元々狭い所が落ち着くタイプではあったが、ここ5年ほど、人形作ってはその場で撮影し、椅子をクルリとパソコンに向かい、すぐにデータ処理。作業する場所など一畳もあれば事足りる、と思っていた。その場所でくたびれて良く寝ていたし。これから作業するところは、畳に文机ではあるけれど、落ち着いて作業が出来るだろう。椅子に座らなくなって脚が浮腫まなくなった。
昔は陶芸家を目指したが、手元には、その形跡は一つも残っていない。母にはちょっと欠ければ捨てられてしまったし。となると、人にあげた物が未だに残っているかもしれない。私が初めて作った黒人の上半身だけの素焼きの人形はバラバラではあるが友人が持っている。しかし、いつか写真を撮らせて貰おうと出かけたが、あまりにお粗末で撮ることができなかった。 卒業制作は二枡徳利であったが、乾燥と焼成で縮まるので、二枡に達したのは僅か三本であった。そのウチの一本が九州で無事で、あんな下手クソな物を良く持っていてくれたと感謝しかない。それを近々送ってくれるという。四十数年ぶりの対面となるが、実を言うと、本当に二枡入るのか、少々眉唾ものだ、と思っている。
【タウン誌深川】〝明日出来ること今日はせず〟連載第17回『引っ越し』