日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

人材と言う名の企業資産

2006-05-30 21:18:57 | アラカルト
一昨日のエントリにコメントをくださった、カミナリ弟さんありがとうございました。
「学生サークル」のノリで、起業化したIT企業といえば「Google」等がありますね。
大切なことは、「Google」にできたことが何故、ライブドアができなかったのか?ということだと思います。

カミナリ弟さんが、提議してくれたテーマは実は今の日本企業が抱えている大きな問題のように考えますし、感じます。

バブルの頃、OJTで新人研修を担当したことがありますが、「人を教える」ということの難しさを痛感しました。
当時私が勤務していた企業は、名古屋でも古い企業だったこともあり基本的には「女性は男性のサポート業務」という意識が、根強くありました。
ただ、意外にも当時50代だった役員のオジサンたちは「女性の能力を使い切れない男は、マネジメントもできない」という考えが強く、女性が様々な企画業務に携わることを評価していました。問題だったのは、保身に走る「中間管理職のオジサンたち」だったのです。
そのような人は、どうしても柔軟な発想を育てる気も無ければ、そのための努力もしない。
それが、昨日のエントリ「仕事をしない上司」へと繋がっていくのです。

バブルの頃、人材に対しての考えの一つとして「使い捨て」的なトコロが若干なりともあったように思う。
この頃から「転職」そのものの意味も、「キャリアアップ」という言葉に置き換えられるようになったように思うし、キャリアと言っても半年~1年未満でも十分「キャリア」と評価するような風潮があった。
嫌な言葉だが、「使う側と使われる側の利害が、一致していた時代」だったように感じるのだ。
ところが、バブルが崩壊してから企業は急速に、人件費の安い若年で十分キャリアを積んだ人材を求めるようになった。
考えてみれば、おかしな話で「社会経験がさほどない若年者が、十分なキャリアを持っているはずはない」のだ。
その代わり、キャリアも技術も十分持ち合わせている人材を「リストラ」という名前で、職場から追い出してしまったのも事実だろう。
結局職場に残った人材の多くは、「何もしない保身的な、可もなく不可もない人」ということになってしまったのだ。

バブル崩壊以降、日本企業の多くが「人材と言う企業資産」を増やす努力を、してこなかったように思う。
その背景には、それまでの企業に対する社員の忠誠心を、当たり前だと思っていたからだろう。
本当はバブルの頃、既に企業も社員もそれを放棄してしまっていたのだ。
挨拶一つできず、お金儲け第一主義的思考の社員を作ってしまったのは、企業にも責任があるように感じる。

ちなみに、私が勤めていた企業は「女子社員教育」についてはとても厳しく、「お茶汲み・コピー取りはできて当然。ふきんと台ふきの洗濯、雑巾がけなど、雑務+自分の仕事」が、求められていました(笑)。
おかげで「気持ちよく仕事をする」という心遣いだけは、キッチリ教育されたように思いますね。