明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



ディアギレフを再開したが、随分大きい。もともと巨体のところへ持ってきて、厚手のコートを着せたせいである。このコートはディアギレフのお気に入りらしい。ボリュームのおかげで、ディアギレフの大頭が目立たないようになっている。作り始めるまでは、シルクハットを被せるつもりだったが、三体は作るつもりなので、今回はトレードマークの、髪の生え際の一部を白く染めた状態を見せることにした。

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材料を買いに銀座の伊東屋に行く。ついでに熱帯魚の餌を買いに、パウパウアクアガーデンへ。最近はフラワーホーン一筋で、他の魚を見ても感じない。綺麗な魚はいても、あれほど頭が良い魚は知らない。まるで水中犬である。 その後、青木画廊に『杉原玲子展』【没後23年】を観にいく。生前、青木画廊の個展を観たことがある。おそらくご本人も居られたと思うが、関係者が座って話していて、私はその一団に背中を向けたまま、一周して出てきた。当時の私には、そのくらい怪しい人達に見えた。 帰って一風呂浴び、ディアギレフにかかろうとするが、気が乗らない。TVで『ローレライ』を観てからと思うが、今のところはは、まだ。ローレライは最後まで観てしまったが、CGがセコかった。東宝の海戦物が観たくなる。

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はす向かいにあるビルでテレビのロケをしていた。今は新しくなり、一部がヨーカドーになってしまったが、昔はカーブした形から、よく警視庁がわりに使われたビルである。通りすがりに覗くと猿がいた。坂口憲二が猿回しのドラマをやると聞いたが、それだろうか。親父の“世界の荒鷲”ならともかく、と通り過ぎる。 必要なものをデータ化し、本郷にてデザイナーの北村さんに渡す。これでほぼ、私の役目は終了。一人2、3カットという物だが、10年の間に制作した作品を並べているので、なかなか濃い物になるだろう。前作の乱歩本で、類書が無いと言った人がいたが、当然今回もまた。ここから北村さんの腕によって、意外な展開をみせることであろう。 10年も、よくこんなことを続けてきたと思う。それには部屋に己が姿が映る鏡など置かないことがコツだが、一方我が愛魚。水槽の前に置いた鏡にむかって、あいかわらず威嚇をしている。おかげで随分と体色が鮮やかになってきた。鏡を使って遊んでやるのが、綺麗なフラワーホーンに仕上げるコツだと、海外のブリーダーが言っていたが、本当であった。

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一日  


風濤社に現時点で必要なプリント、データ類を持っていく。これで私の作業としては、イメージカットを用意するだけである。デザイナーの北村さんからは、表紙のテスト版をみせてもらう。なんだか洋書のよう。若干心拍数上がる。

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佃島  


プリント、データなど、明日、印刷屋に渡すものがそろった。K本は8時閉店だが、40分ほどあるので、キンミヤこと、亀甲宮焼酎を2,3杯放り込んでこようと出かける。 常連は、ひとしきり盛り上がったそうだが、昨晩のNHKアーカイブス『佃島』。私もたまたま見ていて録画した。たしか私が生まれた1ヵ月後のフィルムであった。 私の関心は、佃の渡しである。母の実家が明石町側の船着場から百メートルくらいの所だったので、祖父に連れられ何度も乗った。もっとも乗っただけで、佃に上陸した記憶がない。番組では、漁師町であるはずの佃も、すでに魚が獲れずに海苔を採っていたし、佃煮用の魚も地元で獲れた物ではなくなっていた。当時の隅田川の臭いはまるでドブであった。この十数年後には、ハゼを釣っていて、急に背骨が曲がっていたり、お岩さんのような御面相の物が釣れだし、また大量の魚が浮いていたりして、気味が悪くなり釣りを止めた。現在の隅田川はドブ臭くは、ない。

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田村写真にて、田村さんには休日にかかわらず、一日プリントをしてもらった。 今まで使っていたエクタルアという印画紙が製造中止になって久しく、作家シリーズも新たな紙を使う。中には10年を経たネガもあり、田村さんの新たな解釈が加わり、私がみても新鮮な仕上がりとなった。コクトーは、先日撮影したものとの組み合わせを考え、以前撮った未プリントのネガから撰んだ。50年代のフランス映画風にということで、まさにそんな感じになり喜ぶ。たまに私らしからぬ、計算が行き届き、考え抜かれた撮影のように見えるネガがあり、どうして、こんなことをしたのか良く判らないことがある。もっとも結果さえ良ければ、私が寝ている間に妖精がシャッターを切ってくれていたのだとしても、何でも良いのである。

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粘土などの材料を買い、帰ってきて、角の煮込み屋K本をチラッと覗く。4時の開店時間なので、荷物を置いてから来るかどうしようかと思ったら、階下に住む映画関係の常連Yさんが、すでに良い色になっていて、目が合った。まあいいかと入る。 しばらく飲んでいると、初めてらしい中年カップル。そこそこ汚しも入った年頃である。とくに汚しが入った女の方が、煙草をプカプカさせながら「焼酎のお湯割り」そんなものはない。「じゃロックで」それもない。だいたいホッピーや酎ハイに氷が入っている店とは訳が違うのである。ついでに生ビールも領収書も無い。ここで飲んでると、つい溜息がでてYさんに笑われるが、それはどちらかというと、湯船に浸かっているときの溜息に近い。 先日、神田の居酒屋で飲んだ。古くからある店のようで、作家のサインなどが飾ってあり、ムード満点。値段も安いし美味しい。ところが客がダメである。地元の画廊主など、旦那連のようだが、下町文化でござい的な雰囲気が鼻持ちならない。最悪は、工務店の何代目かなのであろう。口調がまるで噺家で、私がいた3、40分の間に、「私なんざ、ただの職人ですから」と4回も言いやがった。私が女王陛下からライセンスをいただいていたら、あいつをブッ飛ばすところである。ただの職人は、そんなことは決して口にしないのである。

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デザイナーの北村さんから、こんなイメージカットが欲しいと言われているのだが、まだ数日猶予があるので撮っていない。どこかに挿しはさむカットらしいが、そんな気楽で楽しい撮影も、撮ってしまったら終わりである。焦らすことにしよう。 焦らすといえばディアギレフである。苦労した頭部も出来ている。作りたいのを我慢して作品集関連のことをやっていたので、そろそろ限界が来ている。もしかしたら、私がもっとも幸福なのは、こんな時かもしれない。早く作りたいのに、ポケットに人形の首を入れて飲み歩いている時は、誰と何をしてようと愉快である。しかし、作り始めたら、楽しみの終わりはみえてしまう。昔と違うのは、この後に、撮影という快楽が、もう一山あることだが、初めに浮かんだイメージがだいたい良いことになっていて、浮かんでしまえば、この楽しみの終わりもみえてしまう。だから、なるべく考えないようにしているが、浮かぶ物は止められない。昔に比べると、頭部の完成に時間がかかるようになってしまったが、それに反して、イメージは即座に浮かぶようになってしまった。これは辛い時間が長くなり、楽しい時間が短くなったということである。頭部は、何人分も、平行して作り進めておくべきであろう。快楽の間を、なるべく空かないようにするには、それしかない。

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作品集に載せるテキストをメールで送信し、ホッとする。いいかげんウンザリだが、ウンザリは校正者のほうであろう。私が作った文章の達人等に対して、私がお粗末な文学論を展開したところで笑止千万なので、人によっては、その作品内容に、まったく触れていない場合もある。考えてみると妙な本である。 田村写真にて、再撮した作品など持っていく。この作家を、こう描くとは、誰も考えないであろう。いかがわしくもあるが、どうせならと、いかがわしい旧ソ連製レンズを使ってみた。この人物にソビエト製レンズというのは、なかなか愉快な組み合わせである。

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ドラマ『李香蘭』を観る。上戸彩の演技はともかく、チャイナ服姿が可愛いらしく、歌もなかなかがんばっていた。拙著『乱歩 夜の夢こそまこと』にて、明智小五郎役をお願いした、俳優の市山貴章さんが、バーのマスター役で渋く登場。 大変な時代であったが、その分、この人が『3時のあなた』で重信房子にインタビューしたんだと思うと、不思議な気がする。私は、松本清張が『疑惑』を書いて映画にもなった保険金殺人の荒木虎美が、生出演中、戸川昌子に追及され、怒ってスタジオから出てってしまった時の司会も、李香蘭こと山口淑子だとずっと思っていたが、どうやら緋牡丹のお竜こと富司純子だったらしい。

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造形  


出版の締切が延びたおかげで、例によって、もっと々の癖が出てしまい、なにかとやってしまうのだが、もういい加減、ディアギレフを作りたくなってきた。頭さえできていれば完成したも同然。手に何かを持っていなければ、大きさにかかわらず、おおよその造形は2日かかることはない。せっかく苦労して作った頭が乗っかっているのだから、制作をもっと楽しみたいと、ぐずぐず引き伸ばしているつもりでも、まず2日以内である。実を言うと1日という事さえある。もっとも、そこから乾燥に入り、靴など、足元を作り、手のディテールや、細かな仕上げをした後、着彩となるので、以降の作業には時間をかけるわけなのだが。頭のてっぺんから足先まで、同じテンションで作るべきではないと考えていることもあり、昔から、こんな作り方である。人に言っても信じないので、造形中をビデオにでも撮って、驚かせたいと思うこともあるが、私の口が半開きだったりして、人に見せられない状態だったらマズイので、試した事はない。

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先日、熱帯魚仲間の友人Hが、フラワーホーンを持ってきた。10センチくらいのオスと、Hが繁殖させた稚魚が約20匹。我が家に空いてる水槽があったからだが、こうして時々、粛清をまぬがれた魚がHのところからやってくる。このオスは、まれに見る大人しさで、稚魚を食べるどころか稚魚にヒレを突っつかれ驚いている。こんなフラワーホーンは珍しい。一方、ウチに以前からいるフラワーホーンのオスは、鏡を置いておくと、ずっと己が姿にケンカを売り続けている。 夜中に撮影。私は油断すると、すぐに写真を始めた頃に戻ってしまう。人間の脳は、見たものを補正して感じている。ファインダーを覗いていると嬉しくなってしまい、客観性を失いそれを忘れてしまうのである。反省して再び。今度は大丈夫。

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一日  


作品集はモノクロームなので、先日、田村政実氏に新作を数枚プリントしてもらった。例によって暗室も見学させてもらったが、相変わらずの技である。これを見て、何でも自分でやりたがりの私が、モノクロプリントを止めたのだが、あのまま下手なプリントを続けていても、ロクなことはなかったろう。危なく大変な時間をロスするところであった。作品集用に駄文を書いているが、澁澤龍彦を読んで、目指していた陶芸作家の道から逸れてしまった話を書いた。今思うと、陶芸に関しても、まったく才能がなかったので良かった。 ブレーキの性能に難がある私のようなタイプは、無駄なことをして一生を棒にふる事は簡単である。と言いながら、現在、棒にふってる最中じゃないかと言われれば、聞こえないフリをするしかない。

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