孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ミャンマー  民意は軍とのバランス、穏健な段階的改革か けん制圧力を強める軍の動向

2021-01-30 22:44:25 | ミャンマー

(ヤンゴン市内では武装した車両の姿も目撃された(28日)=ロイター【1月29日 日経】)

 

【民主主義と軍政が共存したバランスの取れた独自の体制という選択も】

昨年11月、ミャンマーのスー・チー政権は、新型コロナ禍で野党勢力が十分な選挙活動が行えない状況で半ば強引に総選挙を実施し、十分とは言い難いこれまでの実績から議席を減らすのでは・・・との予想を覆し、圧倒的地滑り的勝利を収めました。

 

しかしながら、「さすが、民主化を牽引するスー・チー、この勢いで軍部を抑えて憲法改正を実現し・・・」といった、かつてのようなスー・チー氏へ期待感・熱気は、ミャンマー国内にも、国際世論にもあまり見られません。

 

****ミャンマー政治で相対化されつつある民主主義と軍の対立軸****

(2020年)11月8日にミャンマーでは、2015年のアウン・サン・スー・チー率いる国民民主連盟(NLD)の勝利以来、5年ぶりの議会選挙が行われた。

 

11月13日の連邦選挙管理委員会の発表によれば、NLDが上下両院(定数646)の384議席を獲得、過半数を大きく上回る地滑り的勝利となった。したがって、スー・チーが引き続き政権を担当することになる。

 

今回の選挙はスー・チーとNLDの過去5年の統治と実績を国民に問うレファレンダムだったと位置づけられよう。

 

2015年に比して選挙が公正とは言い難い状況で行われたことも注意を引いた。少数民族との和平のプロセスが停滞し、約束された自由と人権の擁護が進展したとも言い難い状況であったが、結果としてはNLDが信任を得たことになる。

 

軍政に対する抵抗の歴史と草の根レベルでの動員力のある唯一の全国政党であることが、勝利するに十分だったことになるのであろう。ただし、NLDが圧勝の勢いを駆って軍の力を削ぐための憲法改正に再び挑むのかどうかは分からない。

 

エコノミスト誌の11月7日付けの記事‘Aung San Suu Kyi was supposed to set Burmese democracy free’は、スー・チーに厳しい目を向ける。

 

記事によれば、スー・チーは、NLDを鉄拳で運営しており、「党に民主主義はない」との声がある。シビル・ソサイエティーとの関係でも同様である。彼女は批判者を黙らせることを何度も企てた。

 

2017年にはロヒンギャに対する暴力を調査したロイターの記者2人が投獄された。報道の自由は軍政の末期よりも制限されているとの指摘もあるらしい。

 

スー・チーは少数民族が託した希望にも応えていない。彼女は軍と戦う少数民族に彼等の権利を守ると約束したが、非中央集権的な連邦国家のビジョンは何もなく、少数民族との和平プロセスは停滞している。

 

経済成長も軍政末期より落ちている。記事によれば、こうした中、経済の運営について国を外に向かって開き始めた前大統領のテイン・セイン将軍の方がスー・チーよりも優れていたとして、民主主義と軍政とは互いに対立するものでなく共存し得るガバナンスのシステムだと見る国民が少数派ではあるが増えつつあることが示唆されるという。

 

この記事を読むと、果たしてNLDと軍の対立がミャンマーの基本的問題というだけの構図でミャンマーという国を観察することが妥当なのかとの疑問も生ずる。

 

スー・チーは変身し、民主主義を解き放つどころかその翼を切り取ったらしい。ロヒンギャ問題では国際司法裁判所での弁論を引き受けるなど、軍と協調する姿勢が目立った。

 

上記記事が指摘するように、民主主義と軍政が共存し得るガバナンスのシステムだと見る国民が増えつつあるとすれば、現在のように軍が圧倒的な権力を握ったままという訳には行くまいが、ミャンマーの国情(ムスリムの脅威や少数民族問題の存在)が軍の一定の政治的役割を必要とし、国民がそれを許容するのであれば、ミャンマーが何等かのバランスの取れた独自の体制を模索することを諸外国が嫌悪するには当たらないということになろう。【2020年11月26日 WEDGE】

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“民主主義の翼を切り取ったスー・チー”“軍の一定の政治的役割を容認する政治体制”といった、スー・チー氏に対し、いささかさめた、あるいは“突き放した”ような見方です。

 

(個人的には、軍出身のテイン・セイン前大統領は、軍に睨みが効く軍人という立場を利用して軍部の要求を一定に抑えつつ、経済・社会の民主化への道筋を切り開いた・・・ということで、高い評価に値すると思っています。 期待したスー・チー政権が迷走するなかで、「これだったら、テイン・セイン政権の方がまだうまくやったのでは・・・」と思うことも)

 

【昨年総選挙での与党圧勝の意味合いは、軍とも一定に妥協しつつ、国民生活の向上へ向けた穏健で段階的な改革を望む民意か】

期待された憲法改正も少数民族との和解も進まないなかで、スー・チー与党・国民民主連盟(NLD)圧勝の要因は、GDPなどには明示されていない地方の経済成長や所得水準の向上であったとの指摘が。

 

****2020年ミャンマー総選挙:スーチー勝利と2008年憲法****

2020年11月に実施されたミャンマー総選挙では、アウンサンスーチー氏が率いる与党・国民民主連盟(NLD)が国軍系野党・連邦団結発展党(USDP)を圧倒し、大勝した。

 

しかし、国軍は選挙に不正があったとして、NLDをけん制している。総選挙での圧勝を受け、スーチー氏が国軍の国政関与を保障する2008年憲法の改正を急げば、両者の関係が緊張する可能性も出てきた。

 

予想を覆しNLD圧勝

2020年11月8日にミャンマーで実施された総選挙は、アウンサンスーチー氏が率いる与党・国民民主連盟(NLD)が全体の8割を超える議席を獲得して圧勝した。

 

これにより国軍最高司令官が選挙を経ずに任命する軍人議員を含めても、NLDが連邦議会において単独過半数を占めることになった。順調にいけば、2021年3月に第2次スーチー政権が誕生する。 

 

事前にはNLDの苦戦が予想され、特に7州においては少数民族政党の優勢が伝えられていた。前回15年の総選挙で大勝し、半世紀ぶりの民主政権を樹立したNLDであったが、最重要公約の少数民族武装勢力との和平や憲法改正を実現できず、経済成長も減速したといわれていたからである。それではNLDの勝因はなんだったのだろうか。

 

国民生活の向上が与党の追い風に

NLD勝利の最大の要因が、スーチー氏の国民人気にあることは間違いない。

 

選挙監視を実施しているNGO「信頼できる選挙のための人民同盟」(PACE)が2020年8月上旬に行った調査によると、国家顧問(スーチー氏)を信頼すると回答した人の割合はビルマ族が多い7管区において84%、少数民族が多い7州においても60%であり、この数字は他のいずれの政治制度(連邦議会、管区・州議会、国軍、裁判所など)に対するものよりも高い。(中略)

 

しかし、スーチー氏の人気だけで前回を上回る議席を獲得することはできない。半世紀ぶりの民主政権の誕生を賭けた前回総選挙におけるスーチー支持の熱気は、今回を上回るものであったからである。

 

筆者は今回NLD政権が根強い支持を受けたのは、経済成長を背景にした地元住民の生活水準の向上があったためと考えている。 

 

一般に、スーチー政権下でミャンマー経済は減速したといわれる。しかし、別稿でも論じたように、土地バブルがはじけたヤンゴンやマンダレーでの景況感の悪化に比べて、地方都市や農村部での景気の悪化はそれほど大きなものではなかった。

 

例えば、スーチー政権下での経済減速の証拠としてしばしば外国投資の認可額の減少が指摘されるが、そもそも地方に外国投資は来ていなかった。 

 

われわれは国内総生産(GDP)成長率やヤンゴンの実業家・外資企業へのインタビューをみて経済動向を判断するが、多くの国民は身の回りの生活環境・水準を軍政時代と比較して判断する。

 

軍政時代、電気は電線で来るものではなく、バッテリーを持って市場へ買いに行くものであった。 したがって、バッテリーで動く電化製品しか利用できなかった。今では農村でも電化率は55%になっているし、オフ・グリッドの電源もある。

 

当時、携帯電話やオートバイは村人の手の届くものではなかったが、今やそうしたものも頑張ればローンで買える。

 

少数民族村では軍政当局に農地の存在を知られるのを嫌がったが、今は農業銀行から営農資金を借りるために、政府に農地を登記してもらいたがっている。 

 

先のPACE(選挙監視を実施しているNGO「信頼できる選挙のための人民同盟」)の調査によれば「郡(タウンシップ)の状況は良くなっている」と回答した人の割合は、19 年の44%から20 年には56%に上昇している。

 

(中略)良くなっていると答えた理由は、政府サービスの改善が58%、経済と所得の向上が40%、インフラ整備が26%であった。

 

しばしば話題になる連邦制の実現を理由に挙げる人は6%しかいなかった。一般の人々にとっては、連邦制の実現のような政治課題よりも、身近な生活水準の向上の方が重要であった。

 

スーチー政権下において、少数民族州は徐々にではあるが発展していたと考えられる。成長をもたらすのがNLDであれば、政権を担わない少数民族政党に投票するよりも、勝ち馬に乗ったほうが得策であると考える有権者がでてくるのは当然であろう。

 

国軍は国政関与を諦めない

しかし、大敗した国軍系の野党・連邦団結発展党(USDP)は選挙に不正があったとして、国軍の協力の下で選挙をやり直すべきであると訴えた。

 

ここで注目すべきはUSDPがわざわざ「国軍の協力の下で」と付け加えている点である。米国の大統領選挙でも明らかになったように、民主主義においては選挙結果に基づいた新政府の樹立を誰が保障するのかが問題となる。

 

ミャンマーにおいてそれを保障するのは、事実上国軍である。国軍が選挙結果を認めることではじめて、それに基づいた政府が樹立される。

 

実際、国軍はNLDが最初に大勝した1990年総選挙を認めなかったという前歴がある。 

 

2020年総選挙の当日、ミンアウンフライン国軍最高司令官は選挙結果を尊重すると発言した。しかし、NLDの大勝が明らかになるにつれ、選挙不正があった可能性があるとして、NLDや選挙管理委員会をけん制する発言をするようになった。

 

これはUSDPの2回の大敗を受け、国軍がUSDPを頼りにできないことがはっきりしたことが背景にある。(中略)

 

こうなると、国軍が頼りにできるのは、国軍の自律と国政関与を規定する2008年憲法しかない。国軍の国政関与のロジックは政党政治(party politics)が混乱したとき、国軍が国民全体の利益を代表する国民政治(national politics)を行うというものである。 

 

多くの国民は国軍が国民全体の利益を代表するとは思っていないが、ミャンマーを独立に導き、ナショナリズムを体現するとの使命感を抱く国軍が国政関与を諦めることはないだろう。

 

また、経済権益を守り、過去の不当行為への責任追及を逃れるためにも、国軍の自律を認める2008年憲法は必須である。国軍が1990年総選挙の時NLDへの政権移譲ができなかったのは、2008年憲法がなかったからである。 

 

もちろん、スーチー氏は心の底では2008年憲法を認めていない。スーチー氏は2012年の補欠選挙で当選した際、議員に任命されるために必要な「2008年憲法を順守する」という議会での宣誓を拒もうとしたことがある。この時は珍しく国民からの批判を浴び、結局は宣誓することになった。

 

スーチー氏とNLDが2008年憲法の政治体制に組み込まれた瞬間であった。スーチー氏が憲法改正に執念を抱く原点でもある。 

 

今後、国軍はますます自らの国政関与を保障し、組織としての自律性を担保する2008年憲法を堅持しようとするだろう。

 

しかし、逆説的ながら、国軍がNLD大勝という選挙結果を認めることができるのも2008年憲法があるからなのである。

 

2回の総選挙の大勝により勢いづくスーチー氏が改憲を巡って国軍との対立姿勢を強めれば、ミャンマー政治が緊張することもあり得る。最近のミンアウンフライン国軍最高司令官の発言は、スーチー氏に対してこのことを忘れないようにというけん制なのである。

 

国民が求めるのは「穏健な改革」

5年前にスーチー氏は「変化の時が来た」というスローガンで選挙戦を戦い、勝利した。しかし、現実にはテインセイン大統領の多くの政策を継承した。

 

スーチー政権は民族和平や憲法改正を掲げて登場したが、国民から評価されたのはむしろ経済成長や所得水準の向上であった。

 

そして、国軍系のUSDPの2度目の大敗にもかかわらず、国軍が第2次スーチー政権の発足を認めると期待されるのは、皮肉なことに第1次スーチー政権が2008年憲法の改正に失敗し、この憲法が引き続き国軍の国政関与を保障するからである。 

 

こうした5年間の経緯と今回の総選挙の結果は、大方の人々の予測を裏切るものであった。もしかすると、スーチー氏やNLDにとっても意外な展開であったかもしれない。

 

しかし、今回の総選挙を通じて国民の希望は明確に聞こえたのではないかと思う。すなわち、スーチー氏とNLDは国軍との決定的な対立を避け、むしろ協力の方策を模索しつつ、国民生活の向上へ向けた穏健で段階的な改革を続けてほしいというものである。

 

半世紀にわたる軍政時代、薄暗い裸電球の下で、国民は「自由」と「豊かさ」の双方を求めてきた。どちらか一方を優先することで、もう片方を失うことはできない。スーチー氏と国軍の協力と一定の妥協がなければ、国民の希望をかなえることはできない。【1月13日 工藤 年博氏 nippon.com】

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“スーチー氏とNLDは国軍との決定的な対立を避け、むしろ協力の方策を模索しつつ、国民生活の向上へ向けた穏健で段階的な改革を続けてほしい”との“国民の希望”は、前出【WEDGE】の“軍の一定の政治的役割を認めたバランスの取れた独自の体制”にも共通するもののように思えます。

 

【スー・チー政権への圧力を強める最近の軍の動向】

一方、軍の方は、選挙直後よりも最近になってむしろ選挙結果を否定するような発言が目だっています。

 

****総選挙の「不正」主張 ミャンマー国軍が与党に圧力 クーデターの可能性否定せず****

改選後初となるミャンマー連邦議会(国会)が2月初旬に開会するのを前に、国軍が与党側への圧力を強めている。

 

昨年11月の総選挙で「不正があった」と繰り返し主張しているほか、クーデターの可能性も否定しておらず、国内で緊張が高まっている。

 

総選挙では、アウンサンスーチー国家顧問兼外相が率いる与党・国民民主連盟(NLD)が改選476議席の8割を占める396議席を獲得。最大野党の国軍系・連邦団結発展党(USDP)は33議席にとどまった。

 

国軍のゾーミントゥン報道官は1月26日の記者会見で、有権者名簿860万人分に不備があり、重複投票などの不正があった可能性があると主張、選挙管理委員会に調査を求めた。また、今後「クーデターの可能性がないといえるのか」との質問に「イエスともノーとも言えない」と明言を避けた。地元ジャーナリストによると、最大都市ヤンゴンなどでは28日、街中を走行する装甲車の姿が見られたという。

 

国連などは、選挙は公正に行われたとの見解だ。国連のグテレス事務総長は28日、「民主主義の規範を順守し、総選挙の結果を尊重するように要請する」との声明を発表。ミャンマー駐在の欧米外交団も29日、同様の共同声明を出し、国軍に自制を促した。

 

議会は下院が2月1日、上院が同2日に開会する予定で、新大統領の選出が焦点となる。スーチー氏は親族が英国籍のため憲法上、大統領資格がなく、国家顧問に留任する見通し。【1月30日 毎日】

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この軍による緊張の高まりが、前出【nippon.com】にある“スー・チー氏へのけん制”なのか、あるいは、それ以上のものを含んでいるのか・・・。

 

常識的には、軍としても今更、(おそらく中国をのぞいて)国際的に容認されないクーデター云々という手荒い手段は“得策ではない”と考えているとは思いますので、いわゆる“けん制”なのでしょう。

 

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