明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



思えば様々な渡世の人物を作って来た。特に隔月で4年続いた都営地下鉄のフリーペーパーの表紙など守備範囲を超えた人物を作った。特集場所とそこにちなんだ人物が決まると、2か月の間に著作や伝記を読みながら人形を作り、特集場所を調べ撮影し。そもそも都営地下鉄駅周辺に絵になる場所が少ない。どうやってこの人物をここに立たせれば良いのだ。武士が特集人物になるのも恐れたが『坂本龍馬と大手町を歩く』。トンチでも効かせないと立たせられない。『植村直己と板橋を歩く』街中にただ立たせて絵になる人物ではない。週刊誌の私のなりたいもの特集で、乞食に扮した人である。何匹ものエスキモー犬を戯れつかせた。古今亭志ん生は、お銚子にコップと決まっているのに、交通局から飲酒表現はNGと、湯呑みに変えることになった。志ん生ファンには〝こいつわかってねぇな“と思われたろう。何がいいたいかというと、鎌倉五山第一位建長寺の開山、蘭渓道隆師の場合〝こいつわかってねぇな“では済まされない。 だがしかし、こう振り返ってみると、何やっても良い、というのは案外退屈だったろう。



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