明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 

一日  


Kさんの23針縫ったという額を見せてもらったら、逆さ“へ”の字にムカデを貼り付けたようであった。机の角の形に見事な直角である。本人はもう懲りた、といっていたが。 個展が決まって3ヶ月、TVをまったく観ていなかったので、ネットで朝から『家政婦のミタ』を全話を観る。夕方、今年最後の洗濯をしていると、ロレツの怪しいKさんより呼び出し。今日もまた、懲りるどころか朝から飲んでしまったようである。飲ませる方も飲ませるほうだが、こうなったら止まらないし、家に送ろうにも帰らない。TVでビートたけしが『野ざらし』をやるというので放っておいた。 夜、LのIさんより、Kさんの携帯からメールが着た。前の店で痴話ゲンカがあり、巻き込まれて憤慨しているらしい。私は野ざらしのおかげで不細工な物を見ないですんだわけである。 Kさんにまつわる女性の中で、一番安心なのはIさんである。最後に相手をするのがIさんなら、怪我することもないだろう。付き合いの長いIさんは、Kさんが触りまくっても相手にせず放っている。なのでガス抜きがなされ、大人しく帰れるわけである。はたで見ていると子供が母親にじゃれているようにしか見えないが。昨日は1667469ブログ中6164位。明日は名古屋の兄弟宅に行くので、Kさんは今年最後である。



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忘年会の時に倒れてやはり聖路加病院直行の80歳のSさんは、酒こそ止められているが元気にしている。面倒みている小学校で育てたピーマン、ゴーヤなど持ってきてくれるが、今日は菊を湯掻いて冷凍した物や缶ビールなど持ってきてくれた。Sさんは菊を育てる名人で、この菊が見た目は濡れたティッシュペーパーを絞ったみたいなのだが、ポン酢で食べるとすこぶる美味で、食用菊よりはるかに美味しい。歯応えがこれを食べるしか味わえない物である。正月母といただくことにしよう。
この年の瀬に60過ぎの酔っ払いの話を続けるのはどうかと思うのだが。このgooブログはアクセスランキングが1万位以内になると順位が表示される。昨日は1667222ブログ中8176位である。一昨日は9690位。めったに1万位以内に入ることはない当ブログである。以前から薄々気が付いてはいたが、Kさんが登場するとアクセス数が上がるのは間違いがない。これでKさんが酷いことになればなるほど上がるのかは、そう遠くない将来判ることであろう。 Kさんが転んで額を切ったのは、どうやら部屋の中らしい。室内が血だらけだそうだ。おそらくコンビニまで助けを求めに外へ出て、店員が救急車を呼んでくれたのであろう。電話してきたときは階段で、といっていたから、本人は内も外も判っていないのだろう。本日は午後1時にメールが着た。聖路加病院の帰りだそうだが。「一杯いきますか?」。いい加減にしろ!と腹立つ前に笑ってしまった。 



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T千穂に行くと、マスターと女将さんがKさんから早朝5時に電話があったと‏怒っていた。それはそうだろう。そんな時刻の電話に良いことはない。家族全員起されてしまったそうである。しかし謎なのは、O田のYちゃんが泥酔したKさんを4時頃部屋に押し込んで、内側から鍵をかけさせたにも係わらず、直後に階段から落ちたということで、当然、外に出ようとしたことになる。可能性があるのは、6時から開いているT屋に行こうとしたのではないか、ということである。なにしろT屋のかみさんの大ファンである。聖路加で23針縫い、ズボンや靴まで血だらけなのに、家に帰ろうとせず、まずタクシーでT屋に直行する始末で、頭の状態を見てオバQみたいだ、とかみさんと中学生の娘に爆笑されている。T千穂の女将さんによると、その姿を見せにいったんだろう、という。60過ぎのジイサンと思うと理解できないが、小学生だと思うとわからないではない。好きなオバちゃんにボクの姿見て心配して、というところであろう。まったく呆れるしかない。 今回判ったことは、部屋に送り届けたとしても、事を起すわけで、もう処置なしということである。アパートを人に教えないKさんだが、Yちゃんが部屋まで連れて行ったおかげで、お母さんの遺骨と写真を紛失しなかったことだけが幸いであった。無類の女好きのKさんだが、その実は母恋しくて寂しがっているといったところだから、失くしていたら悔やみきれないところであった。

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Kさんと数日振りに会った。先日昔の彼女と偶然20年ぶりに会い、嬉しくて泥酔したままそこら中に触れ回った。これが同じ話を5分間に5回を1セットとして、それを延々とくりかえすから周囲は大迷惑である。しばらく大人しくしていたのだが、昨晩再び泥酔。今日はKさんが子供のときに亡くなったお母さんの命日だそうだが、何故か土葬を掘り返した際にとっておいた骨を持っている。さらに一緒に布に包んでいたボロボロのモノクロ写真。ケースに入れるでもなく骨と一緒に包んでいるから当然皺くちゃでビリビリ破けている。お母さんと写した唯一の写真だそうで、直せないか、というのだが、肝腎のお母さんの顔が欠けている。他の写真があれば、顔を合成して直せるといっておいた。 その頃にはすでにロレツが回らず。何を喋っているか判らないがO田のYちゃんとPへ。4時に方向が一緒なのでYちゃんが送っていくというので分かれた。後で聞くと、Kさんをなんとか部屋に押し込み、内側から鍵をかけさせて帰ったそうだが、寝ているところをKさんに起される。転んで額を切り出血。血だらけで救急車で聖路加病院へ。23針。今月鎖骨を折って救急車に乗ったばかりである。しかも治療の後、すぐ家に帰れば良いものを、止めるのも聞かず血だらけのままT屋へ。当然飲ませてはもらえない。肩のコルセットに加え、悲惨な姿になってきた。それにしても会った直後に死ぬのだけは止めて欲しい。せめて一緒に飲んだアルコールが抜けた後に。



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一日  


椎根和さんの事務所へ平凡パンチ時代の三島由紀夫の写真を拝見に行く。午後二時に広尾駅。電話で場所を伺い向かう。途中でもう一度。「東に向かって~」空を見上げて太陽を探す。それで東が判るなら方向音痴といわない。外まで迎えに来ていただきなんとか。 椎根さんの著書で見る三島の写真は、あきらかに他の三島と違う。筋肉に力が入っていない、特に目が違う。普段の表情はこんな感じ、気弱な時の表情はこんな感じ、などと伺う。チェーンスモーカーで常に煙草に火が点いている。鼻から煙が出ていたりもする。それにベタ焼き(フィルムを並べた密着焼き)で、選択から漏れたカットがまた貴重である。三島に重なって頭だけ見えている寺山修司。 勝鬨まで飲みに行かれるというのでご一緒する。40年通っているという、品の良い割烹着姿のお婆さんの店。白髪葱を添えた酢に漬けた煮干が美味。かつてのマガジンハウス、雑誌全盛時代の話を色々伺った。なんとも豪快な時代があったものである。かろうじて『ブルータス』の表紙になっている。 椎根さんと別れ、T千穂~T屋へ。T屋では興に乗った女性が両乳房を露出。



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昨晩、阿佐ヶ谷ロフトAに持っていく三島像を見ていて、直したくなったのは良いが、必用な絵の具がなくて、まだらのまま持っていくことに。 午後12時半に着き、到着早々紹介いただいたのは、オームの村井秀夫刺殺の徐裕行氏。2・26の青年将校のような人であった。開演前に演台の真ん中に三島像を設置。開演。舞台には鈴木邦男さんと4人の女性、パリ人肉食の佐川一政。鈴木さんの新刊『愛国と憂国と売国』『竹中労 左右を越境したアナーキスト』について。竹中労については再評価されることだろう。徐氏と私が演壇に呼ばれるが、徐氏が遠慮されるので、端っこ争いで私が負けた。『週間金曜日』で詳細は話されているようだが、刺殺事件に関しては、良くいわれる陰謀説を否定されていた。私は今回の三島作品『男の死』についてお話しした。二次会に白木屋。参加の女性が背中にまだ筋彫りの“唐獅子牡丹”私は三島で、トヨペットコロナで殴り込みの『昭和残侠伝』をやるつもりだが、刺青の質感を表すのは難しいだろう。散会後、阿佐ヶ谷は久しぶりなので、在住のベーシスト、タニヤンこと谷口さん宅にお邪魔して手打ちの蕎麦をご馳走になる。特に湯煎して煮詰めたというそばつゆが玄人ハダシ。これから集まりに50人前を持って行くという谷口さんと寺山修司の通称○に来た病院の前を通り別れ、看板もないKへ。他に2店舗経営する矢野さんが35周年記念で制作したCDのジャケ写を担当したことがある。今日見たら駅が随分変わっていたが、当時は合成などやっていなかったので、矢野さんや谷口さん等に人形を持ってもらい撮影した。後から入ってきた編集者の方に、97年の作家シリーズに転向して初めての個展を観たといわれ驚く。
http://www.kimiaki.net/asagaya-cd.htm



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力道山の作った日本プロレス出身のレスラーには山本小鉄、星野勘太郎、松岡巌鉄などと、時代がかったリングネームが多いが、すべて剣豪小説好きな“怪力”豊登が名づけ親である。上田の自伝によると、リングネームを付けてくれるというのでみんなで期待していると、猪木は死神酋長アントニオ猪木と付けられそうになり、死神酋長は勘弁してください、と泣き出した、とある。死神酋長というのは少年レスラーが主役の『チャンピオン太』出演時の役名である。http://www.dailymotion.com/video/xik9as_yyyyyyy_people
昔、上田は身体は大きいが暗い表情でリングサイドにいたのを覚えているが、私の所有する自伝には根性と直筆のサインがあり、生真面目さが伺われる。しかし実力はあるが、無表情でファイトスタイルが地味で、海外ではプロモーターからアピール不足を指摘される。そこで自分をピンで刺して、痛がる顔を鏡で見て表情を研究したというから不器用にも程がある。 日本のマット界は外人レスラーのギャラが高すぎるといっていたし、飛んだり跳ねたりのレスリングを批判していた。 いよいよ力道山の弟子も残り少なくなってきたが、中でも最後まで“力道山先生”を貫いた男としては、“原爆頭突き”の大木金太郎と双璧だったろう。不器用な、というと私には高倉健よりまず上田馬之助のイメージである。



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一日  


オキュルスの個展には、仕上げを済ませないまま展示した作品がある。写真の素材、という考えが強い数年を過ごしたせいで、とにかくプリント作品をと考えがちである。急遽仕上げ。色調も少々変更する。 『人斬り』松竹(69)を観る。岡田以蔵の勝新は得意な役どころであろう。安心して観られる。坂本龍馬役の石原裕次郎の妙な横分けヘアーはなんとかならなかったのか。『幕末太陽伝』でも前髪が気になったが、こちらはもっとヘン。田中新兵衛役の三島由紀夫。三島は『からっ風野郎』の冒頭の、ただ振り返るだけの演技でずっこけさせられるが、特に何気ない演技が苦手なので、極力そんなカットを排除した演出に思える。表情や動きの硬さも、人斬りゆえと思わせて乗り切る。自決の一年前のことで、イメージトレーニングは充分。唐突なハラキリシーンはさすがの迫力。

昔の彼女に20年ぶりに再開したKさん。そこらじゅうで触れ回っている。ロレツの回らない同じ話を延々とされ周囲は大迷惑である。夕方から飲む場合はそれほどではないが、朝から飲むのを止めないと、数年内に事故死は間違いないだろう。ああなると、誰にも止められない。まあたいした効果はないと思うが、一つ策を考えている。



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一日  


送られてきたファイルが文字化けしてしまう。拡張子はdocx。調べると旧バージョンのワードでは開けられないらしい。そういえば『中央公論Adagio』の時も、たしか別のXがついたデータが必ず文字化けしていた。表紙担当の私としては本文にかかわることだったので不都合はなかったが。ネットで検索して互換機能パックをインストールすれば大丈夫ということなのだが、どういうわけか、ページは開くが情報がない。何度インストールしても同じである。先方に状況を知らせたが時刻も遅い。明日の午後12時までにチェックして返送せよ、とのことだが、年齢と共に明け方に寝ようが午前中に目が覚める。問題はない。 今日はやりたいこともあったので、K本にもT千穂にも顔を出さなかったが、そうするとKさんよりどこで飲んでるの?とメールがきた。「なんだ、どこかで女と飲んでるかと思った」。「女々って中学生やKさんじゃあるまいし、やかましいわ!」。今日、検査に行った病院で、大昔付き合っていた女性と再会したらしい。そんな馬鹿々しい話をロレツの回らない状態で延々と聞かそうったって、そうはいかない。60過ぎたら、少しは人の話を聞く側になれってんだ。



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竹中労といえば十代の頃『琉球共和国―汝、花を武器とせよ』を読んだのと、晩年、癌に犯されながらTVの討論番組に出ていた記憶、それに父親の竹中英太郎といえば、江戸川乱歩、横溝正史その他の作品を彩った怪奇な挿絵には馴染みがある。というくらいなのだが、一気に読む。特に興味深かったのは、竹中の監修した芝居を、不敬だと怒った鈴木邦男さんが乱入し、芝居をめちゃくちゃにした話。そしてそれに関し、後年明らかになったドンデン返しな事実。鈴木邦男さんの体験的竹中論である。 私は子供の頃から人物伝の類が好きで、その延長上に、現在の人物像を作る仕事があると思っているが、ごく幼い頃は、伝記は現場を実際見た人が書いている、と思い込んでいた。結局大半は、“講釈師、見てきたようなウソをいい”ということなのだが、本書はそれ等の対極にある。

ここ毎年風邪をひくと咳だけが長く残る。昨日カラオケスナックで喫煙者に挟まれ良くなりかけた喉が悪化したが、本日もT千穂の忘年会でカラオケ。喫煙率が高いので、あまり喋れなかったが楽しく過ごす。帰りに女将さんにウガイ薬をもらって帰った。



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個展が終わったら三島関連以外の本を読もう、と思っていたが、なかなか抜いた刀を鞘に納めることができない。鈴木邦男さんからいただいた『遺魂』を読んだせいもある。事件から40数年経ち、椎根 和さんの『平凡パンチの三島由紀夫』と並んで画期的な三島本である。
恒例の忘年会。いつももっと押し迫ってやっていたが、全員都合が付く日が今日ということで急遽5人でT千穂へ。そこへ一日寝込んでいたKさん。すっかり回復して登場。それを見越して常連席から離れたところに席を取ってもらっていた。鍋を三人前お願いしていたが物凄い量。何が良いといって十代からの付き合いのわりに昔話はあまり出ない。Fさんはジョージ・ハリスンの映画が良かったそうだし、私以外は金工関係のせいで、日本刀の話などで盛り上がっていると焼酎の一升瓶はあっという間。カウンターのKさん、だんだんこちらに近づいている、と誰かがいう。そうこうしてKさんと何度か会ってるHが止めるのも聞かず、Kさんを引っ張ってきてしまった。Kさんが薩摩でMさんが会津だからというわけではないが、合うわけがない。そのHというのが勝手な奴で、Kさん放っておいて、ストラディバリの話などする。Kさん下向いてしまっているではないか。次の店に、と門前仲町まで行くが目当ての店は終っていて、川口の三人は帰り、HとKさんと私とで、Kさんなじみのカラオケスナックへ。近隣の住人はKさんをなるべく乗らさないようにしているというのに、乗らせるH。おかげで絶好調のKさんであった。まあ今晩はかろうじていってることが判るので、大丈夫であろう。



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朝T屋に行くとタクシー運転手のTさんが泥酔状態。かつて楯の会に入るのを身長が足らずに諦めた人である。学生時代はそうとう暴れた口で、鈴木邦男さんに会う、といったら「あのシトはいいよォ。いいなあ俺も会いたい」。この人も昔何とか会に入っていて。あとは書けない。その隣でシャツの上からコルセットのKさん。昨日の夜から酔いが覚めないまま飲んでいる。しかも懲りずに自転車できていて呆れる。 11時に高田馬場、某喫茶店の会議室。鈴木邦男さん、出版社の方、あとお二人。三島由紀夫へのオマージュ『男の死』について。作ることに関して質問され答える、ということだったので、なんとかなったのだろうか。鈴木さんは終始笑顔で楽しい方であったが、急に振り向いたら実は笑っていないんじゃないか?というような気配を感じつつ、実際はプロレスの話など交えながら楽しい時間であった。好きなレスラーは?と聞かれフリッツ・フォン・エリックと答える。馬場派であるというと、芸術家は様式美の馬場派が多いそうである。お話終って鈴木さんにお見せしたいと持ってきた、危ない写真のコピーと、たまたま昨日入手した日蓮宗の野口日主上人の掛け軸。井上日召の『血盟団秘録』によると上人曰く、「井上君、喋ったり書いたり、機運をつくるほうは、我々老人が当たるから、君は実施を」。実施とは、日本の支配階級ならびに準支配階級六千人の殺戮という国家改造計画であった。 帰りの東西線にKさんよりメール。もう文章になっていない。Mに行くとベロベロ状態。アルバイトの18才の娘にデレデレ。帰ろうといっても応じず。これで自転車乗ったらまた大変だ。とにかくT千穂まで連れて行き、自転車の鍵を預かってもらう。毎回怪我するのはこんな時である。先日レントゲンで骨がくっつき始めているといわれ治った気でいるが、腫れはさらに酷くなっており、常連のナースにその齢でそう簡単にくっつくわけがない。と彼女の勤める病院に行くことを約束させられていた。そしてみんなが止めるのも聞かず、本日二回目のパチンコへ出かけていった。すでに何をいってるか判らない状態だが、さらに寂しいと飲むのであろう。その様は村山槐多を年寄りにして、芸術味を引いた感じか。いやもっとたくさん色々引いた感じである。

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一日  


K本で4杯飲んだが、どうもサッパリ酔えない。荷物を置いてT千穂に行くと、Kさんがコルセットをジャンパーで隠すこともせず、カウンターで飲んでいる。私が酔っ払って自転車で転んで骨折したなら、カッコ悪くて、できるだけ内緒にするがKさんは違う。T千穂店内を歩き回り、「Kさんどうしたの?」客の若い女性に聞かれようものなら、なぜこうなったかを身振り手振りで楽しそうに説明している。まったく懲りていない。このコルセットがついこの間、三島を2・26の将校に見立てた作品を作ったさいの、決起将校のタスキを思い出させるところが実に腹立たしい。 明日は鈴木邦男さんとお会いすることになっている。いわゆる右翼と呼ばれている人と違い、穏やかな方であることは判っているが、あの森田必勝を活動に引き入れた人物と、三島について話す、と思うといくら飲んでも酔えない。私はどうやって作ったか、くらいしかお話できることはないが。 飲んでも無駄なので帰ることにする。一緒に店を出たKさん。家とは反対の方向に向かう。コルセットむき出しで飲みにいってどうする。年寄りは回復が遅いと聞くが、みるみる元気になってるように見えるところが、正直ムカついてしまう。今度救急車に乗っても、泣きそうな声で電話してこないでよ、といってある。



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拙著『ObjectGlass12』の稲垣タルホについての文で、子供の頃叱られて家の外に出されていたとき、月が立体的にボールが浮いてるように見えた、と書いたが、あれは月食だったんじゃないか、という気がしてきた。 荒木貞夫の色紙届く。二・二六事件の青年将校は、皇道派の荒木、真崎等の上官に利用された、という見方が多い。そういう面は少なからずあったろうが、どうも納得できない。当初時期が悪いと決起を躊躇した安藤輝三の、毎日何時間も動かず熟考し悩んでいた姿を考えると、それではあまりにも可哀相な気がする。一日図書館。
K本で軽く飲んでT千穂へ。Kさんがカウンタ-でジャンパーの左の袖だけ腕を通さず飲んでいる。「小林旭つけねらってる殺し屋みたいだね」。ウソ。今日レントゲンの結果、骨がくっつき始めている、といわれご機嫌である。今日K都行かない?K都は二人以上じゃないと入れない店である。躊躇していると「なんで今日ダメなの?」Kさんの目が光る。オジサン立ち直るのが早すぎるよ。「香水のガム買っていこうかな」。自分の娘みたいな齢のお目あてに、ハグしてもらおうという魂胆である。Kさんのいう香水とは良い匂いの、という意味で、良い匂いはなんでも香水である。K都には戦闘機が好きだと、自衛隊機を見学に行ったという娘がいた。すかさず携帯のF104に乗る写真を出すKさん。店も終り、Kさんのお目当てとO田に行くが、今日も随分Kさんの煙草の煙を吸った。喉も痛い。先に帰る。その後ハグはしてもらったろうか。どうせならベア八ッグで背骨まで折られてしまえばよい。



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私はどちらかというと寝覚めは良いほうである。しかし個展終了以来、風邪引きの影響だろうか、目が覚めるまで時間がかかる。夢もめったに見ないほうであったが、おかげで夢と現実がごっちゃになりながら目が覚める。着けっぱなしのラジオはちゃんと聴こえていて、数分かかっているのも判る。 本日はある中国人に『フーテンの寅』を演ずる渥美清制作の注文を受けている、という設定であった。(中央公論Adagioではしばしば候補に上がったが)私の肉と粘土は同じ物、ということらしく、寅制作に癌にかかっている私の肉を使ってしまった。いいのかな、と思いながら、その中国人に癌を発見してもらえれば自分は助かるんじゃないか、と思ったようだが、いや、その粘土を使ったということは、すでに手術によって私の体内から摘出されているってことではないのか?だけど何であの中国人はよりによって渥美清なんだ。?あの中国人って?私の作った渥美清??そんな調子で目が覚めていく。私の夢の特徴は、シチュエーションがめちゃくちゃでも、主人公の私は私のいいそうなこと、やりそうなことしかしない、というものだが、半覚醒状態で、後半は、ホントはどうなんだ、と懸命なので、そう楽しいものではない。目が覚めてみれば癌の入った粘土ってなんだよ。ということになる。そして夢の中では依然として三島の制作を続けている。こんな時、Kさんとどこへでかけて飲んでバカ話してくれば収まるはずなのだが。肝腎なときに鎖骨折っちゃって。



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