(アニメ「ブルカ・アベンジャー」【2013年8月25日 CNN】)
【子供を守るために、命がけで闘う女性教師「ブルカ・アベンジャー」 教育施設を狙った攻撃は両国で2000年以降に約1300件あり、児童ら700人超が死亡】
もう5年半ほど以前になりますが、2013年8月9日ブログ“アフガニスタン タリバンが和平交渉に意欲 女性教育についても方針転換か”で、日中はごく普通の女性教師「ジヤ」が夜の訪れとともにブルカをまとい、女子校を閉鎖しようとたくらむ武装勢力の首領や汚職まみれの市長と戦うアニメ「ブルカ・アベンジャー」(ブルカ戦士)の話題を取り上げたことがあります。
「「ブルカ・アベンジャー ジヤ」の戦いは今も続いているようです。
****パキスタン 過激思想、アニメで対抗****
■闘う女性教師「ブルカ戦士」に託す歌手
学校がテロの標的にされてきたパキスタンで、子供たちを夢中にさせ、教師を奮い立たせたアニメのヒロインがいる。黒い伝統衣装の「ブルカ」で変身し、忍者のように夜の闇を駆ける。知恵をもたらす本を盾にして攻撃を防ぎ、ペンを武器に敵を打ち負かす。
作品は「ブルカ・アベンジャー」(ブルカ戦士、全52話)。パキスタン初のテレビアニメで、田舎町に住む女性教師ジヤ(「信念」の意)が主人公だ。教え子たちが、女児への教育を禁じるイスラム武装勢力の攻撃や勧誘に遭うと、ブルカをまとい、敵の前に舞い降りる。「正義と教育のために」。そう宣言して、ピンチを救う。
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<襲撃で900校閉鎖>
アニメを制作したパキスタン人のハルーン・ラシッドさんは宗教や政治のタブーに踏み込む歌で知られ、「ハルーン」の名でアルバム数百万枚を世界で売り上げた人気歌手でもある。
映像作品が持つ影響力にも関心があり、武装勢力の襲撃で女子校を中心に母国の900校が閉鎖された実態を知って、教育現場を舞台にした作品をつくり始めた。
知人のアニメーターや技術者を集めて会社を設立。7話分を完成させた2012年10月、北西部スワートで学校閉鎖に抗議していた当時15歳のマララ・ユスフザイさん(後にノーベル平和賞受賞)が、武装勢力に銃撃された。
ハルーンさんは英米で過ごした幼少期や留学時に出自や信仰に基づく偏見を経験しており、「目の前に迫った脅威を広く知らせたかった」。残る45話を半年で完成させた。
テレビ局や広告主に作品の意義を説き、13年夏に放映にこぎ着けると、人気が沸騰。学校を狙ったテロにあえぐアフガニスタンやイスラム教徒が多いインドネシア、インドでも好評で、アフガニスタンでは都市部の児童の8割超が視聴したとされる。
あらすじを紹介する動画は投稿サイト「ユーチューブ」で800万回近く再生された。米誌タイムはこの年、主人公のジヤを「最も影響力があるフィクション作品の登場人物」の1人に選んだ。
作品が共感を呼んだのは、敬遠されがちな宗教絡みの話題を、かみ砕いて視聴者に届けたからだ。ハルーンさんは「笑いを織り交ぜながら、本質に迫っていくアニメの利点」を意識したと振り返る。
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<「私たちの分身」>
ジヤの姿に自らの教師生活を重ねる人は少なくない。スワートの女子校に勤める女性教師グル・カンダナさん(48)もその一人だ。「ブルカ・アベンジャーは子供を守るために、命がけで闘う教師に光を当ててくれた。ジヤは私たちの分身のようだ」と語る。
08年6月、女子校の閉鎖を求める武装集団の男ら約15人に校舎が襲われた。カンダナさんは放火しようとする男らに「教室を焼く前に私を焼いてみろ」と叫んで抵抗した。その時は男らを追い返したが、2カ月後に校舎や自宅にロケット弾を撃ち込まれ、子供3人が負傷した。
治安が落ち着いた1年後、村々を訪ねて保護者を説得し、ようやく学校を再開できたという。
カンダナさんは今も、匿名の電話や手紙で「息子をさらう」といった脅迫を受けている。それでも、「教育は過激思想に対抗する心のワクチンだ。決して絶やさない」とひるまない。
アフガニスタンの反政府勢力タリバーンや過激派組織「イスラム国」(IS)の支部は、紛争で孤児になったり、貧しさから親元を離れたりした子供に近づき、自爆テロ犯として利用することが多い。アフガニスタンでは日に60件前後のテロや戦闘がある。
ハルーンさんは不十分な教育や福祉政策が社会に不満をもたらし、過激思想が入り込む隙を残していると考え、「(政策の停滞は)人々の怒りが政治に届いていないからだ」とみる。
「おかしいと思ったら目を伏せず、タブーでも話題にする。良い社会を作る力の源は、声を上げることを恐れない勇気だ」と訴える。
そんな「信念」を託したジヤの物語は近く映画にもなる予定だ。ジヤの活躍が、さらに多くの人々に勇気を与えることを、ハルーンさんは期待している。
■保守的慣習、女性の教育機会奪う
パキスタンやアフガニスタンでは長く、女性の教育機会が奪われてきた。国連によると、15~24歳の女性の識字率はパキスタンで約66%(14年調査)、アフガニスタンでは約32%(11年調査)=グラフ=だ。
ともに保守的な習わしが根強い地域があり、思春期の女性は家族以外の男性との接触が制限され、父親の許しなしでは外出もしづらい。女性用の通学バスや校内のトイレがまれな田舎では、進学はさらに難しい。
また、イスラム急進派には男性優位の考えから、女性の進学や社会進出を嫌う勢力もある。
米メリーランド大の統計では、男女共学の学校など教育施設を狙った攻撃は両国で00年以降に約1300件あり、児童ら700人超が死亡した。
男女格差を表す国連開発計画の17年の「ジェンダー不平等指数」では、160カ国のうちパキスタンは133位、アフガニスタンは153位とされている。【1月1日 朝日】
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【授業の途中で雨が降ったら傘をさすか近所の家々に避難して自習】
しかし、「ブルカ・アベンジャー ジヤ」の奮戦にもかかわらず、厳しい現実が立ちはだかっています。
****「校舎がない」炎天下の青空教室 パキスタンの教育の実情****
中国のシルクロード経済圏構想「一帯一路」で建設ラッシュに沸くパキスタン。その陰で、子どもたちの教育がなおざりにされている現状もある。
パキスタン北部の町アボタバード。この町は2011年にアルカイダの指導者ウサマ・ビン・ラディンが米軍に殺害されるまで潜伏していた場所だ。
パキスタン政府はここが過激派組織の聖地化することを恐れ、現在建物は取り壊されてその痕跡は見られない。10年前にはテロ発生件数が約4千件にも及んだが17年には約370件にまで減少した。テロの発生件数に反比例する形で同国のGDPは右肩上がりとなっている。
中国の「一帯一路」構想により、パキスタンから中国へ延びるカラコラム・ハイウェイはまさに建設ラッシュだ。町を歩いているとすれ違いざまに「ニーハオ」と声をかけられる。(中略)
アボタバードから車でさらに2時間ほど北上すると坂道が増え、カラコラム山脈の裾野マンセラ郡に入る。マンセラ郡一帯は05年の大地震で犠牲者は8万人にも及んだ。学校施設は5722校が半壊・全壊し、13年経過した現在も半数近い2418校が再建されていない。(中略)
「山崩れで道がふさがっている。この先は歩いて行こう」とドライバーに言われ、山を登ること1時間、ドライバーが「あれが学校だよ」と指さした。そこには200人ほどの女子生徒たちが炎天下、地面に座って授業を受けていた。「校舎はないのか」と村人に尋ねると、「05年の地震で倒壊してしまったよ」と遠くを見つめながら答えてくれた。地震で6人の生徒が犠牲になったという。
この青空学校は12~16歳の女子生徒270人が登録する歴とした公立学校だ。数学を教えるラビア先生(28)は都市部で4年間教壇に立ち、行政からの任命で学校に赴任した。辞令を受けた時は校舎がないことを知らされておらず、初めてこの学校を訪れた時は言葉を失ったという。(中略)
(断崖絶壁の通学路を毎日往復するビビシュケリアさん(左)と妹)
6年生のビビシュケリアさん(14)はほかの生徒より2学年遅れている。理由を聞くと、父親が小学校の通学手続きの時期をよくわかっておらず、1年遅れてしまったのだそうだ。さらに、5年生の時に弟が生まれ、面倒を見るために留年せざるを得なかったという。
地方は教育への意識が低いと言われるが、家事や子育ての役割を担う女性は特に教育を受ける機会が少ない。民家に電気は届いているものの、ガス・水道はなく、一日に何度も湧き水を汲みに行くのはビビシュケリアさんのような女の子の日課となっている。
「校舎がないと男の人に見られるのですごく嫌です」とビビシュケリアさんは言う。
「授業の途中で雨が降ったら傘をさすか近所の家々に避難して自習です。先生が一緒に来た時だけ勉強できます」(ビビシュケリアさん)。
NGO国境なき子どもたちパキスタンで現地代表を務めるジャベッド・イクバルさん(38)は「地方独特の文化に加えて、校舎がないという劣悪な環境のため、この学校の出席率は著しく低いです。女子教育には親の理解と適切な教育環境が重要となってきます」と話す。
同NGOではこれまで140校以上の再建に取り組んできた。現在もこの学校のほかに11校の再建を計画中だ。
「一帯一路」政策による5兆円にも上る中国の巨額投資。高速道路で移動時間が短縮され、発電所建設などでインフラが整っていく。だが、経済優先の陰で、13年間も校舎のない学校に通わざるを得ない子どもたち、そしてその学校にさえ行けない少女たちは取り残されたままだ。【2018年12月10日号「AERA」 清水匡氏】
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【課題は、子どもたちをまず学校に行かせること】
2013年8月9日ブログでは、アフガニスタン紛争の和平交渉に関する期待と併せて、タリバンの女子教育に対する姿勢の変化の可能性も取り上げました。
5年半が経過して、和平交渉の方が進展していないのは周知のとおりですが、タリバンの考え方に関しても、その後情報を目にしません。
結果、アフガニスタンでも厳しい現実が続いています。
****アフガニスタン 子どもの半数、370万人学校に通えず 女子の割合60%、一部地域で85% ユニセフ、報告書発表 ****
ユニセフ(国連児童基金)が本日(2018年6月3日)発表した報告書「学校に通えない子どもたちに関する世界イニシアティブ:アフガニスタン国調査(原題:Global Initiative on Out-of-School Children: Afghanistan Country Study)」によると、アフガニスタンの7歳から17歳の子どもの約半数にあたる370万人が学校に通っていません。
学校に通っていない子どもの60%を占める女の子
アフガニスタンでは、継続する紛争と国内全土の治安状況の悪化に加え、根深い貧困問題と女の子に対する差別により、学校に通っていない子どもの数は、2002年以来初めて増加しました。
学校に通っていない子どもの60%を占めるのは女の子で、彼女たちは不利な立場に置かれるだけでなくジェンダーによる差別も受けています。
最も影響を受けている県Kandahar、Helmand、Wardak、Paktika、Zabul および Uruzganの中には、学校に通っていない女の子の割合が85%にのぼる県もあります。
報告書は、避難生活や児童婚もまた、子どもが学校に通う機会に著しく影響を与える要因だと述べるとともに、また女性教員の不足、不十分な学校設備、そして紛争の影響を受ける地域では治安上の問題も、教育の提供に影響を及ぼし、子どもたち、特に女子を教室から遠ざける要因になっていると指摘します。
「すべての子どもたちの教育を受ける権利を実現するため、アフガニスタンには、今までと同じことをし続けるという選択肢はありません」とユニセフ・アフガニスタン事務所代表アデル・ホドルは述べました。「学校に通っていない子どもたちは、虐待、搾取、徴兵や徴用といったさらなる危険に晒されるのです」
学校に行かせることができれば、希望も
数字は憂慮すべきものですが、一方で前進と希望もあります。報告書によれば、中途退学率は低く、初等教育課程を開始した子どもたちの85%は最終学年まで修了し、中等教育前期課程を開始した男の子の94%が、女の子の90%が最終学年まで修了します。課題は、子どもたちをまず学校に行かせることなのです。
「私たちはアフガニスタン政府に対して、2018年を教育の年として宣言し、教育を優先させることを提案します」とホドルは言います。「子どもたちがより良い人生を送るために、そして社会で積極的な役割を果たせるようになるために、必要とされる適切な学習機会を提供するための新たな決意が、今こそ求められています」とホドルは付け加えました。
この課題を解決するためには、早期学習機会の提供とともに、学習プログラム促進や家族の教育への関与を強めること、コミュニティの共有する建物や自宅での授業など、コミュニティを基盤とした教育の提供が求められています。
こうすることで通学途中にハラスメントを受けたり、紛争に関連した事故に遭うといった安全面の問題を軽減できることは、特に女の子にとって重要です。
今年5月に政府が発表した調査報告「アフガニスタン生活実態調査2016-2017年(Afghanistan Living Conditions Survey, 2016-17)」は、過去20年間における、おとなと若者の識字率の著しい向上を強調しています。15歳から24歳の若者の識字率は、2005年の31%から2017年の54%に上昇しました。
「子どもたちにとって学校に通うということは、ただ教室に座っているだけでなく、それ以上のことを意味します」とホドルは言います。「それは日々の生活に、日課や日常、安定を与えるもので、国内全土が情勢不安である状態において賢明な投資と言えるのです」
子どもたちのために投資を
報告書は、国家データ機関の強化と能力開発には時間と投資が必要ということを認めた上で、政府と市民社会に対して学校に通っていない子どもたち、特に女の子の問題に取り組むための決意と行動を、引き続き要求しています。
通学途中の子どもたちを危害から守るということに加え、報告書は下記の4点を重要な行動として示しています。
学校に通っていない女の子の割合が比較的高い県を対象に、宗教的指導者や他のグループとの協力のもと、子どもたち、特に女子教育の普及を啓蒙すること
女の子が学ぶ施設に、トイレや手洗い場、安全な飲料水など、基本的な安全と保健基準を満たす施設の設置を徹底すること
女性の教員を採用し、能力の向上を図ること
児童婚の問題に取り組むこと 【2018年6月3日 ユニセフ】
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【マララさんの学校も開校 今は塀に囲まれ、防犯カメラと銃で守られているが・・・・】
こうした現実の中、昨年3月、女子教育の重要性を訴えてイスラム過激派の襲撃で重傷を負ったノーベル平和賞受賞者のマララ・ユスフザイが故郷パキスタンを訪れたことが話題になりました。
****マララさん、パキスタン後にし再び英国へ 学業終了後は帰国と明言****
故郷パキスタンに一時帰国していたノーベル平和賞受賞者のマララ・ユスフザイさん(20)が2日、4日間の感動の帰郷を終え、再び英国へ向かった。
マララさんは29日、極秘に計画されていた故郷のスワト渓谷訪問を実現。同地に戻るのは、2012年にイスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動(TTP)」に銃撃されて以来、5年以上ぶりとなった。
首相官邸で歓待を受けたマララさんはテレビ放送された演説の中で、いつか帰郷することが「夢」だったと涙ながらに語った。
マララさんは訪問中、同国最大の民放ジオ・テレビとのインタビューで、2012年と現在のパキスタンには「疑いなく違いがある」と述べるとともに、「状況は良くなっている。人々は団結しつつあるし、より良いパキスタンのための活動も続いており、人々は積極的だ。とても素晴らしい」と話した。
また将来、首相を目指したいと話しているマララさんは「学業を終えたらパキスタンに戻るのが私のプランだ」と答えている。
パキスタン北西部は米国などから、依然武装勢力の安全な隠れ家となっていると非難されている。弁明に追われるパキスタン政府はスワトを、過激派との長い戦いにおけるサクセスストーリーと位置付けてたたえており、マララさんの訪問も非常に象徴的な機会となった。
パキスタンを離れて以降、人権擁護の世界的シンボル、また女子教育活動家となったマララさんは、2014年にノーベル平和賞を受賞。英オックスフォード大学で勉学に励むかたわら、女子教育推進活動を続けている。【2018年4月2日 AFP】
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マララさんの故郷には、マララさんの資金提供で女子学校が開校したそうです。
****故郷にマララさんの夢実現 女子学校開校、パキスタン****
2014年に史上最年少でノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさん(20)が故郷パキスタンに建てた女子学校が今年3月、開 校した。
地元に「学校を」と受賞演説で語った夢を実現させた。建設されたのは西部カイバル・パクトゥンクワ州シャングラ地区。【2018年4月13日 共同】
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ただ、開校した学校敷地は高さ2mの塀で囲まれ。10台の防犯カメラが設置され、銃を持った警備員もいます。
「ブルカ・アベンジャー ジヤ」が戦う必要がなく、雨が降っても傘をさすことなく従業が受けられ、マララさんの学校がもっと開放的になれるような日に向けて、今年が一歩でも二歩でも前進できる一年であるといいのですが。
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