孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

アゼルバイジャン・アルメニアの停戦 係争地の帰属も住民の遺恨も将来に持ち越し

2020-11-21 23:20:23 | 欧州情勢

(14日、引き渡しが決まったアルメニアの実効支配地で燃え上がる住宅。退去する住民らが自宅に火を放っている=AFP時事【11月20日 朝日】)

 

【プーチン大統領 最終的な帰属は将来の指導者で】

ナゴルノ・カラバフ地域の支配圏をめぐる(ロシアと同盟関係にある)アルメニアと(トルコが支援する)アゼルバイジャンの争いが、アゼルバイジャンの「実質的勝利」で“とりあえず”停戦したことは報道のとおり。

 

ただ、アルメニア人が居住するアルメニア側の支配地域は依然として残存しており、その帰属が明確になった訳でもありません。

 

****ナゴルノの帰属、確定を先送り 紛争仲介のロシア大統領****

ロシアのプーチン大統領は17日、係争地ナゴルノカラバフを巡るアゼルバイジャンとアルメニアの停戦合意に絡み、ナゴルノカラバフの帰属を巡る最終的な地位を確定するのは将来の指導者だとし、現時点では「現状維持」で合意したと語った。国営ニュース専門テレビ「ロシア24」のインタビューで述べた。

 

プーチン氏は9日にロシアを交えた3カ国合意を仲介した。合意では停戦のほか、一部アルメニア占領地のアゼルバイジャンへの引き渡しや、ロシア軍の平和維持部隊派遣が盛り込まれたが、ナゴルノカラバフの帰属には触れていなかった。【11月18日 共同】

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プーチン大統領は“アゼルバイジャンとアルメニアの関係修復に向けた環境づくりが紛争地帯を中心に進めば、帰属問題の解決に向けた環境も整っていくと訴えた。”【11月18日 時事】とのことですが、かなり絵空事にも似た響きも。

 

【ロシアがなぜ介入しなかったのか?】

今回の紛争に関しては、「ロシアがなぜ介入しなかったのか?」という疑問も。

ロシアは、アルメニア本土が攻撃されれば同盟国として介入・防衛するが、ナゴルノ・カラバフ地域はその対象外だとの立場をとっています。

 

****ロシアはなぜ積極的に介入しなかったのか?*****

ナゴルノ・カラバフ紛争をめぐっては、90年代の衝突と今回ではロシアの立ち位置が変化したように見える。90年代はアルメニアを積極的に支援。

 

廣瀬さん(コーカサス情勢に詳しい慶應義塾大学・総合政策学部の廣瀬陽子教授)は「ロシアがアルメニアを支援したことが大きな原因となってアゼルバイジャンは負けた」と指摘する。

 

 

「90年代の紛争の時期に2代目大統領に就任したアゼルバイジャンのエルチベイは、徹底的な反ロシアの姿勢を貫き、それがロシアの反発を引き起こして、ロシアのアルメニア支援を決定的にしたという経緯がありました」

 

しかし、今回の紛争に関してはロシアが積極的に介入した形跡はみられない。実は近年、アゼルバイジャンとロシアの関係は大きく改善されてきているという。

 

廣瀬さんはその要因の一つとして「中国の台頭」を挙げた。

「ロシアとしても、アゼルバイジャンと友好関係を維持しておかないと中国の台頭に耐えられないという事情もあるんです。

 

中国は、一帯一路で中央アジアを含めてユーラシアを席巻していますが、それに対抗するために、ロシアはアゼルバイジャン〜イランを経由してインドに繋げる『南北輸送回廊』で対抗しようとしています。

 

ロシアにとってもアゼルバイジャンはすごく重要で、敵に回せない。アゼルバイジャンも今だったらロシアが武力介入しないという自信があったんでしょう」

このようにロシアはアゼルバイジャンと関係を回復した。一方で、同盟国であるアルメニアとの関係は険悪になっているという。

 

「両国は集団安全保障条約(CSTO)を結んでいるので、今回の紛争でロシアが参戦してもいいくらいでしたが、ロシアはかたくなに『アルメニア領で戦闘にならない限りは関与しない』と明言していました。

 

ロシアはパシニャン首相を『いつかジョージアみたいに親欧米になるんじゃないか?』と疑いの目で見ていたからです。パシニャン首相になってから、逆にアゼルバイジャンとロシアの関係が深まっていました」【11月21日 HUFFPOST】

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上記の「中国の影」を警戒したということもあるでしょうが、もうひとつは、やはり「トルコの影」でしょう。

“アゼルバイジャンを軍事支援するトルコとの直接衝突を警戒した。”【11月11日 産経】

 

中国の影響拡大、トルコとの直接衝突・・・といったリスクを考えれば、敢えて今、アルメニアを支援する火中の栗を拾うこともないとの判断でしょう。

 

当然ながら、切り捨てられたような形のアルメニア側には恨みも残ります。

 

【アゼルバイジャンは、どうして最終決着をつけずに停戦に応じたのか?】

もう一つの疑問は、「軍事的に優勢だったアゼルバイジャンが、どうして最終決着をつけずに停戦に応じたのか?」ということ。

 

上記地図でざっと見た感じでは、ナゴルノ・カラバフ地域の3分の2程度がアゼルバイジャン側にわたり、アルメニアに残るのは3分の1程度といったところでしょうか。

 

前出廣瀬氏は、問題を残した形にする方が権威主義体制アゼルバイジャン指導部には都合がよかった・・・と指摘しています。

 

****アゼルバイジャンにとって「戦争が完全に終わらない」方が都合がいい?****

11月10日の完全停戦の結果、古都シュシャを含む「ナゴルノ・カラバフ共和国」の実効支配地域の多くをアゼルバイジャンが奪還することになった。

 

廣瀬さんは、アルメニアにとって「間違いなく事実上の敗北」と指摘。その一方で、アゼルバイジャンとロシアにとっては望ましい結果になったという。

 

「アゼルバイジャンにとっては、全占拠地の奪還は成らなかったとはいえ、おそらく目標の多くを達成して、非常にいい形で終わったのだと思います。アルメニアは苦々しい気持ちしかないとは思いますが……。ロシアとしても望ましい結論でした。というのはナゴルノ・カラバフにロシアの平和維持部隊を置いて、アゼルバイジャンとアルメニア両国に睨みを効かせることができるようになったからです」

  

(中略)しかし、アゼルバイジャンがナゴルノ・カラバフ全域を攻め落とすのではなく、アゼルバイジャン人の「心のふるさと」とされるシュシャを落とした段階で、矛を収めたのはなぜだろうか。廣瀬さんは「完全解決しない方が、アゼルバイジャンにとっても都合がいい」と指摘する。

 

「確たる証拠はありませんが、今回の紛争再燃でのアゼルバイジャン首脳陣の目的は、シュシャという『シンボリックなところを奪還する』ことであり、『ナゴルノ・カラバフ問題の全面解決』は目的ではなかったと、私は推測しています。

 

アゼルバイジャンの権威主義体制は国民を抑圧する側面があるため、不満がたまりやすい。同じく権威主義のベラルーシでは最近、国民の不満が高まって抗議行動が起きており、アゼルバイジャンも他人事ではありません。

 

でも、国民の不満をガス抜きできると政府への不満は起きない。常に国民の不満を振り向ける対象があると、権威主義は維持しやすいんです。そういった意味では『アルメニアとの戦争状態』というのはアゼルバイジャン政府にとって都合がいいんです」【前出HUFFPOST】

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素人考えでは、上記のような事情で介入しなかったロシアですが、さすがにナゴルノ・カラバフ全域をアゼルバイジャンが支配するという事態は受け入れがたく、「そこでやめておけ。それ以上やるならロシアとしても・・・・」と凄んだのでは・・・と考えてしまいます。

 

ロシアとしても、これ以上トルコの影響力がこの地域で増す事態は避けたかったでしょうから。

 

アゼルバイジャンにナゴルノ・カラバフ全域を回復しようという意図があったのか、シュシャ奪還が当初からの目標だったのか・・・そのあたりはわかりません。

 

【影響力を増すトルコ エルドアン大統「ロシアとともに停戦監視の役割を担う」と軍派遣】

いずれにしても、トルコは今回紛争の一方の当事者でもあった訳ですが、停戦合意については、その存在は明確にされていません。

 

明確にされていませんが、実質的には、ロシアと共同でこの地域を管理するつもりのようです。

 

****ナゴルノ紛争、和平に暗雲 トルコ、アゼルバイジャンへの派兵承認****

アルメニアが実効支配するアゼルバイジャン領ナゴルノ・カラバフ地域をめぐる紛争で、トルコがアゼルバイジャンへの軍派遣に動き始めた。

 

現地では44日間の軍事衝突の末に停戦合意が発効したばかり。派兵は停戦監視にあたるロシア軍との「共同活動」を目的とするが、関係国の警戒心は強い。支配地の多くを失うアルメニアの混乱も続き、和平は見通せなくなっている。

 

「停戦合意は重要だ。だが、あいまいさは取り払わなければならない」

フランスのルドリアン外相は17日、議会でこう語り、合意を仲介したロシアに対し、停戦でトルコが果たす役割について説明を求める考えを強調した。フランスはロシア、米国とともに1990年代から続く和平協議の共同議長国だ。

 

停戦合意が発効したのは10日。その翌日、トルコのエルドアン大統領は与党の会議で「ロシアとともに停戦監視の役割を担う」と発言した。

 

停戦合意は、アルメニアがナゴルノ・カラバフ地域の一部を残し、90年代から支配してきた周辺地域をアゼルバイジャンに引き渡すとする。ロシア軍が停戦監視を担うことも決まった。

 

だが、発表された和平合意の声明にトルコに関する記述はない。関係国に疑心が広がったのは、直後にエルドアン氏とロシアのプーチン大統領が電話協議し、トルコ側が両国による停戦監視のための「共同センター」設置が決まったと発表したからだ。

 

トルコ議会は17日、期限を1年とするアゼルバイジャンへの軍派遣を承認した。

 

9月末の衝突開始以来、エルドアン氏はアゼルバイジャンの軍事行動を支援する発言を繰り返してきた。トルコとアルメニアの間には第1次世界大戦中のアルメニア人迫害をめぐる歴史論争があり、アルメニア系住民が暮らすナゴルノ・カラバフ付近でトルコ軍が活動すればアルメニアを刺激するのは必至だ。

 

ロシアもトルコとの「共同センター」設置の合意は認めている。プーチン氏は17日夜に国営テレビで「アゼルバイジャンの要請だった」と明かした。ただ、活動内容はあいまいで、センターの場所やトルコ軍の派遣規模は不明なままだ。

 

停戦合意の直前、アゼルバイジャン軍はナゴルノ・カラバフ第2の都市シュシャを制圧。事態が緊迫する中、ロシアはアゼルバイジャンを支えるトルコの納得を得るため、停戦交渉の枠外で妥協を強いられた可能性がある。

 

■譲歩のアルメニア、国政混乱

ナゴルノ・カラバフ紛争は旧ソ連時代の1980年代末、アゼルバイジャン当局とアルメニア系住民の衝突で始まり、94年にロシアの仲介でいったん停戦が成立した。

 

その後アゼルバイジャンとの結び付きが強いトルコの台頭で地域情勢は変化。トルコ外交に詳しいカディル・ハス大(トルコ)のソリ・オゼル講師は「南コーカサスに影響力を持つことで、周辺地域でもトルコの発言力が高まる可能性がある」と話す。

 

今回の停戦合意を受け、米国、フランスの代表は18日、モスクワでロシアのラブロフ外相と会談。3国は和平協議を再開する構えだ。91年に独立宣言したナゴルノ・カラバフの地位問題が最大の焦点だが、アゼルバイジャンとトルコは「トルコにはこの地域の紛争解決で、さらに大きな役割が与えられるべきだ」(アリエフ・アゼルバイジャン大統領)と要求しており、協議の難航は避けられない。

 

一方、アルメニア側からアゼルバイジャンへの引き渡しが決まった周辺地域では、アルメニア系住民の退去が始まった。一部の住民らはアゼルバイジャン側に接収されるのを嫌い、自宅に放火した。

 

停戦合意で大幅な譲歩を強いられたアルメニアでは国内で政治の混乱も続く。

 

合意に署名したパシニャン首相に対する野党の辞任要求に加え、政権内に離反の動きも。外相や緊急事態相が相次ぎ辞任し、議会で過半数を維持する与党からも一部議員が離脱した。サルキシャン大統領は議会の解散、前倒し選挙は避けられないとの考えを示した。【11月20日 朝日】

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【「領土問題は軍事力・戦争で解決できる」という「先例」】

今回紛争の最大の問題は、「領土問題は軍事力・戦争で解決できる」という「先例」をつくってしまったことでしょう。

 

****「領土問題は戦争で解決できるという先例になりかねない」 ナゴルノ・カラバフ紛争に専門家が警鐘****

(中略)

■ナゴルノ・カラバフ紛争をどうみるべきか?

いくら日本とは縁が薄い地域とはいえ、21世紀になって国同士が武力衝突で領土の奪い合いをしている状況を放置していていいのだろうか。

 

廣瀬さん(コーカサス情勢に詳しい慶應義塾大学・総合政策学部の廣瀬陽子教授)も「戦争で奪われた領土を戦争で取り返すというのは中世や帝国主義の考え方」と批判する。

 

2国間で武力による領土の奪い合いが起きているのに、国際社会のほとんどの国が距離を置いてみていたという現実をどう感じているだろうか。

 

「決して、いい終わり方じゃないですよね。不当に領土を取られた国がある戦争を30年近く国際社会が放置したことが一番良くないと思います。そこで両方が納得行くような解決を、早めに国際社会が導いていれば、今回のことは起きなかったと思うんです」

 

その上で、廣瀬さんは「未承認国家は平和な状態ではない」と強調した。「ナゴルノ・カラバフ共和国」という未承認国家を28年間に渡って国際社会が放置してきた結果、多くの死者が出る紛争に繋がったという見解を示した。

 

「今回の件は悪い先例になりかねなくて『取られた領土は戦争で奪還できるんだ』という認識が世界に広まると、似たようなことが各地で次々に起きると思うんですよ。これが先例になってしまうと、今後はすごい問題になる。そういう意味でも、私は警鐘を鳴らしたいですし、国際社会は身を持って反省すべきだと考えています」【11月21日 HUFFPOST】

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【将来に持ち越された遺恨】

アゼルバイジャンの支配下に入る地域からはアルメニア人が避難していますが、その際に自宅に自ら火をつけて、アゼルバイジャン側には何も残さない・・・ということのようです。

 

****自宅燃やしてアルメニアに避難、ナゴルノカラバフ紛争****

アルメニアとアゼルバイジャンの係争地ナゴルノカラバフの外側に位置するキャルバジャル地域は14日、両国の停戦合意によってアゼルバイジャンの支配下に置かれることになったことを受け、住民らがアルメニアへの避難を前に自宅に火を付けた。

 

数十年にわたりアルメニア側が支配してきたキャルバジャル地域では、15日からアゼルバイジャンの支配下に置かれるとの発表を受け、大勢の住民が集団脱出を始めた。

 

現場のAFP記者が目撃したところによると、キャルバジャル地域の村で、アルメニア側に残るマルタケルトと接するチャレクタルでは14日朝、少なくとも6軒の民家に火が放たれ、谷の上空に濃い煙が立ち上った。

 

ある住民は、空っぽになった家の中に燃える木の板やガソリンで濡らしたぼろ切れを投げながら「これは私の家だ。この家をトゥルク(アルメニア人がアゼルバイジャン人に使う呼称)に残すことはできない」「すべての住民がきょう、自分たちの家を燃やすつもりだ。私たちは深夜までに離れることになっている」と語った。

 

「私たちは両親の墓も移動させた。アゼルバイジャン人たちはわれわれの墓を汚すことに喜びを感じるだろう。それには耐えられない」

 

前日の13日にはチャレクタルやその周辺で、少なくとも10軒の民家が焼かれた。

 

かつてキャルバジャルには、ほぼアゼルバイジャン民族のみが住んでいたが、旧ソ連解体後の1990年代に起きた戦争でアルメニア人らから追放され、当初アゼルバイジャン人が所有していた家の多くが焼かれた。

 

■死者4000人以上とプーチン大統領

アルメニアは14日、9月下旬から6週間続いた今回の軍事衝突によるアルメニア側の戦死者は前回の公式発表より1000人近く多い2317人になったと発表した。アゼルバイジャン側は戦死者数を発表していない。

 

しかしロシアのウラジーミル・プーチン大統領は13日、今回の軍事衝突による死者は4000人を超えており、数万人が避難を強いられたと述べた。 【11月15日 AFP】

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プーチン大統領は「ナゴルノカラバフの帰属を巡る最終的な地位を確定するのは将来の指導者だ」と発言していますが、住民相互の遺恨も将来に持ち越された形です。

 

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