明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



『タウン誌深川』編集長より喜んで頂いた旨のメール。撮影現場を見た人が一番違いが判る。最後芸者衆を手配したのが功を奏した。やはり粘れば良いこはとが必ずある。土俵には顔から落ちないとならない。 ウチには三つの観音開きの本箱がある。昔ヤフオクで入手したのだが、一つが内側に薄緑の布が張ってあり、二つ目がグリーンのダイヤガラスであった。それならと三つ目も緑の布を張った。しかしそのうち本が溢れだし、観音開きの前に平積みしだしたらもうアウトである。観音開きや緑の布やダイヤガラスは埃や紫外線から本を守るというより私から本を守る結果になってしまった。扉の向こうに在るのが判っているのに図書館にまで出かけるばかばかしさ。 という訳で、お察しの通り、本日何年ぶりかでご開帳とあいなった。身に合わないスカした真似をするとこういう事になる。

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 アートコレクターズ(生活の友社)引用の美学 存在しないものを撮る 石塚公昭

『石塚公昭 幻想写真展 生き続ける作家た18年7/25~9/2 リコーイメージングスクエア銀座ギャラリーA.W.Pyoutubeこ
2016年『深川の人形作家 石塚公昭の世界』 youtube  

『タウン誌深川』“明日できること今日はせず”連載12回『大つごもり 樋口一葉

 


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やることかないと判っていながら未練がましくデータを眺めてしまうが、それでも何かしら改良点が見つかり、しつこくて良かった、と思う訳である。 ようやく主役の撮影。最近の陰影を出さない手法は今まで主役の撮影で神経使っていたのに、向きさえ決まってしまえば後は念のために二十カットほど撮ってしまえば終わりである。自分で考えたことは、自分に向いているように、出来ている。ただし造形自体の出来がそのまま出てしまうのだが。いかにも寂し気な夜の風景になったが、タウン誌の表紙と考えるとあまりにも愛想がない。行きがけの駄賃に宿屋の二階に芸者を四人ほど手配した。影だけなのでお茶の子である。コレだけで大分華やかになつた。完成と言いたいが、まだ噛んでいれば味が出そうなので送信はしない。

 

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 アートコレクターズ(生活の友社)引用の美学 存在しないものを撮る 石塚公昭

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 ※『タウン誌深川』“明日できること今日はせず”連載12回『大つごもり 樋口一葉




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日頃本当のことはどうでも良いといっている。なにしろ被写体自体が本当でないのだから、わざわざ宣言するまでのこともない。良くいっているように、作った表情のためなら背景を左右反転させることなどどうといことはない。しかし、どうでも良いことの中にもどうでも良くないことがある。昨晩、『タウン誌深川』の、完成したはずの画像を眺めていた。後は主役を持ってくれば良いはずであったが、この辺りがちょっと、とやっていたら、異母兄弟みたいな背景が出来てしまった。どちらにするかで印象は変わって来る。甲乙付けがたい。主役を配してみて、それでも決めかねたら、何十年もそうしてきたように麻布十番に走れば数秒でかたが付く。 しかし一晩明け改めて見ると、やはり余計な事、いやより手をかけた方が可愛いのは当然のことである。今度は本当に決めた。余計なところが気に言っているのだから。

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久し振りにトラック運転手の連中と飲む。正月三日以来であろう。アートコレクターズ誌(生活の友社)特集〝引用の美学〟が届いたので持っていった。蛸に絡まれた画狂老人葛飾北斎が掲載されている。 本物の蛸のリアルさに耐えるため、先月も道端に寝ていて通報されパトカーに乗ったばかりの元ドライバーの爺さんに白粉塗りたくり百六十センチに満たない身体を百八十センチの北斎の身体に使った。着物も本物使おうと、三日に酔っ払って私の頭をペンペン叩いた男に着物を着せて使った。口癖のようにウチの会社はブラックですから、と言うのだが、ハタから見るとブラックな連中が集まったから、ブラック企業ではないのか?陶芸家の河井寛次郎の詩に〝鳥が選んだ枝 枝が待っていた鳥〟というのもある。それはともかく。結果として全くイメージ通りの作品になった。美術誌に載ってしまった訳だが、観る人にとっては、被写体の出自、品質はどうでも良いことであろう。ただし蛸だけは前日活け締めされた瀬戸内海産の上物を使用している。

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アートコレクターズ(生活の友社)引用の美学 存在しないものを撮る 石塚公昭

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昨日のパワーショベルは、ショベル内で、ズタボロのヤクザがまるでゆりかごの赤ん坊のように安らかに死んでいるイメージである。それに想定していなかった若い作業員も登場してもらいたい。 三島由紀夫が絵画そのまま演じて見せた『聖セバスチャンの殉教』は『仮面の告白』から多くのアイデアを貰っている私としては、本人がやっていなかったら、当然私がやっていただろう。というより、私がこういう事をしたら、三島にウケるだろう、と発想した元がこれだったのかもしれない。たぶん三島の頭部を作りながらブツブツ言っていたはずなので、いずれ調べてみたい。 何年前だったろうか。突如『聖セバスチャンの殉教』の別角度から撮られたカットがニューヨークだっかで発見された。三島本人が手紙と共に送付した物で、局部も露わな〝特別ヴァージョン〟で、三島はとにかく誰かに見せたくてしょうがなかったに違いない。国内で披露する訳にはいかず海外の〝同好の士〟に送り付けたのではなかろうか。

月刊アートコレクターズ (株式会社 生活の友社)『引用の美学』インタビュー石塚公昭〝存在しないものを撮る〟

 

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『タウン誌深川』表紙用作品の背景がおおよそ完成した。この人物で深川をテーマとするなら、これをもって決定版とするつもりでやっている。まるで高田浩吉が三味線抱えて現れそうな風景である。 くつろいでいると、外で道路工事をしている音がする。アイデア浮かぶ。三島由紀夫の『男の死』で確認しているのは澁澤龍彦責任編集『血と薔薇』(薔薇十字社)に掲載された聖セバスチャン他数点で、後は証言から類推するしかない。石塚版とは趣旨は違うもののどうしても被らざるを得ないのがヤクザ者の死である。亡くなる直前、彫り物師に連絡取りながら果たせなかった三島の無念は私が晴らせた?しかし死んでいる所はまだである。そこでカメラを持ってアスファルトを掘り返しているパワーショベルのショベル部分を撮らせて貰った。気の良さそうな若者に話かけられ重機マニアを装う。余計なことは知らない方が彼のためである。 アスファルトの下からヤクザ者の死体が掘り出されるとはおかしな話ではあるが、そもそも私のやっている事自体がおかしな話なので、かまうことはない。人の死体が掘り出されたのに平然と作業する人達。こんな三島好みの人達に囲まれ死んでいるなんて。制服ならぬ作業服だけれども。

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『タウン誌深川』次号は表紙も担当することになったのだが、当初久し振りに人形を手持ちで撮影しようと考えていたが、再起第一戦がそれでは、片付けばかりで傷付いた心身が癒やされようもない、結局例によってややこしい事を始めてしまった。 何も作らないでいると、やたら眠くてしょうがなかったのだが、案の定、頭冴えわたり朝まで眠気起きず。夜コンビニで買い物を済ませ、門をくぐる時、部屋を見上げ、作るベきものが待っていると思うと得も言われぬ幸福感に満たされる。幼い頃からお馴染みの物質が溢れ出て来る訳である。最も、部屋にはサンタの贈り物みたいな袋がまだあるけれども。

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それにしても、部屋の片付けを嫌々やっているせいであろう、なかなか日が進まない。なんて長い一月であろう。それでもさすがに先が見えて来たので、あろうことか楽しく感じる一瞬もある。ボクサーがパンチを食らった感じか。 古い薄くグリーンがかった焼酎グラスが出てきた。これは太宰治に使う事にしよう。横に酌婦をはべらせ、だらしない感じにしたい。現在はともかく、昔の作家の肖像写真は、作家とカメラマンとの力関係がどうしても鼻につく。先生を撮らせて頂いている感が拭えず。その点私の場合、いかに森鴎外であろうと、ちょっとトイレに行くから、そこで待っておれ。何ならついでに飲みに行ってくるぞよ、と。 鴎外といえば、制作する事になった時、私がやるからにはただ文豪にするのは芸がない。そこで陸軍医総監の派手なベルサイユの薔薇みたいな礼服にしたら面白いのではないか。脚気論争が有名だが、脚気菌の存在を信じた鴎外が白米食を止めなかったせいで兵隊が随分死んでおり、死ぬまで鴎外は認めなかった。ビタミンはまだ発見されてはいなかったが。 ところが軍の礼服はよくできていて、結局偉くなってしまった。白い大きな羽根飾りの付いた礼帽をあの顔にかぶせれば目的を達したかもしれないが、せっかく作った頭の形が隠れる事が我慢出来ず。つまり自分が作ったが故の欠点が出てしまった。これが一介のカメラマンだったら「閣下お帽子もお願い致します」。といっただろう。

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私にとって江戸川乱歩と三島由紀夫は労せずしてイメージが湧く両巨頭である。ただし三島の場合は最初から『男の死』以外にやりたいテーマは一つもない。特に初の書き下ろし小説『仮面の告白』はイメージの宝庫であり、私は〝仮面〟無しの正直な告白ととらえ、作品にかこつけ作者を描く、という私の試みには最高のモチーフであった。おかげで三島を汚穢屋の青年にし、肥桶から糞尿ならぬ血液をぶちまけ死んでいるところを制作した。なぜなら、幼い頃、坂を降りてくる肥桶を担いだ逞しい汚穢屋の青年を見て〝彼に惹かれ「私が彼になりたい」という欲求を覚えた〟と書いているからである。「先生私にお任せ下さい。」という訳で制作した。薔薇十字社版ではさすがに魚屋が腹に出刃包丁刺して魚をぶちまけることでお茶を濁している。三島はスタジオで魚のヌラヌラをことさら身体に擦りつけたに違いなく、ぶちまけた魚の中には見ただけで顔色を変えた蟹は入っていなかったのも間違いないだろう。 それにしても自決の一週間前まで様々なコスプレをし、断末魔を演じていた三島の想いを受信し制作しようというのが、よりによって〝感心されるくらいなら呆れられた方がマシ〟などとヌカしている私だというのは困ったものであるが、やはりこのテーマにおいては、三島本人にウケることしか考える事は出来ない。

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三島由紀夫が魚屋やヤクザや体操選手、その他いかにも三島好みの、つまり文学とは無縁で逞しい人物になりきり、恍惚として死んでいるところを篠山紀信に撮影させた『男の死』はあの凄絶な死に世間が震撼している所に放たれる二の矢となるはずで、そこでザマアミロ、となる事を三島は想定していただろう。事件の一週間前に、森田必勝を伴い作品のチェックに篠山の事務所を訪れた時、あんな嬉しそうな三島さんは見た事がない、と企画者の内藤三津子さんに伺った。 奥さんの反対で未刊となってしまったが、私はその事実を知らず、三島が様々な状態で死んでいるところを作ったら、さぞかし三島にウケるだろう、と思っていて、三島本人にすでにやられていたことを知った時の驚きは、〝やっぱりな〟という気分と共に忘れられない。その後三島の孫が高校を卒業したら出版される、などの噂を耳にしてはタイミングの天才、篠山紀信の影に怯えながら、制作を急いだ。寝床に本を並べ寝心地を悪くし、睡眠時間を削る方法を考えたのはこのためであった。結局は出版される可能性がない事は今は判っている。三島の願ったタイミングで出なかった以上、封印されたままの方が三島にとっても良いと今では思っている。 一方私の場合は作中描かれたり、言及したり、そこから発想した死に方に限っているが、個展で描けなかった唐獅子牡丹を背負った三島も制作出来たし、オンデマンドで小冊子にでも出来たら、なんてここでも書いていたので、来年やり残した新作と共に個展ができるとなればこんな嬉しいことはない。

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一日  


『金魚坂』のある本郷五丁目は、ひょっとして、と検索してみたら案の定、太宰が上京し、最初に下宿したのが現本郷五丁目であった。だからどうだ、という事もないが、検索する前から多分そうだと思っていた。こんな偶然はよくある。 金魚坂はクラシック調のカフェでもあるし、太宰と女給と並べて撮影してと思わなくもないが、最初嫌いだったが読んでいるうちに面白くなった。とはいえ、スカした男である、というイメージまで覆されてはいない。クラシックなカフェで格好付ける事は許す訳にはいかない。そういえば近所にスカそうとしてもスカしようがない居酒屋があったが。 太宰の写真は写される事を意識してばかりで、有名なルパンの林忠彦作品も資料としてお世話になったものの、俺も撮れといってあのポーズ。ついでにいえば、二ヶ月掃除していないだけの坂口安吾の部屋を見て驚いているのだから世間も案外チョロいものだ、と某人形作家はいっているそうである。

 

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昨日銀座のリコーに行き、そこから歩いて近い『ふげん社』を紹介いただいた。リコーの個展で購入頂いた『押し絵と旅する男』と『D坂の三人書房』が書籍の乱歩コーナーに飾られていた。私は乱歩で個展を、ということだと思っていた。次に行く所が和風だと思い込んでいたのでそれなら、と和紙にプリントした作品を持っており、話しのついでにお見せしたら『円谷な女(ひと)』(スマホでリンクの貼り方判らないので新HP参照のこと)が良いと言って頂き、かつて個展で一枚も売れなかったとお伝えしたのにもかかわらず、三島由紀夫の『男の死』を再び、ということに。このシリーズは、三島本人にウケることしか考えていない。三島ラストカットにこれしかない作品もイメージしていたが実現していない。来年一月か二月と言うことに。 細江英公の『薔薇刑』を展示したというギャラリーで思いもしなかった以外な展開にクラクラしながら次の本郷三丁目へ。 こちらは和風ではなかったが、予想通りだったのが、何度か書いた前言撤回の件である。『金魚坂』という元々金魚の卸問屋で、おそらくここへ行ってしまえば室生犀星作って『蜜のあはれ』を作りたくなることは判っていた。本物の金魚を使うつもりでいたが、映画に先を越されて断念していた。ここでロケした大杉漣の写真が。どんな金魚でも用意して貰えるそうであるし、そりゃあ〝おじ様〟は、室生犀星本人がやった方が良いに決まっている。

 

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小学校の宿題に関していえば部屋の片付け同様身体が動かないのであるから、一種の病気であり、いたわりこそすれ、先生もあれほど怒らなくても良かったのではないか。しまいには忘れ物が多く、宿題もやってきません、みたいな事が大きく書かれたサンドイッチマンみたいな格好をさせられ学内全教室を回らされた。今だったら大問題になりそうだが、その担任は後に某区の教育委員長にまでなっている。それはさぞかし傷付きトラウマとなり鶴田浩二の歌を耳にしたり、街でサンドイッチマンを見かける度、辛かったであろう、と同情される向きもあろうかと思うが、ご心配には及ばない。上手く出来たもので、何しろ宿題に全く興味がないので、恥ずかしさも沸いてこないのである。それにはやし立てながら付いて来る馬鹿共に腹を立てていた。その中の一人が私の次に同じ目にあうことになったが、死刑台に向かう死刑囚のように泣いて厭がり廃止になった。あいつがあんな調子になるのに私は平然としていたと、おかげで私の株が上がった。 株が上がったは良いが、今書いていて、そんな格好で授業中現れた兄を見て、我が妹は恥ずかしさにいたたまれなかったであろう事を今思った。何かと口うるさい妹だが、ある程度は仕方がない。 本日二カ所での展示が決まった。その件は明日。

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昨日『タウン誌深川』の編集長と共に表紙用撮影にでかけたが、イメージ通りではあったが光の加減が今一つ。あそこにある、と思い込んでいた物の場所がずれていた。結局二カ所の撮影位置だけ決め撮影は後日。かなり面倒で時間的にも厳しくはあるが、これだけ片付けをして(まだ終わっていないが)再起第1戦が、シャッター切ってフォトショップでチョイでは片付けで負った私の傷は癒えない。 知り合いのベテランデザイナーに私の制作ぶりをみてよく言われたものである。「プロはさっさと終わらせてさっさと遊びに行くんだよ。」そう言うもんかと思ったが、それは酒呑んだり遊んだりより作っている方が嬉しい人間には通じない。 小学校の低学年の時夢みたものである。何処かの王様に石の牢屋に幽閉され「宿題や算数なんかしないで良いからお前は一生ここで好きな事をしておれ、クレヨン粘土鉛筆いくらでもあるし、図書室もあるぞ」。今なら私はこういうだろう。「王様、宿題ちょっとやるから、その代わり部屋の片付けは、あそこに立ってるデカイ兵隊にやらせて!」

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子供の私には、ゴジラ(キンゴジ)と黒タイツ姿の力道山は完璧なフォルムを持っているように見えたものである。未だに大きめの煎餅が目の前にあり、人目さえなければ、チョップで割る誘惑に私は勝てない。ちなみに黒タイツは、力道山の力士時代、その稽古の厳しさに、後の〝土俵の鬼〟初代若乃花が脛に齧り付き、その傷痕を隠すためだった.、と二子山自ら語っていた気がする。小学生時代六年間、半ズボンで通したが、余りに寒い日は〝スッタカタ〟のアツギの黒タイツをはく事になり、鏡の前で〝力道山だ〟などとやったものだが、そんなある朝、ズボンをはかずにタイツのまま学校に向かってしまい気が付いて、慌てて引き返した。 このタイトルからしてお判りのように。昨晩深夜にジャージを脱いでオーバーコートを着てズボンをはき忘れコンビニへ。家に帰り、コートを脱いで気が付いた。しかし経験上私は知っている。例え社会の窓(今この言葉は通じるのか?)全開のまま一日気付かなくて帰って来ても、その時点で気が付いたなら、済んでしまった事に羞恥心は湧かないものである。小学生の私のように、〝最中〟に気付くのがいけない。

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