日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

ズレた感覚は、どこから生まれるのか?-官僚思考と庶民感情-

2008-02-25 21:34:18 | アラカルト
今日の毎日新聞のWEBサイトのトップニュースを見て驚いた。
「米の作りすぎは、もったいない!」に農家反発のポスターだ。

東北農政局が作った減反政策のポスターという事のようなのだが、それにしてもお米を作っている農家のみなさんの心情をまったく考えていないキャッチコピーだ。
確かにインパクトのあるキャッチコピーだが、「お米の作り過ぎ」というほどお米が作られているのだろうか?
確かに「古米・古々米」と呼ばれる古いお米はある(ようだ)が、日本の自給率の中で100%となっているのは、お米と牛乳くらいだといわれている。
野菜やその他穀物の多くが、輸入に頼っているというのが現状だ。

「お米の作付面積を減らして、輸入に頼っている穀物や野菜などへの転換を推し進めたい」というのは、分からないわけではない。
だからといって「お米作りはもったいない」という印象を与えるコピーというのは、余りにもセンスというか、発想が貧相としか言い様が無い。

他にも、先日開催された岩手の「蘇民祭り」のポスター騒動なども、「・・・」のような感じを受けた。
個人的には、「何を無粋なことを」という感じがしたのだ。
その後行われた「蘇民祭り」は、住民の上手な対処によって神事が行われたようだが、それにしても・・・四角四面な発想は、土着的祭事や神事を台無しにしてしまうようだ。

このセンスというか、発想・思考はどこから生まれてくるのだろう?
あくまでも想像でしかないのだが、(高層)ビルの一室で、パソコンに並ぶ数字ばかりを見ながら、時折、地上を見下ろしながら仕事をしているからなのでは?と、思ってしまう。
お米だけではなく、穀物や野菜を作るということは、時間も労力も必要だ。
体力が必要で、傍から見れば地道で、文字通り泥臭い作業の積み重ねで、やっと実りの収穫となる。
パソコンの数字だけでは、分からないコトがたくさんあるのだ。

パソコンで数字を見つめるのではなく、日本全国各地に行って「今の日本の農業」を見ることから始める必要があるのではないだろうか?
一部の利権者のための発想では、国民の利益には結びつかないのだが・・・。