沖縄での一人暮らし

延べ8年間、沖縄で一人暮らしをしました。歴史・自然・文化を伝えます。

ゆんたく in だんぱち屋

2006-08-23 | 沖縄のくらし
髪が伸びてきたので、土曜日に散髪に行った。(日曜は休業だし。)
行き先は、散髪屋じゃなくて以前Blogでご紹介した断髪(だんぱち)屋さん

昼時だったので、電話して今から大丈夫ですかと確認してから出かけた。
旦那さんはちょうど食事を終えたばかりで、ちょっと悪かったかな。
隣のパーマ屋さんが、待合で高校野球を見ながらお昼を食べていた。

「街路樹の刈り込み。いいですね。気になっていたんですよ。」
「あれはカミサンがやってるんです。自分はヘタだから。」と、旦那さん。
旦那さんがだんぱち屋で、カミサンがパーマ屋らしい。

「何を形作っているんですか。」
「いろんなもの。ハサミもあるよ。」と、おカミサン。
「ハサミは直ぐに分かりましたョ。丸い輪の部分は、作るのが難しいでしょう?」
「そうなの。でもせっかく作っても心無い人が手折ったりする。朝晩注意してみているんだけど。」
「エーそうなんですか!心が荒れていますね。酔っ払いでしょうかね。」
「酔っ払いじゃないみたい。夜中に折られている。」
心優しい沖縄の人に中にも、心が荒れた人がいるんだなあ。

1ヶ月前に浜松から引っ越して来たと聞くと、二人とも驚いた。
どんな仕事か、どこに住んでいるかとも聞かれた。二人で頭をめぐらせている。
この辺りに転勤してくる人は滅多に来ないらしい。
「近くに宿舎がある。職場は車で30分くらい離れたところです。」

色が黒いし、沖縄の人かと思ったらしい。
まあ、地黒で南方系の顔ではあるが…(ーー;)
「沖縄は1ヶ月で黒くなるから。」と、おカミサンの慰めか言い訳になりかけた話を、旦那さんが引き取った。

「自分は愛知県豊田出身だが、お袋は浜松市上島の出身。」
「エー。」今度はこっちが驚いた。
「理由があって、浜松には子供の頃から全く行っていない。」
「中学校卒業後40年間ハサミを握ってきた。勉強が苦手だから手に職を持った方がいいと思って、大阪で修行して、カミサンと出会って、カミサンのふるさとの沖縄へ来た。」そうだ。

相槌を打っていると、いつの間にか、旦那さんの身の上話を聞くことになった。
「次男坊が大阪で床屋の修行中で、やがて帰ってくる。
そしたら若いお客も増えるし、自分は次男坊に好きなように任せるよ。」
「長男は大学行って公務員。だけど沖縄では公務員の採用は少なく大変。
沖縄では月収20万円以上もらっている人はホント少ないョ。公務員くらいだ。
自分は涼しい家の中で仕事が出来るからいいけど、外で働く人は暑くて大変だ。」
職業観に話が及んだ。旦那さんが自分の選んだ職業や生き方に誇りを持ち満足している様子が伝わってくる。
私は仕事の話題は避けたけど、どうやら警察関係と思ったのかな。

「名前はお袋の苗字を継いでいる。浜松には平野って名字が多くない?」
「そういえばやや多かった。もっとも鈴木姓が圧倒的に多く、大人でも名前で呼ばれていたけど。」

髭剃りの蒸しタオルで口が塞がれても、話が続くので、モゴモゴと相槌を打たなくてはならない。
「じゃあ、この髪型は浜松できったの。」
「ええ。」と言った後に、この髪は立川できったことを思い出したけど、旦那さんが感慨深げな様子なので今さら訂正するのはやめといた。

「単身で生活が厳しいけど沖縄は食べ物が安くていいですね。」といったら、自分達は野菜を買ったことが無いと言う。
「野菜を作っているんですか。」と聞いたら、知り合いがくれると言う。
マンゴーいるか、と聞かれたので、「1個1000円以上もする高価な果物ですから結構です。」と答えると、この間知り合いに5個ももらった。カミサンや娘は食べれないからあなたにあげる、と言う。

なんか初対面なのに、沖縄の人は優しいね。
散髪後におカミサンがココアをサービスしてくれてちょっとおしゃべり。

だんぱち料金2500円と安い上に、高価なマンゴーをお土産にもらっちゃった。
肌の弱い自分はマンゴーでかぶれる可能性もあるので、ネットで切り方を調べて、”マンゴー唇”にならないようスプーンで上品に食べました。
だんぱち屋さん、ありがとう。


パインアップルの次はアップルマンゴー。
沖縄の果物は美味しく、沖縄のコミュニティは暖かいね。

『ゆんたく』とは沖縄ことばで おしゃべりと言う意味です 。
地元の人に聞くと、昔はだんぱち屋の待合用に囲碁や将棋が置いてあって、コミュニティの場だった。今は雑誌とテレビだけど。
順番待ちでお客さん達で勝負したり、散髪終了後は次のお客が来るまで旦那さんと将棋を指したり…。