(支援者とともにマスク姿で裁判所に到着したマレーシアのナジブ元首相(中央)=クアラルンプールで2020年7月28日【7月28日 毎日】)
【マレーシア政治の韓流ドラマのような流れ】
マレーシアのマハティール氏が、かつては後継者とも目されたものの、その後は政敵として蹴落とす形にもなったアンワル元副首相と手を組んで、自身の弟子筋にあたるナジブ首相(当時)を2018年の総選挙で追い落とし、92歳で15年ぶりに「元首相」から「現首相」に復帰したのはよく知られているところです。
その後、与党内のアンワル元首相支持派との調整がうまくいかず、今年2月、首相辞任のカードを切ることによって政局をリードしようとしたものの、腹心のムヒディン氏に足元をすくわれる政変劇(マハティール政権の政敵であったナジブ氏の勢力と手を組んで、マハティール氏の首相復帰を阻止)で政権を手放すことにもなっています。ですから現在は「前首相」です。策士、策に溺れた感も。
このあたりの一連の政局の動きは、政治理念による離合というよりは、韓流ドラマのようにドロドロした感があります。
【ナジブ政権を崩壊に追い込んだ「1MDB」を巡る汚職疑惑】
マハティール氏を「元首相」から「現首相」に復帰させることになった大きな要因が、ナジブ政権の腐敗・汚職に対する国民の怒りであり、その最たるものが政府系ファンド「1MDB」を巡る汚職疑惑でした。
“1MDBは、2009年にナジブ首相が主導して創設された投資会社であり、創設以来、同首相自身が顧問会議のトップとして経営に関与していた。マレーシアを先進国入りさせるプロジェクトの一環として期待されたこの投資会社は、14年3月末時点で約420億リンギットに上る巨額(GDPの3.9%、国家予算の16%に相当する金額)の負債を抱え込む状況に陥った。さらに、不正経理の疑惑も指摘されている。”【2016年6月1日 石井順也氏 読売】
疑惑は、巨額負債のほか、マネーロンダリング、首相親族の関与、更には,ナジブ首相の個人口座に約7億ドル(約800億円)の不透明な資金が振り込まれた・・・という首相自身への資金還流など多岐にわたっています。
*****1MDB疑惑****
1マレーシア・デベロップメント・ブルハドとは、2008年マレーシアで設立されたソブリン・ウエルス・ファンド。略称は1MDB。エネルギー・不動産・観光・アグリビジネス銘柄を保有する。
国内産業の振興・多角化を建前とする資金洗浄が行われた。2015年7月2日ウォール・ストリート・ジャーナルが、ファンドからナジブ・ラザク(マレーシア第6代首相)の個人口座へおよそ7億ドルが振り込まれた公文書記録を報じた。
本国当局だけでなくオフショア市場のある各国の金融当局までもが、翌8月のパナマ文書を利用してファンド資金の行方をグローバルに捜査した。欧米言語による媒体が次々と不正を追及していった。
事件の規模は年内にたちまち拡大し、国際金融市場においてクリアストリーム事件以来の醜聞となった(1MDB scandal)。1MDBは創設と運営から債務不履行と政治的解決に至るまで、一貫してマレーシア経済を機関化する道具であった。【ウィキペディア】
**********************
【政治の動きと表裏の「1MDB」疑惑追及】
このマレーシア最大の汚職疑惑「1MDB」をめぐる捜査は、疑惑がナジブ氏失脚、マハティール政権誕生の基盤となったように、マレーシア政治と表裏の関係にあります。
マハティール政権のもとでナジブ元首相は逮捕され、裁判が進行していましたが、マハティール前首相の辞任、ムヒディン現首相のナジブ氏勢力との連立によって先行き不透明に。
****「1MDB」疑惑捜査とマレーシア政治****
ナジブ氏と1MDBを巡る疑惑は2015年ごろに持ち上がったが、当時のナジブ政権の意向を受け、司法当局が捜査を終結させた。
その後、18年5月の連邦下院総選挙を経て、マハティール氏が首相に就任し、ナジブ氏が政権を追われたことから、当局は追及を再開し訴追に至った。
ところが今年2月に政変が起こり、マハティール氏が首相を辞任し、後任にムヒディン氏が就任した。
同氏はナジブ氏が所属する政党から支持されて政権奪取したことから、ナジブ陣営の協力がなければ政権維持は難しい。そのため今回の公判前には、現政権が裁判所に圧力をかけるのではないかとの懸念も出ていたが、ナジブ氏にとって厳しい司法判断となった。【7月28日 毎日】
**********************
【ナジブ元首相は有罪 しかし、全体的には「幕引き」が進む構図も】
結局、ナジブ元首相には有罪の判決が。
****マレーシア元首相に有罪判決 政府系ファンドめぐる巨額汚職で****
マレーシアの政府系ファンド「ワン・マレーシア・デベロップメント」をめぐる巨額汚職事件をめぐる裁判で、クアラルンプール高等裁判所(一審)は28日、ナジブ・ラザク元首相に対し、全ての罪状で有罪を言い渡した。
公判開始から16か月、ナジブ被告は1MDBの元子会社「SRCインターナショナル」から4200万リンギ(約10億4000万円)を不正に自身の口座に送金した罪などで有罪を言い渡された。
2年前に発覚した1MDBの資金流用をめぐる汚職疑惑によって、長期政権を率いていたナジブ被告は失脚した。
ナジブ被告は数十件の罪で起訴されているが、違法行為を強く否定している。全罪状で有罪が確定した場合、同被告には数十年の禁錮刑が科される可能性がある。
政府系ファンドの資金数十億ドルが、高級不動産から高額な美術品にまで流用された事実が発覚する中、米金融大手ゴールドマン・サックスもこの汚職スキャンダルに巻き込まれた。
ナジブ被告に向けられた国民の怒りは、2018年の総選挙で被告が率いた長期連立政権の敗北を招く主な原因となり、同年、ナジブ被告は逮捕された。 【7月28日 AFP】
*********************
マレーシア司法の独立が貫かれたと言うべきか、あるいは、現政権としてもさすがにナジブ氏無罪にまで無理押しすると国民批判を招くとの危機感からでしょうか。
“ナジブ被告の公判はマレーシアの汚職撲滅の取り組みの試金石として注目されている。ナジブ被告が属する統一マレー国民組織(UMNO)は3月に就任したムヒディン首相が率いる与党連合の一角として権力の座に復活している。
有罪判決によって国民のムヒディン首相への信頼感が強まる一方でUMNOが中核政党である与党連合の結束は弱まる可能性がある。”【7月28日 ロイター】と言われていますが、UMNOとの関係はそう単純ではないかも。
ムヒディン現政権およびUMNOを含めた与党連合としては、次の総選挙に向けて、なるべく早期に「1MDB」疑惑の幕引きを図りたい本音もあります。
ナジブ氏の裁判をどうこうすることは無理があるものの、ナジブ氏以外への波及は極力抑えたい・・・との思惑も。
そのあたりで、ナジブ被告が属する統一マレー国民組織(UMNO)との間で一定の了解があるのかも。
マハティール前首相が辞任してから、ナジブ氏以外の関係者については起訴取り下げが続いています。
****マレーシア政治 汚職体質続くか ジェームズ・チン氏****
豪タスマニア大学アジア研究所ディレクター
マレーシアでは6月、マハティール前首相が首相復帰を目指す考えを取り下げると表明した。アンワル元副首相との確執が再び深まり、ムヒディン首相を倒閣に追い込む戦略が行き詰まったためだ。今後のマレーシア政治への影響は必至だろう。
マレーシア政治が安定しない象徴の一つが、(マハティール氏が捜査を進めた)政府系ファンド「1MDB」から多額の資金が流出した汚職事件だ。1MDB事件に関連し、ナジブ元首相は40を超える罪で起訴されているが、うち7つの罪に関する最初の判決が28日に下されることになっている。
ナジブ氏の義理の息子であるリザ・アジズ氏への起訴は5月、取り下げられた。リザ氏は米ハリウッドで映画プロデューサーとして活動し、映画「ウルフ・オブ・ウォールストリート」の制作にも関わった。1MDBから流用された資金を不正に受け取った疑いで、マネーロンダリング(資金洗浄)の罪で起訴されていた。
起訴取り下げの背景には、3月に首相に就いたムヒディン氏がナジブ氏の属する与党連合の中核政党である統一マレー国民組織(UMNO)に貸しをつくり、与党連合内での求心力を高める思惑もあるようだ。
マレーシア検察は6月、(与党連合に近い)ムサ・アマン前サバ州首相の別の資金洗浄などについても、証拠が不十分で公判を維持できなくなったと発表した。
1MDB事件でナジブ氏に違法性はないという捜査結果を発表した当時の司法長官、アパンディ・アリ氏は6月、公判の主任検事がナジブ氏に「明確な偏見」を持っているとする宣誓供述書を提出した。
UMNOは、1MDB事件が法的に解決されなければ、次の総選挙に影響が出ることを知っているだろう。与党連合は、評判回復のため必死の努力をしているようにみえる。
現在のUMNO指導部の間では、2018年に同党が政権を失ったのは、1MDB事件が原因だという点で意見が一致しているようだ。問題を早期に解決できれば、UMNOはブランドの信頼回復に乗り出すことができる。解決できなければ、有権者は今後も、UMNOと聞けば1MDB事件を連想するだろう。
UMNO関係者の中には、裁判のせいで閣僚ポストを得られなかった者もいるとみられる。ナジブ氏は1MDB事件で痛手を被ったにもかかわらず、UMNOに依然として強い影響力を持つ。UMNO内部には、ナジブ氏を総裁に復帰させようという声もあったという。ナジブ氏は、自らの政治生命が、裁判で無罪を勝ち取ることにかかっているのを誰よりもよく知っている。
新型コロナウイルスの感染拡大により、1MDB事件に対するマレーシアの国民の関心は薄れている。国民は、雇用など経済の再始動のほうをずっと気にかけている。人々は新たな働き方に対応し、生計を立てていくことで精いっぱいだ。
1MDB事件は既に、マレーシアに巨額の損害をもたらし、他国の金融機関なども巻き込む国際的な騒動になっている。今後は、マレーシアが、こうした事件を解決しなければ先進国になれないという事実のほうが重要になりそうだ。
ナジブ氏が権力の座に戻れば、1MDBを巡る汚職を可能にした政治がすぐに復活するだろう。汚職が政治の致命傷にならず、疑惑を抱えた政治家が、権力の座に復帰した例はいくらでもある。ナジブ氏は終わったどころか、返り咲く一人になるかもしれない。
民主化の「前進」過大評価
総額45億ドル(約4800億円)以上の1MDBの不正流用疑惑を巡り、ナジブ氏は背任や職権乱用の罪で起訴されている。首相が政府系ファンドを「財布代わり」にした疑惑の解明は、UMNOを総選挙で破ったマハティール前政権下で進むはずだったが、2月に同氏が首相を辞任してUMNOが与党に返り咲くと、雲行きが怪しくなった。
ナジブ氏の首相在任時、司法当局はお手盛りの捜査で「違法性はない」と結論づけた。マハティール氏の辞任後、今度はナジブ氏に近い要人の不正疑惑の起訴取り下げが相次ぎ、立法、行政、司法の三権分立を確立できていないことが露呈した。2年前の初の政権交代はマレーシア民主化の前進を印象づけたが、それは過大評価だったと言わざるを得ない。【7月13日 日経】
***********************
「1MDB」の問題はナジブ氏個人の問題ではなく、「1MDB」からの利益を享受した関係者は多く、その構造はマレーシア政治の腐敗の構造そのものであったはずです。
逃れようのないナジブ氏一人に責任を負わせて国民向けに“一応の責任”を見せ、ほかの関係者は延命をはかり、「1MDB」を“過去の事件”として幕引きを図るのが現政権の戦略・・・と言ったら言い過ぎでしょうか。
米ゴールドマン・サックスとの間でも、幕引きにむけた“手打ち”が進んでいるようにも。
****ゴールドマン、1MDB問題でマレーシアと合意 和解金39億ドル****
米ゴールドマン・サックスは24日、マレーシア政府系ファンド「1MDB」の巨額汚職を巡り、マレーシア政府と和解金39億ドルの支払いで合意したと発表した。ゴールドマンに対する刑事訴追はすべて取り下げられるという。
ゴールドマンが現金25億ドルを支払うほか、1MDB関連資産からの収益のうち、少なくとも14億ドルの回収を保証する。
マレーシアのアジズ財務相は声明で「予想をはるかに下回っていた従来の取り組みよりも多額の和解金をゴールドマン・サックスから確保した」と指摘。また「多くの時間、費用、資源を要したであろう法定制度を用いずに和解できたことを嬉しく思う」とし、ゴールドマンに対する訴訟などはすべて取り下げられるとした。
マレーシアと米国の捜査当局は、1MDBから約45億ドルの資金が不正流用され、マレーシアのナジブ前首相やゴールドマンなどが関与したと指摘。
またマレーシアの検察当局は2018年12月、1MDBの総額65億ドルの起債を巡り、投資家を誤解させたとして、ゴールドマンの子会社3社を起訴。米司法省によると、ゴールドマンは債券引き受けで約6億ドルの手数料を得ていた。【7月24日 ロイター】
***********************