(【1月19日号 Newsweek日本語版】)
【ブレグジットどころではない新型コロナ ロンドンは「制御不能」】
イギリスは12月31日午後11時(日本時間1月1日午前8時)にEU離脱に伴う移行期間を終えて、名実共にEUからの離脱が完了しました。
*****運転手のサンドイッチも没収、英EU離脱で一変したオランダ国境管理の現実****
欧州連合(EU)を離脱した英国の対岸の国、オランダ。国境検問所で入国者からサンドイッチなどの食品が没収されている様子を、同国のテレビ局が撮影した。
公共放送NPO1が放映した映像の中でオランダの国境係員は、国際フェリーターミナルのあるフクファンホラントに到着した車の運転手にこう説明していた。「ブレグジット以降、肉や果物、野菜、魚といった食品を欧州に持ち込むことはできなくなりました」
1人のドライバーがアルミホイルに包んだサンドイッチを手に、肉をあきらめればパンは持っていてもいいかと尋ねた。国境係員の答えは「いえ、何もかも没収されます。ブレグジットへようこそ。すみません」だった。
英国が単一市場と関税同盟から離脱した今、国境を越える物品は検疫などの検査の対象になった。
英政府はEU加盟国との間で物品を輸送するドライバーに対し、ハムやチーズサンドイッチといった食肉や乳製品を含む「動物由来製品」は持ち込めないと勧告、「手荷物や車両の中、あるいは人が禁止品目を携帯している場合、国境で、または国境前で使用、消費、破棄する必要がある」とした。
欧州委員会のガイドラインでも「肉や牛乳、その産物を含む私用品は、EUの動物の健康に対する真の脅威をもたらす」としている。
国境係員はNPO1の取材に対し、コロナウイルス関連の制限が緩和されれば、渡航者の流入が増えて入国待ちの時間はさらに長くなると予想、「今は見ての通り、今朝も車30台と極めて少ない」「新型コロナ対策がなくなれば、この数が増えて待ち時間も長くなるだろう。イライラを招くのは間違いない」と話している。【1月13日 CNN】
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あれだけ大騒ぎした割には(実際に、大ごとですが)、通関手続き復活に伴う混乱や産業・生活にへの影響など、離脱に関する状況を伝えるニュースはほとんど目にしません。
せいぜいが、上記の「サンドイッチ」に関するものでしょうか。
その理由は、影響が明らかになるのはこれからということと、今イギリスは新型コロナの感染爆発でそれどころではないということの二つしょう。
****ロンドン医療崩壊の危機 30人に1人が感染 病床不足****
英国で新型コロナウイルス感染者が急増し、医療崩壊の危機が迫っている。
首都ロンドンでは約30人に1人が新型コロナに感染した状態にあると推計され、入院患者が殺到する医療機関で病床が不足している。
医療現場の逼迫(ひっぱく)を受けて新型コロナによる死者数は欧州最多となっており、英政府はワクチン接種の加速に状況改善の望みをかける。
「(増加する感染者に)対応できなくなる不安を感じている」。ロンドン市内の病院に勤める男性医師は英紙タイムズにこう訴えた。男性の病院では、新型コロナの入院患者増加に伴い、以前は44床だった集中治療用のベッドを120床まで増やした。それでも足りず、さらに30床増やす方針が決まった。
英国では、昨年12月から感染力が強いとされるコロナ変異種が猛威を振るい、累計感染者数は約322万人と世界で5番目。
中でも、最近の感染者の約8割が変異種とされるロンドンの状況は深刻だ。英国家統計局によると、昨年12月27日から今月2日までの期間で約30人に1人が感染状態にあったと推計され、ロンドンのカーン市長は8日、感染拡大が「制御不能」になったと宣言した。
英政府のウィッティ首席医務官も11日、ロンドンなどで「今後数週間は最悪の(感染)状況を迎える」と危機感をあらわにした。
英メディアによると、状況が悪化した場合、今月下旬までにロンドンで約5400の病床が不足する恐れがある。救急医療体制は限界に達しつつあり、ロンドンの救急隊員は今月、救急車を最大12時間待った患者がいたと語った。
十分な医療サービスが受けられない患者が増える中、英政府は13日、新型コロナで新たに1564人が死亡し、1日当たりの死者数が過去最多となったと発表した。
医療が逼迫する背景には、保守党政権が近年とった緊縮財政に伴う公的支出の抑制で、医療水準が低下したことがある。英国では10万人当たりの利用可能な医療用ベッドが欧州主要国の中で最も少なく、医療従事者も不足している。
頼みの綱となるのがワクチンの存在だ。英政府は2月半ばまでに高齢者など約1500万人に接種する目標を掲げ、今月11日から競馬場やサッカー場などを活用して国内7カ所に大規模な接種施設を開設。24時間接種できる態勢も早期に整える方針だ。【1月14日 産経】
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ブレグジットの混乱を新型コロナによる混乱に埋没させて、目立たなくしてしまうというのは、ションソン政権の狙いどおりだったかもしれませんが、新型コロナの混乱は想像以上の規模に拡大して、それどころでない状況にもなっています。
【長い混迷の末に、結局は最初から「当然」のはずだった結論にたどり着いた】
そうしたなかで、ブレグジットを総括する記事2本と今後のイギリスの方向を論じた1本。
1本目は、どうしてこれほどまでに迷走したのかという「これまで」を振り返った記事。
「ブレグジット賛成派はブレグジットの実体を理解していない」と見下したような反ブレグジット勢力については、
“民主的結果を受け入れない、金と権力を持ち特権意識の高いエリートたち”と辛辣に批判する立場からの「振り返り」です。
****一周回って当然の結果に終わったブレグジット****
<4年半もの年月を費やしたイギリスのEU離脱は、パーフェクトな離婚とは言えないまでも実行可能な合意に落ち着いた>
ブレグジット(イギリスのEU離脱)の是非を問う2016年の住民投票から、数日前の「移行期間」終了までに、4年半が過ぎた。第1次大戦よりも長い期間だ。(中略)
これは大ざっぱな総括になるが、ブレグジットのこの4年半はうんざりさせられ、分断を招き、時にトラウマ的なものだったけれど、結局は最初から「当然」のはずだった結論にたどり着いた。
つまり、イギリス人の過半数が決して満足していなかったEU加盟からは抜けつつも、友好国である近隣諸国と自由貿易協定は結ぶ、ということだ。
EU懐疑派にとっては、苦痛な交渉期間がここまで長引いたのを「硬化症の」EUのせいにしたくなるのも当然だろう。でも僕は、責任の大部分(全てではない)はイギリスにあると思う。
そもそもはデービッド・キャメロンが、自分の望まない結果(つまりEU離脱)になる可能性を何ら想定しないまま国民投票を実施したのが全ての発端だ。彼はEU残留が勝つほうに、そしてこれまで通りの日常が続くほうに賭けた。
その賭けに負けると彼は退陣し(「横柄な退場」と言う人もいる)、厄介な仕事を他人に押し付けた。僕たちは「次々と問題が出るたびに何とか処理」していかなければならなかった。とはいえ、彼は数十年来にわたって意見すら聞いてもらえなかった大きな問題について、イギリス国民に発言権を与えてくれたのだ。
保守党議員はテリーザ・メイをキャメロンの後継に選んだ。当時これは、賢明な選択に見えた(僕もそう思った)。離脱は僅差での勝利だったから、「歩み寄り」できる首相は理にかなっていた。
彼女はEU離脱を約束したが、熱狂的ブレグジット派ではない。分断を癒やすにはある種の「ソフトブレグジット」が最善に感じられた。だが結局、彼女は埋めようのない分断を埋めようともがく典型的なパターンに陥り、穴に転落した。今思い返せば、あの時必要だったのはブレグジット信奉者のリーダーだったのだ。
反ブレグジット勢力は裏切り行為に走った。民主的結果を受け入れない彼らの姿勢は、何年もの停滞をもたらした。金と権力を持ち特権意識の高いエリートたちが、国民投票を無効にすべきだと断言した。基本的に彼らの言いたいことは、「私の1票はあなたがたの1票より重い......。あなたがたはブレグジットの実体を理解していなかったが、私はちゃんと理解している」。
彼らはロンドンで大規模なデモを何度か行ったが、彼らのほとんどがロンドンの住人だったから、容易に実施できた。レスターやサンダーランドのような地方都市に住んでいる大勢のブレグジット賛成派の人々は、EU離脱を求め続ける自分たちの声が、メディアに軽視されているように感じていた。
ブレグジット国民投票の直後、EU本部の雰囲気は「不幸な結婚」を早く終わらせよう、という感じだった。その雰囲気が一変したのは、EUの詐欺的手法ではなく、イギリスの残留派のせいだった。
ブレグジットをいったん取り消して「ブレグジットの条件がはっきりした時点で」国民投票を再実施しようじゃないか、と呼び掛けるイギリス国内の勢力は、事実上、「イギリスに対してできる限りのひどい取引を持ちかけてくれ」とEUにお願いするようなものだった。厳しい条件を突き付けられれば、イギリス国民もブレグジットへの「幻想」を捨て去るだろう、というわけだ。
イギリス議会の大勢の議員はブレグジット受け入れを一貫して拒否し続けたが、これは英近代史上で最も恥ずべき行き詰まりをもたらした。
僕はこの時期を思い返すのも嫌だ。まるで「ディナーパーティー政治」に感じられた。政治家が、票を入れてくれた有権者たちよりも、付き合いのある中・上流のお友達連中の都合を気にかけるような状態だ。
繰り返し意思表示したイギリス国民
幸い、イギリスの民衆はどういうわけか、辛抱強く粘り強い。僕たちは2016年の国民投票で(僅差で)ブレグジットに票を入れた。2017年の総選挙では、国民投票の結果を尊重すると明言した保守党と労働党の議員に(圧倒的な差で)票を入れた(自由民主党はあからさまに「反ブレグジット」の党として名乗りを上げ、極めて少ない票しか得られなかった)。(中略)
奇妙なことに、そんな停滞気味の形勢を覆したのは、「決して実施されないと思われていたはずの」選挙だった。イギリスは2019年までにEUを離脱するはずだったが、ばかげた状況のせいで行き詰まりが続いていたため離脱する前に欧州議会議員の改選時期が訪れてしまい、イギリスは(カネのかかる)欧州議会選挙に参加する羽目になってしまった。選出されたところで、イギリス選出の欧州議員の任期はほんの数カ月しかないにもかかわらず。
当選したのは、有権者が今でもブレグジットを支持していることを訴えるためだけに単一争点で結成された政党だった。
これによってテリーザ・メイは退陣せざるを得なくなった。国民投票の結果は「偶発的な抗議票」だっただけだ、イギリス国民は今やブレグジットに「後悔」しているのだ、という反ブレグジット勢力の主張は成り立たなくなった。EUはついにブレグジットの現実を見据えた交渉をせざるを得なくなった。そして、ブレグジットに本腰を入れる覚悟を決めた新政権が始まった。
これは、パーフェクトな幕引きではないかもしれない。「離婚」とは大抵そういうものだ。でも僕たちは自由貿易と友好関係で合意した。これにはイギリス含めヨーロッパの人々みんなの利益がかかっているのだから、実施不可能であるはずがない。ここまで時間がかからなければ、もっと良かったのだが。【1月11日 Newsweek】
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【メリットにせよ、デメリットにせよ、すべては「これから」】
2本目は、イギリス・EUの「これから」を論じたもの。
メリットにせよ、デメリットにせよ、すべては「これから」ですが、とにもかくにも「友好的」に離脱したことで、イギリスはEUとの間に経済をはじめ関係全般を緊密に維持して行く可能性が残されました。
EUにとっても重要なのは「これから」です。
****ブレグジットの果てにEUと英国が得たもの*****
英国とEUは、難しい交渉の末、妥結を発表した。英フィナンシャル・タイムズ紙コメンテーターのロバート・シュリムズリーが、12月24日付けの同紙に、英国とEUの合意の意義を論じ、それはEUと英国との関係の始まりの終わりにすぎないとの見解を述べている。
英国のジョンソン首相は、2019年12月の総選挙を「Brexitを片付ける(get Brexit done)」ことを公約して戦い圧勝した。そのマンデートを背負って交渉に臨み、no-dealも辞さないと土壇場まで粘った上で、まずは友好的に離脱することに成功した。これは疑いもなくジョンソン首相にとって勝利である。
ジョンソンは、EUとの合意を「ジャンボのカナダ型のFTA(自由貿易協定)」と呼んだ。この合意によって「我々は法律と運命のコントロールを取り戻した」と彼は述べたが、彼の言う「主権」を取り戻すために如何ほどのアクセスを犠牲にすることになったのかは追々明らかになるであろう。
例えば、金融サービスの取り扱いは今後の展開にかかっている。
重要なことは、まずは友好的に離脱したことでEUとの間に経済をはじめ関係全般を緊密に維持して行く可能性が残されたことにある。
これを歴史的な区切りとして、出来るだけ残留派を含めてBrexitを巡る国内の確執に終止符が打たれることが望まれようが、それはジョンソンがこの可能性を活かし約束した繁栄を実現出来るかに係わるところが大きい。シュリムズリーの論説が、これは単に「始まりの終わりに過ぎない」と言う所以である。
一方、EUの観点からは、「地理的近接性」と「経済的相互依存」という特殊な環境の中で単一市場のインテグリティーを守る合意を達成し得たということであろう。
EUが交渉を通じて加盟国の結束を堅固に維持したこと、特に北アイルランド問題との関係で大きな政治的危険に晒された小国アイルランドの利益にも目配りを怠らなかったことは称賛に価しよう。
英国は長年にわたりEUに縛られるとの感情からすっきりしないものを感じ居心地の悪さを感じて来た。EUの掲げる「ever closer Union」の理念には違和感を抱いて来た。
英国が未だ加盟国であったなら、EUが復興基金の創設やその財源としての共通債券の発行に踏み切れたかも定かではない。
そうであれば、英国が離脱したことに、EUに安堵を覚える向きがあったとしても不思議ではない。EUにはEUのプライオリティがある。
フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は記者会見で「Brexitを過去のこととする時である、我々の将来は欧州で作られる」と述べたが、実感がこもっているように思われる。【1月14日 WEDGE Infinity】
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【イギリスはEU離脱を機に「脱欧入亜」を加速する】
今後のイギリスの方向性について、「脱欧入亜」加速との指摘も。“EU離脱で自由を得たイギリスはTPPを足掛かりに「脱欧入亜」を一気に進めてくるはずだ。”と。
****イギリス「脱欧入亜」の現実味*****
ついに完了した「離婚交渉」と英EUのFTAは英欧そして日本にどんなリスクとチャンスをもたらすか
(中略)イギリスはEU離脱を機に、地域格差の解消のため取り残された地域で産業育成を図るとともに、明治維新後の日本が「脱亜入欧」を目指したように「脱欧入亜」を加速する。
(中略)英・EUは別れたカップルと同じということを肝に銘じておくべきだ。離脱で軌を逃れたイギリスがどこまで欧州から離れるのか。それに合わせてFTAの内容もさらに縮んでいく。
既に英仏間のドーバー海峡には嵐が吹き荒れている。(中略)
イギリスで感染力が7割も強い変異株が流行し始めた途端、エマニュエル・マクロン仏大統領は前触れもなくドー
バー海峡を48時間封鎖し、大型トレーラーやトラックなど約1万台を立ち往生させた。
イギリスは物流をドーバー海峡や欧州大陸に依存し過ぎる危険性を思い知ったはずだ。
EU離脱で復活する通関申告でイギリスが負担する費用は年150億愕(約2兆1140億円)という試算がある。
なかでも最も大きな影響を受けるのは、故マーガレットーサッチャー首相の日系企業誘致で輸出の主力を担うまでに復活した英自動車産業だ。(中略)
自動車輸出に10%のEU域外関税をかけられたら英自動車産業は壊滅する。関税なしが英・EU双方の基本シナリ
オだったが、問題は非関税障壁の「原産地規則」だ。
域外から輸入する原材料の比率が大きい製品は無関税の対象から外される。1台の車は小さなネジまで数えると約3万個の部品からなる。その部品が国境を行き来しているのだ。(中略)
イギリス資本のEU離れ
(中略)イギリスの離脱で資本市場でのEUのシェアは22%から13%に激減、40年には10%まで下がると予測される。現在はアメリカが43%、中国12%だ。
スナク財務相は「これまでとは少し違うことができる」と意気込む。イギリスにとって資本市場としてEUの魅力はどんどん下がっていく。
イギリスは、EU域内で金融サービスを提供できる範囲が縮まっても、市場が大きいアメリカや成長著しいアジアに規制の内容をずらしていく構えだ。つまり、イギリスに集散する資本が欧州を離れてアメリカやアジアに向かう可能性が高い。(後略)【1月19日号 Newsweek日本語版 木村正人氏】
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長年続いた欧州との関係がすぐに薄れていくかは疑問なところもありますが、そこにしがみついていたらブレグジットの意味がないとも言えるでしょう。