中倉宏美女流二段の意とするところは分かる。私の票が欲しいのだ。
「先生、でも先生は別に4位以内とか気にしてないんでしょ?」
「しますよー。4位以内に入りたいです」
「そうなんだ…。じゃあ、ボクと握手してくれるんなら、1票入れますよ」
私は交換条件を出した。美女の弱みにつけこむようで卑劣極まりないが、私はそこまで堕ちてしまったのだ。
宏美女流二段は困惑していたが、1票は大きい。しぶしぶ両手を出してきた。それをひしっと握る私。その感触は、もっちりした中にもコシがある、讃岐うどんのようだった。
宏美女流二段は、残りの2枚も欲しそうだったが、いま全部投票してしまってはおもしろくない。誰にするかは、これからの各女流棋士の営業次第である。
早速指導対局といきたいが、つい私は船戸陽子女流二段のことを話してしまう。
「沖縄旅行から帰ってきたときは参りましたよ。船戸先生が結婚しててさあ」
「私もビックリしました」
「オレもうショックでさあ。ホントに彼女のこと好きだったからなあ」
「そうなんですか」
「うん、あんなに好きになった女性は、いままでいなかった」
「そんなに好きだったんですか…」
「はい…え? いやいや、違う! オレはきょうから宏美先生に方向転換しますから! きょうは飲みに行きましょう!」
「ふたりでですか?」
「い、いやこれから誰か来るだろうから、みんなで! ね!?」
「……」
なんとなく話をつける。とにかく原始棒銀で行くことが肝心である。一人千日手はダメなのだ。
そこへKit氏が来た。Kit氏と芝浦で会うのは久しぶりだ。
「このたびはどうも…」
と、早速私を見舞ってくれる。「この前のコメント、私だったんですよ」
私の身を案じて、コメントをくれたようだ。Kit氏は筆豆ではなかったはずだが、そんな彼にも手を煩わせてしまった。今回の件では、自分の身勝手で、多くの棋友に迷惑を掛けている。心から申し訳なく思う。
「LPSA総選挙」から、「女流棋士ファンランキング」の話になる。
「私、5位だとは思いませんでした」
と、宏美女流二段がいう。「昔はもっと上だったのに」
「でもいいじゃないですか、繰り上がって、いまは3位なんですから」
「それはそうですけど、なかなかそれより上に行けなくて」
ちょっと不服そうだ。
「宏美先生、それはネ」
私は一息ついて、言った。「キ・メ・テ・ニ・カ・ケ・ル」
「……」
「あのね先生、棋士は勝たなきゃダメですよ。室谷由紀ちゃんだって、女流名人リーグに入ったり、倉敷藤花戦で勝ち進んだりしてるわけでしょ? 勝ってるから1位なんですから」
「それを言われると弱い…」
「プロ野球だってそうです」
私は横にいた石橋幸緒女流四段を見ながら続ける。「勝てばファンがいくらでもついてくる。観客も増える。先生も順位を上げてもらいたかったら、もっと将棋を勉強して、勝たなければダメです」
宏美女流二段はうなずく。ちょっと厳しく聞こえるだろうが、これは私の声ではない。全国の宏美ファンの声なのだ。宏美女流二段もそれが身にしみたら、一刻も早く将棋の勉強をすることである。
「大人のための将棋塾」は、生徒さんがひとりだけ来た。きょうも土壇場のキャンセルがあり、なかなか人数が揃わないようだ。
石橋女流四段が必至問題を出している。この塾は初・中級者が対象だが、上級者でも十分勉強になるのではなかろうか。
ミスター中飛車氏が、棋友を伴って訪れた。現在LPSAは新規お客様キャンペーンを実施中だ。初めてのお客様は指導対局料が安くなり、紹介者にも特典がある。これでどれほどの集客が見込めるのか分からぬが、こうした地道な努力が、やがては大きな実を結ぶ。ただ本音をいえば、もう遅い。
私は宏美女流二段と2局指した。もちろんおかわり代の1,000円を追加で払った。「ワイン勝負」もまだ続いている。彼女が望むなら、来年も続けるつもりだ。
午後8時、お開きの時間となった。Kit氏はとっくに帰り、ミスター中飛車氏と棋友氏も先に部屋を出た。
これは…。まあいい、彼らにはきょうは、帰ってもらおう。
よし、宏美女流二段を誘っちゃおう!
「先生、きょう飲みに行きましょう!」
私は勢いよく宏美女流二段に告げる。すると、
「あの、きょうは…将棋の勉強をしなければいけませんから」
と、宏美女流二段が迷惑そうに言った。
はああ!? ダメか! 飲みに行くのは、ダメなのか!!
しまった…。さっき、つまらぬことを言うんじゃなかった!!
こ、これじゃあ、これから飲みに誘っても、「将棋の勉強がある」とこう言われれば、こちらはもう、手も足も出なくなってしまう。何てことだ、と思う。まったく、あの「お小言」はヤブヘビだった。
しかし人間、諦めが肝心である。私はすぐにサロンを出ると、ミスター中飛車氏と棋友氏を追い掛け、その夜は久しぶりに、サイゼリヤに行った。
「先生、でも先生は別に4位以内とか気にしてないんでしょ?」
「しますよー。4位以内に入りたいです」
「そうなんだ…。じゃあ、ボクと握手してくれるんなら、1票入れますよ」
私は交換条件を出した。美女の弱みにつけこむようで卑劣極まりないが、私はそこまで堕ちてしまったのだ。
宏美女流二段は困惑していたが、1票は大きい。しぶしぶ両手を出してきた。それをひしっと握る私。その感触は、もっちりした中にもコシがある、讃岐うどんのようだった。
宏美女流二段は、残りの2枚も欲しそうだったが、いま全部投票してしまってはおもしろくない。誰にするかは、これからの各女流棋士の営業次第である。
早速指導対局といきたいが、つい私は船戸陽子女流二段のことを話してしまう。
「沖縄旅行から帰ってきたときは参りましたよ。船戸先生が結婚しててさあ」
「私もビックリしました」
「オレもうショックでさあ。ホントに彼女のこと好きだったからなあ」
「そうなんですか」
「うん、あんなに好きになった女性は、いままでいなかった」
「そんなに好きだったんですか…」
「はい…え? いやいや、違う! オレはきょうから宏美先生に方向転換しますから! きょうは飲みに行きましょう!」
「ふたりでですか?」
「い、いやこれから誰か来るだろうから、みんなで! ね!?」
「……」
なんとなく話をつける。とにかく原始棒銀で行くことが肝心である。一人千日手はダメなのだ。
そこへKit氏が来た。Kit氏と芝浦で会うのは久しぶりだ。
「このたびはどうも…」
と、早速私を見舞ってくれる。「この前のコメント、私だったんですよ」
私の身を案じて、コメントをくれたようだ。Kit氏は筆豆ではなかったはずだが、そんな彼にも手を煩わせてしまった。今回の件では、自分の身勝手で、多くの棋友に迷惑を掛けている。心から申し訳なく思う。
「LPSA総選挙」から、「女流棋士ファンランキング」の話になる。
「私、5位だとは思いませんでした」
と、宏美女流二段がいう。「昔はもっと上だったのに」
「でもいいじゃないですか、繰り上がって、いまは3位なんですから」
「それはそうですけど、なかなかそれより上に行けなくて」
ちょっと不服そうだ。
「宏美先生、それはネ」
私は一息ついて、言った。「キ・メ・テ・ニ・カ・ケ・ル」
「……」
「あのね先生、棋士は勝たなきゃダメですよ。室谷由紀ちゃんだって、女流名人リーグに入ったり、倉敷藤花戦で勝ち進んだりしてるわけでしょ? 勝ってるから1位なんですから」
「それを言われると弱い…」
「プロ野球だってそうです」
私は横にいた石橋幸緒女流四段を見ながら続ける。「勝てばファンがいくらでもついてくる。観客も増える。先生も順位を上げてもらいたかったら、もっと将棋を勉強して、勝たなければダメです」
宏美女流二段はうなずく。ちょっと厳しく聞こえるだろうが、これは私の声ではない。全国の宏美ファンの声なのだ。宏美女流二段もそれが身にしみたら、一刻も早く将棋の勉強をすることである。
「大人のための将棋塾」は、生徒さんがひとりだけ来た。きょうも土壇場のキャンセルがあり、なかなか人数が揃わないようだ。
石橋女流四段が必至問題を出している。この塾は初・中級者が対象だが、上級者でも十分勉強になるのではなかろうか。
ミスター中飛車氏が、棋友を伴って訪れた。現在LPSAは新規お客様キャンペーンを実施中だ。初めてのお客様は指導対局料が安くなり、紹介者にも特典がある。これでどれほどの集客が見込めるのか分からぬが、こうした地道な努力が、やがては大きな実を結ぶ。ただ本音をいえば、もう遅い。
私は宏美女流二段と2局指した。もちろんおかわり代の1,000円を追加で払った。「ワイン勝負」もまだ続いている。彼女が望むなら、来年も続けるつもりだ。
午後8時、お開きの時間となった。Kit氏はとっくに帰り、ミスター中飛車氏と棋友氏も先に部屋を出た。
これは…。まあいい、彼らにはきょうは、帰ってもらおう。
よし、宏美女流二段を誘っちゃおう!
「先生、きょう飲みに行きましょう!」
私は勢いよく宏美女流二段に告げる。すると、
「あの、きょうは…将棋の勉強をしなければいけませんから」
と、宏美女流二段が迷惑そうに言った。
はああ!? ダメか! 飲みに行くのは、ダメなのか!!
しまった…。さっき、つまらぬことを言うんじゃなかった!!
こ、これじゃあ、これから飲みに誘っても、「将棋の勉強がある」とこう言われれば、こちらはもう、手も足も出なくなってしまう。何てことだ、と思う。まったく、あの「お小言」はヤブヘビだった。
しかし人間、諦めが肝心である。私はすぐにサロンを出ると、ミスター中飛車氏と棋友氏を追い掛け、その夜は久しぶりに、サイゼリヤに行った。