(【2020年11月18日 NHK】 昨年11月、これまでのインド・アメリカ・日本にオーストラリアも加えて行われた共同演習「マラバール」)
【ワクチン外交で中印が火花】
インドと中国が領有権問題を抱えて、ときに緊張が高まるような関係にあることは周知のところ。
そうした関係を受けて、インドの対中国感情は刺々しいものがあるようで、下記の話などはそのひとつでしょうか。
****印グジャラート州、中国を連想させるとしてドラゴンフルーツ改名―中国メディア****
インドの西部にあるグジャラート州はこのほど、サボテン科の果物「ドラゴンフルーツ」を「カマラム(kamalam)」と改名することにしたという。
中国・環球時報のニュースサイトが20日、インドの通信社ANIの報道を引用する形で伝えたところによると、グジャラート州のルパニ首相は19日、「ドラゴンフルーツという名前は中国を連想させる。そのため改名する」と述べた。
「カマラム」とする理由については、「ハスの花に似ているからだ。kamalamはサンスクリット語でハスを意味する」と説明したという。
環球時報は、この発表を受け、ツイッター上では、「私たちの国では、私たちは非常に多くの問題を経験しているが、彼ら(州政府)はそれらを懸念せず、彼らにとって一番の問題は果物の名前を変更することのようだ」などと州政府に対する皮肉を含む激しい反応を引き起こしていると伝えている。【1月22日 レコードチャイナ】
********************
両国は国境での衝突だけでなく、南アジアにおける影響力でも競い合ってあいます。
南アジアはもともとインドの影響力が強い地域ですが、他の地域同様、近年はネパールやスリランカなどで中国の影響力が強まっています。
その中国が今展開しているのが「ワクチン外交」
インドの新型コロナの累計感染者数は1000万人を超え、世界で2番目に多いというように、国内感染が厳しい状況で、とても「余裕」があるとは思えないインドですが、中国に対抗する構えのようです。
****インド、近隣6カ国へのワクチン無償提供を開始****
インド政府は20日、近隣6カ国に対し、国内で生産する新型コロナウイルスワクチンの無償提供を開始した。まずブータンに初回分のワクチンが輸送された。
インド政府は無償援助プログラムの下、ブータン、モルディブ、バングラデシュ、ネパール、ミャンマー、インド洋の島国セーシェルにワクチンを提供する計画。スリランカ、アフガニスタン、モーリシャスも当局の認可後に提供を始める。パキスタンに提供する計画はない。
インドでは、既に2つのワクチンの国内緊急使用が認可されているおり、共に国内で生産している。
ひとつは、英製薬大手アストラゼネカと英オックスフォード大学が共同開発し、国内のセラム・インスティチュート・オブ・インディアが製造する「コビシールド」。もうひとつは、インド企業バーラト・バイオテックがインド政府系機関と共同開発した純国産の「コバクシン」。数カ月以内には別の2つのワクチンの使用も認可される見通し。
ジャイシャンカル外相はツイッターへの投稿で「世界の薬局として新型コロナに打ち勝つため(ワクチンを)供給する」と述べ、ブータンとモルディブに初回分のワクチンが到着したと明らかにした。
政府は6カ国に対してまずコビシールドを提供する計画。バングラデシュには21日に200万回分のコビシールドが到着する予定。人口約1億6000万人の同国ではまだワクチン接種が始まっておらず、追加で3000万回分のワクチンを調達する計画。
ネパールは、インドから100万回分のワクチンの無償提供が確約されているとしている。
インドでは16日からコロナの予防接種が始まり、当局によると医療従事者などを中心に既に78万6842人がワクチン接種を受けた。
20日に確認された新規感染者は1万3823人。感染者の累計は1090万人に達し、米国に次ぎ世界で2番目に多い。死者は162人増え、15万2718人となっている。【1月21日 ロイター】
*********************
国内が火を噴いている状況で、いささか「背伸び」しすぎの感もありますが、ワクチン生産に関してはインドは世界一の生産量を誇る「ワクチン大国」ですから、対応できるとの目算なのでしょう。
さすがに宿敵パキスタンには送らないようで“インドの提供対象から外れたパキスタンに中国が手を差し伸べ、インドから購入方針だったミャンマーではプレゼント合戦の様相を呈している。”【1月24日 共同】とも。
もっとも、こんなときこそ「敵に塩を送る」対応が効果があると思うのですが、インドにとっては論外なのでしょう。
【緊張続く国境地帯 中国の「既成事実化」も】
国境地帯の状況は「相変わらず」といったところ。緊張は続いています。
****インド軍、国境地帯で中国兵を拘束****
インド軍は、中国との事実上の国境に当たる実効支配線(LAC)のインド側で、8日に中国の兵士1人を拘束したと発表した。
発表によると、中国兵はパンゴン湖の南側でLACを越えてインドのラダック地域に入り、インドの部隊に拘束された。中国兵がLACを越えた理由については調査中としている。
パンゴン湖はインドと中国、パキスタンが国境を争うカシミール地方の海抜約4267メートルの地点にあり、インドのラダックと中国のチベット自治区にまたがっている。
昨年6月にはインド軍と中国軍の間で衝突が起き、インド兵少なくとも20人が死亡。これを受けて双方がLAC周辺に部隊を配備していた。
対立がエスカレートする中で、中国とインドは9月、同地へのそれ以上の部隊派遣を停止することで合意した。
共同声明によると、誤解や事態を複雑化する行動を避けるため現場レベルのコミュニケーションを強化することや、現状を変更するような一方的な行為をしないことで合意に至った。
ンドと中国はヒマラヤ地域で3379キロにわたり国境を接し、境界付近の土地を互いの領土として主張している。LACは1962年の中印国境紛争以降に地図上に現れたが、両国はその正確な位置で一致を見ず、また互いに越境や領土拡張の試みを行ったとして非難する状況が続く。
両国は1996年に危険な軍事行動を避けるため、LACから2キロ以内では発砲しないとの合意に署名している。【1月11日 CNN】
**********************
ただ、インドとしても事態を悪化させたくないとの配慮でしょう、“中国人民解放軍機関紙の解放軍報は11日、兵士が中国側に引き渡されたことを明らかにした”【1月12日 レコードチャイナ】とのこと。早期の収拾を図ったようです。
しかし、南シナ海を想起させるような中国側の「既成事実化」の行動も報じられています。
****中国がインド北東部の州内に集落建設、付近には軍駐屯地も…支配の既成事実化図る****
インドの民放NDTVは18日、中国が領有権を主張する印北東部アルナチャルプラデシュ州で約100戸の集落を建設したと報じた。係争地に施設を建設し、支配の既成事実化を図る中国の動きが改めて明らかになった。
アルナチャルプラデシュ州はインドが実効支配し、中国のチベット自治区に面している。NDTVが根拠とした米衛星会社の複数の画像では、2019年8月には見当たらなかった建物が、20年11月には整然と立ち並ぶ様子が確認できる。
報道は、インドの地図を基に、集落が4・5キロ同州に入った場所にあるとしており、集落から約1キロ南の地点には中国軍駐屯地もあるという。集落は居住区として建設された可能性がある。
中国は同じような集落をインドとブータンの国境が入り組んだ地域にも建てた。米メディアが昨年11月、衛星写真とともに伝えた。集落は、中国軍の拠点が近くにあることで共通する。民間人用の集落を保護するとの名目で、中国軍が進出を拡大する口実にもなる。
中国の習近平シージンピン国家主席は19年10月に訪印し、ナレンドラ・モディ首相と地域の安定が重要との認識で一致したが、アルナチャルプラデシュ州の集落はその後建設された可能性がある。
(中略)印外務省は18日、報道は否定せず、「インドの安全保障に関する全ての開発を常に監視し、主権と領土を守るため必要な全ての措置を取っている」とのコメントを出した。
中国は、南シナ海や中印国境付近で拡張主義的な動きを強めている。国境が未画定のカシミール地方では中印両軍が20年6月に衝突し、1975年以来の死者が出た。夏には印側支配地域内で中国軍の拠点を建設したことが確認されるなど、中印関係は「45年間で最悪」(ジャイシャンカル氏)の状態に陥っている。
中国はネパールでも軍施設を建設したことが昨年、相次いで報じられた。
インドの安全保障の専門家ブランマ・チャラニ氏は18日、SNSで、中国が南シナ海で拠点を設けて一方的に現状変更した手法と同じだと投稿し、「国際法に裏付けられた中国の土地ではないが、中国は戦略的に重要な地域に村を建設し、国際法の対象にしようとしている」と指摘した。【1月20日 読売】
**********************
【インドが警戒する「ヒマラヤの水爆弾」】
インドが警戒するのは、こういう国境地帯における中国軍の動きだけでなく、中国がダムを「武器」として利用するのではないかとの懸念もあるようです。
****インド、中国によるダムの「武器化」を懸念―仏メディア****
2020年12月2日、仏国際放送局RFIの中国語版サイトは、中国によるチベット高原でのダム建設に向けた動きに対して、インド国内から憂慮の声が出ていると報じた。
記事は、中国メディアの報道として、中国電力建設集団の董事長が11月26日に中国水力発電工程学会40周年記念総会にて、以前中国政府が「第14次五か年計画および2035年のビジョン」で打ち出していたヤルンツァンポ川下流の水力発電開発計画について「実施以外にない」と強調したことを伝え、ダム建設工事が近い将来始まる可能性があるとした。
その上で、チベット高原にあるヤルンツァンポ川が南アジア地域の重要な水源であり、中国からインドへと注ぐ河川であると紹介。
このため、この川の水力発電開発は両国間においてセンシティブな話題であり続けたとし、2008年ごろに中国が「南水北調」プロジェクトの一環としてダム建設を計画しているとの情報が流れ、当時のインド首相だったシン氏が訪中時にこの件について言及したと伝えている。
この時は、09年に当時の中国水利部長が「ヤルンツァンポ川から黄河に水を入れる計画はない」と明確に否定したという。
記事は、中国側のダム計画について、インドの政治学専門家が数日前にインド紙インディアン・エクスプレスに「ヒマラヤの水爆弾」と題した文章を掲載、下流の田畑が痩せること、生物の多様性が破壊されること、地震リスクが高いことから「沿岸各国に対し、ヤルンツァンポ川へのダム建設反対を呼び掛けるべきだ」と主張したことを紹介した。
また、ヒンディスタン・タイムズもこの問題に触れ「現在、中印両国が国境地域で衝突を起こしている状況を鑑み、インドは中国がどのようにしてヤルンツァンポ川を『武器化』するか評価しなければならない。中国にこの川を支配されれば、インド経済は首を絞められることになる」と報じたことを伝えている。
さらに、シンガポール華字紙・聯合早報が、下流地域で乾季でも水が使えるようになるなど、ダム建設はインドにも恩恵を与えるという専門家の見方を伝える一方で、ダム建設がインドにとって恩恵になりうるかの前提条件は「良好な中印関係にある」と指摘したことを報じた。【12月6日 レコードチャイナ】
************************
ヤルンツァンポ川・・・聞きなれない名前ですが、これは中国名で、インドではブラマプトラ川。これならわかります。
****日本にとっても対岸の火事ではない…中印の深刻対立でインド軍の起死回生策*****
(中略)インドは最近になって「中国は有事の際、大河の『水』を兵器に利用する可能性がある」との心配も持ち始めている(11月9日付サウスチャイナ・モーニング・ポスト)。
上流のダムに大量に貯蔵された水を一気に放流すれば、下流地域が甚大な被害を受けることになるから、インドの国防専門家の間で「中国のダムプロジェクトには大河の下流域への影響力を行使するための戦略的な意図がある」との見方が広まっている。
1959年にチベットの反乱が起こり、ダライ=ラマ14世がインドに亡命したことで中印間の緊張が高まりつつあった1962年10月、中国は宣戦布告のないまま、突然インドに侵攻した。これに対しインドはなすすべがなく、翌11月に中国軍が一方的に軍事活動を終了したことで停戦となった。
「非同盟主義」を掲げていたインド初代首相ネルーは、国中がパニックに陥ったことから米国の支援を求める事態に追い込まれ、その後汚名を雪ぐことなく1964年5月に死亡した。
この敗北は現在に至るまでインド人にとっての「最大の屈辱」であり、二度と同じ過ちを繰り返してはならないとされている。日本ではあまり知られていないが、インドが原子爆弾を開発した目的は「打倒中国」なのである。
劣勢にたたされたインド軍の起死回生策は、中国経済の大動脈に打撃を与えることを目的とする「マラッカ海峡の封鎖」とされているが、もしこれが実行されれば、日本のシーレーンも甚大な被害を蒙ることになる。(後略)【12月1日 デイリー新潮】
**********************
「ヒマラヤの水爆弾」というのは、上記のような一気の放流を指しての表現なのでしょう。まあ、そこまでの状況になったら、核兵器使用も懸念されるような事態ですが。
【インド軍の起死回生策「マラッカ海峡の封鎖」】
なお、最後のインドによる「マラッカ海峡の封鎖」・・・・「インドネシアやマレーシアといった海峡沿岸国でもないインドがどうやって?」ということについては、マラッカ海峡入口に壁のように点在するアンダマン諸島およびニコバル諸島(下記地図の丸印)で海運を阻止するということのようです。
こうした中国対抗策には日本も1枚かんでいます。
****日米豪印4か国が大規模演習 中国の軍事的影響力拡大をけん制か****
アメリカ、インド、オーストラリアの海軍と日本の海上自衛隊はインド近海での共同訓練で、アメリカ、インドの空母を中心とする大規模な演習を開始し、アジア太平洋での中国の軍事的な影響力の拡大に4か国で対抗する姿勢を示すねらいもあるとみられます。
アメリカ、インドの海軍と日本の海上自衛隊は例年、共同訓練「マラバール」を実施していて、ことしはオーストラリアの海軍も参加しています。(中略)
訓練海域のアラビア海はアジアと中東を結ぶ海上交通路=シーレーンに近く、中国が巨大経済圏構想「一帯一路」のもと活動を活発化させていて、近年は中国海軍の潜水艦の展開も確認されているということです。
参加各国としては「自由で開かれたインド太平洋」のもとでの結束を強調するとともに、中国の軍事的な影響力の拡大に4か国で対抗する姿勢を示すねらいもあるとみられます。【2020年11月18日 NHK】
**********************