(【11月15日 NHK】 戦闘を避けて隣国スーダンに逃れる人々のようです)
【“ノーベル平和賞受賞者”のアビー首相 ティグレ人勢力との戦闘に踏み切る】
アフリカでは民族間の対立は珍しくありませんが、東アフリカ・エチオピアも、実権に握っていた少数民族ティグレ人(人口比6%)と、これに不満を持つ多数民族オロモ人(人口比34%)の間で混乱がありました。
2018年、多数派オロモ人からの初の首相となったアビー氏の起用は、そうした混乱を収めるための意表をついたものでした。
****<エチオピア>新首相にアハメド氏 最大民族オロモ人起用****
エチオピアからの報道によると同国の与党連合は(2018年3月)28日までに、アビー・アハメド元科学技術相(42)を新首相に選ぶことを決めた。
政府に抗議行動を続けてきた最大民族オロモ人であるアハメド氏が指導者となることで、民族間の緊張緩和が期待される。
エチオピアでは、少数民族ティグレ人が政治・経済を掌握しており、疎外されてきたオロモ人らの不満が噴出していた。長引く混乱を受け2月にハイレマリアム首相が辞意表明したのに続き、非常事態を宣言していた。
同国の人口は約1億人とアフリカ大陸でナイジェリアに次いで2番目に多く、2000年代半ばから10%前後の経済成長を維持。一方で、反体制派の弾圧で多数の死傷者が出たほか、活動家らの逮捕も相次ぎ、地域大国の不安定化に対する懸念が広がっていた。【2018年3月29日 毎日】
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その後、アビー首相は国内の民族対立解消や長らく敵対してきた隣国エリトリアとの和平などに尽力し、その功績は国際的に高く評価され、2019年10月にはノーベル平和賞を受賞しました。
ただ、民族間の対立・不信感の根は深く、“道半ば”の状況であることは、2019年10月27日ブログ”エチオピア 民族対立の現実に直面する「ノーベル平和賞」受賞者アビー首相の“道半ば”の「改革」”でも取り上げたところです。
特に、実権を奪われる形になったティグレ人との確執は、「ノーベル平和賞」受賞者アビー首相をしても戦闘行為によってしか対処できないものとなったようです。
****エチオピア、北部州を空爆 ノーベル平和賞の首相が命令****
アフリカ東部エチオピアのアビー首相は6日、北部ティグレ州を拠点とする政党ティグレ人民解放戦線(TPLF)の軍事施設を空爆したと発表した。
周辺国を含む地域全体の不安定化につながると懸念される中、アビー首相は「作戦は明確で限定的かつ達成可能な目標を持つ」と強調している。
現地メディアやAP通信などによると、空爆の標的は州都メケレとその周辺に配備されていたロケット兵器など。ティグレ州ではインターネット、電話回線が遮断されており、被害の詳細は明らかになっていない。
(中略)エチオピア議会は7日、「憲法違反」としてTPLFが率いるティグレ州の政府と議会を廃止し、暫定の州政府を立ち上げる決議案を可決した。TPLF側の反発は必至だ。
軍事衝突は4日、TPLFが連邦政府の軍事施設を攻撃したとして、アビー首相が反撃を命じたことで始まった。
エチオピアでは今年8月に総選挙が予定されていたものの、新型コロナウイルス対策のために延期。アビー政権と対立するTPLFはこれに反発して9月に州内の選挙を強行し、連邦政府との対立が悪化していた。
アビー首相は6日、作戦の目的について「法の支配や憲法による秩序を取り戻し、国民が国内のどこででも平和に生きる権利を保護するため」とツイッターで投稿。TPLF側を、対話を通じた平和的な解決策に応じなかったと批判し、政府軍による攻撃の正当性を強調した。
隣国ソマリアなどを含めた「アフリカの角」と呼ばれる地域一帯への影響を憂慮する声も上がる。
国連のグテーレス事務総長は6日、ツイッターに「エチオピアの安定性は、地域全体にとって重要だ。緊張の即時緩和と紛争の平和的解決を求める」と投稿。エチオピアの首都アディスアベバに本部を置くアフリカ連合も軍事衝突の停止に向けて当事者全てに働きかけているという。
ティグレ州に近いスーダンのカッサラ州は5日、エチオピアとの国境を閉鎖した。
アビー首相は隣国エリトリアとの国境紛争を終わらせたことや政治犯の釈放などが評価され、昨年12月にノーベル平和賞を受賞した。【11月9日 朝日】
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【戦闘の中で市民虐殺の報道も 大量の難民発生】
こうした戦闘のなかで、数百人の市民が虐殺された可能性も報じられています。TPLF側は関与を否定しています。
****エチオピア紛争、市民数百人虐殺の可能性=人権団体****
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは12日、戦闘が続くアフリカ東部エチオピアの北部ティグレ州で、数百人の市民が虐殺された可能性があると発表した。
ティグレ州では、同州を支配するティグレ人民解放戦線(TPLF)と連邦政府軍が戦闘を繰り広げている。
アムネスティーは目撃者の情報をもとに、虐殺は9日夜にティグレ州南西部マイカドラで発生したと説明。殺害された人々は、紛争に関与していない日雇い労働者のようで、死体には刺傷の痕があったという。
目撃者によると、TPLFを支援する勢力による犯行という。TPLF側は関与を否定している。【11月13日 ロイター】
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また、戦闘拡大によって、隣国スーダンに逃れる難民が多数発生しています。
****エチオピア人約2.5万人、戦闘逃れスーダンに流入****
エチオピア北部ティグレ州で発生した紛争を逃れるために、同国から約2万5000人がスーダンに流入していると国営スーダン通信が報じた。
SUNA(国営スーダン通信)は「14日以降に(スーダンの)ガダーレフ州とカッサラ州に到着したエチオピア人難民の数は2万4944人に達した」としている。
国連難民高等弁務官事務所のスーダン代表補佐ヤン・ハンスマン氏によると、同局はスーダンにエチオピア人のための難民キャンプの設置を進めていると述べた。
スーダン政府はすでに、ウム・ラクバ難民キャンプでエチオピア難民を受け入れると表明していた。同キャンプには、1980年代に飢饉(ききん)を逃れた多くのエチオピア人が身を寄せた。
先週は、焼けつくような暑さの中2日かけて徒歩で移動し、疲弊してスーダンに入った難民たちの姿も見られた。その多くは裸足だった。故郷での激しい戦闘を逃れ、スクーターや自転車でスーダンにたどり着いた人たちや、有り合わせの材料で作った小舟で川を渡ってスーダンに入った人たちもいた。【11月16日 AFP】
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【隣国エリトリアも戦闘に関与か】
ティグレ人側は、隣国エリトリアに対してもロケット弾攻撃を行い、紛争が拡大することも懸念されています。
****エチオピア州政府、隣国エリトリアを攻撃 紛争拡大の恐れ****
エチオピア北部ティグレ州の州政府与党「ティグレ人民解放戦線」は15日、隣国エリトリアの首都アスマラの空港をロケット弾で攻撃したと明らかにした。
エチオピアの紛争が「アフリカの角」と呼ばれる地域の周辺国にも拡大する恐れが高まっている。
外交筋は14日、複数のロケット弾がアスマラの空港近くに撃ち込まれたとAFPに語った。だが、ティグレ州やエリトリアでは通信が制限されており、こうした報告の検証が困難となっている。(中略)
TPLF(ティグレ人民解放戦線)を率いるデブレチオン・ゲブレミカエル州大統領はAFPに対し、「エチオピア軍はアスマラの空港も使用している」と指摘し、空港が今回の攻撃の「合理的な標的」となった理由だと語った。
TPLFはこれまで、アビー政権がエリトリアから軍事支援を受けていると非難してきた。だが、エチオピア政府はこれを否定している。
エチオピアとエリトリアの両政府はこれまでのところ、攻撃に対する反応を示していない。(後略)【11月15日 AFP】
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今日現在の戦闘状況は下記のとおり。TPLF(ティグレ人民解放戦線)制圧に隣国エリトリアも協力しているとの情報もあります。
****エチオピア政府軍、北部で1都市制圧 隣国エリトリアも関与か****
エチオピア政府は16日、北部ティグレ州で新たに1都市を制圧したと発表した。連邦政府軍は4日、ティグレ州を支配するティグレ人民解放戦線(TPLF)に対する軍事的制圧に乗り出した。
この戦闘で数百人が死亡、少なくとも2万人が難民となって隣国スーダンに流入している。また政府軍がティグレ人に対し空爆や地上戦を開始してから、複数の残虐行為が行われたと報じられている。
TPLFは、隣国エリトリアがエチオピア連邦政府を支援し、国境付近に戦車や数千人の兵士を展開していると非難している。ただ、エリトリア政府はこれを否定している。
TPLF側は先週末、エリトリアにロケット弾を発射した。
アビー首相から危機対応を任命されたタスクフォースは、政府軍がティグレ州の州都メックエルから120キロの位置にある都市アラマタを「解放した」と発表。
現地は通信事情が悪く、メディア報道も禁じられているため、ロイターは双方の主張の正確さを客観的に検証できていない。ティグレ人側からアラマタに関するコメントは現時点では出ていない。
TPLF側は国連とアフリカ連合に対し、連邦政府軍の行為を非難するよう要請、政府軍がドローンなどのハイテク兵器を使用してダムや砂糖工場などを破壊したとしている。
TPLFの幹部は「我々がこの紛争を始めたわけではない。アビー首相が自身の権力基盤を固めるために戦争を始めた」とし、国家分断の危機を訴えた。【11月16日 ロイター】
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今回の衝突が、かつて実権を有していたティグレ人側が、従来の「力がある民族が実権を握り、甘い汁を独占する」といった思考から抜け出せないために起きたのか、あるいは、新たな権力者となったアビー首相側の専横的な姿勢によってもたらされたものなのか・・・そのあたりはよくわかりません。
こうした民族間の衝突自体は、冒頭にも書いたように珍しくもないことですが、アビー首相の場合は「ノーベル平和賞受賞者の」という枕詞が付いて回ります。
【エジプトとの対立となっている巨大ダム 貯水・発電開始で強硬姿勢】
その「ノーベル平和賞受賞者の」アビー首相が直面している国際問題が、ナイル川での巨大ダム建設。
エチオピアはこのダムに国の将来を託していますが、ナイル下流のエジプトは死活問題として激しく対立しています。
****「アフリカの角」の地政学を変えるナイル川巨大ダム****
エチオピアは、ナイル川の支流に建設した巨大ダムへの湛水を開始する。2011年に建設工事が開始されたこのダムは、アフリカ最大の発電プラントであり、エチオピアの発電能力を倍増させ、サハラ以南で既に最もダイナミックな経済を活性化する電力を供給することになる。
巨大発電所の効果としてエチオピア経済は強化され、「アフリカの角」地域における同国の存在感が増すことになろう。
この巨大ダムによりエジプトのナイル川の水量が大幅に減少する可能性もあるとされ、エジプトにとっては死活問題とされる。
何千年もの間ナイル川を支配してきたエジプトは強く反発している。他方、エチオピアにとっても国家の威信をかけたプロジェクトであり、発電に利用された水は放出されるのでそのような大きな影響は出ないと主張し、延々と交渉が続いていた。
ムバラク政権時には、武力でこのプロジェクトを破壊する作戦も練られたとされ、現政権もすべてのオプションがテーブル上にあるとしている。
エチオピアの見込みでも湛水には4〜7年かかるとされており、水量の多い雨期に行うとのことなので、直ちに大きな影響が出るわけではないが、中長期的にどのような影響が生ずるかは予測しがたい。
今年1月には米国と世銀の仲介により、両国にスーダン(エジプトと同じくダムに警戒感を持っている)を加えた3か国の協議がワシントンで行われ、双方の歩み寄りが見られたものの、貯水期間、放水量、運用方法についての合意は得られなかった。
6月末にAU(アフリカ連合)の仲介で行われた首脳間のテレビ会議の結果でもエジプト、スーダンはエチオピアによる一方的措置は控えることで一致したと発表したのに対し、エチオピア側は2週間以内に貯水を開始すると発表し、にわかに緊張が高まっている。
このような国際河川の利用については、慣習法を条約化したとされる「国際水路の非航行的利用に関するする条約」が発効しており(ただし、エチオピアとエジプトは同条約を未締結)、国際法上、他の流域国の利益を考慮して衡平かつ合理的な方法で、最適かつ持続可能なものとする義務があるとされてはいるが、下流国の同意が条件とはされていない。
エジプトの出方次第では、地域情勢を不安定化させる問題ともなりかねない。とはいえ、エチオピア、エジプト、スーダンの3か国は10年近くに渡り交渉を行ってきており、既に条件闘争の段階に入っている。
(中略)いずれにせよ、米国にとっては、上記のような3か国間の調整の中で何らかの役割を果たせれば地政学的に重要な「アフリカの角」への影響力の確保にもつながるであろう。対エリトリア和平でノーベル賞を受賞したアビィ首相の調整力にも期待したい。【7月30日 WEDGE】
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10年近くに渡り交渉を行ってきているものの、逆に言えば、それだけ時間をかけても利害対立は解消されないということでもあり、エチオピア・アビー首相側は貯水・発電開始を強行する姿勢も見せています。
****エチオピア、1年以内にダム発電 情報漏れ防ぐため上空飛行禁止****
ロイター通信によると、エチオピアのサヘレウォルク大統領は5日、議会で演説し、ナイル川の上流に建設した巨大ダムで1年以内に水力発電が始まると明らかにした。下流で農業・工業用水をナイル川に依存しダムの稼働停止を求めるエジプトの反発は必至だ。
エチオピアの航空当局トップは5日、ロイターの取材に対し、ダム上空の航空機飛行を禁止したと述べた。貯水やダムの稼働状況に関する情報が外部に漏れるのを防ぐためとみられる。
貯水は既に7月に始まっている。サヘレウォルク氏は演説で、さらなる貯水に向け準備が進んでいると発表した。【10月6日 共同】
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エチオピア・エジプトの対立に拍車をかけているのが、エジプト・シシ政権に肩入れするトランプ大統領。
****トランプ氏が「戦争扇動」 ナイル川ダムで反発―エチオピア****
ナイル川上流でエチオピアが建設中の「大エチオピア・ルネサンスダム」をめぐり、ダムに反対するエジプトに肩入れしたトランプ米大統領の発言が物議を醸している。
米国はエジプトとエチオピアの協議を仲介し中立性が求められる立場だが、トランプ氏は「エジプトはダムを爆破するだろう」と主張。トランプ氏の偏った外交姿勢が、当事国の対立をあおる形となっている。
ナイル川下流のエジプトとスーダンは、ダムで川の水量が激減すると懸念。エチオピアと運営や貯水方法に関する協議を続けてきた。しかし、エチオピアは今年に入り、一方的に貯水を始めた。
トランプ大統領は、米国の要請に応じてイスラエルと関係正常化で合意したスーダンのハムドク首相との23日の電話で「エジプトは生き延びられなくなる。怒るのも無理はない」とエジプトに同情。「約束を破ったエチオピア向けの多額の援助は止めた」と語った。トランプ氏は、強権的なシシ・エジプト大統領と緊密な関係にある。
これにエチオピアは猛反発した。アビー首相は声明で「脅迫は見当違いで無益だ。いかなる攻撃にも屈しない」と批判。ゲドゥ外相は駐エチオピア米大使を呼び、「現職米大統領がエチオピアとエジプトの間で戦争を扇動するのは、国際法上も受け入れられない」と抗議した。
米政府は昨年11月、エジプトの要請を受ける形でワシントンにエジプト、エチオピア、スーダンの3外相を招き、仲介を本格化させた。米大統領選に向けたトランプ政権の外交成果の一つとするため2月の包括合意を目指したが、新型コロナウイルスの混乱で交渉は停滞。7月に貯水が始まって、トランプ政権の面目はつぶされた格好になっていた。【10月28日 時事】
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エジプトも、ピラミッドの時代から数千年、「ナイルの賜物」に依存する体質が少しも変わっていないあたり、考えを新たにする必要があるようにも思います。