(バンサモロ自治地域【ウィキペディア】)
【ミンダナオ島のバンサモロ自治政府樹立への動き】
フィリピンに関しては、南シナ海で続く中国との緊張が注目されていますが、その件はまた別機会に。
フィリピンの内政問題に目を転じると、南部ミンダナオ島に多いイスラム教徒の分離独立運動が長年フィリピンの問題としてあり、歴代政権が対応に苦慮してきました。
モロ・イスラム解放戦線(MILF)などの武装勢力との軍事的衝突も続きましたが和平合意になんとか漕ぎつけ、紆余曲折はあったものの、自治政府樹立へと動いています。
****バンサモロ自治地域*****
イスラムミンダナオ・バンサモロ自治地域(BARMM)は、フィリピンのミンダナオ島西部からスールー諸島にかけて広がるムスリム(イスラム教徒)の多い地域である「バンサモロ」に2019年に成立した自治地域。
1990年に成立したイスラム教徒ミンダナオ自治地域(ARMM)に代えて、「バンサモロ自治地域」を作るという提案は、フィリピン政府とモロ・イスラム解放戦線の間で2012年に調印された和平合意準備である、バンサモロ枠組み合意に基づくものであった。
この地方は、フィリピンの地方の中では唯一、独自の「政府」を持つ。またキリスト教国のフィリピンの中では独特の歴史・文化を持っているが、経済的には最も貧しく、治安も安定していない。バンサモロに相当する地域の人口は、2015年国勢調査で約378万人。(中略)6州とコタバト州の一部から構成される。(中略)
第二次世界大戦前のミンダナオ島
フィリピンの歴史において、ミンダナオ島、特に西部地区は他の地域とは異なった国家を長年にわたり構えており、独自の文化とアイデンティティを育んできた。(中略)
アメリカ植民地政府やフィリピン・コモンウェルスの下で、ミンダナオ島全体にルソン島やビサヤ諸島のキリスト教徒が入植し、ムスリムはミンダナオでも少数派となっていった。
イスラム教徒と政府の衝突、ARMMの創立
第二次世界大戦後フィリピンが独立すると、フィリピン政府は国民を統合し単一国家を作ることを目指したが、慣習的なムスリム法のもとで暮らしてきたこの地のモロ人たちはこれを同化政策と見て反発した。(中略)
1970年代からはフィリピンからの分離独立を求めるモロ民族解放戦線(MNLF)とフィリピン国軍との間の武力衝突が続発した。
1986年のエドゥサ革命で、ミンダナオへのキリスト教徒の移民を推進しMNLFとの内戦を行ったマルコス政権が倒れた後、フィリピン政府はムスリム共同体との話し合いやMNLFとの和平協議を進め、1989年に「自治基本法」が成立しミンダナオにムスリム自治区を設ける憲法上の根拠ができた。
政治的対立や混乱の中、ミンダナオ島西部・南部一帯の州と市で、新設される「イスラム教徒ミンダナオ自治地域」(ARMM)への加入に賛成するかどうかの住民投票が行われた。(中略)
しかしARMMへの加入に賛成多数だったのはラナオ・デル・スル州、マギンダナオ州、スールー州、タウィタウィ州の4州だけであった。不完全な自治にすぎないというMNLFによる反発の中、ARMMはこの4州だけで1990年11月6日に発足した。式典は自治地域の首都とされたコタバト市で行われた。
フィデル・ラモス大統領のフィリピン政府と、ヌル・ミスアリ率いるモロ民族解放戦線(MNLF)の間では、1997年7月に和平協定が成立し、和平工程が開始された。
和平に反対するモロ・イスラム解放戦線(MILF)の勢力の増大、2000年のジョセフ・エストラーダ大統領による和平協定破棄、フィリピン国軍とMILFの武力衝突など、和平に逆行する動きが続いた。
2001年、以前の住民投票でARMM入りを否決した州や市へARMMを拡大するための新法が成立したが、マラウィ市とバシラン州(イサベラ市を除く)だけがARMM入りを希望した。
イスラム教徒との和平プロセスと、バンサモロ自治地域の創立
(中略)
2014年3月27日、政府側のアキノ大統領とMILFのムラド議長に加え、仲介役を務めたマレーシア首相ナジブ・ラザクなどの立会いの下、マラカニアンでバンサモロ包括合意が調印された。この中で、バンサモロの法的地位を定めるバンサモロ基本法(英語版)の制定などが目指されている(中略)
バンサモロの成立
2018年7月26日、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領が「バンサモロ基本法」に調印、2019年1月21日にARMM住民に対してバンサモロ基本法の成立を問う住民投票が行われ(中略)、投票の結果、バンサモロ自治地域を成立させるバンサモロ基本法は批准され、同時にコタバト州の西部の町村に属する63のバランガイがコタバト州に属したままバンサモロ自治地域に編入されることが決まった。
2月22日にはバンサモロ暫定自治政府(バンサモロ暫定移行機関)が発足、2月26日にイスラム教徒ミンダナオ自治地域はバンサモロ自治地域へと移行した。【ウィキペディア】
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まっすぐに事態が進んできた訳でなく、多くの反発、逆行する動き、中断などもありましたが、そのあたりの話は煩雑になるので省略しました。
上記の動きについては、このブログでも断片的に取り上げてきましたが、バンサモロ基本法の成立を問う住民投票の頃については、2019年1月22日ブログ“フィリピン・ミンダナオ島 イスラム自治政府発足に向けた住民投票 重要な課題も”などでも取り上げたところです。
対応にあたったドゥテルテ大統領はミンダナオ島出身で、イスラム教徒住民の事情、合意の必要性を熟知していることもあって、ドゥテルテ大統領主導で自治政府樹立の実現に向けて前進しました。このあたりはこれまでのルソン島出身大統領とは違います。
【来年5月の議会選挙で議院内閣制の自治政府を樹立】
暫定とはいえ、自治政府の誕生は、長年にわたり紛争の絶えなかった同地域の和平の実現の大きな一歩となります。
正式なバンサモロ政府は、2022年の選挙を経て樹立されるとされていました。
当初は2022年ということでしたが、選挙に関する経緯は把握していませんが、議院内閣制の自治政府を樹立する議会選挙は来年5月に行われることになっています。
長年政府と武装闘争を展開し、和平合意に向けても主導的な役割を果たしたモロ・イスラム解放戦線(MILF)は、選挙を通じて自治政府の実権を握ることを当然としてしてきましたが、選挙情勢はそうしたMILFの思いとはやや異なり、劣勢も予想されていす。
ただ、ここにきて少し“追い風”も。
****イスラム勢力が劣勢挽回も フィリピン最高裁決定、選挙影響****
フィリピン最高裁が11日までに南部ミンダナオ島の和平合意に基づくイスラム自治政府の領域からスールー州を除外すると決めた。
議院内閣制の自治政府を樹立する来年5月の議会選挙で、かつて政府軍と戦ったモロ・イスラム解放戦線(MILF)の政党は苦戦が予想されていたが、ライバル弱体化で追い風を受けそうだ。
選挙に参加する政党のうち優勢とみられていたのは、各地の有力な氏族が集まりスールー州のタン知事を首相候補に推す「大連合」。最高裁決定により、大連合は同州の票田を失い、タン氏も出馬できなくなった。「政治的な決定」との見方も出ている。
マルコス大統領は和平プロセスが順調に進んでいると強調してきた。だがMILFは最終段階の武装解除に応じておらず、選挙で大敗すれば治安悪化を招く恐れがある。
自治・統治研究所のバカニ所長は「大連合は過半数を取る可能性が高かった」が、同州除外で「選挙戦は互角になった」と分析。「大統領が(和平の)成功を宣言しており、波風を立ててはいけないが政府の立場だ」と解説する。【9月11日 共同】
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イスラム自治政府の領域からスールー州を除外するという最高裁判断は今後に大きな問題を生じさせる可能性があります。
****「スールーを除外」 BARMMから、最高裁が判断****
最高裁がスールー州をMARMMから除外する決定を下す。関係者からはバンサモロ分断の懸念も
最高裁は9日、2019年のバンサモロ基本法(BOL)承認の可否を問う住民投票を経て発足したバンサモロイスラム自治地域(BARMM)から、スールー州を除外する決定を下した。同決定は直ちに法的効力を持つ。
スールー州は19年のBARMMへの参加に関する住民投票で反対票が上回っていたが、同州が属していた旧ムスリム・ミンダナオ自治地域(ARMM)全体として賛成多数だったためBARMMの構成州に編入されていた。
判断文を書いたのは、2012年の政府・モロイスラム解放戦線(MILF)の枠組み合意で政府首席交渉官を務めたマービック・レオネン首席陪席裁判官。この判断には関係者からは当惑の声が上がるとともに、来年に自治政府発足に向けた選挙を控えるなかバンサモロの分断につながる懸念も表明されている。
最高裁は、スールー州をBARMMから除外する理由を、「ARMMの構成州・市を一つの地理的まとまりとして取り扱えるというBOLの解釈は、憲法10条18条の『住民投票に賛成した州、市、および地理区域のみが自治地域に含まれる』という条文に反する」と説明。
一方で、BOLとBARMMの設置自体については合憲と判断。「同地域をフィリピンから切り離すものではなく、外交権や主権を与えるものでもない」と指摘し、「より大きな自治権が与えられていることは、中央政府からの分離を意味しない」とした。
BOLに対する違憲審査請求は、スールー州のアブドゥサクル・タン知事が「ARMMを廃止するためには改憲が必要だ」などとして2018年に提出していた。
▽BARMM解体の懸念
BARMMのナギブ・シナリンボ前自治大臣は「この判断は、BOLに明示されていない脱退の選択肢を導入したのと同じ。他の州や市がスールー州に続く可能性もある」と懸念を表明。「あらゆる植民地主義に抵抗してきた13のイスラム教民族・言語グループの結束というバンサモロ概念の『死』につながる恐れもある」とした。
バシラン州選出のムジフ・ハタマン下院議員は、BOLの合憲判決については歓迎しながら、「バンサモロはスールー州なしでは完成しない。この地域の結束と包摂を促進するわれわれの努力に対する手痛い一撃だ」とした。(後略)【9月11日 日刊まにら新聞】
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イスラム勢力に対抗して「大連合」を率いてきたスールー州のアブドゥサクル・タン知事が自治政府に関してどのような立場なのかは把握していません。
【長年政府との闘争、和平合意を主導してきたモロ・イスラム解放戦線(MILF)の気になる対応】
一方、モロ・イスラム解放戦線(MILF)は選挙前の武装解除に応じていません。
****比、和平合意の武装解除拒否 イスラム勢力の元交渉団長****
フィリピン南部ミンダナオ島で、モロ・イスラム解放戦線(MILF)の交渉団長として政府と和平合意をまとめたモハゲル・イクバル氏(77)が24日、共同通信と単独会見した。
議院内閣制の自治政府を樹立する議会選を来年5月に控え、現状では元戦闘員の最終的な武装解除に応じられないと説明。対抗勢力との間で武器を保持したままの選挙戦になると指摘した。
政府軍と戦闘を続けてきたMILFは2014年、中央政府と包括和平合意を結び、武装解除に同意した。日本政府も和平を仲介してきた。
議会選ではMILFの政党は、各地の有力氏族の政治家らが結集した「大連合」に苦戦しそうな情勢だ。【9月25日 共同】
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議会選でMILFの政党が負けた場合、ひと波乱ありそうな雰囲気も。