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フェルメール作品メモ(#19) 真珠のネックレスを持つ女

2008年10月20日 | フェルメール

Woman with a Pearl Necklace  「真珠のネックレスを持つ女」
c.1664, oil on canvas, 51.2 x 45.1 cm
Inscribed on the tabletop : IV Meer (IVM in ligature)
Staatliche Museen zu Berlin, Berlin, Germany


鏡の前で若い婦人が真珠のネックレスの紐を結ぼうとしている。 彼女は白テンの毛皮の付いた黄色いジャケットをエレガントに着ている。 テーブルの上に化粧ブラシや小さい洗面器があることから、彼女がトイレで忙しくしていることを示している。

トイレにいる婦人というテーマは、17世紀後半のオランダ絵画ではポピュラーなものだった。 Gerard ter Borch (1617-1681)やGabriel Metsu (1629-1667)などの絵では、その意味するものはなまめかしいものだった。 この点で、フェルメールのこの絵は理解しにくいものである。 最初、右前の椅子の上にリュート(恋のシンボル)があったが、後で消しているのは、恋の暗示が余りにもあからさま過ぎたせいかも知れない。


若い婦人が鏡を凝視して、真珠のネックレスのリボンを手でピンと引っ張って、結ぼうとしている。 白テンの毛皮の付いた黄色のサテンのジャケットをエレガントに着て、頭髪はOrange-redの星形のボウで飾られ、テーブルの上には(暗い布で部分的に覆われて隠れているが)洗面器と化粧ブラシがあり、彼女は身づくろいを完了する直前のように見える。 光は鉛ガラスの窓から室内に射し込んでいる。 そのシーンは日常生活の見慣れたものだが、あたかも若い婦人が初めて鏡で自分を見たかのように、全ての動きは止まってしまっている。

部屋の隅に立っている一人だけの婦人という構図は、1660年代中期のフェルメールの他の3作品、 「#15/手紙を読む青衣の女」 (1663 ‐64)、 「#16/天秤を持つ女」 (c.1664)、 「#18/水差しを持つ女」 (1664-65)に似ている。 しかし、彼はこの絵の緊張感のある構図に、違ったレベルの情緒的なエネルギーを与えている。 何も無い広い壁の白と、カーテンと婦人のジャケットの黄色が、青と黄土色が主体の他の作品には見られない色の強さを与えている。 最も重要な違いは、穏やかに眺めているのではなく、彼女が積極的にそうしようとしている眼差しの力強さにある。 彼女は鏡で部屋中を見ており、彼女の眼差しは構図の中央の空間の全てに行き渡っている。

トイレに居る婦人というのは1650/1660年代のオランダ画家達にとって、ポピュラーな主題であった。この絵の構図に最も近いのが、Frans van Mieris (1635-81)のパネル絵「Young Woman before a Mirror 」(c.1662)である。 明らかに全体的なコンセプトは似ているが、テーマには著しい違いがある。  Van Mieris の絵では、薄暗い部屋、婦人の物憂いポーズ、大きな襟ぐりの服、物欲しそうな限差しは淫猥さに満ちており、宝石箱を婦人に渡そうとして上目使いの召使いの黒人少女が待ち受けているが、フェルメールの婦人は貞淑で自制心があるように見え、如何なる動きも見せないポーズで一人で立っている。

Van Mieris の絵にはテーブル上に折り畳まれた手紙があり、テーマが恋に関係する事を、そして鏡は恋のうつろいを示唆している。 しかし、鏡の暗喩の意味は、単なる「視覚」から「自尊心/虚栄心」まで、真珠の暗喩の意味も「信仰、純潔、純粋」から「飾り立てる狡猾な女の世界まで、PositiveなものからNegativeなものまで多種多様でフェルメールの絵では、真珠のネックレスで身を飾ろうとして鏡を凝視する婦人の動作はNegativeな「虚栄心」であると解釈されているが、他にNegativeなものを示唆する構成要素が無いことから、更に、澄み切ったイメージからPositiveな「自覚と真実」であるとも考えられる。

フェルメールの最も特徴的な才能の一つが、殊に注意深く考え出された風俗画で、明白な意味を持つジェスチャーや物体を描くことを避けて、ムードで意味を伝えようとした為に彼の真の意図が理解しにくい点である。 あたかも聖餐式で聖体(パンと水)を捧げ持つ司祭のように明るい陽光の中に立つ婦人の平穏さは、フェルメールがこのイメージをNegativeな意味で創り出したという可能性を忘れさせる。


この絵の中性子放射能写真で、フェルメールが構図に多くの注意深い修正を加えている事が発見された。 前景の椅子の上の楽器、恐らくはリュートを消し、更に婦人の後方の壁に掛けた「#24/画家のアトリエ」(c. 1666 ?67)のものと同様な地図を消し、逆にテーブルから垂れ下がった暗い布はタイルフロアーを今ほどには覆ってはいなかったのである。

テーブルの下の明るい部分の大半を隠してしまった布の形の変更によって、鑑賞者の注意をもっぱら上側の陽光に満ちた空間に集中させるようにした。 地図とリユートの削除は構図を単純化する一方で、テーマを純粋さと真実で生きる人生の理想を呼び起こすような詩的なインージに変化させている。 即ち、現実世界を意味する地図と、官能(肉欲)的な恋を意味する楽器は、鏡と真珠の意味をPositiveというよりもむしろNegativeに釈するべきである事を示唆している!


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