にはイスラエル側の排水管の中で縮こまっている男性が発見された。男性はイスラエル軍によって尋問され、レバノンに送り返された。
イスラエルは2006年に交戦したレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラを警戒し、国境に厳重な警備体制を敷いているが、イスラエルもヒズボラも国境を超えようとするスーダン人は経済移民だと指摘している。(中略)
人口の45%以上が既に貧困線に満たない状態で暮らしているレバノンでは、6月初めに通貨が過去最低水準に急落、食料価格が急騰した。
スーダン人らは在ベイルート大使館に、自分たちを祖国に連れ帰ってほしいとスーダン政府に訴えている。
「ここでの生活は高くつくようになった。スーダンに戻りたい。給料なんて何の価値もなくなった。食べることができない」と27歳の男性は語った。スーパーマーケットで働くこの男性の月給は50万レバノン・ポンドだったが、通貨が急落したため米ドルに換算すると333ドル(約3万5000円)から100ドル(約1万円)に落ち込んでしまった。
レバノン・スーダン青年協会のアブダラ・マレク氏によると、レバノンには少なくとも4,000人のスーダン人が住んでいるが、1000人以上が帰国を希望し、大使館に登録しているという。(後略)【7月7日 AFP】
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イスラエルとレバノンは、厳密に言えばいまだ戦争状態にあり、その厳重な国境を越えようというのは無謀ですが、「生活状況と絶望感が、彼らを大きな危険に駆り立てた」(上記マレク氏)とのこと。
【没落する中産階級】
エチオピア人家政婦を大使館前の路上に“捨てている”のはレバノン人中産階級ですが、彼らもまた貧困層に没落しつつあります。
****レバノン 経済危機がもたらす新興中産階級の崩壊****
6月16日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版
1月のある夜、午後9時すぎ、中東レバノンの首都ベイルートの南部に住んでいたフセインさん(50)の自宅に3人の男がやって来た。そのうちの2人は銃を持っていた。
見知らぬ男たちが伝えたのは、大家からの立ち退き通告だった。フセインさんはその2カ月前に職を失い、2カ月分の家賃1400米ドル(約15万円)を滞納していた。
レバノンは現在、この30年間で最悪の財政・金融危機に陥っている。元倉庫番のフセインさんと同じように何万人ものレバノン人が、これまで享受していた快適な生活から猛烈なスピードで放り出されている。
フセインさんは立ち退き通告を受けた夜、家族と共に自宅を出た。家族には「これまでの生活や買い物など、過去の暮らしぶりは忘れなければならない」と説明した。
フセインさんは約2000米ドルの月給で快適な生活を送っていた。寝室が4つある自宅の家賃の支払い、3人の子供たちの大学や学校の授業料を支払った後ででも、手元には家族の外出費用をまかなうのに十分なお金が残った。
しかし今は新しい職を得る見通しが立たない中、愛車BMWや妻の宝石類、家具の大半を売り払った。大学生の娘は授業料を滞納しているため、オンライン授業を受けられずにいる。
レバノンは2019年、危機に陥った。腐敗した政治家たちは国家よりも自らの利益を優先しているという国民の怒りが大規模な反政府デモを引き起こし、経済が失速した。
失業者の急激な増加を受けて、反政府デモ活動が再燃する危険が広がっている。政府は20年末までに人口の60%が貧困に陥る可能性があると警告する。
■「成り金」が「成り貧」に
慈善団体「レバノン・フードバンク」のエグゼクティブ・マネージャー、ソハ・ザイター氏は「かつては『ヌーボー・リッシュ』(成り金)と呼ばれる階級が存在した。今あるのは、中産階級から転落した『ヌーボー・ポーヴル』(成り貧)だ」と説明する。
レバノン・フードバンクは今年に入ってからすでに、19年全体の6倍にあたる数の食材箱を配布しており、飢餓の危険にさらされている家庭がいかに多いかを示している。同氏によると、困窮している人たちの中には、会計士から元マーケティング部長といった失業中のホワイトカラー層が含まれているという。
レバノン政府は国際通貨基金(IMF)に支援を要請しているが、内容についてまだ合意を得られていない。
経済失速の悪影響を特に受けているのが中低所得層だ。財政難のレバノンは3月、外貨建て国債について支払いを延期してデフォルト(債務不履行)に陥り、政府が支援策を打ち出すことは不可能だ。
「レバノンには困窮した時に保護してくれる社会的基盤がない」。シリアやパレスチナの難民の支援だけでなく現在は何百人ものレバノン人の家族をも支援する非政府組織(NGO)「セーブ・ザ・チルドレン」のレバノン担当カントリーディレクター、ジャド・サクル氏は話す。
■新型コロナも追い打ち
レバノンの経済危機は新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)で一層深刻化している。国際労働機関(ILO)が6月に発表した調査では、回答者の37%が失業中で、そのうちの80%以上は新型コロナに対するロックダウン(都市封鎖)下で解雇あるいは一時解雇されていたことが明らかになった。
しかし根本的な問題は、レバノンが長年にわたって食料などの輸入代金などを支払うために、支出が収入を上回る財政政策をとってきたことにある。
国連の報告書によると、レバノンは国内の食料の80%近くを輸入に頼っている。
政府は国内の生産に投資する代わりに、国内の銀行の高金利を目当てに集まった外貨を政府の財政(赤字の穴埋め)や、輸入代金の支払いにあて、自国通貨を支えてきた。レバノンポンドは米ドルに固定されているため、実際の経済力よりも大きい購買力をレバノンは享受してきた。
過去30年間の「金融政策の恩恵を『新興中産階級』は受けてきた」と経済学者で野党政治家のシャルベル・ナハス氏は指摘する。「これは派手な消費スタイルにも反映されてきた」とし、中東で一番のパーティー好きな都市としてのベイルートの評判を高めることにもなったという。
レバノン政府の金融政策はこの1年で崩壊した。経済政策への信頼が失墜し、国内でドル不足が起きた。レバノンポンドは暴落してインフレが進み、基本食料品の価格は55%も値上がりした。
外貨を調達できなくなり、銀行が預金者に対して事実上の引き出し制限を課すようになると、輸入業者は仕入れ先への支払いが困難となり、倒産に追い込まれるようになった。
ベイルート港の統計によると、レバノンの荷主と貨物輸送業者上位5社の20年第1四半期の輸入量は、前年同期に比べて50%近く落ち込んだ。
フセインさんは経済危機の早期の被害者だった。19年11月、それまで12年間務めた化粧品輸入業者に解雇を通告された。新しい仕事が見つからず、ガソリンスタンドの店員や警備員など低賃金の職に何十件も応募し、面接も20回以上受けた。それでもだれからも声はかからないままだ。
このような低賃金の仕事には長年、エジプトからエチオピアに及ぶ周辺国からの出稼ぎ労働者が従事してきた。多くの場合、労働条件が劣悪であっても、レバノンで働けば賃金がドルで支払われるというのが魅力だった。
■海外移住者が支えた経済
その一方で、レバノン人の海外移住者、つまり1980年代に内戦を逃れた、あるいはそれ以降に海外に移住した、能力のあるレバノン人は、ドルをレバノン国内の高金利の銀行口座に預けるように奨励されてきた。銀行は集めたドルを中央銀行に預け、中央銀行は輸入代金支払いに必要な現金を政府に提供していた。
ナハス氏は、レバノンから流出した優秀な中産階級のレバノン人が「非常に評価が高い輸出品」としての役割を果たし、レバノンの異様な金融システムの潤滑油の役割を果たしてきたと説明する。
しかし、中産階級の海外移住は同時に最も高度な能力を持つ人材の流出をもたらし、国内の雇用機会が失われた今、再び同じことが起こるのではないかとナハス氏は危惧する。
「今後40年(あるいは)50年間で社会の構造が劇的に変化することを意味する。これは会計上の損失よりもはるかに深刻で難しい問題をもたらす」と警告する。
現在、出稼ぎ労働者の多くはレバノンを去ろうとしている。低賃金の職を提供する部門の雇用主が賃金の支払いをドルから価値が下落するレバノンポンドに切り替えているからだ。
フィリピン政府は19年末、レバノンに住むフィリピン人の帰国を支援するために航空機の手配を開始した。
フセインさん自身もレバノンから脱出したいと思っている。「この国には未来がない」。今の住み家である先祖代々暮らしてきたレバノン南部の村からほど近い海辺の街ティールのカフェで、地中海を眺めながら語った。願うのは、家族をまず脱出させることだ。「たとえ私の体の一部を売らなければならなくなったとしても…」【6月19日 日経】
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【「銀行による支配をぶっつぶせ」 迫られる既存体制の改革】
レバノンの経済・財政は高い金利で外貨を銀行が集め、それを中央銀行が吸い上げて輸入代金にあてるというシステムでしたが、そのシステムが破綻しています。
****レバノン経済危機 怒りの矛先は「銀行」に****
7月6日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版
レバノンの銀行は数十年来、国の経済の宝と称されてきた。
その総資産は2019年半ばまでの8年間で83%増加し、2530億ドル(約27兆2000億円)に達していた。同国の国内総生産(GDP)のほぼ5倍に相当する。
首都ベイルートの銀行店舗は、きらめくガラス張りの外観にしゃれた中庭という凝った設計で、顧客は流行の先端を行くレストランに招かれ葉巻と素晴らしい料理でもてなされていた。
それから1年足らずの今、銀行の店舗はデモ隊の火炎瓶を警戒して分厚い金属板のバリケードで囲まれ、経営幹部は人目を避けるようになっている。
6月、北部トリポリにある中央銀行の支店前で火が放たれ、ベイルート市内ではあちこちの壁に「銀行による支配をぶっつぶせ」というスプレーで書かれた文字が躍っている。
■デフォルト後に経済悪化が加速
(中略)輸入に依存するレバノンでは長年、中央銀行が商業銀行からのドル預金に年10%を超えることもあるほどの高金利を設定し、貿易赤字の穴埋めを支えてきた。銀行側も顧客に高金利を提供し、国内の預金者や多数の在外レバノン人から外貨を集めるのに貢献していた。
この仕組みは国内銀行の高収益につながっていた。だが19年夏、移ろいやすい投資家心理の悪化とともにドルの流入が細り、その仕組みに綻びが生じ始めた。
深刻な格差への不満を背景とする大規模な抗議デモが10月に始まり、政権を退陣に追い込むに至った。
デモが続くなか、銀行は数週間にわたり営業を停止し、預金を引き出せない顧客がパニック状態になった。
銀行側は取り付け騒ぎを避けようと預金の引き出しに上限を設定したが、銀行へのドル流入が反転する事態となった。英調査会社オックスフォード・エコノミクスによると、19年に銀行業界の総資産の約10%にあたる250億ドルが流出した。(後略)【7月8日 日経】
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事態は、デフォルト、そしてコロナ禍で悪化の一途をたどります。
1月に指名されたディアブ首相の新政権は、経済を安定させる改革の断行とともに国際通貨基金(IMF)の緊急融資を取り付けようとしていますが難航しています。
****IMF代表、レバノン経済危機解決に向けた交渉の進展不足を懸念*****
(中略)経済学者のイッサム・アル・ジュルディ氏は、「レバノン側には、改革のプロセスが従来の単純な措置であるという考えが広がっているが、IMFは政治によって支配されている公共部門の改革を求めている。部門および構造改革を達成するには、これらの改革が必要だ」とArab Newsに話した。
「これらの改革を避けている理由は、レバノン政府に蔓延する恩顧および縁故主義だ。このような文化は、信仰が基本の宗派特権という名目における権力の維持、公的基金の横領、身内の指名に利用されている。」(後略)【6月28日 ARAB NEWS】
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