家訓は「遊」

幸せの瞬間を見逃さない今昔事件簿

初めてのロクロ

2011-09-04 08:44:24 | Weblog
連日の雨で体の奥にマグマが溜まっているようだ。

体を動かして出す汗はなく、それでいて同じ量を食うのだからエネルギーが溜まりすぎで爆発したがっている。

友人の陶芸家が「窯を開けた」というので見に行った。

そこへお客さんが。

医師二人とアメリカからの留学生だ。

彼らが陶芸の初体験を済ませて帰った後余った土で私もロクロ初体験をさせてもらった。

ニュルニュルとした土の感覚。

土の真ん中に親指を入れると「スッ」とくぼみが出来て広がる。

土が軟らかくも固くも感じられた。

「摘むようにして持ち上げる」と聴いて、その通りにしたつもりだったが強く持ったため千切れてしまった。

指先を濡らしておかないと土も思うように形作らせてくれない。

掌に大切に包み静かにだがキッチリと意志を伝える。

なんだか人間関係の様でもあるなと感じた。

ロクロが回るから土は変化していく。

しかし、その速度は自分で調整できる。

急に決まった初ロクロ。

造りたい物のイメージもなく始めた。

やってみて出来てきた物を見て初めて「ここを、こうするか」と浮かぶ。

だが所詮素人。

「もうこれで良しにする」と中途半端なところで終了とした。

それでも土の塊は、もう生まれたての器となっていた。

湯のみかなと思っていたら、ぐい飲みだねと言われた。

焼きによって収縮することを忘れていた。

大事にやったつもりだったが既に傷の様なものが付いていた。

爆発したがっていた私の体だったが汗一つかくことなく、そのエネルギーを消化できたようだ。

重労働するばかりが発散ではないことを実感した。

自分で作るということの満足感は、たいしたものだ。

たとえいびつな器が出来たとしても、それはそれで愛おしく思える。

陶芸は「作り方も出来た物も愛だな」と初めての感想を持った。

陶芸を生業としている友人には、そのことは話していない。