だいぶ前の話になるが、5月21日のLPSA金曜サロン、1部は神田真由美女流二段、2部は鹿野圭生女流初段の担当だった。
この日は仕事を優先したので、指導対局は鹿野女流初段のみ。関西在住である鹿野女流初段の担当は珍しい。鹿野女流初段は翌日に、マイナビ女子オープン・チャレンジマッチ(予備予選)の対局を控えており、そのための上京だった。
しかし対局日の前日はコンディションを整えるもの。それに構わず、会員との実戦を積んでウォーミングアップ替わりにするあたりが、関西流といえようか。
私は幸運にも、LPSAの女流棋士にほぼ毎週指導を受けているが、それも回数を重ねると、人間だもの、やはり有難味も薄れてくる。しかし鹿野女流初段のように、ふだんは疎遠の女流棋士に指導対局を受けるときは、私が金曜サロンに通い始めたころの新鮮な気持ちに帰れる。鹿野女流初段の、会員への心遣いに、頭が下がる思いであった。
さて鹿野女流初段との指導対局は約1年振り、本局が2局目となる。前回は中野サンプラザで指された日レスインビテーションカップにおいての、指導対局だった。こんな機会はなかなかないので気合を入れて臨んだが、結果は手も足も出ず完敗。鹿野女流初段には甚だ失礼ながら、こんなに強い女流棋士がいるとは思わなかった。
そして今年――。指導対局を受ける前に、鹿野女流初段による大盤解説を拝見する。題材は植村真理女流三段との倉敷藤花戦だった。奇しくもきのうの女流王位戦と同じカードだ。関西在住の女流棋士は頭数が少ないので、同じ女流棋士との対戦が多くなるようだ。この日の鹿野女流初段の解説も、弁舌は滑らかだった。
そして待望の指導対局である。私が昨年以上に気合を入れて臨んだ。
将棋は、鹿野女流初段の四間飛車に、私は☗左4六銀から☗3五歩の早仕掛け。お互い飛車角を持ちあう展開となったが、私が☗3三に作ったと金を、3四~4四~5三~6三と活用できたのが大きく、事実最後の☗6三とで、鹿野女流初段の投了となった。LPSAの中では若手に入る女流棋士に勝たせていただくのは嬉しいが、最強・鹿野女流初段からの勝利も、それに劣らず嬉しかった。
いつも書いていることだが、(女流)棋士は指導対局でアマチュアにどんどん負けて構わない。公式戦や公認棋戦に勝てばいいのである。前述のように、この日の鹿野女流初段は対局前日であった。実戦の勘を鍛えればよく、勝敗はどうでもよかったのだ。その意味で、翌日のチャレンジマッチを鹿野女流初段が勝ち抜いてくれたのは、我がことのように嬉しかった。
この日は仕事を優先したので、指導対局は鹿野女流初段のみ。関西在住である鹿野女流初段の担当は珍しい。鹿野女流初段は翌日に、マイナビ女子オープン・チャレンジマッチ(予備予選)の対局を控えており、そのための上京だった。
しかし対局日の前日はコンディションを整えるもの。それに構わず、会員との実戦を積んでウォーミングアップ替わりにするあたりが、関西流といえようか。
私は幸運にも、LPSAの女流棋士にほぼ毎週指導を受けているが、それも回数を重ねると、人間だもの、やはり有難味も薄れてくる。しかし鹿野女流初段のように、ふだんは疎遠の女流棋士に指導対局を受けるときは、私が金曜サロンに通い始めたころの新鮮な気持ちに帰れる。鹿野女流初段の、会員への心遣いに、頭が下がる思いであった。
さて鹿野女流初段との指導対局は約1年振り、本局が2局目となる。前回は中野サンプラザで指された日レスインビテーションカップにおいての、指導対局だった。こんな機会はなかなかないので気合を入れて臨んだが、結果は手も足も出ず完敗。鹿野女流初段には甚だ失礼ながら、こんなに強い女流棋士がいるとは思わなかった。
そして今年――。指導対局を受ける前に、鹿野女流初段による大盤解説を拝見する。題材は植村真理女流三段との倉敷藤花戦だった。奇しくもきのうの女流王位戦と同じカードだ。関西在住の女流棋士は頭数が少ないので、同じ女流棋士との対戦が多くなるようだ。この日の鹿野女流初段の解説も、弁舌は滑らかだった。
そして待望の指導対局である。私が昨年以上に気合を入れて臨んだ。
将棋は、鹿野女流初段の四間飛車に、私は☗左4六銀から☗3五歩の早仕掛け。お互い飛車角を持ちあう展開となったが、私が☗3三に作ったと金を、3四~4四~5三~6三と活用できたのが大きく、事実最後の☗6三とで、鹿野女流初段の投了となった。LPSAの中では若手に入る女流棋士に勝たせていただくのは嬉しいが、最強・鹿野女流初段からの勝利も、それに劣らず嬉しかった。
いつも書いていることだが、(女流)棋士は指導対局でアマチュアにどんどん負けて構わない。公式戦や公認棋戦に勝てばいいのである。前述のように、この日の鹿野女流初段は対局前日であった。実戦の勘を鍛えればよく、勝敗はどうでもよかったのだ。その意味で、翌日のチャレンジマッチを鹿野女流初段が勝ち抜いてくれたのは、我がことのように嬉しかった。