(世界最強の原子力砕氷船であり、LK-110Ya級原子力砕氷船の旗艦でもある「ロシア」の建造が、ロシア極東のズヴェズダ造船所で 6日、開始した。ルスアトムフロート(ロスアトムの子会社)が発表した。竣工は2027年を予定している。最大4メートルの氷の厚さにも対応し、北極海航路を通年航行可能な世界初の砕氷船となる。【2020年7月7日 SPUTNIK】 従来の砕氷船と異なり、随分スマートな外観です。)
【早ければ2030年代にも北極海の夏の氷が消失】
温暖化の進行によって北極海の氷が縮小し、航路や資源開発で北極海の重要性が国際的に注目されていることは以前からの話ですが、ロシア及びロシアと協調する中国と欧米の対立がウクライナをめぐり鮮明になるなかで、北極海をめぐるロシア・中国と欧米の対立もまた露わになり、おそらく今後ますますその緊張はたかまることが予想されます。
****北極海の氷、30年代に消失も 融解が加速、国際研究チーム分析****
地球温暖化によって北極海で氷の融解が加速し、夏に消失する事態が早ければ2030年代に起こる可能性があるとの分析を韓国・浦項工科大などの国際研究チームが6日、発表した。
国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新予測では、夏の海氷は50年までになくなる可能性が高いとされていたが、今回の分析は早期に消失する恐れを指摘した。
海氷に覆われなくなると熱を吸収しやすくなって温暖化がさらに進むほか、人の生活や生態系に被害が生じると懸念される。チームは「温室効果ガスの排出が北極に深刻な影響を与えている」と警告した。
北極海の氷の縮小はここ数十年間で急速に進み、今世紀に入り特にペースが速まっている。チームは今後の温暖化の進行度合いを4パターン想定し、北極海で氷がなくなる時期を分析した。
すると、温室ガスの排出を積極的に減らし産業革命前からの気温上昇を2度未満に抑える場合を含め、全てのパターンで、夏の海氷消失が30年代〜50年代に初めて起こるとの結果が得られた。【6月7日 共同】
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北極海の氷が縮小することで、真っ先に現実化するのが北極海航路の活用です。北極航路の活用は日本にとっても大きなメリットのある話です。
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ちなみに、これ(北極海の氷が早ければ30年代に消失)はあくまで夏の間の話であり、1年を通じて北極航路を安定的に使えるようになるのは、早くても今世紀末頃だと言われてきたが、この予想も早まるかもしれない。
北極航路が使用可能になること自体には大きなメリットがある。日本から欧州に至る南回り航路はスエズ運河経由で約2万1000キロメートルであり、欧州主要港へはコンテナ船で約30日以上かかる。
だが、北極航路はこれより30~40%短い約1万3000キロメートルであり、そうなれば、日数短縮のみならず船舶の温暖化ガス排出も削減できる。
ただ、問題もある。現在の北極航路は、概ねロシア沿岸に限られ、かつ、砕氷能力が必要だ。国際戦略研究所(IISS)によれば、砕氷船の数でロシアは他国に比べ群を抜いており、原子力船7隻とディーゼル船約30隻を保有している。
一方、米国、中国ではそれぞれディーゼル船2隻が就航しているに過ぎない。それもあり、北極航路を航行する商業船舶の多くはロシアの砕氷船による水先案内に頼っており、これはロシアにとって大きなメリットとなっている。【7月5日 WEDGE】
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【ウクライナ問題で北極海でも高まるロシア対NATOの緊張】
しかし、ウクライナを巡る緊張に伴って、ロシアと欧米の対立に加えて、北極海に面していない中国の関与強化もあって、北極海をめぐる緊張も高まっています。
****ロシアとNATOが対峙する北極 是々非々の協調は可能か****
6月5日付の英フィナンシャル・タイムズ紙は、「北極の寒気;中露の浸透の恐れ」とのRichard Milne同紙北欧・バルト特派員の解説記事を掲げ、ウクライナを巡る緊張に乗じて、中国とロシアが北極・天然資源への影響力を強める恐れがあると指摘している。
西側諸国は、中露が北極を巡る地政学的緊張に乗じ、北極とその豊富な天然資源への影響力伸長を試みるのではないかと懸念している。
北極評議会の西側加盟国は、ロシアのウクライナ侵攻後、対露協力を停止してきた。北極評議会議長を5月にノルウェーに引き継いだロシアは、次の議長国の間にロシアが行事に招待されなければ脱退の可能性もあると発言した。
北極を巡って中露は伝統的には緊張関係にあったが、ロシアのウクライナ侵攻後、状況は変わりつつある。3月の習近平訪露の際、両国は「北極海航路」開発の共同機関創設を発表した。北極は最も急速に温暖化が進む地域で、各国は石油・ガスからレアアースに至る豊富な鉱物資源に注目している。
北極評議会メンバーは、地政学的摩擦が北極に影響を及ぼさないよう努め、全ての問題は共同でのみ解決されると強調してきた。しかし、ここ数年ロシアは北極での軍事的プレゼンスを強化し、デンマークやノルウェーなどは防衛施設構築で応じてきた。
中国は、北極地域に面しないが北極評議会にオブザーバーで参加している。2018年に北極シルクロード計画を発表し、北極への影響力を強めてきた。中国国営企業のグリーンランド空港建設計画は米国がデンマークに反対を働きかけ、2019年に中止された。(中略)
ノルウェーは、他の加盟国(米、カナダ、フィンランド、スウェーデン、デンマーク、アイスランド)と共同で北極評議会活動を続けながら、ロシアの孤立化に努めている。しかし、ロシアの事実上の排除は明らかなジレンマで、一方で北極の40%を占めるロシアの参加なしには意味をなさないが、他方で今はロシアとは協力できない。
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(中略)北極航路を航行する商業船舶の多くはロシアの砕氷船による水先案内に頼っており、これはロシアにとって大きなメリットとなっている。
環境問題が生じれば長期的影響も
もう一つの問題は環境問題だ。北極海は米国の約1.5倍という広大な海域だが、海水の外海との入れ替わりは限られると言われる。そうなると、何らかの理由で汚染が発生した場合には、その影響は長期にわたり北極海と沿岸国にとどまることになる。今後、今以上に資源開発が進むことになれば、リスクは一層重大だ。
更に、北極地域で特にロシアによる軍事利用増強が見られる。正に現在、北大西洋条約機構(NATO)を中心とした軍事演習が北極圏で行われているのも偶然ではない。北極沿岸の40%を占めるロシアは、こと北極に関しては、軍事基地の数などにおいてNATOに対し優位を持つ。
以上のように、最近世界的な注目を浴びている北極圏だが、今後の活用を考えれば、ロシア抜きの対応はやはり現実的ではないだろう。ロシアはロシアで、現在の北極評議会を脱退して他国と別の組織を作るとしても、意味のある協力相手は中国以外おらず、先の展望は限られている。
翻れば、ロシアと同室で議論し、実際、共同で対応している懸案も多々あるという現実に鑑みれば、困難な決断ではあるが、北極を巡る仁義なき闘いを招くのではなく、是々非々で可能な範囲で協調していくべきだろう。【7月5日 WEDGE】
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ロシアは北極海における軍事面を強化しています。
“この10年間で、ロシアは北極圏で既存の軍事基地および飛行場の拡大や近代化を進めてきました。さらに、北極圏で少なくとも3つの基地を新設しています。 また、2021年1月1日から、ロシアの北方艦隊が軍管区に格上げされました。”(石原敬浩氏(海上自衛隊幹部学校教官)【8月12日 JBpress】
【北極海への関与を強める中国 後追しするロシア】
“ロシアと是々非々で可能な範囲で協調していくべき”というのはもっともですが、現実問題としてはウクライナ問題に伴うフィンランド、スウェーデンのNATO加盟、ロシアと中国の関係強化によって、ロシア・中国対NATO・欧米という対立構図は先鋭化しつつあります。
****新たな“地政学的戦場”になろうとしている北極海 中国の野心を後押しするロシア****
米中対立や台湾有事、ウクライナ戦争など世界は再び大国同士が対立する時代に回帰している。そして、これまでその対象地域とは認知されてこなかった場所が新たな戦場となろうとしている。(中略)
周知のように、世界のあらゆる地域に先行して北極海は地球温暖化の影響を強く受け、海氷面積が著しく縮小し、ホッキョクグマが生活できる場所がなくなるなど北極の生態系が破壊されつつある。一方、それによって北極海航路の開拓、北極海に眠る資源へのアクセス(世界で未発見の石油の13%、天然ガスの30%があると言われる)が現実味を帯び始め、エネルギー資源欲しさに国家間の競争が激しくなっている。
冷戦以降、北極海の管理については1996年のオタワ宣言に基づき、その沿岸8カ国(米国、カナダ、アイスランド、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシア)が主体的な役割を担ってきた。
中国が台頭するにつれて北極海への関与を強めることに、沿岸国の間では懸念が拡がっていったが、そこには共同で北極海を管理しようという多国間協力があった。しかし、中国が2018年1月に初めて北極白書を発表し、その中で経済的利権を獲得するため「氷上のシルクロード」構想を打ち出すなど米中間の亀裂が深まり、ロシアがウクライナに侵攻したことで状況は一変した。
その後、ロシアは欧米諸国からの経済制裁に遭い、多くの欧米企業がロシアから撤退するなど、グローバルサウスの諸国が安価になったロシア産エネルギーを購入する動きが拡がっているが、ロシアの中国への経済依存は強まっている。
それは北極の資源が欲しい中国にとっては都合がいい話で、今後北極開拓を強化すべく、中国のロシアへの投資はいっそう拡大するだろう。両国は今年4月、北極海の沿岸警備で協力を強化することで合意し、最近では両国の艦船が米国アラスカ州のアリューシャン列島付近の海域で大規模な哨戒活動を行った。中国は経済と安全保障両面から北極海への関与を強めている。
ロシアが中国の北極海への関与を後押しすることになり、北極海は新たな地政学的戦場になろうとしている。これまで北極海の管理で主体的役割を担ってきた北極評議会は、既に機能不全に陥っている。それどころか、ウクライナ侵攻直後の昨年3月、ロシアを除く北極評議会の7カ国は、ロシアとの協力を停止することを発表した。
今年4月にはロシアと1000キロ以上にわたって国境を接するフィンランドがNATOに加盟したが、今後スウェーデンも加盟することから、それによって北極評議会ではロシア以外は全てNATO加盟国となる。
北極に眠る資源の獲得や航路開拓を巡って、中国の北極海への関与はいっそう強くなろう。しかし、それを巡って米国はこれまで以上に懸念を強めており、米中露を中心とする北極海を舞台とする地政学的戦いはいっそう激しくなるだろう。【8月26日 治安太郎氏 まいどなニュース】
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【ロシア 中東などグローバルサウスを北極海航路に引き込む動き】
ロシアは欧米の厳しい経済制裁に対して、中国との関係強化に加え、北極海とグローバルサウスの国々をむつびつけることで活路を見出そうとしています。
****ロシアの生存戦略 北極海とグローバルサウス****
北極海航路はアジアとヨーロッパを結ぶ最短航路で、スエズ運河周りのルートよりも30%以上距離が短くなります。北極圏で生産した液化天然ガスなどがこの航路ですでに運ばれています。
北極の氷が温暖化の中で減少する中で、ロシアは海洋国家としての未来を北極海航路の実現にかけています。ウクライナの軍事侵攻によって、ロシアとほかの北極海の沿岸国、アメリカ、カナダ、ノルウェーなどとの対立は激化、しかしロシアは、北極海航路の実現を計画通り進めるとして、2035年までに輸送量を今の4倍以上の2億7千万トンにするとの強気の姿勢を崩していません。
その中核となっているのが、国営の原子力企業ロスアトムです。ロスアトムが北極海で担うのは、洋上船舶型の原子力発電所を配備するなどして沿岸のインフラを整備すること、将来的には15の洋上原子力発電所を北極海航路に沿って配備するとしています。
そしてもう一つは、原子力砕氷船の配備を特に氷の厚い東側で進め、北極海航路の通年運航を実現することです。今は7隻ですが2026年には9隻に、2030年代には13隻まで増強する計画です。
(中略)ロスアトムは世界最大の原子力企業で、ウランの濃縮から発電、再処理、そして核廃棄物の貯蔵まですべてを行う能力を持つ国営企業です。ソビエト時代は中型機械省といわれ核兵器の開発、生産にも深く関与しています。ロシアが占領したウクライナのザポリジェ原発の運営もロスアトムが行っています。
しかしロスアトムは企業としては、アメリカや日本などの制裁リストには入っていません。それは世界の原子力発電の原料である濃縮ウランの生産はロスアトムが世界の45%程度を占めていて、アメリカも含めて世界の原子力発電はロスアトムの濃縮ウランに依存しているからなのです。
アメリカは今もロシアから濃縮ウランの輸入を続け、十億ドルをロスアトムに支払っています。プーチン政権としては、北極海航路の主体となる企業をロスアトムとしているのは、欧米からの制裁を受けにくい体質を利用しようとしているのかもしれません。
今、ロシアとロスアトムが北極海航路に引き込もうとしているのは中東などいわゆるグローバルサウスの国々です。先月、プーチン大統領の故郷、サンクトペテルブルクで国際経済フォーラムが開催されました。かつてはエネルギーを中心にロシア市場への投資や参加を狙う欧米や日本の企業が大挙して参加していまいた。
しかしロシアのウクライナへの軍事侵攻で欧米企業の姿は消えました。その会場で今年目立ったのは中東やアフリカなどグローバルサウスからの参加者です。中でも中東のUAE・アラブ首長国連邦はフォーラムのメインゲストとして大挙して代表団を派遣しました。
アラブ首長国連邦はほかの中東諸国と同様、ロシアに対する経済制裁には参加していません。欧米や日本の航空会社がロシアへの就航を取りやめる中で、首都アブダビはロシアと世界をいまだにつなぎ、人と物の行き来を支える拠点となっています。
ロスアトムは、UAEの政府系の世界的な貨物輸送会社・DPワールドと、経済フォーラムで北極海航路を利用した貨物輸送や投資で協力するという協定に調印しました。DPワールドは世界各地で貨物の輸送や港のターミナルの運営も行っており、アフリカにも拠点を拡大し、カスピ海を通じたロシアや中央アジアからインド洋にいたる南北の物流の拡大にも取り組んでいます。(中略)
DPワールドとしては、欧州とアジアを結ぶ最短ルートである北極海航路に早めに関与することで、将来的な競争力を高める思惑があるでしょう。
一方ロスアトムは、欧米との対立と厳しい制裁の中で、インドや東南アジア、中東、そしてアフリカなどグローバルサウスの国々へ主要な輸出品、エネルギーなど資源や食料の輸出を増やすとともに、北極海沿岸の開発を進めるためにも世界的なDPワールドのネットワークを利用して、グローバルサウスから北極海航路の開発に必要な物資や技術、資金を取り入れようという思惑があるものとみられます。
4日 上海協力機構の首脳会議がインドの議長で、オンラインで開催され、イランが正式加盟国となりました。イランの加盟には、北極海航路や中国の進める一帯一路など東西の回廊にロシアからカスピ海、中央アジア、イランを経由してインド洋にいたる南北の回廊を結び付けようという中ロの思惑もあるでしょう。
ただインドが初めての上海協力機構の議長国であるにもかかわらず、対面ではなく、オンラインにしたように、グローバルサウスの国々も欧米の対ロ制裁には同調しないもののどこまでロシアに関与するのか、ウクライナへの軍事侵攻が続く限り、その関与には限界があることを示したともいえるでしょう。
北極海航路は温暖化で北極海の氷の面積が減少したことが一つのきっかけとなっていますが、もう一つは冷戦が終結して、壁に閉ざされていた東西の物流が開かれたということも大きな契機となりました。しかしロシアのウクライナへの軍事侵攻によって、欧米とロシアが厳しく対立し、北極海航路の実現に強気の姿勢を示すロシアですが、北極海航路をめぐる地政学的な状況は厳しくなったといえるでしょう。
米ロの核兵器が最短距離で向かい合うのも北極海です。冷戦時代から氷に覆われた北極海は、米ソの原子力潜水艦がお互いに追尾しあう場です。今は氷が解けて、海上でもロシアとアメリカやカナダ、ノルウェーなどNATO加盟国の対立の最前線という軍事的な性格を強めています。
米ロの核兵器が最短距離で向かい合うのも北極海です。冷戦時代から氷に覆われた北極海は、米ソの原子力潜水艦がお互いに追尾しあう場です。今は氷が解けて、海上でもロシアとアメリカやカナダ、ノルウェーなどNATO加盟国の対立の最前線という軍事的な性格を強めています。
国際協力が必要な問題も話し合う場だった北極評議会はロシアとアメリカの対立の中で機能不全に陥っています。
微妙なバランスの上に成り立つ北極海の自然環境の保護や温暖化対策そして少数民族の保護など、国際協力が必要な問題は山積みしています。地球全体に影響を与える北極海を守るためにもどのようにロシアと対話を継続していくか、難しい課題となっています。【7月6日 石川一洋 専門解説委員 NHK】
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アメリカなど欧米とロシアの対立が深まる中で、“アメリカも含めて世界の原子力発電はロスアトムの濃縮ウランに依存している”というのは興味深い現実です。
温暖化の進行による北極海の利用価値の増大は、ウクライナ侵攻に伴う国際的対立によって、また厄介な問題を惹起しつつあります。