(【12月27日 週刊エコノミストOnline】
なかなか複雑な関係図ですが、それだけいろんな関係が絡み合っているということでしょう)
【サウジ・カタール国交回復でイラン包囲網強化】
トランプ前政権のもとでの中東政策は、イスラエル・サウジアラビアを基軸にしたイラン包囲網でした。
トランプ政権末期になって、イスラエルと湾岸諸国との国交回復、さらにサウジアラビアとカタールの国交回復といった動きが相次ぎ、米政権交代前の“駆け込み”的なイラン包囲網強化の動きが見られました。
****サウジなど4か国、カタールと国交回復で合意…イラン包囲網を強化****
サウジアラビアのファイサル・ビン・ファルハン外相は5日、湾岸協力会議(GCC)首脳会合後の記者会見で、サウジなど4か国がカタールと国交を回復することで合意したと表明した。サウジは、3年半にわたる断交状態の解消を契機に、対立するイランへの包囲網を強化する考えだ。
サウジで開かれた首脳会合で、サウジやアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、エジプト、カタールの首脳や外相らが、和解の合意文書に署名した。サウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子は5日、合意について、「湾岸諸国やアラブ諸国の結束を示すものだ」と強調した。
サウジなど4か国は2017年6月、カタールがイスラム主義組織などを支援しているとして断交し、国境を封鎖した。サウジは今月4日になって、カタールとの国境開放を決定した。他の3か国も追随する可能性がある。
ただ、関係国は合意文書の内容を公表しなかった。ロイター通信によると、UAEのアンワル・ガルガーシュ外務担当国務相は5日、「和解を進めるには工程がある」と慎重な姿勢を示しており、合意が迅速に進むかは不透明だ。【1月6日 読売】
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【イラン シリア・ハマスの関係改善で包囲網に対抗】
一方、イランはアメリカの制裁によって経済・国力が疲弊し苦しい状況が続いていますが、「アラブの春」以来関係が悪化していたシリア・アサド政権とパレスチナ・ハマスの関係改善をイランの意を受けたヒズボラが仲介する形で、包囲網に対抗する動きが。
****ハマスとシリア政権、和解へ接近 「イラン包囲網」に対抗鮮明****
シリア内戦発生後に関係を断っていた同国のアサド政権とパレスチナのイスラム原理主義組織ハマスが、再び手を結ぶとの観測が強まっている。
イランの影響下にあるレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの最高指導者、ハサン・ナスララ師が昨年末、和解への仲介を進めていると明かした。
トランプ米政権が構築を進めた「イラン包囲網」に対抗する狙いがあることは明白で、和解が実現すれば、中東情勢はもう一段、緊張の度合いを増すことなる。(前中東支局長 大内清)
ナスララ師は昨年12月27日に放映された親ヒズボラ系テレビのインタビューで、ここ数カ月間に首都ベイルート付近でハマス政治局トップ、イスマイル・ハニヤ氏と複数回、会談したと言明。ハマスとアサド政権の和解の可能性や、反イラン勢力の最近の動向、一部のアラブ諸国がイスラエルとの国交正常化に踏み切ったことについて協議したという。
パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するハマスはもともと、シリアの首都ダマスカスに政治局の拠点を置くなど、アサド政権とはおおむね良好な関係にあった。それが一変した契機は、2011年からのシリア内戦だった。ハマスが12年、政権打倒を目指す反体制派への支持を表明したのだ。
中東では反政府運動が広がり、政権崩壊の連鎖が起きていた。いわゆる「アラブの春」だ。シリア反体制派は湾岸アラブ諸国や欧米の支持を得て、政権側を追い詰める勢いをみせていた。その中でハマスもアサド政権に見切りをつけたわけだ。
シリアでは1980年代、バッシャール・アサド現大統領の父、ハーフェズ・アサド前大統領が、ハマスと源流が同じイスラム勢力の武装蜂起を徹底制圧した。歴史的な遺恨がハマスの判断を後押しした可能性もある。
ところが、アサド政権軍はその後、イランやロシアの後押しを受けて勢力を盛り返し、反体制派を逆に圧倒した。ハマスとしては大誤算だった。
一方、「アラブの春」は中東の対立構図を大きく変化させた。アラブ諸国が動揺する中でシーア派大国イランが影響力を増し、これを封じるため、イラン包囲網の形成が進んだ。ともにイランを脅威とみる一部のアラブ諸国とイスラエルが、米政権の働きかけで急接近したのもその表れだ。
イランは、アサド政権やヒズボラなどのシーア派系勢力を支援し、手駒とすることを安全保障戦略の柱としている。イスラエルと敵対するハマスもまた、スンニ派ではあるが、イランの支援対象となってきた。
イランにとり、アサド政権とハマスが再び結びつけば、イスラエルへの牽制(けんせい)効果が高まることになる。今回のヒズボラの動きについて、中東ニュースサイト、アルモニターは「両者の関係修復は正しい方向に向かっている」とするイラン国会議員の発言を紹介した。ヒズボラの仲介努力には、イランの意向が反映しているとみるのが自然だ。
イラン包囲網の形成にも、これに対抗する側にも作用する「敵の敵は味方」の論理が、対立の構図を先鋭化させている。【1月23日 産経】
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【バイデン新政権のもとでの変化は? アメリカ・サウジの関係はこれまでより冷却か】
こうした「イラン包囲網」あるいは、それへの対抗策が、バイデン新政権のもとでどのようになるのか・・・
イランとバイデン政権は核合意をめぐって水面下での交渉が行われるのでしょう。イランとの関係を一定に改善したいバイデン大統領ではありますが、アメリカ国内のイランへの抵抗感は根深く(個人的には、1979年の在テヘランの米大使館人質事件のトラウマではないか・・・とも思いますが)、難航も予想されます。
一方、イラン包囲網の中核に位置するサウジアラビアへのバイデン政権の対応は、トランプ時代とは異なり厳しくなることが想像されます。
基本的に、アメリカにとって中東の価値は石油でしたが、アメリカの石油自給に伴ってその価値は低下し、「中東離れ」の流れが根底にあります。
更に、9.11の多くの関係者がサウジアラビア人だったことからも、アメリカ国内のサウジに対する目は厳しく、特に、実力者ムハンマド皇太子には「カショギ氏殺害事件」がつきまといますので、人権を重視するバイデン新政権のもとでは、その関係も難しいものになりそうです。
*****影響力増す中国、「イラン包囲網」瓦解も 米国の政権交代で中東はどうなるのか*****
(中略)
▽米・サウジの関係は悪化か
中東地域の安全保障に関わる重要な動きもあった。カタールのタミム首長は5日、サウジアラビアを訪れ、湾岸協力会議(GCC)首脳会議に出席した。両国は4日、3年半にわたって封鎖していた国境の開放などで合意しており、2017年の国交断絶以来の関係改善に踏み出した。
「イラン包囲網」でペルシャ湾岸のアラブ諸国の結束を促すトランプ政権の仲介に応えた形だが、相互不信は根深いままである。
トランプ大統領がホワイトハウスから去る日が迫っているのにもかかわらず、ムハンマド皇太子のトランプ大統領への忠誠心は高まるばかりだが、この遺産(レガシー)がバイデン次期政権に引き継がれるのだろうか。
昨年12月の最終週、米国によるサウジアラビア産原油の輸入が週間ベースで35年ぶりにゼロとなった。米国とサウジアラビアとの同盟関係は、サウジアラビアが米国への原油の安定供給を約束する代わりに、米国がサウジアラビアの安全保障を担うというものだったが、原油輸入ゼロという状態が続くことになれば、米国にとってのサウジアラビアの価値が大幅に低下することだろう。
国民の半数が大統領選の結果を非合法と見なしている状況で就任するバイデン氏は早くも「歴史上最も弱い大統領」と揶揄されはじめており、トランプ大統領のように中東情勢に積極的に介入することはできない。
バイデン政権誕生で影響力を増すとされる民主党左派にとって、シェールオイルは目の敵であり、サウジアラビアが原油価格の下支えを行ったとしても、米国の歓心を得られないかもしれない。それどころか、世界最大の原油需要国である米国で「脱石油」の動きが進めば、原油価格は再び低迷してしまう。
さらにトランプ政権下で高まっていたサウジアラビアへの批判が、一気に表面化するのではないだろうか。2018年のサウジアラビア人ジャーリストのカショギ氏暗殺事件や世界最悪の人道危機となっているイエメンへのサウジアラビアの軍事介入に対する非難から、米国とサウジアラビアの関係はオバマ政権の時以上に悪化する可能性がある。
▽原油安でイラクに近づく中国
バイデン新政権は「ムスリム同胞団」を民主化を担う主体と位置づけるとされていることから、ムハンマド皇太子の失政のせいで国内での不満が高まっているサウジアラビアで「第2のアラブの春」が起きるとの不安が頭をもたげつつある。
米調査会社ユーラシア・グループの2021年の世界の10大リスクの第8位に「原油安の打撃を受ける中東」がランクインしたが、筆者が心配しているのはサウジアラビアとともにイラク(OPEC第2位の生産国)である。
昨年のイラクの経済成長率はマイナス12%と見込まれており、市場での通貨デイナール売りが激化し、すべての輸入品の価格が高騰している。財政緊縮先として政府職員の給与が20%削減されたことから、「国民の不満は全土に広まっている」と現地メデイアは報じている。
イラク政府は逼迫(ひっぱく)した財政状況を緩和するため、長期の原油供給契約を結ぶ代わりに支払いの前払いを要求していた。この申し出に手を上げたのが中国企業である。
中国国有軍需企業傘下の石油企業が20年末、1年分の原油供給(4800万バレル)の前払い金として20億ドルをイラク側に支払う契約を成立させた(1月4日付フィナンシャル・タイムズ)。中国はイランとの間でも積極的に石油取引を行っており、中国は米国の間隙を縫って中東での影響力を着々と増大させている。
前述の10大リスクの第4位は「米中の緊張拡大」だが、日本にとっての原油供給先である中東地域でも、せめぎ合いのリスクが高まるのではないだろうか。【1月12日 47NEWS】
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【イラクはイランの影響力排除の動き】
上記記事の最後に取り上げられているイラクは、シーア派が政権を主導しているということで、従来はイランの影響力が強い国でしたが、最近はイラクをアメリカ攻撃の舞台にしようとするイランに対し、カディミ首相はその影響力を抑えようとする姿勢を強めています。
****カディミ首相、シーア派民兵に警告「直接対決の用意がある」****
イラクのムスタファ・カディミ首相が、シーア派民兵を指しつつ、「必要となれば彼らと対決する用意がある」と伝えた。
カディミ首相は、ソーシャルメディア上で発言し、「国民の治安部隊と軍に対し違法な活動をする者のせいで揺るいだ安全を取り戻すために、我々は静かに取り組んできた。イラクがくだらない災難に陥らないようにすべく、平静になるように呼びかけた。しかし、必要となれば対決する用意がある」と警告した。
カディミ首相の発言を受け、政府と近い匿名希望の情報筋が次のように伝えた。
「親イランのシーア派民兵のアサイブ・アフル・ハックが、バグダッド空港に向けて実行されたロケット弾攻撃の犯人であるメンバーを政府が逮捕したため、政府を脅迫し始めた。この組織は、逮捕された民兵の釈放を要求した。さもないと今夜または明朝に政府の建物を攻撃すると脅迫した。この組織は、内務大臣をも直接脅迫した」
情報筋は、これらの出来事を受けて国家安全次官のカシム・アル・アラジ氏が介入して事件を抑えたものの、カディミ首相は逮捕された民兵を釈放しないと断言していると述べた。
シーア派民兵に属する武装組織が、バグダッドのリサファ地区付近の一部地域に展開しているとの主張が上がっている。【2020年12月26日 TRT】
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「敵の敵は味方」というのが常識の中東世界ですから、今後も複雑な動きをみせるものと思われます。