パソコンの各サイトで、佐藤大五郎九段が亡くなられた、との報を読んだ。
「佐藤九段」は将棋界にふたりいて、平成の佐藤(康光)九段が「緻密流」なら、昭和の佐藤(大五郎)九段は「薪割り流」だった。「薪割り」とは、その字のとおり、薪を割ることである。佐藤九段の体格がよく、その手つきが薪を割るように豪快だったのと、棋風もまた豪快だったのが、ニックネームの由来であろう。
私が将棋に本格的に夢中になったのは小学6年生だったか中学1年生だったかだったが、その頃オヤジに初めて買ってもらった棋書が、佐藤大五郎八段著の「やさしい詰将棋」(日本文芸社・650円)だった。
3手詰と5手詰が50題ずつ載っていて、私はそれを読みながら、そのまま両親とどこかへ遊びに行った記憶がある。3手詰のほうは、持駒があればそれを捨てるのがコツだと分かったので、わりとスラスラ解けた。しかし51問目からの5手詰は、たった2手増えただけなのに、急に難しい問題が多くなった。それでも私は脳に汗をかき、何とか解いていった。
ところがある局面で、パタッと頁をめくる手が止まった。どうやっても、どう考えても、解けないのだ。私は答えを見るのが悔しいので、オヤジに訊いてみた。するとオヤジはしばらく考えて、玉方の金を取ったあと、詰ましあげた。
げっ、相手の駒を取って詰ましてもいいの!?
私はオヤジに再び訊くと、オヤジは笑って、そりゃそうさ、と答えた。このとき私は、詰将棋は相手の駒を取って詰ましてもいいことを学習したのだった。
佐藤九段はA級経験者だが、タイトル戦は王位戦に1回挑戦しただけである。しかし著書はかなり出していて、その数年後の将棋専門誌で、「私は35冊も本を出してるんだ。これは全棋士の中でも○位なんだよ」と語っていたのを読んだ記憶がある。
晩年はだいぶ目を悪くされていたようで、平成8年3月に引退。同じ年には丸田祐三九段も引退したのだが、この年の竜王戦5組の残留決定戦で、ふたりは対戦している。昭和を代表する名棋士同士の対局だから、私は読売新聞が特選譜として載せてくれるのではないか、と淡い期待を抱いた。しかしやっぱり、無理だった。余談だが今年は有吉道夫九段が引退し、竜王戦での最終局が、新聞に掲載された。現在だったら、ふたりの将棋が載ったかもしれない。
ちなみに翌平成9年6月号の「将棋世界」別冊付録「全棋士出題思い出の一手PART1」では佐藤九段の出題があり、「近況、二年程前美浦に二軒目の家を建て妻と庭に植木や季節の花々を植え観賞し、また景色の良い村を散歩、妻の運転で町や村をドライブなど楽しんでいるこの頃です。持病も快調へ。」と書かれている。
引退後は、「将棋世界」での「懸賞必至問題」が印象に残っているが、こうしたおだやかな環境のなか、詰将棋や必至問題は生まれたのだ。
拙宅のトイレ脇にある家具の上には、平成13年12月号「将棋世界」付録の「まき割り流 詰め指南」が置いてある。タイトルから分かるとおり、佐藤九段の出題である。手数は5手から9手まで。「はしがき」には、「終盤力の強化に、また読みの訓練に、詰将棋は格好のトレーニング法である。」と記されている。
この付録を、トイレに入るとき、(オヤジと)私が退屈しのぎに(失礼)持って入るのだ。もう表紙も取れて、それをガムテープで補修しているという有様だが、しばらく経つと答えを忘れてしまうのでなかなか手放せず、現在も愛読しているのだ。
先日藤森奈津子女流四段らと飲んだ時、NHK杯トーナメント戦で佐藤九段が福崎文吾九段相手に必勝の将棋を落とし、苦い顔で扇子をあおいでいるところで番組が終了したんでした、という昔話をしたばかりだった。
そんな佐藤九段の生涯会心の一局は、若き中原誠七段相手に快勝した、B級1組順位戦での一局ではなかろうか。これは日本将棋連盟刊「無敵四間飛車」にも収録されているし、何年か前の「将棋世界」の別冊付録にも再録された。
ここで日本将棋連盟および朝日新聞社の許可を得ず、その全棋譜を以下に転載する。私なりの哀悼なので、黙認していただければ幸いである。
第24期B級1組順位戦
昭和44年10月21日 東京・将棋会館
先手・佐藤大五郎七段 後手・中原 誠棋聖(七段)
持ち時間:各6時間
☗7六歩☖8四歩☗7八銀☖3四歩☗6六歩☖6二銀☗6八飛☖4二玉☗4八玉☖3二玉☗3八玉☖1四歩☗1六歩☖5四歩☗6七銀☖4二銀☗5八金左☖5二金右☗2八玉☖7四歩
☗3八銀☖5三銀左☗4六歩☖4二金上☗7七角☖8五歩☗3六歩☖9四歩☗9六歩☖6四銀☗9七香☖7五歩☗7八飛☖7六歩☗同銀☖7二飛☗6五歩☖7七角成☗同飛☖5五銀
☗7五銀☖9九角☗7六飛☖8八角成☗7四銀☖8七馬☗7五飛☖8六馬☗7九飛☖7六歩☗8三角☖7一飛☗8二歩☖9三桂☗8一歩成☖同飛☗9四角成☖7五馬☗7三銀成☖同銀
☗7二馬☖3一飛☗7三馬☖8六歩☗5六歩☖6六銀☗6四歩☖6二銀☗8三馬☖7七歩成☗同桂☖6四歩☗7四歩☖8七歩成☗7三歩成☖7七と☗6二と☖同金☗5五歩☖6五歩
☗4七金☖7八歩☗8九飛☖8八歩☗6九飛☖6七と☗4五銀☖5七桂☗6三歩☖6九桂成☗6二歩成☖5七と☗3七金☖6七銀成☗3四銀☖3三歩☗9三馬☖5三馬☗2三銀不成☖同玉
☗7五馬☖2四銀☗5三馬☖同金☗4二角☖3二飛☗5三角成☖5八と☗4一銀☖2二飛☗3五桂
まで、111手で佐藤七段の勝ち。
消費時間:佐藤七段・5時間37分 中原棋聖・5時間29分
享年73歳。心よりご冥福をお祈りいたします。
「佐藤九段」は将棋界にふたりいて、平成の佐藤(康光)九段が「緻密流」なら、昭和の佐藤(大五郎)九段は「薪割り流」だった。「薪割り」とは、その字のとおり、薪を割ることである。佐藤九段の体格がよく、その手つきが薪を割るように豪快だったのと、棋風もまた豪快だったのが、ニックネームの由来であろう。
私が将棋に本格的に夢中になったのは小学6年生だったか中学1年生だったかだったが、その頃オヤジに初めて買ってもらった棋書が、佐藤大五郎八段著の「やさしい詰将棋」(日本文芸社・650円)だった。
3手詰と5手詰が50題ずつ載っていて、私はそれを読みながら、そのまま両親とどこかへ遊びに行った記憶がある。3手詰のほうは、持駒があればそれを捨てるのがコツだと分かったので、わりとスラスラ解けた。しかし51問目からの5手詰は、たった2手増えただけなのに、急に難しい問題が多くなった。それでも私は脳に汗をかき、何とか解いていった。
ところがある局面で、パタッと頁をめくる手が止まった。どうやっても、どう考えても、解けないのだ。私は答えを見るのが悔しいので、オヤジに訊いてみた。するとオヤジはしばらく考えて、玉方の金を取ったあと、詰ましあげた。
げっ、相手の駒を取って詰ましてもいいの!?
私はオヤジに再び訊くと、オヤジは笑って、そりゃそうさ、と答えた。このとき私は、詰将棋は相手の駒を取って詰ましてもいいことを学習したのだった。
佐藤九段はA級経験者だが、タイトル戦は王位戦に1回挑戦しただけである。しかし著書はかなり出していて、その数年後の将棋専門誌で、「私は35冊も本を出してるんだ。これは全棋士の中でも○位なんだよ」と語っていたのを読んだ記憶がある。
晩年はだいぶ目を悪くされていたようで、平成8年3月に引退。同じ年には丸田祐三九段も引退したのだが、この年の竜王戦5組の残留決定戦で、ふたりは対戦している。昭和を代表する名棋士同士の対局だから、私は読売新聞が特選譜として載せてくれるのではないか、と淡い期待を抱いた。しかしやっぱり、無理だった。余談だが今年は有吉道夫九段が引退し、竜王戦での最終局が、新聞に掲載された。現在だったら、ふたりの将棋が載ったかもしれない。
ちなみに翌平成9年6月号の「将棋世界」別冊付録「全棋士出題思い出の一手PART1」では佐藤九段の出題があり、「近況、二年程前美浦に二軒目の家を建て妻と庭に植木や季節の花々を植え観賞し、また景色の良い村を散歩、妻の運転で町や村をドライブなど楽しんでいるこの頃です。持病も快調へ。」と書かれている。
引退後は、「将棋世界」での「懸賞必至問題」が印象に残っているが、こうしたおだやかな環境のなか、詰将棋や必至問題は生まれたのだ。
拙宅のトイレ脇にある家具の上には、平成13年12月号「将棋世界」付録の「まき割り流 詰め指南」が置いてある。タイトルから分かるとおり、佐藤九段の出題である。手数は5手から9手まで。「はしがき」には、「終盤力の強化に、また読みの訓練に、詰将棋は格好のトレーニング法である。」と記されている。
この付録を、トイレに入るとき、(オヤジと)私が退屈しのぎに(失礼)持って入るのだ。もう表紙も取れて、それをガムテープで補修しているという有様だが、しばらく経つと答えを忘れてしまうのでなかなか手放せず、現在も愛読しているのだ。
先日藤森奈津子女流四段らと飲んだ時、NHK杯トーナメント戦で佐藤九段が福崎文吾九段相手に必勝の将棋を落とし、苦い顔で扇子をあおいでいるところで番組が終了したんでした、という昔話をしたばかりだった。
そんな佐藤九段の生涯会心の一局は、若き中原誠七段相手に快勝した、B級1組順位戦での一局ではなかろうか。これは日本将棋連盟刊「無敵四間飛車」にも収録されているし、何年か前の「将棋世界」の別冊付録にも再録された。
ここで日本将棋連盟および朝日新聞社の許可を得ず、その全棋譜を以下に転載する。私なりの哀悼なので、黙認していただければ幸いである。
第24期B級1組順位戦
昭和44年10月21日 東京・将棋会館
先手・佐藤大五郎七段 後手・中原 誠棋聖(七段)
持ち時間:各6時間
☗7六歩☖8四歩☗7八銀☖3四歩☗6六歩☖6二銀☗6八飛☖4二玉☗4八玉☖3二玉☗3八玉☖1四歩☗1六歩☖5四歩☗6七銀☖4二銀☗5八金左☖5二金右☗2八玉☖7四歩
☗3八銀☖5三銀左☗4六歩☖4二金上☗7七角☖8五歩☗3六歩☖9四歩☗9六歩☖6四銀☗9七香☖7五歩☗7八飛☖7六歩☗同銀☖7二飛☗6五歩☖7七角成☗同飛☖5五銀
☗7五銀☖9九角☗7六飛☖8八角成☗7四銀☖8七馬☗7五飛☖8六馬☗7九飛☖7六歩☗8三角☖7一飛☗8二歩☖9三桂☗8一歩成☖同飛☗9四角成☖7五馬☗7三銀成☖同銀
☗7二馬☖3一飛☗7三馬☖8六歩☗5六歩☖6六銀☗6四歩☖6二銀☗8三馬☖7七歩成☗同桂☖6四歩☗7四歩☖8七歩成☗7三歩成☖7七と☗6二と☖同金☗5五歩☖6五歩
☗4七金☖7八歩☗8九飛☖8八歩☗6九飛☖6七と☗4五銀☖5七桂☗6三歩☖6九桂成☗6二歩成☖5七と☗3七金☖6七銀成☗3四銀☖3三歩☗9三馬☖5三馬☗2三銀不成☖同玉
☗7五馬☖2四銀☗5三馬☖同金☗4二角☖3二飛☗5三角成☖5八と☗4一銀☖2二飛☗3五桂
まで、111手で佐藤七段の勝ち。
消費時間:佐藤七段・5時間37分 中原棋聖・5時間29分
享年73歳。心よりご冥福をお祈りいたします。