明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



隔月で4年つづいた都営地下鉄のフリーペーパー『中央公論adagio』も終刊から7年経つ。元編集長、デザイナー、ライター各氏が集まってくれた。実に色々なことがあったが、今回の個展にも数点展示したが、依頼されなければ手掛けなかったであろう人物を作ることができた。もちろん中には嫌いな人物も混じる。数え上げればエピソードは限りがなく、それこそ一時間では喋りきれず、ここでは触れないが、元編集長も定年を迎えるそうだが、皆さん老け込むにはまだ早いようで、当然昔話や定番の健康のこと、そんな話は出たものの、インターネットでこのメンバーで何ができるか、という話が大半を占めた。交通局発行だったadagioは、タバコや飲酒表現はNGであったが、現在は世間もさらに厳しくなり、車だったか何だったか、スピリッツという商品名が酒を連想する、と却下されたそうである。アイコンとして、私は誰を作ってと、当時も特集人物として、酒の上では浮かんでは消えた人物が上がる。確かに大変興味深いが、私が自主的に作るのではなく、依頼された体でなければちょっと。なんて話をした。結局かつての編集会議と称した飲み会と何も変わらなかった。当時フリーペーパーは随分出ていたが、読んでそのまま捨てられず、家に持って帰ってもらえる物を、という編集長の言葉が印象に残っている。街歩きマガジンということで、毎号誰それと何処そこを歩くという特集になるのだが、これが気が気ではない。私の知らない間に妙な物に決まっては、と編集会議と称した飲み会には必ず出席した。最終的には営業からの意向で決まることも多かったが、苦手である女性が向田邦子と樋口一葉のみだったのは助かった。この四年間の経験はあらゆるお題にもめげない腕力としか言い様のないような力を私に付けてくれたように思う。

石塚公昭幻想写真展-生き続ける作家たち- 2018年7月25日(水)~9月2日(日)

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2016年『深川の人形作家 石塚公昭の世界』 youtube


本日25日発行
『タウン誌深川』“明日できること今日はせず”連載10回『劇場の永井荷風』


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先日神楽坂で会ったTさんが女流作家のNさんに会ったとメールをいただいた。その方は『中央公論Adagio』を毎号楽しみにしていただいていたそうで、都内にはめったに行かないので沿線在住の友達に確保してもらっていたそうである。『特に賢治は良かったと。残っている写真がみんなうつむいている中、顔を上げている賢治サンに初めて会えて嬉しかった』。といっていただいた。私にとって、これは全く冥利に尽きるご意見である。 有名人で、特に残された写真が少ない場合、そのイメージから逃れられない人は多い。例えば長生きした人物でも、若い時代の写真が有名だと、いくつまで生きたんだ、といったところで、そこから一歩もでられなかったりする。たしかに宮澤賢治は、コーチの教えに忠実なボクサーのように常に顎をひいている。それがいかにも賢治らしくはあるのだが、それをあえて下から撮ることは最初に決めていた。平面と違い立体は一度作ってしまえば何処からでも撮れる。残された写真と同じように撮れば安全だろうが、ならば私がわざわざ手掛ける意味がない。覚悟のうえである。 そういった意味で、私がもっとも意地を張ったのが松尾芭蕉号である。弟子達が師匠の肖像画を残しているというのに、全国そこら中にいい加減な爺ィ像を乱造しゃがって、と三人の弟子の肖像画のみを参考に作った。なので芭蕉に関しては、イメージと違うといわれる度、あんたらの無念を晴らしたぞ、と逆に喜ぶ、という珍しい作品となった。 (賢治、芭蕉それぞれ画像下部に制作時の葛藤をまとめてあります)

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昨日は八重洲にて『中央公論Adagio』の打ち上げがあった。4年はあっという間である。おかげで腕力のようなものが付いたと感じている。あれだけ面倒なことをしている表紙はそうないだろう。“私の代わりは誰にもさせない”というわけで、そのための私の最大の武器は、馬鹿々しくてもかまわずやる。というところである。これは存外難しく、計算が苦手、方向音痴、止めたり咎める人がそばにいない。等々ブレーキが機能しないための諸条件が揃っていないとならない。
T屋で遅めの朝食。そのまま木場公園に散歩に出かける。1時間ほどして帰ろうと近所で信号を待っていると、向かいのK本の前を、紫のスーツにソフトをかぶったオスマン・サンコンが通る。この辺りに住んでいるらしい。 帰宅直後、宅急便が届く。むき出しの箱に“大日本帝国軍刀”と書いてある。『恥ずかしいわ!』大日本帝國と書かれた長い物を受け取る身になって欲しいものである。止めたり咎めたりする人がそばにいないから良いようなものの。  ジョニー・ウィンターがついに来日するらしい。以前、あと観たいのは春風亭昇太とジョニー・ウィンターだけ、と書いたことがある。昇太はすでに観ている。ジョニー・ウィンターの初来日が中止になって20年は経つであろう。これは行かねば、と知人にメール。しかし最近のジョニー・ウィンターの様子を聞いて凹む。イメージの中にいてもらうことにした。

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背景の撮影に出かける。前回はロケハンということでザッと歩いたが、某建造物の高さがあるので、特集駅周辺から眺めると近くから見上げることになり、どうしても余計な物が入ってしまう。隣の駅くらい離れないと難しいかもしれない。 昨日撮影した車両は、当初一台だけの予定であったが、あまり見事な数だったので、過剰に配置することにした。前景に主役の人物、中景に車両、遠景に某建造物、ということになるわけだが、今回は営業の方から、この建造物を入れて、という要望から始まっている。ならばいっそのこと、中景の車両群の上に、建造物が頭を出しているだけ、というのはどうか、と編集長に伺いを立てると、インパクト重視でそれで良いとのこと。つまり本来特集場所となる背景は某建造物だけで、手前のKを象徴させる車両群の中景が、多くの面積を取ることになり、そこは実際は神奈川県の某所である。構図としては戦車軍団を前に閲兵するパットンかロンメル将軍の如し、といったところであろうか。

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制作中のKは例によって、何故ここにいるんだろう、ということになりそうである。特に今回は背景にある建造物を入れる、というところから始まっており、そこから導き出された人選である。Kがただ立っていたって構わないだろうが、やはり工夫は必用であろう。そこでKの渾名にもなり、象徴的な乗り物を配したいと考えた。たまに見かけるような気がするが、いざ撮影しようと思うと、どこにいけばあるのか判らない。しかもKの時代の古い機種にこだわるとなおさらである。そこでK本の常連、大手ゼネコンのMさんに問い合わせてみた。Mさんに訊いて見つからないようでは打つ手はどこにもないだろう。 今日中に見つかるかもしれない、というのでK本にいってみた。問題はKの時代の機種は排ガス規制により、現在可動している物はない、ということであった。一般人が機種の違いを判別できるはずはないので、そこまでこだわることもないような気はする。しかし判る専門家も多いはずで、これはあの懐かしい機種だ、と気付いているところを私は想像してしまうのである。どこかに展示している物はあるだろうが、ピカピカよりも現役感が欲しい。まして屋内展示では、シチュエーションが外なので撮影には適さない。Mさんによると川崎に、屋外に放置している物があるかも、ということで先方の連絡を待つことにした。Mさんは明日からタイに行くというので、返事は帰ってからということに。

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昨日に続きパソコンの前で検索。思った以上に難航している。某建造物をからませねばならず、かといって建造物にちなみ、アダージョの特集に相応しい人物がいないから困るのである。該当する人物はあったがすでに扱ってしまっている。私からも2、3提案してみたが、もう一つのようである。都心の建造物ゆえ、近辺にちなんだ人物はいるのだが、画を作る側とすると某建造物を入れるのであれば、その時代に相応しい人物にしてほしいということがある。 坂本龍馬が通った千葉道場があったということで、特集場所が大手町に決まった時は困った。二本差の侍をどうやってビジネス街に立たせれば良いのか。しかしそこには旧江戸城の大手門があった。下級武士の龍馬が当時、パカッと開いた大手門に近づけたとは思わないが、江戸城が開城したところは見ずに死んだので、あえてそこに立たせてみようと、いっそそれならば禁じ手としていた現代人と同じ画面に。さらにどうせならばと、はとバスのガイドや外人のカップルなどを配した。あんな手はそうは使えない。 今回の人物はというと、某建造物のおかげで、昔の人物では画にならないところが問題なのである。ある人物も提案されたが、私が“偉い人”を作ったばかりのせいか、アダージョのラインナップを考えると、普通の人すぎるように思える。帯に短し襷に長し、という奴である。そこへ編集長よりある人物が提案された。過去に何度か出た名前であるが、ここで来ましたか。果たして決まるのであろうか。

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闘い  


アダージョ24号の入稿を済ませたばかりでのんびりしているはずだが、次号の特集人物が決まらないので落ち着かない。毎回 特集人物と、それにちなんだ都営地下鉄駅近辺が特集場所となるわけだが、たとえば作家などは、昔の東京が狭かったこともあり、ちなんだ場所といっても、だいたい似たような場所に集中しているし、歴史の浅い都営地下鉄ということもあり、かなり無理がある場合も出てくる。創刊3号の『チャップリンと日本橋を歩く』はチャップリンが来日時、日本橋の天婦羅屋で、海老の天ぷらにはまって何十本も食べた。ただそれだけである。しかも取材をかねて、編集長、ライターとその老舗天麩羅屋に行ってみたらすでに廃業していた、という始末である。 創刊号の江戸川乱歩の依頼を受けたときはまず、フリーマガジンというものがよくわからず、チラシに毛が生えたような物くらいに考えていて、時間がなかったこともあり、手持ちのデータを加工して使用した。しかも私はその一回だけのことだと思い込んでいて、今後も続くことを知ったのは、入稿を済ませ、初めて編集長と顔を合わせたときである。 創刊二号が向田邦子で、片手にカメラ、片手に向田邦子像を国定忠治が愛刀、小松五郎義兼を捧げ持つように撮影する“名月赤城山撮法”で、六本木の繁華街の撮影は、そばに編集長にいてもらい、こんなことをやっているのには、深い事情があることをアピールせずには恥ずかしい状態であった。しかし、早くも創刊3号、件のチャップリンで、人形を現場に持っていって、ただ撮るだけでは画にならないことを悟り、以後、現場を撮影し、それに合わせて人物像を作り合成することになる。結果、これだけ作ってきても展示できる状態の人物像は数えるほどしかない。そして毎号身をよじるようにして制作しているわけだが、フリーマガジンといっても広告がなければ成り立たない。今回、営業方面からある建造物を入れて欲しいとの要望である。その建造物が特集ならまだしも、写っていれば良いとは漠然とし、おかげでさらに難しくなった。しかし企画会議には営業関係者は出てくれない。出てこないなら私も出席しないことにしよう。

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一日  


午前中、自転車整備。太いタイヤに替えてからブレーキに当たるので、ブレーキをヤスリで削る。こんなことは陽が落ちてからすべきであった。 中央公論新社より『中央公論Adajio T谷E二と勝どきを歩く』が届く。お世話になった近所の模型店に持っていく。今回主役のT谷も含めて、ワザとらしく嘘臭くしたのだが、かえって実景であるはずの街まで作り物めいてしまっている。初めて使用したデジタル一眼レフは、たいして説明書を読まずに使ったため画調が変だったが、それが今時のビルのデザインと相まって、何もしないうちに、すでに模型っぽく写っていた。T谷E二なのだから狙いどおりなのであった。今のビルは雨で汚れが落ちるようになっているらしいが、そういえば、ただ灰色のビルは少ない。 中央公論のロゴの上にはジェット戦闘機が乗っかっているし、Adajioの上には電動ドリルが乗っている。一応遠慮したのだが、編集長がかまわないというので乗せてもらった。もっともタコも交通の妨害をしているし、同じマンションに住んでた人が後姿で下向いてるし、今さらである。
夜『ナショナルトレジャー』を観る。フリーメイソンだなんだと実にアメリカらしく馬鹿々しい。こういうのを作らせるとワンパターンである。なにかというと石を押したり何かはめたりして、壁が動いたり開いたりするが、子供の頃、ボタンを押しまくった交通博物館のようである。自転車のハンドルを短く切断しながら観るくらいで丁度良い。それにしてもジョン・ボイドは老人になっても童顔で、いつまでたっても『真夜中のカーボーイ』を思い出してしまう。

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入稿  


明け方Tの仕上げ。今回の反省点は、アイディアが初めからあり、背景を準備していき、そこに主役が納まったのが締め切り間際ということである。入稿の日に撮影というのは良くあるが、今回背景に凝った分、きっちり出来上がった服を着ようと思ったら、サイズが合わないところが判明したのが結婚式の当日、という感じであった。おかげで明け方、もうちょっとで後姿で登場のYさんが削除されるところであった。見た人は、笑顔にはなってくれるので良いとしておくが、少々空回り気味であった。こういうことは二度と繰り返すまい。 後に聞くと、Tにたどり着いた人は結構いたようだが、違うだろう、と思ってしまったようだ。海産物はタコのことだったのだが、Tは胴付き長靴を履いて半身水に浸かっているし、次号の表紙は、特殊な道具を駆使するタコ捕り名人の特集のように見える。
 
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入稿  


咳が止まらず、咳止め各種を飲んだり塗ったり。咳のせいで目が覚める始末である。喉飴の舐めすぎで口の中がおかしい。 例によって写る部分しか作らなかったとはいえ、次号アダージョ用作品が、今までにない早さで完成した。風邪のせいで出かけられなかった為でもあるが、タクシー運転手のTさんや、運送会社のKさん、T屋の主人Hさんやかみさん、K本の常連など、制作途中の首を一度も披露せずに終ってしまった。 しかし考えてみると、難航しているときほど披露する頻度が高い。数センチの首に何日も向き合っていると景色も変わらず、果たして自分が進行しているのかどうかも曖昧になってくる。九代目の團十郎の首を見せられ「どう?」などといわれたところで、いわれたほうが迷惑である。良くなったかどうかは別にして、前回見たときと違っている、ということさえいって貰えれば安心するのである。日ごろは楽しいことをすると、肝心なものが減る気がして、祈るような心持で制作に集中するが、風邪っぴきでかえってスムースに進んだことについては、少々考えねばならない。
田村写真にでかけ、色見本を作ってもらい、データとともに新宿御苑前に向かう。恒例の編集会議である。この日に完成データを持っていくことはまずない。咳飴、喉スプレイ、マスクを持って出かける。私が係わるのは表紙だけで、中のことは聞いていても仕方がないのだが、私のいない間に万が一、次の特集人物が決まってしまったら、と思うと風邪をおしても顔を出さずにおれないのである。実際候補に上がった1人など、いきなりいわれたら、口が開いたまましばらく固まるところである。

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一日  


アダージョ2月配布号は、いつか来るとは思っていたが、ついに写真すら残っていない時代の人物である。画は残っているが、それだって100年後に描かれた物だったり、それぞれの時代の絵師が、自分のイメージで描いているので、一つとして同じものはない。背景になる特集場所も、本日ようやく決まったが、地形も変わり、都営地下鉄駅どころか、その時代の風景など、爪の先ほども残っていない。特集場所は動かしがたいとなれば、その人物がどこに立っていようと、時代は合わない変わった画になることは初めから決まっている。なんだこれは?といっているうちに本文にはいってくれれば、私としてはいいわけだが、今のところ画も浮かんでいない。明日は自転車に乗って現地を廻ってみるつもりでいる。
インターネット開通がいつのなるのか判らない。まったくむかつくプロバイダだが、初めから設定する面倒を考えると、他所に蔵変えしちまえ、ということもできず。なによりメールが使えないのが困る。本日もネットカフェだが、夜のほうが煙草臭くないようである。

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一日  


『中央公論Adagio』はフリーの刊行物ゆえ、プロの論評の対象になることはないので、たよりは読者の反応である。毎号出るたび、ブログなどを検索するが、批判的な意見を目にすることはなく、内容も評判がいいようである。なにしろ毎号、粘った取材の上に書かれているのを知っている。 内容は良いのだが、一方、私の担当する表紙に関しては、ほとんどまったくといっていいほど、意見を目にすることはない。すでに16号を数え、(6号の特別号、尾崎豊のみ実写)毎号15万部も出ていながら、印象が薄いのだろうか、などと思う今日ころであったが、編集部より、表紙に関するという、初といっていいメールが転送されてきた。もっとも御意見ではなく、使用された人形に関しての質問であったが、気に留めていただいた、という意味においては十分嬉しいものである。それはベルリンはフンボルト大学所属・鴎外記念館からの、今号の森鴎外に関するもので、質問事項は材料、大きさ、制作者名、制作年、収蔵されている博物館は、というものであった。 収蔵されているのは現在のところ我が家の棚の上である。鴎外と漱石が、乱歩を挟むようにして立っている。こうしてみると黄門様の乱歩に、助さん格さんの鴎外、漱石のようであるが、これはたまたまであって他意はない。 今後も続くかぎり、少しでも印象に残るような表紙にしていきたいものである。25日配布の17号は、いよいよ杖ついて、腰の曲がった謎の婆さんが表紙に登場する。

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一日  


大乱歩展の出品作が決まる。寝ている乱歩と、三人書房の写真の計二点。始めポスターに使われた乱歩を、ということであったが、あれは燃えないゴミの日に捨ててしまった。というのも、撮影用に作った物で、写っている部分以外は作っていないのである。もちろん下半身も背中もない。よって展示ができる類のものではないし、散々使ったのでもういいや。というわけである。私にそう思われてしまった作品の末路は哀れである。捨てたといっても、首は引っこ抜いておいたのはいうまでもない。
アダージョの打ち合わせ。関係者に披露しようと、制作中の次号特集人物、尉官、佐官、将官でいうところの中将相当閣下の首を引っこ抜きポケットへ。いつもの新宿御苑前のデザイナーWさんの事務所へ向かう。  第一候補の撮影場所はNGということであったが、編集長が交渉を続けてくれていて、最終的な回答は未だ来ないらしい。第2候補地はすでに撮影してあるので、ぎりぎりまで待つことにした。 場所を居酒屋へ移す。編集長、デザイナーのWさん、ライターのFさんに、編集長は大学で教えることもあり、その教え子の女性も加わる。私としては次号の特集人物が誰に決まるかが気になるし、さらに“誰が何処を歩く”になるかがさらに重要で、その組み合わせに常に頭を悩ませるのは、表紙担当の私とライターのFさんである。候補は上がっているが、まだ決まらないということであった。以後、編集長が最後の担当者だといわれる深沢七郎の話や、中央公論の明治、大正期の編集者、滝田 樗陰(たきたちょいん)の話などする。ライターのFさんは話に加わらず、編集長の教え子と話しこんでいたので、お開きとなり、店外にでてFさんと二人になったとき、「Fさんが話し合いに参加してくれないから、次号の特集今東光になっちゃたじゃないですかー」「エッ」 ここが私の限界なのだが、すぐに「ウソウソ」とバラす。せめて駅までそのままにしておくべきであった。

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アダージョ8月号のロケ場所が決まる。  以前も書いたが、人物に縁があり(たいして無い場合もあるが)特集される都営地下鉄駅に近い撮影場所を探すのに、インターネットは実に有り難い。今では、よほどのことが無い限り、現場に出かけることなく決める。その間、関連したキーワードをひたすら検索し続けている。今回は早々に、人物にちなんだ場所を見つけたが、最寄が都営線の駅かというと、少々怪しかった。そこで本日、作品に登場する場所を見つけ、ここなら画になり問題もないと、一度は関係各位に報告したが、引っかかっていたのは、この場所なら、もっと相応しい人物がいそうだし、私としては“普通過ぎる”。いや、普通で悪いことはないし、今月25日配布号が、かなりの変化球を使ったので、次の人物はギミックなど使わず、直球で行きたいと考えていたので、充分なのだが、人物を直球でいくぶん、背景にもう一つ、何かが欲しかった。そう考えた矢先、この人物以外に使いようがない場所を見つけた。歴史その他調べるほど、ここ以外にない。特集予定の都営地下鉄駅より、直線距離にして5、6百メートルと、その点も申し分ない。編集長からも「どんぴしゃ」だとの返信。この場所の良いところは、人物の年代、服装など、選択の余地がある、ということである。それを踏まえて制作することにする。  ネットオークションで落札した資料用書籍、煙草臭くて閉口す。

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6時に中央公論新社にでかけ、近所の蕎麦屋にてアダージョの打ち合わせ。インターシップの学生が2名参加とのことだったが、2週間規則正しい生活したせいで、具合が悪くなったなどの理由で欠席。よって編集長、ライターのFさんの3名。 毎号苦労するのは特集人物を、どの場所を歩かせるか、ということである。都営地下鉄線は4路線しかなく、人物にちなんだ場所には多くの場合、もっと近くにJRの駅がある。特集場所選定には色々な都合もあるし、方向音痴の私には何の意見もない。 今回の特集人物は作家だが、どんな人物で、このときどうしただの、各自の読書体験などを話しながら飲むのは盛り上がる。編集長から、表紙はもとより、あまり画になったことがない表現についての意見がでる。今回は使えないが、人物によっては、チャレンジしてみたい気がした。私は例によって人形の頭部を持ってきているので、どんな撮影にしようか考えたりするわけだが、なにしろ今回改めて読み直し、面白さに目覚めつつあるものの、嫌いだといい続けてきた作家なので、どんな方向で画にするか悩むころである。自分のイメージした作家像だけでなく、作家自身ががこう見られたかった、また読者のイメージなど、すべてをうまくブレンドする必要がある。いずれにせよ、これは早急に、ロケハンに出かけないとならないだろう。 最近話題だか問題になっているグーグル、ストリートビューだが、自分の家が写っていたFさん、即刻削除させたそうである。文句をいえば簡単らしい。

01/07~06/10の雑記
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