明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



午前中毎日新聞社刊写真集『川端康成/太宰治の生涯』が届く。懸念していた通り、太宰は以前入手していた物と内容は同じであった。つまり必要の無い川端写真集を入手しただけである。ノーベル賞受賞前後の写真は、昔、富岡八幡の骨董市で入手した毎日新聞社写真部の封筒に入ったプリントが使われていた。 太宰治はというと川端や佐藤春夫に女々しい手紙を送ったり、心中相手を死なせたり、とロクなイメージは無かったが、以前仕事だ、と無理やり読んでいたら面白くなった。そう思うと写真資料も違って見える。〝乃木大将とステッセル〟と言うことで。 平成最後の日であるが、単に昨日と明日の間に過ぎない。記念日にも興味がまるで無い。そもそも数字が頭に入らないたちであるから、父の生年は覚えているが、月日は覚えていないし命日も覚えていない。母に関してはここ数年の間にあらゆる書類に書いたのでマスターした。しかし自分の年齢も、数年おきに生まれが二日違いの友人に「俺達いくつだっけ?」とメールする始末なのでまあ仕方がないだろう。

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『タウン深川』明日出来ること今日はせず 連載第14回〝青春の日の一撃〟

深川江戸資料館の特別展『深川モダン』~文化で見る近代のKOTO~ 泉鏡花、谷崎潤一郎、永井荷風(杉浦日向子コーナーには葛飾北斎像)

4月20日~5月6日(休4月22日)

『石塚公昭 幻想写真展 生き続ける作家た18年7/25~9/2 リコーイメージングスクエア銀座ギャラリーA.W.Pyoutubeこ2016年『深川の人形作家 石塚公昭の世界』 youtube



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室生犀星の着彩前の最後の仕上げは耳である。最初は見当を付けるためなので、進行により、完成までに3~4回は作り直す。ポケットに入れていると、良く取れるが、仮の耳なのでかまう事はない。耳が仕上がれば本当の完成である。こういう場合が良くある。 展示用の犀星は、着流しに下駄にステッキという事になるだろう。撮影用に二体ほどを予定している。 明日に届くであろうヤフオクで落札した太宰治、川端康成の写真集だが、何でこの二人がセットで出版されたのか私には意味不明である。川端は余計であったが、川端こそ本郷に縁があるではないか。太宰治も川端も全て東大のせいである。犀星で苦痛をようやく乗り越えたと思ったら、暗闇から妙な男が現れ「良い物ありますぜ。」それはいくら何でも物理的に無理がある。いやホント。これだけは手を出してはいけない。来年の個展に明らかに差し障りが出てくる。

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『タウン深川』明日出来ること今日はせず 連載第14回〝青春の日の一撃〟

深川江戸資料館の特別展『深川モダン』~文化で見る近代のKOTO~ 泉鏡花、谷崎潤一郎、永井荷風(杉浦日向子コーナーには葛飾北斎像)

4月20日~5月6日(休4月22日)

『石塚公昭 幻想写真展 生き続ける作家た18年7/25~9/2 リコーイメージングスクエア銀座ギャラリーA.W.Pyoutubeこ2016年『深川の人形作家 石塚公昭の世界』 youtube

 



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人間も含め、生き物と人形を共演させる場合、生き物を先に撮影し、それに合わせて造形する方が良いが、金魚坂には目当ての東海錦はおらず、次の入荷を待たなければならない。一番面倒な忍耐のみを要する頭部が完成した今、気が急いてしょうがない。昔は材料を買いに翌朝まで待てず、テレビの室内アンテナをちょん切ったり随分したものである。何故部屋の片付け時のような、優雅な落ち着きを発揮できないのか、というより、何故制作再開の後、片付けを中止しているのか、物事は思い通りには行かないものである。 であればいっその事『寒山拾得』の制作に入ってしまおうか。世間が連休だろうと私には関係ないが、好きな事をやりながら、ここに至るまでは諸手を挙げて〝どうぞどうぞ〟と言われながら来た訳ではなく、むしろ逆だったものだから、つまり、やる奴は反対されようと邪魔されようともやるものだ、という挙げ句なので、そこはかとない罪悪感が拭い切れず、世間が休みの時は、作っていても良いんだ、と制作に没頭出来るのである。今さら、この期に及んで、罪悪感もないものだか。

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『タウン深川』明日出来ること今日はせず 連載第14回〝青春の日の一撃〟

深川江戸資料館ゴールデンウイーク特別展『深川モダン』~文化で見る近代のKOTO~ 泉鏡花、谷崎潤一郎、永井荷風(杉浦日向子コーナーには葛飾北斎像)

4月20日~5月6日(休4月22日)

『石塚公昭 幻想写真展 生き続ける作家た18年7/25~9/2 リコーイメージングスクエア銀座ギャラリーA.W.Pyoutubeこ2016年『深川の人形作家 石塚公昭の世界』 youtube

 



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朝から玄関近くで口笛のような、きれいな声の鳥が鳴いている「チーチンプイプイ♪」 太宰治は一度完成し、かつて15万部のフリーペーパーの表紙を飾っている。しかし役目は済んでいるのに、たまに手を加えていた。制作当時、太宰治の文学アルバムの古書を入手していたが、同じ出版社かどうか、新版の写真集がヤフオクにあったので落札した。ところがそれは川端康成写真集とのセットであった。これではまるで川端の、男が若い女から片腕を借り、一晩アパートに持ち帰る『片腕』をやれ、とけしかけられてているようではないか。谷崎なら『片足』といったところであろう。特にくるぶしから下である。それはともかく。 首から新たに作るのは室生犀星が最後だといっている。今さら余計な物である。私は入札時、川端とセットであることを、まるで気が付かなかったかのように書いているが、それが何故なのかが良く解らない。まるでチーチンプイプイである。

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深川江戸資料館ゴールデンウイーク特別展『深川モダン』~文化で見る近代のKOTO~ 泉鏡花、谷崎潤一郎、永井荷風(杉浦日向子コーナーには葛飾北斎像)

4月20日~5月6日(休4月22日)

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太宰治は常に写されることを意識しているのが癪に触る。そこで女給でもはべらせ、酔っぱらているところでも、と考えていたが、太宰の飲み方は案外きれいだったらしく、どうもみっともないのは食い意地の方だったらしい。薬をやっていなかったら太っていただろう、と嵐山光三郎さんが『文人悪食』に書いている。まあ女給に相応しい女性も見当たらないし、以前から考えないでもなかった30年以上通った煮込み屋の席に座らそうかと考え始めている。まだおでん鍋が湯気を立て、今は亡き女将が健在だった頃の女将が立つ〝聖域〟側から客席を撮影したのは私しかいないはずである。その後、客席側からは女将を含め随分撮った。消滅する日の最後の煮込みも。食い意地が張っていた太宰にご馳走してやっても良い。しかし林忠彦の撮った銀座のルパンと違ってかつての木場のK本は靴のまま椅子に足を乗せるなんて行儀の悪い真似は許されないし、スカした真似は私がさせない。と言うわけで、さっそく専売公社時代のゴールデンバットを探すのであった。

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深川江戸資料館ゴールデンウイーク特別展『深川モダン』~文化で見る近代のKOTO~ 泉鏡花、谷崎潤一郎、永井荷風(杉浦日向子コーナーには葛飾北斎像)

4月20日~5月6日(休4月22日)

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芭蕉記念館の芭蕉像は、本日より展示が始まった。イメージが違うと言われるだろうから、いずれ三人の門弟の描いた肖像画のみを参考に制作、とキャプションを付けて貰おう。 出来た出来たと言いながら、まだ犀星を触っている。さすがに一ミリほどの粘土を付けたり削ったりだが。 私は難航したマルコムXを作った時、額の重要さに気付いた。そこをないがしろにすると、その人にならない。下に前頭葉があるせいなのか。おそらく日本人のほとんどが日本人にそっくりだと思っているであろう、朝青龍と白鳳だが、日本人で、あの額のカーブの持ち主は他に知らない。いや、作りもしない人のオデコの形などどうでも良い。誰も信じないだろうから、犀星の首が出来たかどうかは書かない。 そろそろ『金魚坂』での展示の会期を決めなければならない。

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4月20日~5月6日(休4月22日)

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三島由紀夫の『椿説弓張月』は構想もすでに出来上がり、すぐにでも始めたい所であるが、その個展は来年の1月か2月でその前にやることが山積である。喉からこぼれ落ちそうになっているイメージを飲み込んで我慢するには、室生犀星の懐から本物の金魚がヌルリと顔を出すくらいの事をやる必要がある。ブログのタイトルに大分反しているが、振り上げてしまった拳の持って行きようがなく、まだ何も始めていないのに、つい会場に掲げるキャプションを考えてしまった。 〝『聖セバスチャンの殉教』は三島本人がやっていなければ、まず真っ先に私が手掛けるべきモチーフであった。しかし三島歌舞伎『椿説弓張月』の中に聖セバスチャンがいた。当時の舞台のパンフレットには、三島は私の見立て通り〝私には堕落悪への嗜欲も潜み、その夢は、雪のふりしきる中に美女達の手で虐殺される武藤太に化身してゑる〟と書いている。夫、源為朝を裏切った武藤太を、腰元に竹釘を打たせなぶり殺し、怨みを晴らす白縫姫であった。私はと言うと『聖セバスチャンの殉教』を三島本人にやられてしまった怨み?をこれによりようやく晴らす事ができた。〟

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深川江戸資料館ゴールデンウイーク特別展『深川モダン』~文化で見る近代のKOTO~ 泉鏡花、谷崎潤一郎、永井荷風(杉浦日向子コーナーには葛飾北斎像)

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サイアノタイプと言う技法がある。レゲエがかつてレガエといったように以前はシアノタイプと言っていたと思う。何しろ青いので、何にでも向いているとは言い難く、被写体は選ぶが美しいブルーが得られる。 室生犀星といえば親友、萩原朔太郎である。写真好きでサイアノを自ら手掛けていた。薬品が付着した資料を見ると、手探りでオイルプリントに挑んでいた自分を思い出す。昨日の続きではないが、どこかに萩原朔太郎を作っている人が居たなら、是非写真を撮ってサイアノプリントにすることをお勧めしたい。朔太郎は立体写真も好きであった。立体なのでそれも可能である。本人を撮ったサイアノタイプが現存するかは知らないが、サイアノは被写体を選ぶものの〝萩原朔太郎をサイアノで〟こう書いてみても良い感じである。本日のブログも、ただブツブツ独り言言って、居もしない〝それは面白い。私がやってみよう!〟なんて人を頭の中で捏造し終わるのであった。

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『深川江戸資料館』『松尾芭蕉記念館』共に作品が収まり室生犀星に戻る。今週中に懐から金魚がすり抜ける犀星が完成するだろう。撮影用で上半身だけだが。懐にはすり抜ける金魚のためにスペースを空けて金魚を待つ事にする。 昔のお父さんはポマードで髪をオールバックにしていたものである。そこにビートルズが来日した。それはともかく。室生犀星を作ろうとひとたび考えてしまったならば、撫でつけた髪の先端が、頭頂部から後頭部に至る辺りに角を見せるべきである。これは同じ床屋の仕事であろう。こんな所に犀星の横顔らしさが出る。 私は他人のブログを読んでは、そんなマニアックな事書かれても、解りゃしないよ、と思うと、待ってました、とばかりに反応する人がいてびっくりしてしまうのだが、私はというと、どんな方々が当ブログを読まれているのか、考えて書くべきだ、と常日頃思ってはいるものの、考えると書くことがなくなってしまう。そこで金沢かどこかに、室生犀星を粘土で作ってはお茶菓子を持ち寄り、茶飲み話しをしているという人達がいて、という体で書いてみた。

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何度も書いて来たが、全国に二千体はあるらしい芭蕉像が、俳句のイメージに利用され、没年齢五十という、私より年下の芭蕉が、枯れ枝じみた年寄りに制作され続けて来た、顔も様々でその失礼さは〝津田梅子肖像反転事件〟どころではない。そこで嫌味なくらい門弟の描いた肖像画のみを参考に制作した拙作が、小津安二郎像に続いて江東区コミュニティ財団の買い上げとなり、芭蕉記念館に収蔵となった。 ところで芭蕉の髭が濃すぎて、泥棒みたいだ、と言う人有り。〝確かに〟制作当時、旅していれば髭も生えるだろう、と考えたのだが、伸びるのと濃くなるのは別の話しである。かく言う私も、昔はヘルスエンジェルスのような、むさ苦しい髭に憧れながら、一向に濃くならず、中学生の床屋以来、頬など一度も剃っていない有様である。〝そりゃそうだ〟と言うわけで本日、芭蕉記念館で髭を若干薄くしてきたのであった。

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銀座のクリエイトでプリントを受け取る。火焔太鼓を背負って酒を飲む古今亭志ん生。太鼓を届けに行く途中で飲んだしまった甚平さんというところである。私の一番好きだった、長男の金原亭馬生は、火焔太鼓が、担いで行けるものではない、と大八車で運ぶ事にしたら「だからお前はダメなんだ、大きさなんてどうでも良いんだ。」聞いた時は同情したが、この点に関しては私も志ん生スタイルで行ってみた。乱歩を気球にぶら下げたり、志ん生に太鼓担がせたり、老人に無茶させて来たが、それでも実写だと、思う人はいる。三遊亭円朝も作ったし、相撲でいえば常陸山と双葉山を作ったようなものであろう。いつもは西暦で年号を書く、ちょっと早いが〝令和元年〟と始めて書いた。 入院した母はやはり蜂窩織炎と言うことであった。痛いと聞いたが、蜂窩織炎にも色々あるそうで母は痛くなく、今回で二度目だが、抗生物質が効いたようで、包帯は巻かれていたが、腫れはすでに引いていた。

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津田梅子写真反転問題で、美術手帖のサイトで諏訪敦と言う画家が〝私が肖像画を描くときに幾度も描き直しを繰り返すのは、実見する対象から受け取る印象との“違和感”を解消するためです。それは簡単には終わりの見えない作業で、長い時間をかけ自分の描いてきた顔を見ていると、デッサンの狂いにさえ気付かなくなることもある。脳は自分を騙し、絵に潜在する欠点をわからなくしてしまいます。〟と書かれていた。私が常に苦しんで来たのも、完成した、と言ってはまだだった、ラブレターは一晩明けてから投函せよ、一体に集中するのを避けるために、複数同時に手掛けた方が、などと、グダグダしているのは、まさにこのせいである。簡潔に言われたついでに言うと、私が出来たばかりの首を持ち歩く理由は、これから楽しい事が待っている、と喜んでいることは勿論だが、反面、完成した、とさっきまで思っていたのに、ちょっと時間が経ち、客観的になって改めて見たら、イメージが違っていてギョッとするのが怖くて、何度もポケットから出して確認してしまうのである。家に置きっぱなしにしておき、数時間後に見たら大幅に違っていたなんてとても怖くて置いておけない。よって旅行にまで持って行くのも、それが怖いからである。勿論お菊人形のように、人形の方が変わる訳ではない。まさに終わりの見えない作業の繰り返しである。※明日より深川江戸資料館展示開始

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少学生の時、手を洗いながら同級生と話しをしていた。ふと目の前の鏡に写る彼の顔見てギョッとした。〝なんだその顔!〟部屋に貼ったビートルズのポスターでも同様なことがあった。 私は肖像写真を参考に制作してきた都合上、写真の裏焼きに関しては特に残された肖像が限られている場合、まず最初に気をつける。文学、あるいは文学者の研究者は数々居れど、その顔にこだわって日々過ごして?いるのは私くらいなものであろう。某文学アルバムと言えど、何版重ねようと裏焼きのまま、なんて事もある。エドガー・ポー制作の時は、海外では、背広のボタンが左右今とは逆も混在した時代もあったと知った。 新札における津田梅子の裏焼き問題は噴飯もので実にけしからん話しであるが、私が手を洗いながら、またビートルズでギョッとしたのが(特にジョージ・ハリスンだったか?)目が左右対称でない場合である。そういう意味では今回皮肉にも、むしろ感心したのは、このまま行ってしまえ、と思わせてしまったくらい、津田梅子がなかなか左右対称な顔の持ち主であることであった。

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一日  


  1. ノートルダム大聖堂が燃えた。私はフランスに行った事もなく、特に何も感じないが。幼稚園児の頃だろう、親戚の家で昼間テレビで外国映画を見た。石作りの寺院のような所に怪物じみた怪力の男がいて、多分怒りに任せてだったろう。大きなた桶から熱湯なのかなんなのか、それを民衆の上に流し掛け、民衆が逃げまどう、と言う場面を覚えている。大人になり、あれは怪奇俳優ロン・チャニーの『ノートルダムのせむし男』だったのでは、と見当を付け観に行ったが、そんな場面はなかった。 結局出来た、と言いながら室生犀星の首、まだやっていて朝になってしまう。これは実在した人物、と言う所が、自分のイメージと残された写真とのすり合わせに時間がかかる。やはり残された時間を考えると、絵しか残っていない、もしくは架空の人物に限るべきであろう。 母がまた脚が腫れ、ホームから、いつもの病院に入院した。以前は蜂窩織炎だと言われたが、あれは痛いと聞いたが、母は痛くなかったと言う。本人は至って元気だが江東区内で近いので、顔を出すのは楽である。
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近所の図書館で図鑑を見て『蜜のあはれ』で使う金魚の種類に目星を付け、芳年描くところの『椿説弓張月』の白縫姫が夫の仇を討つため柱に武藤太を縛り付け、なぶり殺している作品を見た。こんな場面が描けるのも浮世絵、歌舞伎ならではである。私の場合、大リーグボール3号あればこそだし、滝沢馬琴が書いているから、北斎が描いているから、三島が歌舞伎にしてるから、といくつも保険に入っている。さらに最強の後ろ盾は、未発表とはいえ三島本人が、魚屋に扮し魚ぶちまけ出刃包丁腹に刺して死んで見せている事実である。 ある友人が「個展で一作も売れなかったのに、またやるのか?人が死んでる所を購入して、額装して飾る人なんている訳がないだろ。」「何も額装して飾って下さい、とはいってない。お前だって⭕⭕の⭕⭕⭕持ってたって額装なんかしないで持ってるだろ?」「お前それ誰に聞いた!」「酔っぱらって自分で言ってたよ。随分集めたらしいな。」「ブログに書くなよ。」「書けるか!書くとしたら、友人ではなく某酒場で見知らぬ人から聞いたことにする。いや、どんな酒場で飲んでるんだ、と思われたくないから書くか!」

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