現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える

難聴かも

2011-09-24 14:32:19 | 虚無僧日記
「補聴器」の宣伝チラシによると、「日本の
難聴者数はおよそ 1944万人、人口の約15%」と。
7人に一人だ。

実は、私の 右耳が 難聴かも?。
チラシの「診断チェック表」のうち、「 1.仲間同士で
会話をしているのを、側で聞いていてもよく聞こえない。
2.問いかけられても、よく聞き取れず、トンチンカンな
返事をしてしまう。3.テレビの音量が、他人は聞こえて
いるのに、自分だけ聞こえない)、など 3項目に該当する。

チラシには、「聴力は年齢とともに衰え、一般に 50歳を
超えると、高音域の音が聞こえにくくなると」とも。

堀井小二朗師が そうだった。尺八の甲(カン)の「ピ」や
「タ」が聞こえず、「音程 合ってますか」と、よく私に
聞かれた。聞かれても、音程の狂いなど、音痴の私に判る
はずがない。聞こえないのをいいことに、「合ってます、
合ってます。大丈夫です」と。

さて、それで「補聴器をどうぞ」という宣伝なのだか、
値段を知ってびっくり。性能の良いのは 5~60万も
するそうな。尺八並みの値段だ。

高齢化社会とともに、「補聴器」と「入れ歯」は今後 
ウン千万個も売れる勘定だ。「将来有望なビジネス」とは、
気がつくのが遅かった。

宇宙ゴミ 当たる確率は 3,200分の1

2011-09-24 14:09:38 | 社会問題
午後1時前後に大気圏突入か=制御不能な人工衛星―日本被害「可能性ない」(時事通信) - goo ニュース

昭和32年(1957) 人類初の人工衛星が打ち上げられた。
その時私9歳、小学校4年。宇宙探検なんて、まだ
「絵ソラごと」だった時。ソ連が スプートニク1号を
打ち上げたニュースは 世界に衝撃を与えた。


その後すぐに、『桃太郎』の話を「おじいさんは
山に星を観に、おばあさんは川に、人工衛星を
拾いに行きました。すると川の上流から どんぷら
こっこ どんぶらこと人工衛星が流れてきました」。

なんて作り話をしていた。将来、こうした宇宙ゴミ
の落下を予測していたのか、打ち上げ失敗を揶揄
したものだったか。

以来、数千個もの人工衛星が打ち上げられ、すでに
使用済みとなった衛星の破片が 1万8000個も浮遊
しているそうな。

大方は、落下してきても、大気圏突入で燃え尽きると
され、地上に落下することは“想定外”だったそうだ。


ところが、1997年1月、アメリカ、オクラホマ州で
夜遅く散歩していた女性の肩に、得たいの知れぬ物質が
肩をかすめた。正体は 1996年に打ち上げられたアメリカの
ロケット、デルタIIの一部。宇宙ゴミが人に当たった
唯一の例だという。

そして今、大気観測衛星「UARS」(6t)が大気圏に
突入し、500kg ほどが、地上に落下する可能性があると
騒がれている。

世界の誰かに当たる確率は「 3,200分の1 」 というが、
これって、タカラくじで1億円当てるより、高い確率
では? 当たった人は“世界一不運”???。



「梶田昌艶」先生 追悼演奏会

2011-09-23 19:50:48 | 虚無僧日記
9/23 お彼岸の今日「梶田昌艶先生・追悼演奏会」が
無事、盛大に執り行われた。会場は満席、会員は皆
立ち見という盛況さだった。

箏の「梶田昌艶」先生は、戦災で家が焼かれた時、
箏だけ持って逃げたとか。戦中、戦後の混乱の中、
宮城道雄に師事し、昭和21年17歳で師範免許を得て
開門。昭和23年 19歳でNHKラジオに初出演し、
昭和26年 東京新聞主催の「邦楽コンクール」で
『秋は来ぬ』が入賞。22歳。

名古屋から東京まで、まだ蒸気機関車が走っていた
時代。娘一人、お琴を担いで、夜行列車で8時間
かけて、東京-名古屋を往復していたのだ。お箏に
かけるその情熱はすごい。その後、今年3月事故で
急逝されるまで、300曲以上もの曲を創作、編曲された。

その中から、どの曲を選ぶか、大編成の曲や難曲を
誰が演奏するのか、メンバーの選定には、苦労した
ようだ。

梶田先生の華々しい芸暦を追ってプログラムが
構成され、コーラスも加わっての数十名総出演
での大合奏曲『小諸詩情』で幕となった。

不思議と涙が出なかったのは、先生が亡くなられた
ことが、まだまだ実感できないからであろうか。
そういえば「遺影」も飾らない“違例”の追悼
コンサートだった。「これでいい」と先生も喜んで
おられることだろう。

彼岸

2011-09-23 05:51:20 | 虚無僧日記
「暑さ寒さも彼岸まで」の言葉通り、今朝は寒くて
3時に目が覚めた。昨日は、汗ばむ一日だったのに、
秋は確実にやってくる。

気が付けば、あちこちで「彼岸花」が咲いていた。
赤い「曼珠沙華」。残暑で秋はまだまだと思って
いたのに、いつのまに咲いたのかと驚く。


今日は、箏の「梶田昌艶」先生の「追悼演奏会」。
本来なら「梶田昌艶・開軒65周年祝典演奏会」
のはずだったが、3月、事故で急逝され、門下生
による「追悼会」となった。

まだ亡くなられたという実感がしない。何か複雑な
思いで、さて、では行ってきます。


小牧山へ

2011-09-23 04:04:39 | 虚無僧日記
名古屋の北 20km ほどのところ。濃尾平野の一画に
小高い山がある。「小牧山」だ。秀吉と家康が対決
した「小牧・長久手の合戦」で、徳川方の陣地と
なった。

もとは、信長が清洲からここに城を移し、美濃への
攻略の足がかりとし、4年で 岐阜へ移っていった。

その「小牧山」に行ってきた。山頂に、三層の“城”
らしきものがあるが、昔在った城を復元したものでは
ないので「小牧城」とは云ってはいけないことになって
いるそうな。(文部科学省の「お達し」で)。

「歴史館」となっていた。10年前は、やすやすと登れた
のが、10年、歳老いたか、暑さもあって、フーフー
息しながら、やっと登ると、なんと「木曜休館日」との
こと。

私の他、数人の人が登ってきて「まさか」にがっかり。
トヨタ関連でもあるまいに。海部市美和町から来たと
いう男性に声をかけたら、歴史好きで、歩いて各地を
廻っているとのこと。歳も私と同じ。すっかり意気投合
して30分ほど話し込んだ。

帰途、メナード美術館で休息。久しぶりに「名画」を
観賞。来館者はほとんどいない。ぜいたくな空間と
時間を過ごすことができた。

台風情報

2011-09-21 21:11:04 | 虚無僧日記
昭和29年(1954)の「洞爺丸台風」の時は、気象レーダーも
衛星GPSも無かった。移動速度100kmという違例の速さ
だったのが、北海道に近づくと、急に速度をゆるめるという、
異常な動きをした。それが、船長の判断を誤らせたのだ。

現代は、衛星を使って、動きを正確に把握できるように
なった。地域も細かく分けて、予報が出せるようになった。
・・・・・そのはずだが。

名古屋は「午後から暴風雨」というので、学校も休校。
尺八の稽古も、詩吟も休みと あいなった。ところが 
である。「いつ来るか、いつ来るか」と待てど暮らせど、
一向に風も吹かない、雨もパラパラ。そのうち 夕刻には
晴れてきた。「一体なんだったの!」である。

こんなことが過去にも数回ある。私の場合、予報は
いつもはずれ、「台風」よりも「テレビの情報」に
振り回される。

ま、私が居る限り、台風も東海大地震も名古屋には
来ない。いや、その判断が、いつか「ミス」になるかも。

周辺部では、大変な被害のようだ。「自分は護られて
いる」と いつも思う。無事であることに感謝し、
被害に遭われた方に、お見舞い申しあぐ。

戦後5大事故

2011-09-21 12:25:34 | 虚無僧日記
「JR北海道の一連の事故の責任を負って社長が自殺」、
そして「台風15号接近」というニュースから、戦後に
起こった「国鉄5大事故」を思い出した。


①桜木町事故:1951年(昭和26年)4月24日。東海道本線(現・
 根岸線)桜木町駅構内で、工事作業を誤り、垂れ下がった
 架線に列車が接触し短絡(ショート)したことで発生した
 車両火災。死者106人、負傷者92人。工事作業のミス。

②洞爺丸事故:1954年(昭和29年)9月26日。青函連絡船
 「洞爺丸」が台風15号によって沈没。1155人が死亡。
 タイタニック号・サルタナ号に次ぐ世界第3位の海難事故となった。

③紫雲丸事故:1955年(昭和30年)5月11日、宇高連絡船「紫雲丸」が
 貨物船の「第三宇高丸」と衝突し沈没、死者166人、負傷者122人。
 修学旅行中の小学生・中学生が多数死亡した事も世間の非難を買った。

④三河島事故:1962年(昭和37年)5月3日、常磐線三河島駅構内で
 信号無視によって脱線した下り貨物列車に下り電車が衝突、
 さらにそこへ上り電車が突っ込み二重衝突に。死者160人、負傷者296人。

⑤鶴見事故:1963年(昭和38年)11月9日、東海道本線鶴見駅~新子安駅間で
 脱線した下り貨物列車に上りの横須賀線電車が衝突、その先頭車が
 下り横須賀線電車に突っ込み二重衝突となる。死者161人、負傷者120人。


「背景と影響」

これら事故は、いずれも「自然災害」のみならず「人災の要素も強い」
として、国鉄に対する世間の非難を集めた。

いずれの事故も、戦後の復興が ほぼ終わり、高度経済成長期に入った
時に発生したものであり、戦後の急激な輸送量増加対策に追われ、
安全対策がおざなりにされていた事も背景にあるとされる。

最近の「中国の新幹線事故」は、まさに、日本の50年前の様相だ。

現在の鉄道・船舶の安全対策は、これら事故の犠牲の上に築かれた。



不沈信仰

2011-09-21 09:50:14 | 社会問題

洞爺丸は、戦後 すぐ 1947年(昭和22年)に新造された
豪華貨客船だった。

函館湾外に出たところで、強まる風雨に引き返し、
七重浜から700mの沖合いで停泊した。その時、船員は
「この船は安全だから、船室から出ないように」と、
出入口の戸を閉めた。「鍵をかけた」とも。それで、
犠牲を大きくしたという。

助かったのは、制止を無視して甲板に出ていた人たち。
そして、波の流れに任せて七重浜に泳ぎついた人だ。
光を頼りに函館に向かった人たちは 力尽きたという。


「タイタニック」も「戦艦大和」も「武蔵」も「絶対に
沈まない」と誰もが信じていた。

「不沈船信仰」は、船に限ったことではない。
「大企業は絶対大丈夫」と信じて就職したものの、
その大企業がもろくも倒産した。社員は倒産するまで
「絶対 倒産しない」と信じていた。

私などは、会社が倒産する2年前に、会社に見切りを
つけて、さっさと退職した。最後まで、会社に残った
人たちは、退職金ももらえず、大変だったようだ。


台風15号

2011-09-20 11:05:10 | 虚無僧日記
台風15号、西日本から東北にかけ大雨や暴風(読売新聞) - goo ニュース

台風15号接近で大雨警報。

「台風15号」といえば、昭和29(1954)年の「青函連絡船・
洞爺丸沈没」。そして、昭和31(1956)年の伊勢湾台風。
二つとも、9月22日に発生している。

そして、今年また「台風15号」が猛威を振るっている。
庄内川が危険水域を越え、11年前の2000年「東海豪雨」と
同じ状況にある。

不思議なのは、春日井市や多治見など、名古屋の周辺地域が
冠水して、交通が遮断されている。台風は、明日名古屋を
通過するとの予報。これからが本番。


9/19 敬老の日 『ぼけない五ヵ条』

2011-09-19 15:32:22 | 虚無僧日記
この連休3日間、3ヶ所の「敬老会」に招かれ、
大忙しで、ブログ書けず、すみませんでした。

「元気なお年寄り」が多いところもあれば、終始
無言、無表情の方ばかりのところも。

概して、80代90代の男性は笑わない。「男は黙って」の
世代だ。

反応がいいと、こちらもノルが、全く無反応では
やりずらい。ギャグが全くうけないのは、意味が
理解できないのか、耳が遠いのか。

その点、尺八はいい。ぺちゃくちゃおしゃべりして
いたご婦人も「赤とんぼ」「花嫁人形」で、シンとなる。

耳の聞こえない方でも、心で聞いているのか、目に
涙を浮かべる方も。こうなると、もう下手なギャグは
いらない。強いて「笑ってもらおう」と必死になら
なくても、尺八の力は言葉以上だ。

(「敬老会」の配布物の中に、こんなチラシが )

『ぼけない五カ条』

 一 仲間がいて、気持ちの若い人
 二 人の世話をよくし、感謝のできる人
 三 ものをよく読み、よく書く人
 四 よく笑い、感動を忘れない人
 五 趣味の楽しみをもち、旅の好きな人


私は、全項目クリヤーしている。虚無僧稼業は、ぼけ
防止にいいかもよ。