山口恵梨子女流初段は、☖3四歩。白くて長い指だ。私は☗2六歩。山口女流初段、☖5四歩。振り飛車党の山口女流初段、当然ゴキゲン中飛車の明示である。昨年の第2期マイナビ女子オープン・挑戦者決定戦で私が懸賞金スポンサーになり、控室へお邪魔していたとき、山口女流初段がゴキゲン中飛車の始祖・近藤正和六段に将棋を教わっていたことを思い出す。
☗2五歩。山口女流初段は右のオジサンに1手指し、私の局面を見るや、右手の人差し指で8二の飛車を5二まで滑らせると、すぐさま左の対局者に移った。この間0.5秒。
私はこの行動に、ちょっと違和感を持った。☖5二飛はこの将棋の根幹をなす、重要な一手である。できれば駒を持って、ピシッと指してほしかった。
私の中で、山口女流初段に対するイメージが少し変わった。
対ゴキゲン中飛車に、下手はいろいろ作戦があるところで、最初は☗6八玉型から☗3七銀の速攻を目論んでいた。これは「将棋世界」5月号の「勝又講座」からの拝借である。しかし変化をうろ覚えだったので、☗4六歩から☗4七銀と立ち、☗3六銀と出た。だが、やや変調である。
山口女流初段は☖5六歩。私はこの歩は滅多に取らない。中飛車側に無条件に歩を交換され、手順に5一に引かれるのがどうにも我慢ならないからだ。だから私は☗6六歩と突いた。
(これで次の☗4五銀出を楽しみにしますけど、どうですか?)
と主張した手に対し、山口女流初段が
(ちょっと考えます)
と、長考(といっても少考)に入る。「棋は対話」をここで体感でき、私は嬉しかった。
そこで指された手は☖6四歩。指されてみれば盤上この一手で、さすがだと思った。
以下☗6七金と上がり☖5七歩成を催促する。上手☖5七歩成。? この手つき、ちょっと引っかかる。☖6六歩の取り込みに☗同銀。ここでまた山口女流初段が長考に入った。「そうですねぇ…」と小声でつぶやく。
山口女流初段のワンピースは、膝上10センチぐらい。かなりのミニで、私の位置からだと、腿が見えそうで見えない。ただしこの時は局面に没頭していて、思考を乱されることはなかった。
この局面だったと思うが、山口女流初段が(もう少し考えます)とばかり、隣の将棋に移る。下手は☗3六銀が中途半端な位置にあるが、上手の☖4二銀も立ち遅れている、ともいえる。ここでは下手が指せると思った。
戻ってきた山口女流初段は☖6五歩と銀頭を叩く。いかにも彼女らしい手だが、こんな歩はノータイムで取る一手。ここで☖8八角成~☖3九角と馬を作りにくると思いきや、じっと☖5三銀と上がった。次の狙いは☖6四歩の銀殺しだ。
私はいったん打った歩を、☗5五歩と突き上げ銀の逃げ道を作る。と、山口女流初段は銀取りに☖6二飛。ここで私が☗6六歩と打ったのが弱気な手だった。
上手は勇躍☖5五角と飛び出す。そこで☗5八飛廻りが幸便と見たが、ふつうに☖5四歩と受けられて困った。これでは天王山に角を飛び出させたうえ、歩をくれてやっただけである。自分の読みの甘さに、自己嫌悪に陥る。対局中にこんな心理状態になってはいけない。
いささか闘志が萎えたが、私は☗4五銀と活用する。この局面を符号で記してみよう。次の山口女流初段の一手は、まったく浮かばなかった。
上手・山口女流初段:1一香、1三歩、2一桂、2三歩、3四歩、4一金、4三歩、5三銀、5四歩、5五角、6一金、6二飛、7二銀、7三歩、8一桂、8二王、8三歩、9一香、9三歩 持駒:なし
下手・一公:1七歩、1九香、2五歩、2九桂、3七歩、4五銀、4六歩、5八飛、6五銀、6六歩、6七金、6九金、7六歩、7八玉、8七歩、8八角、8九桂、9七歩、9九香 持駒:歩2
以下の指し手。☖6五飛☗同歩☖8八角成☗同玉☖4七角☗5九飛☖4八銀☗2八飛☖5九銀成☗同金☖6五角成…
いきなり☖6五飛と切ってきたので、驚いた。「攻める大和撫子」の本領発揮である。もっとも捨て置けば☗5四銀右が厳しいから、ここではこの一手だったのかもしれない。
☗同歩に角を換わり、☖4七角が狙いの一手。ここで桂損を避けつつ上手に銀を使わせようと☗5九飛と引いたのが大悪手。当然☖4八銀と打たれ、一遍に敗勢になってしまった。さらい苦し紛れの☗2八飛が、決め手のココセ。手順に飛車を取られては、大勢決した。
戻って☗5九飛では、黙って☗6八飛と寄っておくべきだった。☖2九角成なら、☗2二角と反撃してどうか。難しいが、ともかくこのあたりが勝負所だった。
数手進み、山口女流初段、☖3九飛成。山口女流初段は駒を成るとき、親指と人差し指で駒を裏返す。これはまあよい。しかしそのあと、もう一度その駒を持って(この場合は「竜」)、ピシッと指し直すのだ。この所作はあまり綺麗ではない。1回で指しきるべきだ。これから山口女流初段がもっと実力をつけ、その対局がテレビやネットで中継されたとき、この手つきはイメージを下げる。至急矯正したほうがよい。
と、偉そうなことを書いたものの、☖3九飛成は頗る厳しい手。攻防ともに見込みがなく、ここで私は投了した。総手数62手。お互いの駒台には歩しか乗っていない、奇妙な終了図だった。
気を引き締めて臨んだ将棋だったが、完敗だった。しかし終了6手前、☗4五銀打と馬に当てたところでは、悪いながらも☗5六銀(引)と盤上の駒を活用するのだった。これでは☗4五の銀が泣いている。
負けた将棋だからあまり気は進まなかったが、感想戦をやっていただいた。いわく、☗2五歩と突いたのに、☗3六銀はヘン、とのことだった。
昨年、女流棋士会スーパーサロンで上田初美女流二段に将棋を教わった際の感想戦でも感じたことだが、女流棋士会の女流棋士は、本当によく勉強していると思う。このアドバイス、LPSAだったら中井広恵女流六段か石橋幸緒女流四段しか言わないだろう。
それはともかく山口女流初段の指摘はおっしゃるとおりで、☗3六銀と出るのなら☗2五歩を後に回し、☗2五銀出を含みに別の手を指すのだった。しかし☗2五歩と突くときには☗3七銀や☗5八金を目論んでいたのだから、仕方ない。序盤での作戦変更がそのまま形勢に結びつく。つくづく現代将棋は恐ろしいと思った。
「☗3七銀~☗4六銀は、紅ちゃんとの将棋で指されました」
とも言う。べにちゃん? 渡部まなちゃんじゃなくて、べにちゃん? 咄嗟には思い浮かばなかったが、「べにちゃん」とは、竹俣紅ちゃんのことだった。山口女流初段は先週の15日、女流王将戦予選で竹俣アマに苦杯を喫し、全国ニュースの引き立て役になってしまった。山口女流初段には屈辱だったはずだが、その将棋をサラッと振り返るあたりは、さすがに大物だと感心した。
それにしても…と思う。私の指した手はたった31手。当然の一手などを除くと、私オリジナルの指し手は何手あったのか、と思う。せっかくの山口女流初段との指導対局だったのに、そのチャンスを活かしきれなかったのが、情けなかった。
感想戦が終わると、山口女流初段は
「またよろしくお願いします」
と言った。これは締めの常套句みたいなもので、「また」に深い意味はない。私は女流棋士会のイベントには今後も出ないし、「駒桜」にも入会しない。金曜ナイトサークルに山口女流初段がゲストで出ても、私はLPSA金曜サロンを優先させる。よって、これが山口女流初段に教えていただく、最初で最後の将棋となる。
同じファンでも、指導対局で教えていただきたい棋士と、遠くから見ているだけで満足、という棋士がいる。指導対局を受けた結果、山口女流初段はどうやら後者のようで、これからも陰ながら応援していくことになるだろう。
今回間近で接して、山口女流初段はやっぱり魅力的だった。山口女流初段には、あらためて御礼を申し上げたい。
最後に、本局終了図の符号を以下に記して、終わりとする。
上手・山口女流初段:1二香、1三歩、2一桂、2三歩、3四歩、3九竜、4一金、4三歩、4六馬、5三銀、5四歩、6一金、7二銀、7三歩、8一桂、8二王、8三歩、9一香、9三歩 持駒:歩2
下手・一公:1七歩、1九香、2五歩、2八飛、2九桂、3七歩、4五銀、4七歩、5六銀、6七金、6八金、7六歩、7七馬、8七歩、8八玉、8九桂、9七歩、9九香 持駒:歩
☗2五歩。山口女流初段は右のオジサンに1手指し、私の局面を見るや、右手の人差し指で8二の飛車を5二まで滑らせると、すぐさま左の対局者に移った。この間0.5秒。
私はこの行動に、ちょっと違和感を持った。☖5二飛はこの将棋の根幹をなす、重要な一手である。できれば駒を持って、ピシッと指してほしかった。
私の中で、山口女流初段に対するイメージが少し変わった。
対ゴキゲン中飛車に、下手はいろいろ作戦があるところで、最初は☗6八玉型から☗3七銀の速攻を目論んでいた。これは「将棋世界」5月号の「勝又講座」からの拝借である。しかし変化をうろ覚えだったので、☗4六歩から☗4七銀と立ち、☗3六銀と出た。だが、やや変調である。
山口女流初段は☖5六歩。私はこの歩は滅多に取らない。中飛車側に無条件に歩を交換され、手順に5一に引かれるのがどうにも我慢ならないからだ。だから私は☗6六歩と突いた。
(これで次の☗4五銀出を楽しみにしますけど、どうですか?)
と主張した手に対し、山口女流初段が
(ちょっと考えます)
と、長考(といっても少考)に入る。「棋は対話」をここで体感でき、私は嬉しかった。
そこで指された手は☖6四歩。指されてみれば盤上この一手で、さすがだと思った。
以下☗6七金と上がり☖5七歩成を催促する。上手☖5七歩成。? この手つき、ちょっと引っかかる。☖6六歩の取り込みに☗同銀。ここでまた山口女流初段が長考に入った。「そうですねぇ…」と小声でつぶやく。
山口女流初段のワンピースは、膝上10センチぐらい。かなりのミニで、私の位置からだと、腿が見えそうで見えない。ただしこの時は局面に没頭していて、思考を乱されることはなかった。
この局面だったと思うが、山口女流初段が(もう少し考えます)とばかり、隣の将棋に移る。下手は☗3六銀が中途半端な位置にあるが、上手の☖4二銀も立ち遅れている、ともいえる。ここでは下手が指せると思った。
戻ってきた山口女流初段は☖6五歩と銀頭を叩く。いかにも彼女らしい手だが、こんな歩はノータイムで取る一手。ここで☖8八角成~☖3九角と馬を作りにくると思いきや、じっと☖5三銀と上がった。次の狙いは☖6四歩の銀殺しだ。
私はいったん打った歩を、☗5五歩と突き上げ銀の逃げ道を作る。と、山口女流初段は銀取りに☖6二飛。ここで私が☗6六歩と打ったのが弱気な手だった。
上手は勇躍☖5五角と飛び出す。そこで☗5八飛廻りが幸便と見たが、ふつうに☖5四歩と受けられて困った。これでは天王山に角を飛び出させたうえ、歩をくれてやっただけである。自分の読みの甘さに、自己嫌悪に陥る。対局中にこんな心理状態になってはいけない。
いささか闘志が萎えたが、私は☗4五銀と活用する。この局面を符号で記してみよう。次の山口女流初段の一手は、まったく浮かばなかった。
上手・山口女流初段:1一香、1三歩、2一桂、2三歩、3四歩、4一金、4三歩、5三銀、5四歩、5五角、6一金、6二飛、7二銀、7三歩、8一桂、8二王、8三歩、9一香、9三歩 持駒:なし
下手・一公:1七歩、1九香、2五歩、2九桂、3七歩、4五銀、4六歩、5八飛、6五銀、6六歩、6七金、6九金、7六歩、7八玉、8七歩、8八角、8九桂、9七歩、9九香 持駒:歩2
以下の指し手。☖6五飛☗同歩☖8八角成☗同玉☖4七角☗5九飛☖4八銀☗2八飛☖5九銀成☗同金☖6五角成…
いきなり☖6五飛と切ってきたので、驚いた。「攻める大和撫子」の本領発揮である。もっとも捨て置けば☗5四銀右が厳しいから、ここではこの一手だったのかもしれない。
☗同歩に角を換わり、☖4七角が狙いの一手。ここで桂損を避けつつ上手に銀を使わせようと☗5九飛と引いたのが大悪手。当然☖4八銀と打たれ、一遍に敗勢になってしまった。さらい苦し紛れの☗2八飛が、決め手のココセ。手順に飛車を取られては、大勢決した。
戻って☗5九飛では、黙って☗6八飛と寄っておくべきだった。☖2九角成なら、☗2二角と反撃してどうか。難しいが、ともかくこのあたりが勝負所だった。
数手進み、山口女流初段、☖3九飛成。山口女流初段は駒を成るとき、親指と人差し指で駒を裏返す。これはまあよい。しかしそのあと、もう一度その駒を持って(この場合は「竜」)、ピシッと指し直すのだ。この所作はあまり綺麗ではない。1回で指しきるべきだ。これから山口女流初段がもっと実力をつけ、その対局がテレビやネットで中継されたとき、この手つきはイメージを下げる。至急矯正したほうがよい。
と、偉そうなことを書いたものの、☖3九飛成は頗る厳しい手。攻防ともに見込みがなく、ここで私は投了した。総手数62手。お互いの駒台には歩しか乗っていない、奇妙な終了図だった。
気を引き締めて臨んだ将棋だったが、完敗だった。しかし終了6手前、☗4五銀打と馬に当てたところでは、悪いながらも☗5六銀(引)と盤上の駒を活用するのだった。これでは☗4五の銀が泣いている。
負けた将棋だからあまり気は進まなかったが、感想戦をやっていただいた。いわく、☗2五歩と突いたのに、☗3六銀はヘン、とのことだった。
昨年、女流棋士会スーパーサロンで上田初美女流二段に将棋を教わった際の感想戦でも感じたことだが、女流棋士会の女流棋士は、本当によく勉強していると思う。このアドバイス、LPSAだったら中井広恵女流六段か石橋幸緒女流四段しか言わないだろう。
それはともかく山口女流初段の指摘はおっしゃるとおりで、☗3六銀と出るのなら☗2五歩を後に回し、☗2五銀出を含みに別の手を指すのだった。しかし☗2五歩と突くときには☗3七銀や☗5八金を目論んでいたのだから、仕方ない。序盤での作戦変更がそのまま形勢に結びつく。つくづく現代将棋は恐ろしいと思った。
「☗3七銀~☗4六銀は、紅ちゃんとの将棋で指されました」
とも言う。べにちゃん? 渡部まなちゃんじゃなくて、べにちゃん? 咄嗟には思い浮かばなかったが、「べにちゃん」とは、竹俣紅ちゃんのことだった。山口女流初段は先週の15日、女流王将戦予選で竹俣アマに苦杯を喫し、全国ニュースの引き立て役になってしまった。山口女流初段には屈辱だったはずだが、その将棋をサラッと振り返るあたりは、さすがに大物だと感心した。
それにしても…と思う。私の指した手はたった31手。当然の一手などを除くと、私オリジナルの指し手は何手あったのか、と思う。せっかくの山口女流初段との指導対局だったのに、そのチャンスを活かしきれなかったのが、情けなかった。
感想戦が終わると、山口女流初段は
「またよろしくお願いします」
と言った。これは締めの常套句みたいなもので、「また」に深い意味はない。私は女流棋士会のイベントには今後も出ないし、「駒桜」にも入会しない。金曜ナイトサークルに山口女流初段がゲストで出ても、私はLPSA金曜サロンを優先させる。よって、これが山口女流初段に教えていただく、最初で最後の将棋となる。
同じファンでも、指導対局で教えていただきたい棋士と、遠くから見ているだけで満足、という棋士がいる。指導対局を受けた結果、山口女流初段はどうやら後者のようで、これからも陰ながら応援していくことになるだろう。
今回間近で接して、山口女流初段はやっぱり魅力的だった。山口女流初段には、あらためて御礼を申し上げたい。
最後に、本局終了図の符号を以下に記して、終わりとする。
上手・山口女流初段:1二香、1三歩、2一桂、2三歩、3四歩、3九竜、4一金、4三歩、4六馬、5三銀、5四歩、6一金、7二銀、7三歩、8一桂、8二王、8三歩、9一香、9三歩 持駒:歩2
下手・一公:1七歩、1九香、2五歩、2八飛、2九桂、3七歩、4五銀、4七歩、5六銀、6七金、6八金、7六歩、7七馬、8七歩、8八玉、8九桂、9七歩、9九香 持駒:歩