駒込からは東京メトロ南北線に乗って四ツ谷へ向かう。東京の地下鉄は年々路線網を拡げているが、この南北線ができたときは、格段に移動が便利になり、とても重宝した。
四ツ谷には午後6時15分ごろに着いたろうか。将棋ペンクラブ大賞贈呈式の開場は6時30分だから少し早いが、まあほどよい時間である。
駅前にある「スクロール麹町」の5階へ上がって、受付を済ます。ヒトの受賞を祝うために8,000円という大金を収める。これなら船戸陽子女流二段に指導対局を受けていたほうがよかったんじゃないかの思いがよぎるが、贈呈式にも中倉宏美女流二段と大庭美樹女流初段が指導棋士として出席する。棋書ももれなくもらえるし、一般会員にも楽しみはある。自分の選択は正しかった、と言い聞かせるしかない。
今年は受賞者が多く、総勢9人もいる。ただし故人がふたり。これは珍しい。
控室へ出向き、湯川博士統括幹事に窪田義行六段からの書面を渡す。中倉女流二段、大庭女流初段はすでに着いていた。
T氏が見えたので、挨拶をする。まだ開会には時間があるので、雑談。
将棋ペンクラブ名誉会長の二上達也九段が、ただの九段というのはおかしいんじゃない? という話をする。二上九段は棋聖位4期である。あと1期獲得すれば永世棋聖を名乗れたわけだが、5期目で森雞二八段に敗れ、以後返り咲きはならなかった。
二上九段はタイトル戦登場26回、獲得5期。A級通算27期という輝かしい棋歴をもつ。日本将棋連盟会長も7期14年を務めている。現在78歳。日本将棋連盟もアマチュアに免状をバラまくのはいいが、もう少しプロ棋界のほうを顧みてもいいのではないか。
受賞者の早水千紗女流二段、湯川恵子さん、森内俊之九段、渡辺明竜王ら、錚々たるメンバーが到着する。私などは硬直してしまって、ボーッと遠くから眺めているだけだ。T氏は早水女流二段の大ファンだが、早水女流二段の受賞は、我がことのように嬉しかったろう。遠くから彼女を見るT氏の細い目が温かかった。
7時開会。乾杯の前に、選考委員の西上心太氏が選考経過の説明をする。受賞の決め手を簡潔に説明するくだりは興味深かった。
続いて木村晋介将棋ペンクラブ会長から賞状の授与。これは石橋幸緒女流四段の筆によるものだ。さらに受賞者のスピーチと続く。このスピーチ、受賞の喜びは会報に書かれているから、話すネタはないだろうと思いきや、けっこう皆さん、受賞作品について熱っぽく語ってくれた。
早水女流二段のスピーチのとき、T氏が私の前にいたのだが、彼の顔を見なくても、ニンマリしているのが分かった。
最後は北海道からお越しになった、新井田基信氏のお母さん。ニーダ氏の写真を胸に、静かに息子さんの思い出を語る姿には、会場のみんなの涙腺が緩んだ。
今回は井口昭夫氏の観戦記集も受賞した。故人になっても、作品が受賞される。素晴らしいことだと思う。
ちなみに井口氏の代理スピーチは娘婿さんが行った。ペンクラブ交流会でも何度かお会いしたが、ひじょうに礼儀正しい方だ。私のブログも読んでくださっていて、恐縮である。
ここまでで8時。なんだか今年は時間の経過が異常に早い。受賞者が9名と多かったからだろうか。ここでやっと乾杯となる。出されている料理に手をつけていると、幹事のA氏が見えた。ところでA氏の奥さんは先日、ペンクラブの会員になった。夫婦で会員になっても意味がないと思うが、どうも作家の考えていることは、凡人には分からない。
窪田六段からのメッセージが読み上げられる。きょうは順位戦B級2組の対局日。受賞者の阿久津主税七段や、贈呈式によく顔を見せてくださる青野照市九段も、そろって対局だ。大庭美夏女流1級は見えたが、ちょっとプロ棋士の一般参加が少なかったか。
中倉女流二段、大庭女流初段の指導対局が始まっているが、それぞれ3面を用意しているのに、対局者はまだひとりずつしかいない。中倉女流二段、大庭女流初段は、次週金曜サロン最後の担当者なのだが、とりあえず今は、もっと対局者がいなければ絵にならない。ここは私が指しに行かねばなるまい。
大庭女流初段に指導対局を受けようと大庭女流初段のナナメ前の席にすわったら、中倉女流二段と目が合い、中倉女流二段に教わることになった。
将棋は中倉女流二段の三間飛車に、私の天守閣美濃。中倉女流二段の三間飛車にはいつも急戦で挑んでいるのだが、どうもうまくいかない。そこで今回は玉を固める作戦を採ったが、中倉女流二段に巧みに捌かれ、敗勢となった。
ここで終盤の一場面を記す。
上手・中倉女流二段:1一香、1三歩、2一桂、2三歩、2九竜、5一角、6一金、6三金、6四歩、7二銀、8一桂、8二王、8三歩、9一香、9四歩 、持駒:金、桂、歩
下手・一公:1七歩、1九香、2五歩、3二竜、4七歩、6六歩、6九金、7五歩、7六銀、7七桂、7八銀、7九角、8六歩、8七玉、9六歩、9九香 持駒:銀、歩5
☖3九飛に☗3七飛と合わせ、☖2九飛成(桂を取る)☗3二飛成までの局面。
この手順はおかしい、と思われた方は有段者。☗3七飛では単に☗2二飛だった。本譜は先手の1手損である。
ここで中倉女流二段の放った☖8九金が驚愕の一手。0.1秒も考えなかった。☗4六角なら☖6九竜☗同銀☖8八金打☗9七玉☖9五歩で寄り、という読みだろう。☗8九同銀☖6九竜☗7八金は☖6八金がある。本譜も負けた。☖8九金がこの局面の最善手とは思わないが、中倉女流二段の柔軟な発想に感銘を受けた一局だった。
私の指導対局中に会員に棋書を配っていたので、私はもらい損ねた。局後A氏に直訴し、残った棋書の中から、「現代に生きる大山振り飛車」をいただく。この本も将棋ペンクラブ大賞の「大賞」を獲った名著だ。
T氏が早水女流二段と歓談している、T氏のこんなにニヤけた顔を見たのは初めてだ。私が船戸女流二段や中倉女流二段と話しているときも、こんなだらしない顔をしているのだろうか。もし山口恵梨子女流初段や室谷由紀女流1級だったら…いや、考えるまい。
これでもう9時である。やはり2時間は早すぎる。歓談の時間も考慮して、2時間半はほしいところだった。
駒や盤を段ボール箱にしまう。と、湯川統括幹事がいらっしゃる。
「キミの名前はなんだったっけ?」
まただ。いい加減オレの名前を覚えろよオッサン、とは口が裂けても言えない。
「大沢です」
「ああ大沢クンか、キミこれを1階に持って行って、宅配便で送ってくれ。キミは半分幹事なんだから」
湯川統括幹事は、千円札を出しながら、そう言った。
指導対局用の盤駒は、湯川統括幹事が用意したものだったのか。もっとシタの者に用意させればいいのに、自ら会場に配送していたとは知らなかった。
それはそうと、私は幹事という柄ではない。私のポジションは、困ったときの「ペンクラブなんでも屋」でいい。
このあとは二次会である。中倉女流二段や大庭女流初段は参加するのだろうか。私はどちらの女流棋士とも酒をご一緒したことがない。大庭女流初段は静かな酒と聞いたことがあるが、中倉女流二段のそれは分からない。かつてブログで禁酒宣言をしていたくらいだからかなりイケル口だろうが、飲むとどうなるのだろう。頬がほんのりピンクになるのだろうか。大庭女流初段のように顔色は変わらないのだろうか。松尾香織女流初段のように目がトロンとするのだろうか。このあたりは、妄想のしどころである。
私はドキドキしながら、二次会の居酒屋に向かった。
(つづく)
四ツ谷には午後6時15分ごろに着いたろうか。将棋ペンクラブ大賞贈呈式の開場は6時30分だから少し早いが、まあほどよい時間である。
駅前にある「スクロール麹町」の5階へ上がって、受付を済ます。ヒトの受賞を祝うために8,000円という大金を収める。これなら船戸陽子女流二段に指導対局を受けていたほうがよかったんじゃないかの思いがよぎるが、贈呈式にも中倉宏美女流二段と大庭美樹女流初段が指導棋士として出席する。棋書ももれなくもらえるし、一般会員にも楽しみはある。自分の選択は正しかった、と言い聞かせるしかない。
今年は受賞者が多く、総勢9人もいる。ただし故人がふたり。これは珍しい。
控室へ出向き、湯川博士統括幹事に窪田義行六段からの書面を渡す。中倉女流二段、大庭女流初段はすでに着いていた。
T氏が見えたので、挨拶をする。まだ開会には時間があるので、雑談。
将棋ペンクラブ名誉会長の二上達也九段が、ただの九段というのはおかしいんじゃない? という話をする。二上九段は棋聖位4期である。あと1期獲得すれば永世棋聖を名乗れたわけだが、5期目で森雞二八段に敗れ、以後返り咲きはならなかった。
二上九段はタイトル戦登場26回、獲得5期。A級通算27期という輝かしい棋歴をもつ。日本将棋連盟会長も7期14年を務めている。現在78歳。日本将棋連盟もアマチュアに免状をバラまくのはいいが、もう少しプロ棋界のほうを顧みてもいいのではないか。
受賞者の早水千紗女流二段、湯川恵子さん、森内俊之九段、渡辺明竜王ら、錚々たるメンバーが到着する。私などは硬直してしまって、ボーッと遠くから眺めているだけだ。T氏は早水女流二段の大ファンだが、早水女流二段の受賞は、我がことのように嬉しかったろう。遠くから彼女を見るT氏の細い目が温かかった。
7時開会。乾杯の前に、選考委員の西上心太氏が選考経過の説明をする。受賞の決め手を簡潔に説明するくだりは興味深かった。
続いて木村晋介将棋ペンクラブ会長から賞状の授与。これは石橋幸緒女流四段の筆によるものだ。さらに受賞者のスピーチと続く。このスピーチ、受賞の喜びは会報に書かれているから、話すネタはないだろうと思いきや、けっこう皆さん、受賞作品について熱っぽく語ってくれた。
早水女流二段のスピーチのとき、T氏が私の前にいたのだが、彼の顔を見なくても、ニンマリしているのが分かった。
最後は北海道からお越しになった、新井田基信氏のお母さん。ニーダ氏の写真を胸に、静かに息子さんの思い出を語る姿には、会場のみんなの涙腺が緩んだ。
今回は井口昭夫氏の観戦記集も受賞した。故人になっても、作品が受賞される。素晴らしいことだと思う。
ちなみに井口氏の代理スピーチは娘婿さんが行った。ペンクラブ交流会でも何度かお会いしたが、ひじょうに礼儀正しい方だ。私のブログも読んでくださっていて、恐縮である。
ここまでで8時。なんだか今年は時間の経過が異常に早い。受賞者が9名と多かったからだろうか。ここでやっと乾杯となる。出されている料理に手をつけていると、幹事のA氏が見えた。ところでA氏の奥さんは先日、ペンクラブの会員になった。夫婦で会員になっても意味がないと思うが、どうも作家の考えていることは、凡人には分からない。
窪田六段からのメッセージが読み上げられる。きょうは順位戦B級2組の対局日。受賞者の阿久津主税七段や、贈呈式によく顔を見せてくださる青野照市九段も、そろって対局だ。大庭美夏女流1級は見えたが、ちょっとプロ棋士の一般参加が少なかったか。
中倉女流二段、大庭女流初段の指導対局が始まっているが、それぞれ3面を用意しているのに、対局者はまだひとりずつしかいない。中倉女流二段、大庭女流初段は、次週金曜サロン最後の担当者なのだが、とりあえず今は、もっと対局者がいなければ絵にならない。ここは私が指しに行かねばなるまい。
大庭女流初段に指導対局を受けようと大庭女流初段のナナメ前の席にすわったら、中倉女流二段と目が合い、中倉女流二段に教わることになった。
将棋は中倉女流二段の三間飛車に、私の天守閣美濃。中倉女流二段の三間飛車にはいつも急戦で挑んでいるのだが、どうもうまくいかない。そこで今回は玉を固める作戦を採ったが、中倉女流二段に巧みに捌かれ、敗勢となった。
ここで終盤の一場面を記す。
上手・中倉女流二段:1一香、1三歩、2一桂、2三歩、2九竜、5一角、6一金、6三金、6四歩、7二銀、8一桂、8二王、8三歩、9一香、9四歩 、持駒:金、桂、歩
下手・一公:1七歩、1九香、2五歩、3二竜、4七歩、6六歩、6九金、7五歩、7六銀、7七桂、7八銀、7九角、8六歩、8七玉、9六歩、9九香 持駒:銀、歩5
☖3九飛に☗3七飛と合わせ、☖2九飛成(桂を取る)☗3二飛成までの局面。
この手順はおかしい、と思われた方は有段者。☗3七飛では単に☗2二飛だった。本譜は先手の1手損である。
ここで中倉女流二段の放った☖8九金が驚愕の一手。0.1秒も考えなかった。☗4六角なら☖6九竜☗同銀☖8八金打☗9七玉☖9五歩で寄り、という読みだろう。☗8九同銀☖6九竜☗7八金は☖6八金がある。本譜も負けた。☖8九金がこの局面の最善手とは思わないが、中倉女流二段の柔軟な発想に感銘を受けた一局だった。
私の指導対局中に会員に棋書を配っていたので、私はもらい損ねた。局後A氏に直訴し、残った棋書の中から、「現代に生きる大山振り飛車」をいただく。この本も将棋ペンクラブ大賞の「大賞」を獲った名著だ。
T氏が早水女流二段と歓談している、T氏のこんなにニヤけた顔を見たのは初めてだ。私が船戸女流二段や中倉女流二段と話しているときも、こんなだらしない顔をしているのだろうか。もし山口恵梨子女流初段や室谷由紀女流1級だったら…いや、考えるまい。
これでもう9時である。やはり2時間は早すぎる。歓談の時間も考慮して、2時間半はほしいところだった。
駒や盤を段ボール箱にしまう。と、湯川統括幹事がいらっしゃる。
「キミの名前はなんだったっけ?」
まただ。いい加減オレの名前を覚えろよオッサン、とは口が裂けても言えない。
「大沢です」
「ああ大沢クンか、キミこれを1階に持って行って、宅配便で送ってくれ。キミは半分幹事なんだから」
湯川統括幹事は、千円札を出しながら、そう言った。
指導対局用の盤駒は、湯川統括幹事が用意したものだったのか。もっとシタの者に用意させればいいのに、自ら会場に配送していたとは知らなかった。
それはそうと、私は幹事という柄ではない。私のポジションは、困ったときの「ペンクラブなんでも屋」でいい。
このあとは二次会である。中倉女流二段や大庭女流初段は参加するのだろうか。私はどちらの女流棋士とも酒をご一緒したことがない。大庭女流初段は静かな酒と聞いたことがあるが、中倉女流二段のそれは分からない。かつてブログで禁酒宣言をしていたくらいだからかなりイケル口だろうが、飲むとどうなるのだろう。頬がほんのりピンクになるのだろうか。大庭女流初段のように顔色は変わらないのだろうか。松尾香織女流初段のように目がトロンとするのだろうか。このあたりは、妄想のしどころである。
私はドキドキしながら、二次会の居酒屋に向かった。
(つづく)