(エチオピア北部ティグレ州で続く武力紛争から避難し、スーダン国境付近で配給を待つ人々=2020年11月22日、AP【11月27日 毎日】)
【困惑するノーベル賞委】
ノーベル平和賞受賞者のアビー首相のエチオピアで、従前政治・経済の実権を握っていた少数民族ティグレ人(人口比6%)勢力と中央政府の間で紛争が勃発していることは、11月16日ブログ“エチオピア “ノーベル平和賞受賞者”のアビー首相のもと、民族間の遺恨は解消せず戦闘へ”でも取り上げたところです。
数百人規模の民間人虐殺も取りざたされ、数万人の難民も発生している激しい戦闘に、平和賞を授与したノルウェー・ノーベル委員会にも困惑が。
****ノーベル委が異例の声明「エチオピアの動向、深く懸念」****
アフリカ東部エチオピアで続く軍事衝突をめぐり、同国のアビー首相に昨年、ノーベル平和賞を贈ったノルウェー・ノーベル委員会が17日、当事者に対して暴力を止めるよう求める異例の声明を出した。AP通信などが伝えた。
エチオピアでは今月初め、北部ティグレ州の政党ティグレ人民解放戦線(TPLF)が軍事施設を襲撃したとして、アビー首相が連邦政府軍に反撃を命令。軍事衝突に発展した。地元メディアなどは、この2週間ほどの間に数百人が犠牲になり、数千人が隣国スーダンに逃れたなどと報じている。民間人が虐殺されたという情報もある。
ノーベル平和賞を選考する同委員会は声明で「エチオピアの動向を注意深く追跡し、深く懸念している」としたうえで、すべての当事者に対して「激化する暴力を終わらせ、意見の不一致や紛争を平和的な手段で解決」するよう呼びかけた。
委員会は昨年、隣国エリトリアとの国境紛争を解決したとして、アビー氏にノーベル平和賞を贈った。国内では民族間の対立などの火種を抱えており、首相就任1年半ほどでの授与は「早すぎる」との見方もあったが、ライスアンデシェン委員長は「アビー氏の努力はいまこそ表彰に値し、激励が必要だ」と語っていた。委員会が過去の授賞に絡んで見解を表明するのは異例。【11月18日 朝日】
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【既得権益を失ったティグレ人の不満が背景か WHO事務局長もティグレ人支配の名残】
一見無関係に思えるWHO(世界保健機関)にも飛び火。
冒頭に“従前政治・経済の実権を握っていた少数民族ティグレ人”と書きましたが、それを表すひとつの事例が、新型コロナで一躍“時の人”にもなっているテドロスWHO事務局長(エチオピア出身)。
****30年間に築いた利権の山****
少し歴史を整理しておこう。
エチオピアでは1974年の軍事クーデターで帝政が廃止されると、メンギスツ・ハイレ・マリアムによる独裁体制
が続いた。
TPLF(ティグレ人民解放戦線)らは91年にこれを倒し、リーダーのメレス・ゼナウィが暫定大統領を経て首相に就任。2012年に死去するまで強権的な政治を続けた。
現在のWHO(世界保健機関)のテドロス・アダノム事務局長もTPLFの元幹部で、メレスの下で長年、保健相を務めた。
アビーが権力を握るまで、エチオピアの情報機関と軍の幹部は、TPLFかその軍事部門のメンバーによって占め
られていた。そもそもTPLFは、91年に権力を握ったときに政府軍を完全に解体して、自らの軍事部門を政府軍として改組していた。だから政府軍幹部も、TPLF出身者が占めることになったわけだ。
政権与党としてTPLFは、自らの幹部に国家経済と天然資源(主に土地)を思いのままに利用することを許した。
こうしてTPLFは、政治と軍事に加えて経済も支配するようになった。
外国からの援助金や融資も例外ではない。(後略)【12月1日号Newsweek日本語版】
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こうした背景から、エチオピア軍は、テドロスWHO事務局長がティグレ人民解放戦線(TPLF)を支援していると強く批判しています。
****エチオピア軍、WHO事務局長を非難 「敵対勢力を支援」****
エチオピア軍参謀長は19日、同国の少数民族で軍と衝突しているティグレ人として世界で最も知名度が高い、世界保健機関のテドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長が、ティグレが統治するティグレ州を利するために圧力をかけ、ティグレの武器入手を支援していると非難した。
ベルハヌ・ジュラ参謀長は記者会見で、ティグレ州の政党「ティグレ人民解放戦線」をテドロス氏が「ありとあらゆる手を尽くして」を支援していると述べた。アビー・アハメド首相は、同州における軍事行動の標的はTPLFだと公言している。
昨年ノーベル平和賞を受賞したアビー氏は、自身が2018年に首相に就任するまで約30年にわたって権力を掌握したTPLFが、自身の政権の不安定化を画策していると主張している。
アビー氏が同国に法と秩序を取り戻すために必要不可欠としている軍事行動は3週目に突入。これまでに数百人が死亡、数万人が隣国のスーダン国境に押し寄せている。 【11月19日 AFP】
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テドロスWHO事務局長は、ティグレ人が統治するティグレ州を利するために圧力をかけ、ティグレの武器調達を支援しているというエチオピア軍からの批判を否定しています。
アビー首相就任以前のエチオピアは、上記【Newsweek】のように、少数派ティグレ人が国の政治・経済のすべての実権を独占していましたが、多数派オモロ人(人口比34%)やアムハラ人などの不満が高まり、抗議行動が激化。
そうした状況下で、政治クーデター的な動きの中からオモロ人のアビー氏が首相に就任。
アビー首相は改革を推進して、ティグレ人はこれまでの既得権益を失うことになりました。
国際的にはノーベル平和賞授与理由となるほど評価されたアビー首相の改革ですが、既得権益を奪われたティグレ人のアビー政権への不満が、今回のティグレ人勢力と政府・軍の衝突となったと推測されます。
【市民600人殺害か どちら側の犯行かは不明】
戦闘はティグレ人勢力が支配する北部ティグレ州に政府軍が進攻、州都を包囲する形で進んでいますが、600人にも及ぶ民間人がこの過程で虐殺されたという報道も。
****エチオピア北部で市民600人殺害か、人権委員会が報告****
エチオピア政府が指定する人権委員会は24日、北部ティグレ州マイカドラで今月9日に少なくとも600人の市民が出身民族を理由に殺害されたと報告した。
エチオピア人権委員会(EHRC)は暫定報告書で、地元当局者や警察の支援を受けたティグレ人の若者の非公式のグループが、家を一軒一軒回り、アムハラやウォルカイトの民族だと断定した人々を殺害したと述べた。
独立した国家機関を自称するEHRCは、このグループと地元のティグレ人の民兵組織、警察の治安部隊が、政府軍の進攻を受け撤退するまで「戦争犯罪」と「人道に対する犯罪」を犯したと非難した。
EHRCのトップは「想像を絶する残虐な犯罪が、民族性という理由だけで市民に対して実行されたことに胸が張り裂ける思いだ」と発言。被害者への救済やリハビリの提供のほか、実行者の責任を法の下で問うことが必要だと述べた。
EHRCによると、襲撃者は家を破壊し略奪にも及んだ。ナイフやなた、おの、ロープを使って人々を切りつけ絞殺した。目撃者からは、ティグレ人の中には自宅や教会、畑に人々をかくまって命を助けた市民もいるとの証言もあるという。
虐殺の目撃者はCNNとアムネスティ・インターナショナルに対し、襲撃の背後にはティグレ人の当局者がいて、アムハラ人を狙っていたと語った。ティグレ州の与党、ティグレ人民解放戦線(TPLF)はCNNのコメントの要請に回答していない。
一方、アビー首相が連邦政府に従わないティグレ州の支配勢力に対する空爆と地上からの攻撃を命令して以降、政府軍が残虐行為を行っているとの報告もある。ティグレ人勢力は政府軍が教会や住居を目標にし、無実の市民を殺したと非難している。
CNNはいずれの当事者の主張も正当性を確認できていない。現地は通信手段が途絶しており、暫定報告書の当事者に連絡するのが困難な状況となっている。
今回の衝突で、アフリカで2番目に人口の多いこの国及び不安定なアフリカの角の地域で何年も積み重ねてきた和平の進展が振り出しに戻る恐れがある。
アビー首相は22日、TPLFに対し72時間以内の投降を呼びかける最後通牒を行ったが、TPLFは戦いを続ける姿勢を示している。
政府軍は同州州都のメケレに近づいていると発表。メケレを戦車で包囲する計画を含む最終段階の軍事作戦が目前だと述べた。
バチェレ国連人権高等弁務官はメケレを戦車や砲撃部隊が取り囲んだとの報告に、さらなる国際人権法の違反行為が行われると懸念と警告を発した。
国連人権高等弁務官事務所によると、今月7日以降の死者数は数百人に上り、隣国スーダンへの避難民は4万人を超える。国連事務総長の報道官は23日の記者会見で、「(難民への)対応の規模を拡大しているが、流入のペースに現地の対応能力が追い付かず、さらなる資金援助が即刻必要だ」と語った。
また紛争は隣国エリトリアにも飛び火し、TPLFの放ったロケット弾が同国に着弾した。さらにソマリアでは、過激派組織アルカイダの民兵と対峙(たいじ)する平和維持部隊にいるティグレ人数百人についてエチオピアが武装解除する動きも出ている。
アフリカ連合(AU)の議長を務める南アフリカのラマポーザ大統領は20日にエチオピアのサフェレウォルク大統領と会談し、AUと協力し平和的解決を探る特使の受け入れの用意があるとのエチオピア政府の姿勢を歓迎した。
英国のラーブ外相は24日、ティグレ州での紛争拡大を「非常に懸念する」と述べ、影響が地域に波及するリスクがあるとの認識を示した。欧州連合(EU)や米国も事態の鎮静化を呼び掛けている。【11月25日 CNN】
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上記記事にもあるように、どちらが虐殺を行ったのか・・・民間人虐殺の真相は明らかではありません。
****エチオピア虐殺、連邦政府側も? 食い違う証言 報復連鎖で紛争悪化の恐れ****
エチオピア北部ティグレ州西部の町マイカドラの教会には、敷地いっぱいに、たくさんの新しい墓が掘られていた。土の上には、疲れ果てた手が放り出したシャベルの横にレモンの香りの消臭剤の空き缶が幾つも転がっていたが、死臭をごまかすことはできていない。
町中ではあちこちで何十人もの遺体が道端に放置され、埋葬されるのを待ちながら日の光を浴びて腐敗し始めていた。
人口4万人のこの町で、恐ろしい事件が起きたことを否定する人はいない。何百人もの民間人が銃で撃たれ、刃物やなたで切りつけられ、刺されて虐殺されたのだ。
だが、犠牲者らの存在は今、3週間に及ぶ紛争の当事者たちの間で、非難合戦の駒と化している。
■食い違う証言
11月9日に起きた民間人の虐殺は、まず国際人権団体アムネスティ・インターナショナルによって明るみに出た。アムネスティは検証した写真と動画を公開し、エチオピア連邦政府軍と戦っているティグレ州政府与党「ティグレ人民解放戦線」側の勢力が、退却する際にマイカドラに住むアムハラ人を殺害したとの目撃証言を報告した。
ノーベル平和賞受賞者のアビー・アハメド首相率いるエチオピア連邦政府は、この証言に飛びついた。それは、TPLFに対する武力攻撃の必要性を補強する残虐行為の証しだった。
連邦政府機関のエチオピア人権委員会は24日、ティグレ人の若者グループと地元警察や民兵組織が、民族に基づいて「前もって識別した」被害者少なくとも600人を虐殺したとする報告書を発表した。
だが、マイカドラから隣国スーダンに逃げたティグレ人難民らは、虐殺を行ったのは連邦政府側の勢力だったと証言している。
■「民族浄化」
AFPは先週、連邦政府軍が制圧したティグレ州内の地域に立ち入る許可を特別に得て、マイカドラを訪れた。アムハラ人の住民たちは口々に、町の近くまで戦闘が迫ったとき突然、ティグレ人の近隣住民らが襲い掛かってきたと語った。
「民兵と警官が発砲してきた。民間人はなたで襲ってきた」と、農場で働いていたアムハラ人男性は病院のベッドの上で話した。横たわった男性の頭部を覆うガーゼから、ギザギザの傷跡がはみ出していた。「町の住民全員が関係者だ」
新しく就任したマイカドラの行政官はアムハラ人の連邦政府支持者で、「アムハラ人に対して残忍な民族浄化が行われた」とAFPに語った。
しかし、マイカドラから少し西に進み、スーダンとの国境を越えたところに急拡大しているウム・ラクバ難民キャンプでは、まるで異なる証言が聞こえてくる。
「エチオピア軍兵士とアムハラ人民兵が、町に入ってきて空や住民に向かって発砲した」と、多数の同胞と逃げてきたティグレ人の農家の男性はAFPに話した。「私たちは、安全な場所を求めて町から逃げ出した。(軍服ではない)私服の男たちが、刃物やおので人々を襲っているのを見た」「通りという通りに、遺体が転がっていた」
他の難民たちも同様に、襲撃してきたのは連邦政府側の勢力で、TPLFではなかったと証言している。
アムネスティの調査員フィセハ・ティクレ氏は、マイカドラとウム・ラクバで語られた証言はいずれも真実の可能性があると指摘した。民族間の報復の連鎖によって、紛争の悪化に歯止めが効かなくなる恐れが浮き彫りになっている。 【11月27日 AFP】
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虐殺の主体がどちらなのかよくわからない・・・というのは、戦闘の混乱状態では珍しいことではありません。
両方ともに行っているというケーズも。
今後、その責任が追及されるとは思いますが、エチオピア政府はティグレ人勢力による犯行という立場を堅持するでしょう。
【州都総攻撃か】
戦闘の方は、最終局面に。
****エチオピア紛争 政府軍がティグレ州都を総攻撃へ 人道危機深刻に****
エチオピア北部ティグレ州で続く中央政府軍と同州政府のティグレ人民解放戦線(TPLF)との武力紛争で、アビー首相は26日、州都メケレに総攻撃をかけると明らかにした。TPLFは徹底抗戦の構えで、多数の市民が巻き添えになる恐れが出ている。
メケレは人口約50万人で、ロイター通信によると政府軍は既に町から50キロの距離まで迫っていると主張。アビー首相は攻撃に際し「罪のない市民が被害を受けないよう、最大限の注意を払う」と説明し、市民には自宅待機を求めた。
同通信によるとTPLF幹部は「我々の権利を守るため、死ぬ準備はできている」などと述べた。
一方、アフリカ連合(AU)は25日、紛争調停のためモザンビークのシサノ元大統領ら3人を首都アディスアベバに派遣した。国連や欧米諸国からも停戦を求める声が上がっているが、アビー首相は内政問題だとして海外からの働きかけには応じていない。
紛争に伴う人道危機も深刻になっており、ティグレ州から隣国スーダンに逃げた難民は4万人に達した。【11月27日 毎日】
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州都メケレをめぐる最終決戦は避けらない様相ですが、少なくとも民間人にこれ以上の犠牲者が出ないことを願っています。