家訓は「遊」

幸せの瞬間を見逃さない今昔事件簿

ハイザー西高

2008-02-09 10:48:25 | Weblog
我が家の敷地の中で道路に枝がはみ出している木が何本かある。

1本目を倒した。

道幅を裕に越えてガードレールにザザーンという音と共に倒れた。

「車が来ないうちに片付けなくては」と急ぐがけっこう重い。

ズルズルと引きずって道幅の広いところで細かく切ってから空き場所に投げ込む。

2本目は小さかった。

それでも道を完全に塞ぐ。

そこに軽トラが来てしまった。

おじいさんとおばあさんが乗っていて私が片付けるまで笑いながら待っていてくれた。

道路はちょうどカーブになっているので見えないところに妻が見張りとして立っていた。

3本目を切っているときK爺さんが駆けつけて来た。

私のチェーンソーがうまく切れないのを見て

「どう。オレがやってみすか」と言って動き始めた。

兼帯(ケンタイ)と呼ばれるオノとノコギリのセットからそれぞれを駆使して倒してしまった。

真打登場

私がその木を小さく切って捨てると、もう次の木が倒れている。

見張り役の妻は何も言わないが、もう片方からも車が来ないうちにという焦りとK爺さんのハイペースに追われた。

「防戦」という言葉が頭に浮かんだ。

そして何故か高校時代の応援歌「ハイザー西高ハイザー西高フレーおーおー」
と口ずさんでいたのであった。

合計7本倒し、倒せないほど大きいものは枝だけを落とした。

「午後は小さい木を払って終わりにしましょう」K爺さんが勝手にし切って午前の部は終了した。

午後は1時間ほどで終わった。

道路は明るくなり大型車が枝に気をとられることもなくなった。

地域に貢献できたような気になれたし身体的疲労はそれを物語る証拠のような気がした。