一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

金曜サロン・藤森奈津子女流三段(当時)⑤

2010-04-12 01:30:55 | LPSA金曜サロン
11日のNHK杯将棋トーナメントは、豊川孝弘七段と中座真七段の一戦。11日は朝から所用で出かけていたので、録画したものを夜に観た。半分うたた寝をしていたが、気がつくとオフクロも観ている。
「この人、ハナが出るのかしら。何も鼻にハンカチを突っ込まなくてもいいのに」
と言う。
それで私もよく観ると、ハンカチは口にくわえていたのだった。なんだ、口じゃないか…と安心したが、…エッ!? と、別の意味でツッコミを入れたくなった。
加藤一二三九段、石田和雄九段の次のパフォーマンス男は、豊川七段でキマリだ。

2月12日のLPSA金曜サロンは、私が北海道旅行だったため、休み。金曜サロンのレギュラーメンバー(一部セミレギュラーも含む)は、サロンを休む場合、前もって欠席願いを口頭で言う規則がある。
これは自然発生的に起こったもので、強制ではない。私は「休むことを告げない主義」なのだが、対局中などにポロッと漏らすので、けっきょくバレてしまう。1週休んだ次の週に出るときは、風邪で休んだ小学生が全快して登校するときのような心境で、ちょっと照れくさい。
19日の金曜サロンは、昼が藤森奈津子女流三段(当時)、夜が大庭美夏女流1級の担当だった。きょうは藤森女流三段との指導対局の雑感を書く。
藤森女流三段との指導対局は3ヶ月ぶり。指し初め式やペア将棋公開対局、バレンタインファンクラブイベントではほとんどお話をする機会がなかったので、「久し振りですねー」と、会話の花が咲いた。
駒を並べ、私が「サイン勝負」を宣言すると、
「またですか? 前もサインをしましたよね」
と言う。
「ああ、あれは3本目で、藤森先生が最後(のサイン)でしたから。これは4本目です」
「そうなんだー」
ということで、対局開始。将棋は藤森女流三段が三間飛車から石田流に構えた。
藤森女流三段とはこれが平手で12局目になるが、三間飛車か石田流が10局を数える。蛸島彰子女流五段の「中飛車一筋半世紀」もスゴイが、藤森女流三段の「三間飛車一筋30年」もスゴイ。指導対局だから、いろいろな戦型を勉強したい、という会員もいるだろうが、少なくとも藤森女流三段とのそれは、年季の入った三間飛車を教えていただく、ということに歓びを見出すほうが本筋である。
藤森女流三段は三間飛車より石田流を好まれるようで、私も☗2五歩を決めず、あえて石田流に組んでいただく。これもいつものパターンだ。
☖6二王の瞬間に私が☗4五歩と仕掛けたので、乱戦になった。私は☖1八銀成と飛車を取られたが、代償に2枚のと金を作って頑張る。それで互角と見ていたが、藤森女流三段が、☖2四飛の侵入を急ぐあまり☖2八歩成としたので、☗1八香と銀を補充することができ、やや指せると思った。
私は☗7五桂と据え、☗1一角成と香を取る。ここで藤森女流三段が☖2九飛成と来てくれたので、☗8三桂成☖同王☗8六香以下、上手王を即詰みに討ち取ることができた。
局後はお約束の「儀式」である。石橋幸緒女流四段ら「プロの書」は別格として、藤森女流三段の揮毫はとても丁寧で、綺麗な字だと思う。
コメント (5)
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