(2019年7月、モスクワで開かれた集会で演説するナバリヌイ氏【1月15日 朝日】)
【制裁を伴う、ロシアと欧米の対立に問題拡大】
ロシアの反政権活動家アレクセイ・ナバリヌイ氏に対する毒殺未遂疑惑は周知のところですが、ネット上の汚職告発ブロガーに過ぎなかった人物が、当局が逮捕や弾圧を繰り返すことでカリスマ性を増し、リアルな政治政界でプーチン大統領を悩ませる存在、その言動に世界が注目する存在に進化してきた・・・という点で、プーチン政権の対応は大失敗だったようです。
当局の逮捕・弾圧を逆手に取る形で、その存在感が大きくなってきたという経緯があるだけに、今回の毒殺未遂疑惑についても、政権側などからは、同じような効果を狙った「被害妄想」、あるいは「自作自演」との批判もあります。
****「毒殺したいなら最後までやった」 プーチン大統領、ナワリヌイ氏襲撃を否定****
ロシアのプーチン大統領は17日、反体制派指導者のナワリヌイ氏の毒殺未遂事件に関与したとみられる連邦保安庁(FSB)の工作員8人を特定した英国の独立系調査グループ「ベリングキャット」などの調査結果について「調査報道ではなく、米情報機関の資料の正当化にすぎない」と指摘し、「もし毒殺したいのなら、最後までやっていただろう」と改めて関与を否定した。年末恒例の記者会見で述べた。
プーチン氏はナワリヌイ氏について「米国の情報機関の支援を受けている」として、FSBによる尾行活動を正当化。
一方でナワリヌイ氏のドイツへの移送を許可したことにも触れ、猛毒の神経剤ノビチョクで襲撃までする必要性を否定した。そのうえで、今回の調査は自身を批判するための「政治闘争のトリックだ」と訴えた。(後略)【12月18日 毎日】
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こうした主張について、ナワリヌイ氏はロシアの安全保障当局者になりすましてFSBの工作員に電話をかけ、ナワリヌイ氏が最初に手当てを受けた航空会社のパイロットや中南部オムスクの救急医療チームの迅速な対応により、ナワリヌイ氏を殺害できなかった可能性があるとのFSB工作員の発言を引き出し、公表しています。
“なりすまし電話”というのも、安手のTVドラマのような手法ですが、まあ、現実にはそういうこともあるのかも。
真相はわかりませんが、毒殺未遂疑惑はロシア国内の当局と反政府活動家の問題を超えて、ロシアと欧米の対立を具現化した事件となっています。
****欧米とロシア、深まる情報戦 ナバリヌイ氏毒殺未遂疑惑****
ロシアの反政権活動家アレクセイ・ナバリヌイ氏に対する毒殺未遂疑惑を巡り、プーチン政権の関与を主張する欧米側とロシアの情報戦が激しさを増している。
疑惑を否定するロシアは、欧州連合(EU)の制裁への対抗措置を発表するなど態度を硬化させており、対立が深まっている。
英国の調査報道機関「ベリングキャット」は昨年12月中旬、米CNNなどとの共同調査で、ナバリヌイ氏の毒殺未遂にロシア連邦保安局(FSB)の工作員8人の関与が明らかになったと報道した。
さらにナバリヌイ氏が当局幹部を装って工作員の1人に電話をし、関与を認めさせたと発表。インターネット上に公開された動画では、工作員とされる男が「(ナバリヌイ氏の)パンツの内側に毒物を仕込んだ」などと話す音声が流れ、再生回数は2千万回を超えている。
ナバリヌイ氏を治療したベルリンのシャリテ大学病院は同月23日、英医学誌ランセットに、「神経剤ノビチョクによる中毒」と題するナバリヌイ氏の症例報告の論文を発表。脈が弱く瞳孔反応がないといった当初の症状や治療の経過、血液の分析結果や使用した解毒剤の効果などが詳細に記されている。
ロシア側は、「米中央情報局(CIA)がナバリヌイ氏を支援している」などとして対抗意識をあらわにする。ペスコフ大統領府報道官は、ランセットの論文について、「(分析する)意味も無い」と一蹴。
捜査当局は、ロシアに帰国する意思を示しているナバリヌイ氏を新たに詐欺容疑で告訴するなどし、圧力を強めている。
さらにロシア外務省は、同22日、事件を受けてEUが10月に発動したロシアへの制裁に対抗し、対ロ制裁に関わったEU加盟国の代表者にロシアへの渡航を禁じる制裁を科したと発表した。【1月6日 朝日】
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【17日に帰国 対応に苦慮するロシア】
こうした状況で、ナバリヌイ氏は治療を受けていたドイツから17日に帰国することを表明。
****ナバリヌイ氏、17日にロシア帰国と表明****
ロシアの反政権活動家アレクセイ・ナバリヌイ氏は13日のツイートで、毒殺未遂で搬送されたドイツから17日に帰国する意向を表明した。(中略)
ロシア当局は昨年末、ナバリヌイ氏を新たに詐欺の疑いで捜査し始めたと発表。これに対して同氏はインスタグラムに投稿した動画で、自身の帰国を阻止するための「明らかなでっち上げ」だと主張していた。
11日にはロシアの刑務当局が、ナバリヌイ氏に別件で言い渡されていた執行猶予付きの刑を実刑に変更するよう裁判所に要請した。当局は、同氏がドイツに滞在することで執行猶予の条件に違反していると主張した。【1月13日 CNN】
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ロシア司法当局は14日、ナワリヌイ氏が帰国すれば即座に拘束する方針を明らかにしていますが、逮捕は同氏を反プーチンのシンボルとして更に押し上げること、また、欧米からの一層の批判が集中することが予想され、本音としては“帰国して欲しくない”というところのようです。
****拘束警告・刑事訴追…露、ナワリヌイ氏の帰国阻止に躍起****
何者かに毒物で襲撃され、ドイツで治療を受けていたロシアの反体制派指導者、ナワリヌイ氏が「17日にロシアに帰国する」と表明したことに対し、露政権が帰国を阻止しようとする動きを強めている。
露司法当局は14日、同氏が帰国すれば即座に拘束する方針を明らかにした。ただ、実際に同氏を拘束した場合、国内外から強い批判を招くのは確実で、露政権は苦しい立場に置かれている。
ナワリヌイ氏は13日、17日に航空便でドイツから帰国するとツイッターで表明。これに先立ち、今秋に予定されている露下院選に向け、反体制派勢力を支援する意思も示していた。
これに対し、露司法当局は14日、「ナワリヌイ氏は過去の事件で執行猶予中であるにもかかわらず、当局の出頭要請に応じなかった」などとして、昨年末に指名手配したと公表。同氏を発見次第、拘束するとした。さらに司法当局は同氏の執行猶予を実刑に切り替える手続きも進めている。
露捜査当局も昨年末、ナワリヌイ氏が自身の団体「汚職との戦い基金」などへの寄付金5億8800万ルーブル(約8億3000万円)の一部を私的流用したとして、同氏を詐欺罪で刑事訴追した。
一連の動きの背後には、ナワリヌイ氏の帰国を阻止したい露政権の思惑があるとみられている。プーチン大統領の支持率は現在、過去最低の6割程度まで低下。一方、意識不明の重体から生還したナワリヌイ氏は存在感を増しており、帰国して政治活動を行えば政権側には脅威となる。
ナワリヌイ氏は「政権側の動きに興味はない」と述べ、予定通り帰国する構えだ。
また、多数のナワリヌイ氏の支持者がモスクワ近郊の空港で同氏を出迎える計画を立てている。政権側は新型コロナウイルス対応として大規模な集会を禁止しており、空港で混乱が起きる可能性もある。(後略)【1月15日 産経】
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****毒殺されかけた活動家、ロシア帰国へ 拘束の可能性も****
(中略)約5カ月にわたってリーダー不在だった支持者や反体制派は勢いづき、空港でナバリヌイ氏を出迎えるイベントには1800人以上が参加を表明している。
こうした状況に、反政権活動の活発化を抑えたいプーチン政権は難しい判断を迫られている。
(中略)ナバリヌイ氏を野放しにすれば弱腰との批判を受け、反政権派を勢いづかせかねない。一方で、拘束すれば反政権派が猛反発し、欧米諸国からの強い非難を招く恐れがある。そのため、拘束を警告して帰国を思いとどまらせる狙いがあったとみられる。
今回の帰国表明を受け、ロシア当局は「悪意ある違反を犯したナバリヌイ氏を勾留する義務がある」と強調。国内メディアや政治専門家らは、「空港で即座に拘束される」との見方を強める。
だが、ナバリヌイ氏は、「帰国を迷ったことはない」としている。今年秋の下院選に向け、国際世論も巻き込んだ反政権活動の活性化を目指しているとみられる。
プーチン氏は昨年7月の憲法改正で、3年後の次期大統領選への出馬が可能になった。後継者を指名する可能性も残されているが、いずれの場合も下院選で政権与党が圧勝し、政権基盤を安定させることが必須だ。
そのため昨年秋から、集会やデモなどの制限や、反政権派が利用する動画投稿サイトやSNSへの規制を強める法改正を矢継ぎ早に行い、反体制派の抑え込みを急いでいる。
(中略)政権が最も避けたいのは、バイデン次期米政権や欧州が反政権派を支援し、反政権運動がベラルーシのような国民的盛り上がりにつながることだ。
秋に向け、プーチン政権は今後も締めつけを強めるとみられ、反政権派や欧米との間で緊張がさらに高まる可能性がある。【1月15日 朝日】
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放置するという訳にもいかないので、拘束するのでしょう。
更に、対応をエスカレートさせることも想像されます。
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(独立系の政治分析会社「Rポリティーク」の創業者)スタノバヤ氏は、「私の見立てによると、政権は妥協する能力や批判を許容する能力を全て失い、平和的な手法で政治的リスクに対応する能力を一切なくした。政権が知る唯一の行動手法は抑圧を用いることだ」と述べる。
ロシア政府は今後、政府が容認してきたロシアの組織的な抗議活動、反体制的な団体や政党を一層威圧する可能性がある。一方、アナリストらは、ナワリヌイ氏が率いている団体などの反体制団体は、抑圧され、破壊される恐れさえあると指摘する。
ロシア政府は、政府が反体制勢力を抑圧しようとしているとの主張を一蹴している。プーチン氏は、(2020年)3月に行った国営タス通信とのインタビューで、反対勢力の声は重要だと述べていた。
同氏は「どんな国においても、社会の一部には権力者に反対する者が常にいたし、そうあり続ける。そうした人々が存在することは非常に良いことだ」と述べていた。【12月28日 WSJ】
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【“強権統治の綻び”? “プーチン強権支配は今年も揺るがない”?】
ナワリヌイ氏への対応に苦慮しているあたり、プーチン政権も綻びが隠せなくなった・・・という感も。
****露プーチン氏 強権統治の綻びが広がった****
国内の反対勢力を徹底的に弾圧し、米欧との対決姿勢をアピールする強硬路線の綻びが広がり始めた。軌道修正に失敗すれば、長期政権の維持戦略にひびが入るのではないか。
ロシアのプーチン大統領が年末の記者会見で、4期目の任期が2024年に満了となった後も、大統領を続ける可能性を示唆した。7月の憲法改正では、36年まで続投する道を開いている。
だが、政権基盤は盤石ではない。新型コロナウイルスの感染者数は世界で4番目に多く、政府の対応の不備が批判されている。
ロシアの反政権運動指導者に対する毒物襲撃事件で、欧州連合(EU)は露情報機関の犯行とし、対露制裁を強化した。石油などエネルギー資源に依存した経済構造の転換も進んでいない。
プーチン氏の支持率は低下傾向にある。異論を許さない強権統治の長期化で、社会が倦怠けんたい感に覆われていることの表れだろう。
極東ハバロフスクでは、7月に始まった地元知事の拘束・解任への抗議デモが今も終息していない。当局が沈静化できないのは、ロシアでは異例の事態である。
ロシアが「勢力圏」と位置づける旧ソ連圏では、影響力の陰りが目立っている。
アゼルバイジャン領ナゴルノ・カラバフ自治州を巡る紛争では、ロシアが支援するアルメニアがアゼルバイジャンとの戦闘に敗れ、実効支配地域を失った。アゼルバイジャンに肩入れするトルコの存在感が強まっている。
ベラルーシでは、ルカシェンコ大統領の退陣を求める反政府デモが、欧米の支援を受けて続いている。キルギスでは親露派の大統領が退陣に追い込まれ、モルドバでは、親欧米派の候補が親露派の現職を破り、大統領に当選した。
旧ソ連諸国の「ロシア離れ」は、ロシアが経済低迷により、支援を十分できなくなったことが一因だ。プーチン氏が中東での覇権争いにまで手を広げて、シリア内戦に介入したことも、足元の揺らぎにつながったのではないか。
局面打開の鍵を握るのは、対米関係だろう。プーチン氏は、バイデン次期米大統領との間で改善を進めることへの期待を示した。来年2月に失効する「新戦略兵器削減条約」(新START)の延長が試金石となる。
軍縮には、信頼関係の構築が不可欠だ。ロシアの新型兵器開発やハッカー集団のサイバー攻撃に対する米国の批判を、プーチン氏は重く受け止めねばならない。【12月24日 読売】
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しかし、上記【読売】のような“強権統治の綻び”との見方に対し、反政府行動を力で封じ込め、国際関係でもロシアの利益を確保しており、“プーチン強権支配は今年も揺るがない”との見方も。
****プーチン氏の強権支配、来年もゆるがず****
国内の反体制勢力には一層威圧的に、周辺諸国に強い影響力行使か
(中略)世界の舞台では、プーチン氏は今年、窮地に陥っているベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領に政治的な救いの手を差し伸べた。
ルカシェンコ氏は8月9日の大統領選での不正が指摘されて以降、辞任を求める抗議の声に直面している。プーチン氏はルカシェンコ大統領に軍事的および金銭的な支援を約束した。
プーチン氏はまた、アゼルバイジャンとアルメニアの係争地ナゴルノカラバフをめぐる軍事衝突で、11月に停戦合意の調停役を果たした。
この停戦合意は、地域問題の強力な仲介役としてロシア政府の立場を強化するとともに、両国に対するロシアの影響力を確保するものとなった。ロシアは、既にアルメニアに軍事基地を持つほか、同国との経済分野でのつながりもあるが、今回の停戦合意により、アゼルバイジャンに初めて自国軍隊を駐留することになった。(中略)
(ロシア大統領報道官)ペスコフ氏は、危機には、「大統領の強靱(きょうじん)さ、迅速な意思決定が必要だった」と指摘するとともに、「もちろん、全体としてみれば主要な責務はすべての方面における安定の維持であり、これは確保されたと確信している」と強調した。
ロシアは新型コロナウイルスの国産ワクチン「スプートニクV」を他国に供給する契約を締結したが、これについてアナリストらは、とりわけ南米や中東地域のワクチン供給先の国々に対して、ロシアがソフトパワーを行使するのを可能にするかもしれないとみている。
アナリストらによれば、プーチン氏は来年、実施した支援に対する見返りを要求する可能性がある。ロシアは長年、隣国のベラルーシをロシアの強い影響力のもとに引き寄せるよう努めてきたが、プーチン氏はルカシェンコ氏に対し、この働きかけに応じるよう求める公算が大きい。
一方、南コーカサス地域の(ナゴルノカラバフをめぐる)紛争再発を食い止められるかどうかはプーチン氏にかかっているため、アルメニア、アゼルバイジャン両政府は、ロシアに一段と従属的になるとみられる。
西側諸国との間の今年の緊張は今後も続く公算が大きく、とりわけバイデン政権の誕生でそうなる公算が大きい。今月発覚した、少なくとも6省の米連邦政府機関がロシアからとみられるサイバー攻撃を受けた事件は、ロシア政府と米政府の関係をさらに悪化させた。
しかし、プーチン氏の支持者らによれば、西側に対する敵意は、ロシア国内でプーチン氏にとって有利に働く可能性がある。
モスクワの政治研究所所長を務める政府支持派のセルゲイ・マルコフ氏は、この見方について、「もしプーチン氏がロシアにとって問題であれば、彼がそれほど攻撃されることはなかっただろう」というものだと語った。
マルコフ氏は、「敵対者がさらに怒りを強めれば、われわれは一層明るい未来への道を行くことになる。プーチン氏にとって現状に特別なものは何もない。成功しているロシアの大統領が攻撃されるのは自然の成り行きだ」と述べた。【前出 12月28日 WSJ】
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