(2日、ガザ地区南部のカーンユーニスでイスラエルによるヨルダン川西岸の併合に抗議するパレスチナの人々【7月5日 WEDGE Infinity】 こうした反対はわかりやすいですが、より複雑・微妙な反応も多々あるようで状況は複雑です。)
【アメリカ以外の国際世論は総じて併合に反対】
イスラエル・ネタニヤフ首相が発表した、パレスチナが将来の国家の領土と位置付けるヨルダン川西岸の一部をイスラエルの「自国領」として併合する計画では、対象になるのは入植地やヨルダンとの境界をなすヨルダン渓谷で、西岸の約3割に当たります。
入植地にはユダヤ人しかいませんが、ヨルダン渓谷にはユダヤ人約1万人のほかにパレスチナ人が6万5千人住んでいるとされ、併合すれば、パレスチナ自治政府が考えている「将来建設する国家」を危うくするだけでなく、イスラエルに併合されたパレスチナ人の政治参加など複雑な問題が噴出することにもなります。
国連のグテレス事務総長も6月下旬、「併合は最も重大な国際法違反だ」と併合計画の撤回を求めています。
一方で、イスラエル国内には、パレスチナ国家樹立につながるトランプ和平案への強硬派からの反対論もあるようです。
*****イスラエルの併合計画に抗議、ガザ地区でデモ 国際社会も非難****
パレスチナ自治区ガザ地区で1日、イスラエルによるヨルダン川西岸併合計画に抗議するデモが行われ、パレスチナ人数千人が参加した。
併合計画に対して国際社会から非難の声が高まっているが、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、米国との協議は続いているとしている。
右派・中道連立によるネタニヤフ政権は、米ドナルド・トランプ政権が今年1月に示した中東和平案に盛り込まれていた併合を、7月1日に開始するとしていた。
これに対しボリス・ジョンソン英首相は1日、イスラエルのヘブライ語日刊紙イディオト・アハロノトに、自分は「イスラエルの熱心な擁護者」ではあるが、併合は「イスラエルの長期的な国益に反し」「国際法に違反するだろう」と寄稿した。
さらにオーストラリア、フランス、ドイツなど欧米諸国、国連に加え、イスラエルが関係改善を図っていた湾岸諸国も併合に反対の立場を示している。
ただ、ドイツ議会は「一方的な制裁や制裁を科すという脅し」をけん制する動議を可決した。このような制裁は、イスラエルとパレスチアの和平プロセスに「建設的効果をもたらさない」と説明している。
◼️イスラエル国内で反発も
イスラエルのベニー・ガンツ副首相兼国防相は、イスラエルとパレスチナで新型コロナウイルスの新規感染者が急増しており、流行が抑制されるまで併合は実施すべきではないと述べている。
イスラエルは1967年の第3次中東戦争で東エルサレムを、1981年にシリア国境のゴラン高原を併合したが、国際社会の大半からは承認されていない。
一部の入植者はネタニヤフ氏に対し、ヨルダン川西岸でも同様の行動を起こすよう促している。
一方、強硬派は、トランプ氏の和平案はパレスチナ国家にヨルダン川西岸の約70%に及ぶ地域が組み込まれることを想定しており、反対の立場を示している。 【7月2日 AFP】
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ネタニヤフ首相が一番重視しているのは、アメリカ・トランプ大統領のゴーサインでしょう。
今回の計画もトランプ和平案に沿った内容であることから、当然にトランプ大統領の支持が得られるとの前提のものでしょう。
【トランプ政権の躊躇など、併合案停滞の理由 入植者からの反対も】
しかし、トランプ大統領はまだ明確なゴーサインは出していません。
****イスラエル、西岸併合で米と協議継続 パレスチナは直接協議も検討か****
イスラエルのネタニヤフ首相は6月30日、米国のフリードマン駐イスラエル大使やベルコウィッツ中東特使と会談し、パレスチナが将来の国家の領土と位置付けるヨルダン川西岸の一部をイスラエルの「自国領」として併合する計画について、「今後数日間、協議を続ける」と述べた。
5月に発足したイスラエル新政権の連立合意は、併合するための法整備を7月1日から進められるとしている。首相は「歴史的チャンスを逃すわけにはいかない」と繰り返し強調してきたため、1日に何らかの宣言があるとの臆測も出ていたが、当面は協議が続く可能性がある。
イスラエルに肩入れするトランプ米政権が1月に発表した新中東和平案では、パレスチナ国家の樹立を明記する一方、イスラエルがヨルダン川西岸の30%に当たるユダヤ人入植地とヨルダン渓谷を併合できるとしている。
ただ、境界は米国との合同委員会で策定するとしており、トランプ政権はまだ併合計画の着手を了承していないとみられる。
併合の動きに対してはパレスチナやアラブ諸国の一部が強く反発している。パレスチナ自治区ガザでは7月1日、併合反対のデモが行われ、住民数千人が参加した。
一方、AFP通信は6月29日、パレスチナ自治政府側が最近、国家樹立に向けてイスラエルと直接交渉する用意があると米国などに伝えたと報じた。
両者の和平交渉は2014年以降中断されているが、事態打開に向け、パレスチナ側も「小規模な境界変更」には応じるとの従来の立場を改めて強調したという。【7月1日 毎日】
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トランプ大統領は、国際批判、国内保守派の支持などを再選戦略の観点から得か損か秤にかけているのでしょう。
トランプ政権の判断以外にも、ネタニヤフ首相の行動を縛る要因がいくつかあるようです。
****西岸併合に踏み切れない5つの理由、焦り深まるネタニヤフ首相****
イスラエルのネタニヤフ首相が占領地ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区の併合に踏み切れないでいる。
7月1日にも発表と見られていた併合に、後ろ盾のトランプ米政権がブレーキを掛け、肝心のユダヤ人入植者も反対するなど予想外の障害に直面しているからだ。
トランプ氏の11月再選が危ぶまれる中、首相の焦りは深まる一方だ。併合できない5つ理由を探った。
再選にプラスになるのかを見極め
ネタニヤフ首相は1年間で3回も繰り返された総選挙の中などで、西岸や東エルサレム周辺のユダヤ人入植地を併合するとの公約を訴えてきた。入植地は現在、130カ所以上に及び、約60万人のユダヤ人が居住、パレスチナ和平交渉の大きな障害になってきた。
このため歴代の米政府は入植地の拡大を凍結するようイスラエルに求めてきたが、トランプ政権は今年1月、入植地を中心に西岸の30%をイスラエル領に併合し、係争の聖地エルサレムをイスラエルの永遠の首都と認める代わりに、残りの70%に「パレスチナ国家」を樹立するという和平案を提示した。
しかし、パレスチナ側はイスラエル寄りの案だとして即座に拒否、和平交渉は完全にストップした。
この提案を受けたネタニヤフ首相は「歴史的な機会」と歓迎し、トランプ政権の同意を得た上で、7月1日にも併合の決定を発表する意向を示した。
しかし、当初は併合に青信号を与えていた同政権が途中から急ブレーキを踏んだ。米国の中東和平チームはトランプ大統領の娘婿でユダヤ人のクシュナー上級顧問が率い、フリードマン駐イスラエル大使が支えてきた。
併合に前のめりのフリードマン大使に対し、ブレーキを踏んで「待った」を掛けたのはクシュナー氏だ。同氏はトランプ氏の事実上の選対本部長を務めており、併合が再選にとってプラスになるかを慎重に見極める必要があるためだ。
トランプ氏の最大の支持基盤であるキリスト教福音派はイスラエルを支持しており、和平政策も同派の意向に大きく左右される。
しかし、同派筋によると、「福音派の大部分は併合に関心がない」。つまり併合は大統領にとって限定的な効果しか見込めず、逆に併合でパレスチナ人が蜂起するなどして現地情勢が混乱すれば、同派に支持離れが起きる恐れがあるという。
クシュナー氏が「待った」を掛けたのはこうした事情による。首相が併合に踏み切れない理由の1番目がこの米国のブレーキだ。
米国や現地メディアなどによると、クシュナー氏はまた、パレスチナ人を米提案に基づく交渉に参加させるため、「併合カード」を“テコ”に利用しようとしており、首相が併合の発表をしてしまえば、このカードを使うことができなくなることも慎重になっている要因の1つだ。
だが、ネタニヤフ首相がトランプ政権のこうした姿勢にヤキモキしているのは想像に難くない。米選挙情勢は民主党のバイデン前副大統領がトランプ大統領に対し優位にある。バイデン氏は併合に反対しており、トランプ氏が敗れるようなことになれば、首相は併合の機会を失ってしまうかもしれない。
カギはヨルダンのアブドラ国王
理由の第2番目は、連立政権を組む「青と白」率いるガンツ副首相兼国防相が「新型コロナウイルス対策を優先すべきだ」などとして一方的な併合に反対していることだ。
ネタニヤフ首相とガンツ氏は連立協議で、1年半ずつ首相を務めることに合意しており、汚職裁判中の首相の任期は21年の9月までだ。
ガンツ氏は米国の和平提案の一括受け入れを主張。「西岸の30%の併合」だけに同意して、「パレスチナ国家樹立や入植地の凍結」は拒否するという“いいとこ取り”は認められないとの立場だ。
しかも同氏は隣国ヨルダンのアブドラ国王が併合に同意することを条件に付けている。この国王の同意問題が3番目の理由だ。
西岸は元々、1967年の第3次中東戦争でイスラエルに占領される前はヨルダン領だったが、その後ヨルダンがパレスチナ人のために領有権を放棄し、イスラエルとも国交を結んだ。
しかし、国王は今回、米和平案やネタニヤフ首相の併合方針には強く反対、首相が電話を掛けても話すことを拒絶するなど関係が急激に悪化している。
このため、国王を説得できなければ、ガンツ氏の条件を満たすのは難しく、首相が併合方針を推進すれば、連立政権が崩壊する恐れさえある。
首相にとって頭が痛いのはこれだけではない。軍や治安関係の元指導者らが併合に反対している点だ。これが第4の理由だ。
軍や治安関係者の見解は敵対国に囲まれているイスラエルにとって、首相とはいえ無視できないものだ。
彼らの反対の理由は、併合により自治政府と対立してパレスチナ側の治安機関の協力がなくなれば、イスラエルの治安が一気に悪化するというものだ。イスラエル治安当局がパレスチナ内部の過激派をすべて監視することは不可能だからだ。
メンツを保つための小規模併合か
だが、ネタニヤフ首相にとっては意表を突かれた反発もある。それは他でもない入植者の反対だ。これが第5の理由だ。
入植者の大半は当初、米国の和平提案と首相の併合方針に諸手を挙げて賛成した。しかし、提案が入植地の併合と引き換えに、パレスチナ国家を樹立するという「2国家共存」を盛り込んでいることに拒否感が広がった。
入植者らの懸念は、米国の提案ではこれ以上の入植地の拡大はできないこと、パレスチナ国家が樹立された場合、入植地はその中で孤立し、いわば「パレスチナ人の海」に取り残されてしまうことだ。
首相は入植者らを説得しているが、辛うじて入植者の約半数の賛同を得られただけだとされる。だが、公約が入植者の反対で実現できなければ、首相のメンツは丸つぶれとなる。
このため現在首相周辺で浮上しているのが「公約通り併合はするが、米国やヨルダン、ガンツ氏を刺激しないよう、併合対象をエルサレム周辺の入植地だけにとどめ、これを併合第一弾として公表する」案だ。
首相は公約を実施したとしてメンツを保ち、今後順次併合していくという姿勢を見せて、八方ふさがりの状況を乗り切るという思惑だ。
しかし、首相に対しては基本的に併合に賛同するイスラエルの保守派からも「なぜ寝た子を起こすのか」(米紙)と批判が噴出している。
西岸をイスラエルが実質的に支配する現状は同国にとって悪いものではない。西岸の治安はパレスチナ側の取り締まりによって安定しており、和平交渉がストップしていてもパレスチナ人の抵抗は小さい。
しかも国際社会はイスラエル支配を黙認し、アラブ諸国との関係改善も徐々に進んでいるからだ。
「イスラエルにとって現状は最も望ましい状態ではないか。パレスチナ独立国家樹立が絶望的になる一方で、パレスチナ側からの反発も暴力的なものではなく、国際的にも和平の推進について圧力がない。なぜ、併合という形式にこだわり、“平時に乱を起こす”ようなことをあえてやるのか。ネタニヤフには戦略がない」(ベイルート筋)。
ネタニヤフ首相の決断はイスラエルに大きな危機をもたらすかもしれない。【7月5日 佐々木伸氏 WEDGE Infinity】
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こうした入植者からも反対が出る微妙な状況で、一方のパレスチナ人の間からは併合案への賛意が出ており、そうした賛意を示した者を自治政府が逮捕したとのニュースも。パレスチナ側は否定していますが。
****イスラエルの併合支持した複数のパレスチナ人、自治政府が逮捕****
6月に放映されたイスラエルのテレビ番組で、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸の一部地域のイスラエル併合を希望すると述べたパレスチナ住民数人が、パレスチナ当局に逮捕された。関係筋が明らかにした。
ドナルド・トランプ米大統領は1月に発表した中東和平案で、国際法上違法とみなされているユダヤ人入植地を含めたヨルダン川西岸の広い範囲をイスラエルに併合するための支援を約束した。
だが、パレスチナ自治政府はヨルダン川西岸のいかなる部分の併合も一切認めておらず、またパレスチナの世論調査でも圧倒的多数がそれに同意している。
そうした中、イスラエルのテレビ取材に応じた西岸地区在住のパレスチナ人らは、パレスチナ当局や世論とは真っ向から異なる意見を述べた。番組でのインタビューは隠しカメラで撮影され、個人の顔や音声は身元が分からないよう加工して放映された。
1人目は「イスラエルの身分証が欲しい」と述べ、2人目は「イスラエルが敵なんじゃない。イスラエル政府が敵なのだ」と答えた。3人目は、自分は「イスラエルを選んだ」のであって、公の場でそれを口にすることも怖くないと述べた。
この報道番組を制作したイスラエルの著名なジャーナリスト、ツビ・イェヘズケリ氏によると、インタビューの中でイスラエルへの併合を支持すると語った少なくとも6人が、後にパレスチナ当局に逮捕されたという。
イェヘズケリ氏はAFPに対し、「撮影した全員の顔をぼかし、声を変えたにもかかわらず、(パレスチナ)当局が身元を割り出し、(数人を)拘束したことに非常に驚いている」と語った。
だが、AFPの取材に応じたパレスチナ自治政府内務省報道官のガーサン・ニムル氏は「われわれはこの件に関して誰も逮捕していない」と答え、パレスチナ警察報道官も同じく否定した。
パレスチナの指導者らは、イスラエルへの併合は永続的な和平と2国家共存という解決策へ向けた希望を打ち砕き、新たな蜂起に火をつける危険性があると警告している。
パレスチナ人を対象に先月行われた世論調査では、回答者の88%が「トランプ案」に反対し、52%が武装闘争の復活を支持すると答えた。ここ数週間では、ヨルダン川西岸の併合やトランプ案に対する抗議デモも広がっている。
それにもかかわらず、パレスチナ自治区で約4半世紀にわたって特派員を務めるイェヘズケリ氏はAFPに対し、パレスチナ指導部の徹底的な対立姿勢を共有していないパレスチナ人も多くいることに気付いたと指摘。
インタビューでは「われわれは併合など気にしていない」「パレスチナ自治政府は失敗した」「腐敗している」などと述べる人もいたという。
AFPが接触したあるパレスチナ人は、イェヘズケリ氏のインタビューに答えた親戚の一人が数週間、パレスチナ警察に拘束されていたと述べた。間もなく裁判が始まるという。
だが、逮捕される「恐怖」はあるが、自分も同じくイスラエルへの併合を支持しており、「イスラエルがわれわれに市民権を与えてくれる」ことを期待していると語った。
パレスチナの一部の識者は、こうした発言は占領下で数十年を過ごし、長い間望んでいた平和と繁栄を否定された人々の深い落胆を反映しているという。
だが、イスラエルが平等な市民権をパレスチナ人に認めて受けいれる用意があるかといえば、答えはおそらくノーだ。
イスラエルのベンジャミン・ネタニヤフ首相は5月下旬、併合される地域に暮らすパレスチナ人がイスラエルの市民権を持つことはないだろうと述べた。
パレスチナ当局も併合された場合についてはもはや責任を負えず、併合地域のパレスチナ住民の法的地位がどうなるかは不透明なままだ。 【7月19日 AFP】
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パレスチナ国家樹立への道筋が見えないなかで、このままよりはイスラエル国民として経済的に今よりましな環境を得たい・・・との現実論でしょう。
ただ、冒頭でも触れたように、併合した地域のパレスチナ人の扱いはイスラエルにとって厄介な問題にもなります。
市民権を付与すればユダヤ人の優越的地位を将来的に危うくする要因ともなりますが、与えなければ“民主主義国イスラエル”を否定することにもなります。
イスラエル・アメリカは賛成、パレスチナ人は反対といったそう簡単な図式ではないようです。